小説: 湘南ラピスラズリ

湘南、鎌倉を舞台にした純情ラプソディー/絵を書くことが大好きな高校生の、甘く切ない恋の詩

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第10章 浮気野郎とイタリアン

2012年02月17日 10時40分59秒 | 小説

第10章 浮気野郎とイタリアン

 学祭まで1週間を切った。
 純太は日曜日返上で、学祭を完成させるために学校に出た。
 母は、禄に勉強もせずに絵に没頭している純太に小言を言っていた。
 更に、休日まで学校に行くことに対して、露骨に嫌な顔をした。
「同級生たちは塾に行って勉強している時に、あんたは馬鹿みたいに絵ばっかり描いて、本当に馬鹿になっちゃうわよ」と家を出る間際に皮肉を言われた。

 相模川の下流域には、日本の名立たる企業の工場や研究所が集積していて、特に製造業の施設が多い。
 純太の父は、家電メーカーの研究所に勤めていた。
 母は、純太が父のような優秀なサラリーマンになる事を望んでいるようだった。
 父は口に出して言わなかったが、純太が高校で理系コースではなく文系コースに行くと決めた時に、寂しそうな表情を見せた。
 幸いだったのは、父は、好きなことがあるなら、それを一生懸命やったら良かろうと、言ってくれたことだった。
 父親は、昭和の猛烈社員を絵に描いたような男で、無口な男だが、その背中は、父のように好きな事に一生懸命没頭しろと言っているようだった。
 家庭サービスなど殆どしない男だったが、唯一、連れていってくれるのが、大洋ホエールズの試合だった。

 亜美と知佐子も日曜に学校に出て手伝ってくれた。
 純太の壁画は、あと少しで完成しそうだったが、宝冠や瓔珞(ようらく)などの立体感があと一歩だった。
 ちなみ、瓔珞というのは、仏像にかける珠の飾りの事だ。

 絵具が減っていたので、純太は画材の調達も兼ねて、高校から程近い商店街に向かった。
 文房具店に向かって自転車を走らせていると、偶然、アーケード街で根岸の姿を目にした。
 彼は、見知らぬ女子高生と手を繋いで歩いていた。
 純太の心に、怒りが湧き起こった。
 恋人である亜美が一生懸命になって学祭の準備をしている時に、一人抜け駆けして他の女とデートなんて許せなかった。
 純太は、擦れ違う直前に、わざとブレーキを大きく鳴らして停まった。

 音に驚いた根岸が、ハッとしたように顔を上げた。
「やぁ、根岸」
 純太は、わざと大きな声を出した。
「誰かと思ったら、仁科か。何か用か」と露骨に嫌な顔をした。
「デートなの?」
「うるせぇな、お前に関係ねぇだろう。」
「同じクラスデコのメンバーに向かって、随分と冷たい言い方だな」
「好きこんでなった訳じゃねぇよ。しょうがなく名前を貸しただけだ。デコなんて、やりたい奴らだけでやってればいいだろう。俺は野球で忙しいんだよ」
「ふーん、野球よりも女の尻を追っかける方が忙しいんじゃないの?」
 純太は、思いっきり嫌味を言った。
「おい、どういう意味だ、こら」
 根岸は、純太ににじり寄ってガンをくれた。
「そのまんまの意味だよ。今日は学祭の準備で、亜美ちゃんも来て手伝ってくれてるんだ。もし良かったら、隣の彼女も一緒に、壁画を描くのを手伝ってくれないかな」
 純太は怯まずに言い返した。

「ふん、そんな馬鹿らしいこと、やってられるか」
 根岸は、亜美の名前を出されて気まずそうに視線を外した。
「ねぇ、ケンちゃん。早くしないと映画はじまっちゃうよ」
 隣の女子高生が声をかけた。
「おう、そうだな。オイ、仁科。俺は、お前にかまってるほど暇じゃねぇんだ。まぁ、もてない男は、せいぜい、学祭の準備に励んでくれよ」
「つまらない映画を見てるより、絵を描いている方が何倍も有意義だと思うね。根岸も、映画よりも野球をやってる方が、有意義だと思うんだろう?」
 純太は皮肉を言った。
「うるせえな。亜美にチクったらただじゃおかねぇからな」
 根岸は擦れ違い際に、耳打ちをして歩き去った。

