小説: 湘南ラピスラズリ

湘南、鎌倉を舞台にした純情ラプソディー/絵を書くことが大好きな高校生の、甘く切ない恋の詩

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第4章 いざ横浜へ

2012年02月17日 10時42分44秒 | 小説

第4章 いざ横浜へ

 翌日の土曜日の放課後。
 純太は、約束の時間が来るまで美術室で油絵を描いた。
 しかし、これから亜美と電車に乗って出かけると思うと、浮ついた気持ちになり、絵を描くどころではなかった。

「お前、今日は何だか集中力がないな」
 純太の背後から、美術部顧問の秦悟吾(はた せいご)の声がした。
「そんな事ないですよ。しっかり描いてますよ」
 純太は、言い訳をした。
「嘘付け。何時ものお前なら、声を掛けても気付かないぐらい集中してキャンバスに噛り付いているが、今日は、まともにキャンバスに向き合ってないな。ボーっと考え事をしているかと思えば、妙にニヤけたりして気持ち悪いぞ。さては、女でも出来たか?」
 秦が、純太の背中を突っついた。
「そ、そんなんじゃないですよ。ちょっと、学祭でやることになった敦煌の壁画のことを考えていただけですよ」
 純太はむきになって言った。
「ほう、敦煌の壁画をやるのか、面白そうだな。俺もシルクロードは好きだね。特に敦煌の壁画は、美術的にも価値がある」
「自称、湘南のモネを気取っている先生が、興味あるのは印象派だけじゃなかったんですね」
 純太は、茶化した。
「おい、おい。なめてもらっちゃこまるぞ。俺だって美大を卒業してるから、美術一般に関する知識はあるぞ。敦煌莫高窟を始めとした仏教美術は、ローマやルネサンスの西洋美術にも匹敵するんだ」
 秦は、したり顔で言った。

「先生もテレビ番組を見て、興味を持ったんですか?」
「なめるなよ、仁科。俺は、ブームが始まる前から、敦煌には興味があったんだ。シルクロードに関する本も何冊か持ってるよ」
 秦は、自慢げに言った。
「じゃあ、テレビ番組は見てないんですね?」
「いや、あれはあれで面白いから見てるよ」
「何だぁ、先生も同じ穴のムジナじゃないですか」
「そう言われると、五十歩百歩かも知れないが…あっと、そろそろ出発する時間だ」
 秦は腕時計を見て、顔を上げた。
「俺は、ヨットハーバーの絵を描きに、外に出てくる。いいか、仁科。学祭の事を考えるのも結構だが、ちゃんとキャンバスと向き合って絵を描けよ」
 秦はそう言って、美術室を出て行った。

 秦に説教されたものの、純太は、その後も、あまり集中して絵を描けなかった。
 純太は美術部の絵を早めに切り上げて、駅のホームで亜美を待った。
 亜美が来るまでの間、ホームから見えるオーシャングリーンの海を、ボーっと眺めながら待った。

 


 約束の3時を過ぎても亜美は姿を現さなかった。
 5分が過ぎてから、亜美が改札を抜けて息を切らして走ってきた。
「ごめん、練習が少し長引いちゃって」
 亜美が、謝った。
「いいよ。別に気にしないで」
 その時ちょうど、鎌倉行きの電車がホームに入ってきた。
「先ず乗りましょう、詳しくは中で話すわ」
 純太と亜美は江ノ電に乗り、吊革を掴みながら並んだ。
「何か、におうわね」
 亜美がクンクンと嗅いで、純太の方に鼻を寄せた。
「僕は、オナラしてないよ」純太は首を振った。
「嫌だ、仁科くん。オナラの匂いじゃないわよ」
 亜美は純太の背中をポンと叩いた。
「じゃ、どんな匂いなの?」
「あまり嗅いだ事のない独特な匂いね。少し生臭い感じがするけど…どちらかというと、私が好きな匂いね」

 純太も注意深く匂いを嗅いだが良く分からなかった。
 偶然、亜美の方に鼻を寄せた時、亜美の体の匂いを感じたので、鼻を膨らませて大きく吸った。
「仁科くんの鼻って、馬みたいにヒクヒク動くのね」
 亜美が、笑いながら言った。
「鼻はよく動くんだけど、あんまり利かないんだ」
「きっと仁科くんの前世は馬だったのよ」
 亜美は、からかうように言った。
「じゃあ、亜美ちゃんは、犬だったんだよ」
 純太も返した。
「そうね、あながち外れてないかもよ」と笑った。

