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いつ話すか・・・聖書

2017年07月01日 03時59分22秒 | 日記

 

話すことは日常生活の一部ですが,一日じゅう話している必要はありません。

 

聖書も,「黙っているのに時がある」と述べています。
(伝道の書・コヘレトの言葉3:7)

 

他の人が話している時に黙っているのは,敬意の表われです。
「私に教えよ。そうすれば,私は黙ろう。私がどんなあやまちを犯したか,私に悟らせよ」。
(ヨブ 6:24)

 

思慮分別のある人は,舌を制御して内密の事柄を漏らしません。
「中傷する者として歩き回っている者は,内密の話をあらわにしている。自分の唇に誘われる者とあなたは交友を持ってはならない」。
(箴言20:19)

 

賢い人は,挑発されても舌を制します。
「おののいて罪を離れよ。横たわるときも自らの心と語り,そして沈黙に入れ。〔セラ」。
(詩編4:4)


聖書は,「話すのに時がある」とも述べています。
(伝道の書・コヘレトの言葉3:7)

 

友達から素晴らしいプレゼントをもらったなら,見えない所にしまっておいたりせず,実際に使って感謝を表わすのではないでしょうか。

 

話す能力という神からの贈り物も同じです。

賢く用いて感謝を表わしましょう。
自分の気持ちや必要を伝えたり,励ましの言葉を述べたり,神を賛美したりすることができます。

 

「主(神)よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば,私の口は,あなたの誉れを告げるでしょう」。
(詩編51:15)

 

では,話すべき時をどのように見極められるでしょうか。


箴言 25章11節は,話す時を選ぶことの大切さを例えで示し,
「適切な時に話される言葉は,銀の彫り物の中の金のりんごのようだ」と述べています。
金のりんごはそれ自体が美しいものですが,銀の彫り物の中に置くと,美しさがいっそう引き立ちます。
同様に,話す時を注意深く選ぶなら,話す言葉はいっそう魅力的で効果的なものになります。なぜそう言えますか。

相手が本当に必要としている言葉であっても,話す時をよく選ばないと,目的は達成できないでしょう。
「正しく答える人には喜びがある。時宜にかなった言葉はいかに良いものか」。
(箴言 15:23)

2011年3月,東日本を地震と津波が襲い,多くの町が壊滅し,1万5000人以上が亡くなりました。地元のクリスチャン会衆の人々は,自分たちも被災しましたが,
嘆き悲しむ人たちに聖書からの慰めの言葉を伝えたいと思いました。とはいえ,多くの人は仏教徒で,聖書の教えをほとんど知りません。
クリスチャン会衆の兄弟たちは,津波直後の今は,悲嘆に暮れる被災者に復活の希望について話すのはふさわしくないだろう,と考えました。
それで,慰めたり,罪のない人がこうした災難に遭う理由を聖書から説明したりしました。



話す時を見極めるべき状況はほかにもあります。例えば,他の人の言葉に傷ついた場合です。
そういうときは,少し時間を取って,「これは自分が何かを言わなければならないほど重大なことだろうか」と考えましょう。
何かを言うべきだとしても,感情が高ぶっている時に話すなら,軽率なことを言ってしまうかもしれません。
「正しい者の心は,どう答えるかを思い巡らす。悪者の口は悪を吐き出す」。
(箴言 15:28)

 

                                            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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