 こっちは、日曜返上で学祭の準備をしているというのに、お気楽なもんだ。
 根岸が、プレイボーイだという噂は耳にしていたが、浮気の現場に遭遇したのは初めてだった。
 女といちゃつきながら歩いている根岸の背中を見ていると、怒りに加えて嫉妬の感情が高まった。
 亜美という恋人がいながら、別の女とも付き合うなんて、何て羨ましい男だ。
 彼は、野球部のエースという事で、先生や生徒の間でも一目置かれる存在だ。
 しかし、自己中で口も悪いし柄も悪い、おまけに我が侭で態度もでかい。
 純太からすれば、世の中の女が何であんな男を好きになるのか理解できなかった。
 外見は良いかも知れないが、付き合えば、中身は最低だということに気付かないのだろうか?
 しかし、現実を見れば、多くの女が彼に夢中になっているのは確かだ。
 そう思うと、やっぱり、世の中、顔なのだろうかと純太は切ない気持ちになった。

 純太は、落ちこんだ気分を振りはらって、文房具店で画材の買出しをした。
 必要な物を買い揃えてから、店を出て高校に戻った。
 校舎は、高台にあったので、街に出る時は下り坂で楽だったのだが、戻る時は上り坂できつかった。
 自分がこうして、額に汗を滲ませて自転車を漕いでいる間にも、根岸は女と一緒にポップコーンでも摘みながら、クーラーの効いた涼しい映画館でデートしているのだろう。
 そう思うと、余計に腹が立った。
 高校に戻っても根岸が他の女とデートしていた事は言わなかった。
 それは、根岸に口止めされたからではなかった。
 告げ口するみたいで気が進まなかったのと、亜美の悲しむ顔が見たくなかったからだ。


 遮二無二なって、壁画を描いているうちに昼飯時になった。
 亜美が、3人で昼食に出かけようと提案した。
 純太は、喜んでその提案に乗った。
 向ったのは、海岸通りの南欧風のイタリアンレストランで、海の眺めが抜群だった。
 ランチなら、絶対にこの店が良い、という亜美お勧めの店だった。
 純太は、女の子とお店でランチをするのは始めてだった。
 3人なので、デートとは言えないが、それでも、亜美と一緒にランチを共にすることができて嬉しかった。

 純太は、イタリアン専門の店など入った事がなかったので、メニューに書かれた料理名が、さっぱり分からなかった。
 先ず、パスタ選びで、つまづいた。
 ペスカトーレなどのスパゲッティは理解できたが、タリアテッレやフェットチーネ、リガトーニやラビオリ、というパスタは何の事だかさっぱり分からなかった。

 パスタが駄目ならピッツァにしようと、メニューを見た。
 マルゲリータやカプリチョーザやロマーナという名前が連なっていたが、名前を見ただけでは良く分からなかった。

 一応、説明書きもされていた。
 マリナーラソースがどうのとか、チーズは、モッツァレラだとかリコッタだとか、アンチョビーやケイパー入りと書いてあったが、純太の頭の中は、疑問符だらけだった。
     
 本格的過ぎて、何だか本当に、イタリアに来たような錯覚を覚えた。
 自分が、イタリア語を読めないで四苦八苦する日本人観光客にでもなった気分だった。
 気晴らしにと眺めた湘南の海も、何だか本物の地中海のように見えてきた。
 風景も皮肉なもんだ。

 正直言って、お洒落なイタリアンではなく定食屋の方が良かったなと思ったが後の祭りだった。
 イタリアン好きには堪らない店だろうが、禄にパスタもピッツァも食したことのない純太には敷居が高すぎた。
 純太は、結局、店長お勧めの日替わりランチを頼むことにした。
 スカンピ・トマトソースというスパゲッティだった。

 説明書きには、アカザ海老をふんだんに使ったスパゲッティと書かれてあった。
 注意書きによると、アカザ海老と言うのは、相模湾に多く生息している手長海老のことで、イタリアではスカンピと呼ばれているそうだ。