「そうだ、図書館について、国語の藤沢先生に聞いたんだけど、横浜にある県立図書館は、政治、経済、歴史とかの文系関連が充実しているらしいわ。川崎の方は、理系関連が充実しているらしいの。だから、横浜の方へ行けば、学祭の参考になるような敦煌の本があると思うの」
「文系専門の図書館なんてすごいね。かなり期待できるね。それで、その図書館は、横浜のどこら辺にあるの?」
「桜木町の駅の近くだそうよ。一応、簡単な地図を紙に書いてもらったわ」
「桜木町って言うと、造船所とか操車場のある駅だね」
「桜木町の湾岸部は、再開発が計画されているみたいだから、10年後には新宿みたいな高層ビルが立ち並んでいるっていう噂よ」
「あそこら辺が新宿みたいになるなんて信じられないけどね…」
「そうね、私も同感。いっそうのこと、広々とした公園を作って欲しいもんだわ」
「公園も良いけど、砂浜を作って海水浴できるようにしたら良いんじゃないかな。そうしたら、夏になっても、馬鹿みたいに、湘南が込まなくてすむかも知れないよ」
 純太は、そう皮肉って笑った。


 江ノ電で鎌倉まで行き、横須賀線に乗り換えた。
 横浜で乗り換えて桜木町駅で下車した。
 純太は、横浜に出てくると、何時も人の多さに圧倒される。
 純太は、横浜の人間に対して、劣等感と優越感が入り混じった感情を抱いていた。
 大都会の横浜に対する憧れはあるが、江戸時代までは小さな漁村に過ぎなかったくせにという、蔑んだ感情も持っていた。

 鎌倉は田舎ではないが、横浜のような大都会でもない。
 鎌倉にはかつて幕府が置かれ、日本の首都だった。
 純太は、それを誇りに思っている。
 そして、鎌倉の穏やかな空気と、文化が息づいている雰囲気が好きだった。


 桜木町の駅から、歩いて10分ほどで県立図書館に着いた。
 歴史の本棚コーナーに行き、探してみたが敦煌の壁画をカラー掲載した本は見当たらなかった。
「あっ、この本、読みたかったんだ」
 亜美が、一冊の小さな本を手に取った。
「それは何の本?」
「さまよえる湖っていう本よ。スヴェン・ヘディンって言う探検家が、シルクロードの幻の湖、ロプ・ノールについて書いた本よ。前から一度、読みたいなって思っていたの。ちょうど良いから借りてみようかな」
「不幸中の幸いだね」
「まだ、不幸かどうかは分からないでしょ。受付に行って聞いてみましょう」

 亜美は、受付に行き、忙しそうに事務処理をしていた司書に尋ねた。
「すいません、敦煌の壁画の写真集のような本はありませんか?」
「ありますよ」
「えぇ、本当ですか。やったね、仁科くん」
 亜美は、高い声を出して喜んだ。
「でも、残念ながら現在貸し出し中です」
 抑揚のない事務的な口調だった。。
「それが返却されるのはいつですか?」
「2週間後ですね」
「2週間も待ってたんじゃ、学祭に間に合わないわ…」
 亜美は、項垂れた。

「一応、予約はしておきますか?」
 司書が、初めて亜美と視線を合わせた。
「はい、お願いします。それと、この本、今日借りたいんですけど」
 亜美は、『さまよえる湖』を差し出した。
「では、この登録用紙に住所と連絡先を記入して下さい。予約に関しては、返却され次第、連絡します。では、次の方、どうぞ」
 司書は、事務的に次の客の対応を促した。


 純太と亜美は、意気消沈して図書館を後にした。
「残念だったね。でも、きっと何所かに参考になる本があると思うよ」
 純太は、慰めた。
「わざわざ横浜まで付き合ってもらったのにごめんね」
「別に、そのくらいは良いさ。でも、どうしようか。資料がないと絵が描けないよ。図書館にないとすると、次は何処に行こうか?」
「専門書を取り扱っている本屋に行って探してみましょう」

 純太と亜美は、横浜駅前にある大手の書店に行った。
 歴史コーナーで立ち読みをして壁画の写真を探した。
 専門書だけに、紙面の殆んどが文字で埋められ、写真があったとしても白黒で画質が荒く、絵の参考にするには適していなかった。
「あまり、良いのはないわね」
 亜美が呟いた。
「そうだね…ないね」
 その後の数秒間、二人の間に沈黙が続いた。
「駄目もとで、美術関連の方を探してみようか。若しかしたら、画集みたいな感じの本があるかもしれないよ」
 純太は、努めて明るく言った。
「駄目もとでも何でもいいわ。藁にも縋りたい気分よ。やっぱり、クラスデコで敦煌をやるのは無理があったのかなぁ」
 亜美は力なく言った。
 
