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懐かしいTVドラマ・隠密剣士 第4部 第7話 第8話 第9話

2017年08月13日 20時15分10秒 | 日記

『隠密剣士』
1962年10月7日から1965年3月28日までTBS系『タケダアワー』枠(毎週日曜19時からの30分枠)
で全10部(計128話)に渡って放映された宣弘社プロダクション製作による大瀬康一主演の連続テレビ時代劇。
忍者ブームの火付け役ともなった。

天明7年(1787年)から寛政2年(1790年)にかけての日本各地を舞台として、江戸幕府11代将軍・徳川家斉の腹違い
の兄である松平信千代(大瀬康一)が秋草新太郎と名乗り、公儀隠密として旅をしながら、世の平和を乱す忍者集団との戦いを繰り広げる作品である。

第1部は蝦夷編で、アイヌ人と和人(日本人)の葛藤が描かれるなど工夫がみられるが、重厚な内容のせいか不人気であった。
第2部から新機軸として忍者との戦いを繰り広げることになる。
これにより人気が上昇した結果、視聴者層は子供だけでなく大人に広がり、最盛期には40%近い視聴率を取った。
本作の人気は1960年代の忍者ブームを牽引し、映画化や主演を替えてのシリーズ化などが行なわれた。
内容は正統派の時代劇であり、登場するさまざまな忍者や忍術もリアリティがあるが、これらは脚本家・伊上勝
のアイディアによるものが多く、本作で彼が培ったものは後年、脚本を担当した『水戸黄門』『仮面の忍者赤影』『仮面ライダー』などに活かされたとされている。
また、「忍者の刀の構え方」や「卍型の手裏剣」などは企画担当の西村俊一の考案によるもので、これも後続の忍者物ドラマなどに踏襲された。
さらに「水蜘蛛の術」を初めて映像化した作品とされており、こうした映像によって一般的な忍者のイメージを確立したとも言われる。
制作進行の野木小四郎は、路線変更にあたって伊賀や甲賀へ赴き、忍術の研究を行ったと証言している。
時代劇でありながら、数人の忍者が乗る「潜水艦」が登場したこともある。
これは江戸時代に実際に伝えられていた「龍宮舟」と呼ばれる、木造で船首と船尾に竜の頭部をあしらい、水中を進むとされた船にヒントを得たもので、古文書に依拠している。
『ザ・サムライ』というタイトルで海外でも放送され、ヒットした。
小林利雄によると「オーストラリアや東南アジアで絶大な人気を集めました。東南アジアではどこの国でも放映していましたよ」とのこと。


秋草新太郎(あきくさ しんたろう、演:大瀬康一)
徳川11代将軍・家斉の異母兄で本名は松平信千代。柳生新陰流を極めた剣士。
両親の顔は覚えておらず、9歳から呑海和尚に養育された。堅苦しい生活を嫌って浪人としての暮らしを選び、秋草新太郎と名乗っている。
幕府の老中・松平定信からの要請もあり、まだ少年期の異母弟・家斉の治める世の平和を安定させるべく、公儀隠密として北は蝦夷から南は九州まで、
全国を旅しながら天下泰平の世を戦乱の渦に巻き込もうと企む甲賀や風摩、根来衆などの忍者集団と対決する。
それらと戦う理由については、徳川家のためという訳ではなく、「私が守るのは将軍家でもなければ徳川の権力でもない。この世の中に生きる民百姓の安らぎを守るため」と発言している。
正確な年齢は描かれていないが、第1部で公儀隠密として蝦夷地で指名手配された際の情報から24、5歳と思われる。
第4部『忍法闇法師』で孤児となった馬場周作を一時的に預かって手習いなどを教え、父親代わりとなって養育した。

霧の遁兵衛(きりのとんべえ、演:牧冬吉)
第3部『忍法伊賀十忍』から最終の第10部『変幻忍法帖』に登場。
江戸幕府に仕える公儀隠密の伊賀同心(伊賀忍者)200人のひとりで、伊賀同心三ノ組の組頭代わりを務める。
秋草を『秋草様』と呼び、秋草が敵の罠に陥った際に本来の自分の任務を放り出して救出に駈けつける時もあるなど、様々な場面で秋草を手助けする。
生まれは伊賀国の喰代(ほうじろ)で、師匠は伊賀忍者の上忍・名張半太夫。得意の忍術は霧のような濃い白煙で敵の視界を塞ぐ霧遁の術。
周作少年を「周作坊」と呼び、忍者に興味津々の周作に忍者講釈をするなどして可愛がっている。
刀を逆手に持つ構えは演じる牧の提案によるもの

~Wikipedia~

 

隠密剣士 第4部 第7話

 

隠密剣士 第4部 第8話

 

 

隠密剣士 第4部 第9話

 

 

 

 

 

 

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