
隆慶一郎(1923 - 89)の『吉原御免状』を久しぶりに再読した。
彼の処女作であり、「週刊新潮」に連載され、単行本化されたのは1986(昭和61)年のこと。
小生、最初に読んだのは、単行本となってから間もない頃と記憶する。
当時、かなりの話題を集め、網野善彦の影響もいろいろ言われた。
一読してすぐ分るように、ここには「道々の輩(ともがら)」、アジールとしての遊里、傀儡子等の被差別民と天皇など、確かに、さまざまに網野史学(『無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和』など)の影響が現われている。
その層を、「家康=影武者」説や「天海=明智光秀」説、また八百比丘尼(びくに)伝説などの伝奇小説的趣向が覆っているのだから、なかなかに巧妙な時代小説ということができるだろう。
以上の感想は、再読した後も変わりはないのだが、さて、読み返して驚きとともに発見したのは、
「この小説、ビルドゥングスロマンじゃあないか」
ということ。
念のために急いで言っておくと、ビルドゥングスロマン(Bildungsroman) とは、「教養小説」との定訳があるが、これでは何のことか分らない。
むしろ「成長小説」と訳した方が、よろしいだろう。
つまりは
「成長の物語、人間形成の物語である。主人公が子どもから大人になる人間的な成長を描いた小説」
である。
『吉原御免状』は、主人公の松永誠一郎が、新吉原に姿を現わすところから始まる。「松永誠一郎が、浅草日本堤の上に立ったのは、明暦三年(1657)、旧暦八月十四日の夕刻である。」 という冒頭。
これに続き、彼の出自が語られる。「誠一郎は、二十五の齢まで、肥後の山中で生きて来た。(中略)
誠一郎の師は、宮本武蔵政名である。誠一郎は、棄て子、ものごころつく頃から、肥後の山中で武蔵に育てられた。(中略)
誠一郎は、武蔵によって十四才までに叩きこまれた刀法を、たった一人で完成してゆくしかなかった。」
このように、天涯孤独で、しかも半自然児として育った主人公の設定。
その主人公が、新吉原でさまざまな人と事件に出会って、新吉原の成り立ち(ここで、「道々の輩(ともがら)」、アジールとしての遊里、傀儡子等の被差別民と天皇との関係などが語られる)や、自らの本当の出自が徐々に明らかになってくる。
しかも、新吉原に敵対する「裏柳生」や、それを使嗾する幕閣などとの戦いを通じて、主人公の剣士としての「腕」が上がっていくところを見せていく。
また、主人公の出自に関する真相の「語られ方」にも、独自のものがあるのだが、それは次の機会に。
この項、つづく
現在、もっとも入手しやすいのは、以下の新潮文庫版であろう。
なお、新潮社からは『隆慶一郎全集』も出版されており、『吉原御免状』は第1巻に収録されている。
隆慶一郎
『吉原御免状』
新潮文庫
定価:本体700円(税込)
ISBN4101174113
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