 美術コーナーに行って本を探した。
 大きなアルバムぐらいの大きさの美術シリーズの中に、敦煌莫高窟の写真図鑑が3巻あった。
 重厚な装丁本でずっしりと重かった。
 ページを捲って見ると、美しい壁画や塑像のカラー写真と解説が書かれていた。

「やったね、仁科くん。この本なら、ばっちりね」
 亜美が、微笑んだ。
「そうだね。よし、これを買おう」と言って、
 値段を確認すると、1冊、1万5千円だった。
「げっ、専門書ってこんなに高いのか。3冊買うとすれば、4万5千円か…ちょっと手が出ないなぁ」
 純太は溜息をもらした。
「そうね、高すぎるわね」
 亜美は眉間に皴を寄せた。
「デコのメンバーで割り勘にしようか?」
「そうね、メンバーは10人だから、1人4500円出し合えば、4万5千円は集まるね」
「4500円か…結構な金額だね」
「そこは皆に相談してみるわ。最低限、1冊買えばいいから、そうしたら、1500円で済むだろうし」
「それにしても馬鹿みたいに高いよなぁ。僕らは学祭があるから仕方なく買うけどさ。他に、こんな高い本、誰が買うんだろう?」
「敦煌の美術に興味があって、お金に余裕のある大人が買うんじゃない」
「美術好きの大人かぁ」
 純太は、そう呟くと秦の顔が頭に浮かんだ。

「そういえば、今日、美術部の秦先生が、シルクロードの本を何冊か持っているって言っていたなぁ。来週、どんな本なのか聞いて見るよ。あんまり、金持ってそうに、見えないから、期待しない方が良いけど…」
「でも秦先生は、独身貴族だから、お金の自由はきくんじゃない」
「そうだね。でも秦先生を見ていると、貴族って言うよりは、ジプシーって感じだなぁ」
 純太は、秦のラフな身なりを想像した。
「それは、言えてる」
 亜美がそう言うと、二人で笑った。

 純太と亜美は、しばらく敦煌の本を立ち読みしてから、書店を後にして横浜駅に向かった。
「仁科くん、横浜球場に行ったことある?」
 亜美が、尋ねた。
「うん、あるよ。親父と一緒に、大洋ホエールズの試合を観戦しに、何回か行ったことがあるんだ」
「横浜球場に行きたいんだけど…私、行ったことないのよ。もし良かったら、ちょっと付き合ってくれない?」
「若しかして、大洋ホエールズの試合を見に行くの?」
「違うの、試合を見に行く訳じゃないのよ。ちょっと、買いたい物があるのよ」
「応援グッズでも買うの?」
「遠藤っていう選手のTシャツを買いたいんだ」
「亜美ちゃんは、遠藤ファンなんだね。まぁ、確かに、遠藤はエースピッチャーだし、ルックスも良いもんな。やっぱり、男は顔なのかねぇ」
 純太は愚痴っぽく言った。

「別にファンじゃないわ。ケンの憧れの選手なのよ」
「へぇ、根岸は遠藤のファンなんだ。まぁ、同じピッチャーだからなぁ」
「来週、ケンの誕生日なのよ。だから、遠藤のTシャツをプレゼントしたいの」
 亜美は、少し恥らいながら笑った。
「なるほど、そう言うことか…それで、何日なの?」
「6月12日よ」
 純太は、悲しい気分になった。幸か不幸か、純太と同じ誕生日だった。自分もその日が誕生日だからプレゼントを欲しいと言えるほど、純太は図々しくなかった。
「若しかして、この後、用事がある?」
 亜美が、不安げな視線をした。
「いや、特にないよ。一緒に行って、球場まで案内するよ」
「本当、ありがとう。助かるわ」
 亜美は、目を見開いて喜んだ。


 横浜駅で根岸線に乗り、関内駅で下車した。
 横浜球場でナイターがあるようで、駅舎は観戦客でごった返していた。
 人の流れに押されるようにして、純太たちは横浜球場へ向かった。