 亜美は、カルボナーラを注文した。
 彼女が力説するには、ここのカルボナーラに入っているパンチェッタベーコンと、チーズの王様と呼ばれているパルミジャーノ・レッジャーノが最高に美味しいらしい。
 何だか、パスタを噛む前に、舌を噛みそうな名前だった。
 知佐子も亜美と同じく、を頼んだ。

 二人は、イタリアンに詳しいらしく、傍で聞いている純太には、彼女らの口から発せられた横文字が、サッカーのセリエAのチーム名ぐらいにしか聞こえなかった。

 亜美は、注文の際、デザートにティラミスを注文した。
 ここの手作りティラミスは最高に美味しいからという勧めに乗って純太も知佐子もティラミスを注文した。
 しばらくして、運ばれてきたパスタは、アカザ海老の頭付きで、他にも貝などの海産物が入っていて、トマトソースと良く合って美味しかった。
 食後に運ばれてきたティラミスもうまかった。
 しっとりとした食感に、程よい甘さが絡んで、口に運べば運ぶほど、口から鼻へとティラミスの風味が広がった。


 3人は、ティラミスに舌鼓を打ちながら、来週に迫った学祭に付いて色々と話をして、大いに盛り上がった。
 純太は、亜美とランチを食べることができて、この上ない幸せだった。
 しかし、満たされない気持ちも抱えていた。
 亜美の口振りからすると、彼女が何度かこの店に来たことがあるのは確かだった。
 恐らく、亜美は根岸と一緒にティラミスを食べたのだろう。
 だが、その根岸は今頃、映画を見終わって、どこぞの店で、他の女とランチを食べているのだろう。
 若しかすると、その後に、ラブホテルにしけこむのかも知れない。
 そう思うと、目の前の亜美が不憫でならなかった。
 思い切って、あんな悪い男とは別れてしまえと言いたかった。

 少し開いた窓から微かに聴こえてくる潮騒が、やけに耳に付いた。
 さらに、海に煌めく銀鱗が目障りにチラついた。
 心が乱れて、美しい物さえ美しいと感じなくなっていた。

 ランチを食べてからも夕方まで学祭の準備をした。
 亜美と知佐子が帰った後も、純太は一心不乱に絵筆を握り、樹下説法図(じゅげせっぽうず)の菩薩を描いた。
 今までは、自分のために絵を描いていた。
 しかし、今は違っていた。
 生まれて初めて、人のために描いていた。
 亜美を感動させたいがために、絵筆を握っていた。
 また、壁画を馬鹿にしている根岸を見返してやりたかった。
 純太にとって、敦煌莫高窟を描くことは、自らのプライドを掛けた戦いでもあった。

 頭の中には、寝ても覚めても樹下説法図がへばり付いていた。
 描き進む内に、モデルとして描いている亜美が、自分と一体化していくような不思議な高揚感を覚えた。
 瞳を閉じれば、そこに亜美がいた。
 頭の中が一枚のキャンバスとなっていた。
 その中で亜美は笑い、時には怒りり、泣いた。それは不思議な感覚だった。

 純太の壁画を見て、他人が何と言おうが関係なかった。
 愛している、その想いを壁画にぶつけた。
 亜美が自分の彼女になったら、どんなに幸せだろう。
 神仏に土下座して叶うなら、額を泥に擦り付けるだろう。
 しかし、それは敵わないこと…自分に、そう言い聞かせた。

 純太は、古の時代の絵師の心を知らない。
 遥か昔、彼らは何を思って、敦煌莫高窟を描いたのだろう?
 宗教心からか、それとも、生きるためか?
 それとも、絵師としてのプライドのためか?
 何れにしても壁画のモデルは、絵師たちが愛した女性たちだった気がする。
 それは、初恋の人であり、離れて暮らす恋人であったり、故郷に残してきた妻であったのだろう。
 純太も、純粋な想いを壁画に込めた。
 描いた菩薩は、亜美の分身であり、彼女こそが天国から舞い降りてきた女神だった。

 第10章 終了

 

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