 その日の対戦相手はジャイアンツだったので、球場のある横浜公園は混雑していた。
 純太たちは、公園内の露天商に行ってTシャツを探した。
「亜美ちゃん、あったよ。背番号24番、遠藤のTシャツだ」
 純太は、商品を指差した。
「ありがとう、仁科くん」
 亜美は、Tシャツを手にした。
「サイズがLだわ。すいません、このTシャツのLLサイズってありますか?」
 亜美は店員に尋ねた。
「えぇーと、ちょっと待ってね。遠藤は人気があるからなぁ。品切れぎみなんだよなぁ」
 店員は、独り言を呟きながら、重なっているTシャツをひっくり返して探した
「うーん、ちょっと今、LLは切らしてるな。お嬢さんだったら、Mでも良いんじゃない?」
「私のじゃないんです」
「そうかい。でも、連れの彼氏の大きさを見ると、Lでも十分だと思うけどね」
 店員は純太を見た。
 純太は、その勘違いがちょっぴり嬉しかった。


「彼は友達です。私の彼氏は、野球部で、もっとガッシリしてるから、LLじゃないと駄目なんです」
「それは失礼。田代のTシャツならLLがあるんだけどな。今日は、4番の田代が絶対にホームランを打ってくれるぜ。田代のTシャツにしないかい?」
 店員は、別の選手のTシャツを見せた。
「私の彼氏は、鎌南高校のエースなんです。今年は絶対に甲子園に出るんです。だから、遠藤のじゃないと駄目なんです」
 亜美は、ムキになった。
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。今年の甲子園は、エース愛光が率いる横浜高校に決まってるじゃん。悪いけど、鎌南なんて、屁のツッパリもならなねぇよ」
「何ですって。いいです。もう要りません」
 亜美は不機嫌に言い捨てて、店から離れた。
「何よ、あの態度。腹立つわ」
 亜美は口を尖らせた。
「まぁ、あんまり気にしない方がいいよ。鎌倉っ子にしてみれば、横浜は敵地みたいなもんだからね。近くに、ホエールズのグッズを売っているショップがあるんだ。そこだったら、LLのTシャツがあると思うよ。ここから、中華街の方面に少し歩いた所にあるんだ」
「本当?じゃ、そこに連れて行って」


 純太は亜美を連れて、ホエールズのショップに向かった。
 店内には、メガホン、Tシャツ、レプリカのユニホーム、サイン色紙などのグッズが陳列されていた。
 亜美は、Tシャツのコーナーに行き遠藤のTシャツを探した。
「仁科くん、LLサイズがあったわ」
 亜美は、満面の笑みを見せた。
「見つかって、良かったね」
「仁科くんに一緒に来てもらって本当に良かったわ。ありがとう」
「このぐらいの事でしか、役に立てないけど…」
「お陰で、ケンの誕生日プレゼントを買えたわ」
 純太は、亜美の笑顔が見られて嬉しかった反面、虚しさを感じた。
 これでは、自分は単なる恋のピエロだ。
 亜美は、遠藤のTシャツと、ホエールズのロゴが入ったボールペンを買った。
 Tシャツには、贈呈用のリボンを付けてもらっていた。

 支払いを済ませて店を出ると、亜美が立ち止まった。
「はい、これ。仁科くんへプレゼント」
 亜美が、購入したボールペンを見せた。
「若しかして、僕に買ってくれたの?」
「うん。今日は、いろいろ連れまわしてしまったから、そのお礼よ。安物のボールペンで申し訳ないけど」
「ありがとう。嬉しいよ…本当に嬉しい」
 純太の沈んでいた心に、少しだけ灯りが点った。

 少し街を歩いてから、純太は思い切って誘ってみた。
「せっかく近くまで来たから中華街に寄ってみない」
「そうね。ちょっとお腹も減ってきたし、行ってみようか」
「よーし。じゃぁ、僕が肉饅をおごるね。美味しい店を知ってるんだ」
 純太は、張り切った。

 仰々しい門を潜って中華街の路地に入った。
 多くの客が往来し、活気に満ちていた。
 純太は、セイロで蒸したての肉まんを買って、亜美におごった。
 火傷しそうなほど熱かったが、フーフーしながら頬張った。
 もっちりとした皮と、肉汁たっぷりのジューシーな具が美味かった。
 その後も、小龍包やゴマ団子、大根もちなどを食べ歩いた。
 食べ歩きをしている内に満腹になるほど、ボリュームがあった。


 中華街を歩いていくと山下公園に出た。
 横浜港に夕暮れが迫り、停泊していた氷川丸や、横浜マリンタワーがライトアップを始めていた。
 煌びやかな横浜のナイトライトが眩しかった。
 山下公園では、たくさんのカップルがデートをしていた。
 露天商の店員が間違えたように、通りすがりの人から見れば、自分たちも恋人に見えるかも知れない。
 純太は、そう思うと、本当の恋人になったような気がして嬉しかった。

 公園の一角で、数人の若者が集まって、ラジカセから流れるディスコサウンドに合わせて踊っていた。
「ねぇ、あそこで踊ってるの竹の子族じゃない?」
 亜美が、言った。
「違うんじゃないかな。服装が普段着だし、ここは原宿のホコ天じゃないよ。でも、確かに竹の子族みたいな音楽と踊りだね」
「きっと、明日の演技に向けて練習してるのよ」
「なるほど、今日は山下公園でリハーサルって訳か」
「仁科くんは、竹の子族に興味はないの?」
「全くないね。踊りは苦手だし、それにあんな格好で人前で踊るなんて恥ずかしくて出来ないよ。若しかして、亜美ちゃんは、竹の子やってるの?」
「まさか。山女には、あんなケバケバしいファッションは似合わないでしょう?」
 亜美は自分を皮肉って言った。
「そうかな。亜美ちゃんなら、どんな服でも似合いそうだから、意外にいけるんじゃない」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃん。でも、もしあんな格好で家に帰ったら、ママに勘当させられちゃうわ」
「亜美ちゃんの家は放任主義って言ってたけど、以外にママは厳しいんだね」
 純太は、昨日の話を思い出して言った。

「ほったらかしのくせに厳しいのよ。要は世間体が大事なだけなのよ。言ってみれば、放任主義じゃなくて、ご都合主義ね。親の都合の良いように子供を教育してるのよ。先生だって同じよ。下らない夢なんて持つな。勉強して、大学に進学して良い会社に入れ。社会の役に立つ立派な大人になれって口を揃えて言うじゃない。馬鹿みたい」
「確かに、そうだね」
「私、竹の子族の気持ちも分かるわ。毎日毎日、面白くない勉強をさせられ続ければ、思いっきり羽目を外して自分の世界に酔い痴れたくもなるわよ。だから私も正直言って、心の片隅では、竹の子族をやってみたいって思いはあるわ」
「そうだね。だから、皆、やらないまでも、原宿まで見に行くんだろうね」

 純太たちは、山下公園を通り過ぎてから、レンガ壁の美しい県庁の通りを歩いて関内駅に戻った。
 電車に乗ると、亜美はウオークマンを出して、イヤホンを付けた。
「シルクロードの音楽を聴いてるの?」
 純太は、尋ねた。
 亜美は小さく首を振って、一方のイヤホンを純太に渡した。
 純太は、耳に当ててみた。ハスキーボイスの男が、声を震わせて熱く歌っていた。
「どこかで聴いた気もするけど、誰の歌?」
「えっ、仁科くん、知らないの?もんた&ブラザーズのダンシング・オールナイトよ。テレビの歌番組にもよく出てるでしょう」
「僕、そういう番組はあまり見ないんだ」
「じゃあ、どういう番組を見るの?シルクロードの番組しか見ないなんてことないわよね?」
 亜美は、揶揄するように言った。

「アニメは好きだけど、テレビ自体、あまり見ないね。暇があれば、家でも絵を描いているんだ」
「好きな歌手とかアイドルはいないの?」
「うーん、別にいないな」
「金八先生とか、ドラマも見ないの?」
「見ないよ、ドラマなんて作り話じゃん。そんなの見ているんだったら、絵を描いていた方が有意義だよ」
 純太は、熱く語った。
 亜美は、手を口に当ててクスクスと笑った。
「仁科くんって、ケンに似てるわね」
「僕が根岸に似てるって?」
 純太は、嫌な気分だった。
「そう、ケンもくだらないテレビ番組を見ているよりも、野球の練習をした方が有意義だって言ってたわ。ケンは野球馬鹿だけど、仁科くんは美術馬鹿ね」
 亜美は、茶目っ気たっぷりに笑った。

 鎌倉駅で江ノ電に乗り継ぎ、高校前の駅で下車した、
 亜美とは駅で別れた。
 夜の帳が下りた海岸の向こうに、江ノ島の街灯かりが見えた。
 それは、海に浮かぶ巨大な戦艦のようにも見えた。


 第4章 終了

 

~ 作者 朝比奈颯季からのお願い ~


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