ジュンペイブログ

何となく始めた自己満足型ブログ

襟裳岬ドライブ(前半)

2012-05-30 22:58:20 | 日記
先週の土曜日、夜に知人とファミレスで会っていた俺は、
解散後にそのまま一人でドライブをすることにしました。

行き先を俺が今まで行っていない場所にして、
襟裳岬まで日の出を見に行くことに決定!

襟裳岬は遠い割に道中に見所が少ないので、
夜中に移動してしまうのが良いと思ったし、
この日は夕方まで寝ていたのでコンディションもバッチリでした。

21時半を過ぎた頃に出発し、
国道36号線で苫小牧まで行き、
そこから太平洋沿いの国道235号線をひたすら走ることに。



道の駅に寄りながら浦河まで来た頃には深夜の1時を過ぎていました。



路上に出てきたシカにビビったりしながらも走り続け、
2時半頃に襟裳岬に到着。



灯台の光が回っていたものの真っ暗で先に進めなかったので、
車の中で一休みすることに。

3時半頃には周りが見えるようになったので外へ。



東の空から少しずつ明るくなっていました。



この日の襟裳岬は晴れていて霧も出ていませんでした!



日高山脈の南端である岩礁がずっと沖合まで続いている風景は、
とても最果て感があったな〜。

襟裳岬灯台は日本の灯台50選に選ばれているらしく、
中々趣がありました。



強風で有名な襟裳岬に薄着で来てしまったことを後悔しながら待っていると、
4時頃になってついに日の出が!



俺のイメージでは岩礁の先から太陽が上がってくる感じだったのだが…。

それでも良い日の出が見れて満足でした。



車に戻ってしばらく寝た後は、
レストハウスで海を見ながらの朝食に。

ツブ貝などの海の幸が入った名物のえりもラーメン。



あっさりした味の塩ラーメンでした。

俺はうに丼とのセット(1,600円)にしました。



朝から満腹になり、
完全に明るくなった襟裳岬を見てから帯広へ向かうことに。
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蔵王エコーラインと太平洋フェリー

2012-05-28 22:02:48 | 旅行
東北ドライブの最後は少し寄り道をして、
蔵王連峰を走り抜けてみることにしました。

蔵王エコーラインは前日は雨で通行止めだったようだけど、
この日は無事に通ることが出来ました。

しかし、俺の目的は火山湖の御釜を見ることだったのだけど、
分岐して向かう蔵王ハイラインを見落として通り過ぎてしまった…!

引き返すとフェリーの乗船に遅れそうだったので諦めて、
高山植物が群生しているという駒草平へ。



まだコマクサは咲いていなくて荒涼としていました。



それでも中々の景観でした!



ここからは深い谷に流れ落ちる不帰の滝を見ることが出来ました。



さらに進んで滝見台に寄り、
日本の滝百選に選ばれている三階滝を見てみました。



不動滝も遠くに見えました。



宮城側に出た後は東北自動車道を走って仙台港へ向かったのだけど、
渋滞で流れが悪くてギリギリに…。

今回で一番の心残りになってしまったけれど、
御釜は見なくて正解だったのかな〜。

仙台港からは太平洋フェリーを使い、
約15時間かけて苫小牧まで帰ることに。



俺が乗ったのはきたかみでした。



19時40分に仙台港を出港。



さらば17年ぶりの仙台!

昔の俺は船を怖がっていたので、
本格的な航海は実は初めてでした。



バイキングで食事をしたりピアノの演奏を聞いたり、
映画を観たり夜風に当たったりと結構楽しんでしまったな〜。

2等客室だったのであまり落ち着いて眠れなかったけれど、
翌朝には早く起きて日の出を見ることが出来ました!



今回はお金を使って無理もしてしまったけれど、
かなり満足なドライブになりました。



自分の思い出巡りも行き尽くしてしまったな〜。

6日の11時に苫小牧港に入港。



この4日間の疲れはしばらく引きずることになり、
25日の給料日を迎えるまで金欠で大変だった…。
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山寺

2012-05-24 22:38:48 | 旅行
東北ドライブの3日目は、
午前中に北仙台で思い出巡りをして夜に仙台港からフェリーで帰るまでの間、
山形県の山寺を見てみることにしました。

東北自動車道と山形自動車道を走り、
約1時間半で山寺に到着。



山を見上げると断崖の上に建つ五大堂などが目に入り、
俺は早くもテンションが上がりました!

昼食は後回しにして登山口へ。



山寺は立石寺という天台宗の寺院で、
前日に行った平泉の毛越寺と中尊寺に松島の瑞巌寺と合わせて、
四寺廻廊というコースになっているのだとか。



また松尾芭蕉に会いました。



今度は弟子の曾良も一緒でした。

800を超える石段のスタート地点である山門。



石段を登ることによって俺の煩悩が消滅するらしい!



何となく煩悩が消えてきた頃、
松尾芭蕉が「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の句をしたためた短冊を埋めたという
せみ塚がありました。



さらに登って視界が開けてくると仁王門が。



仁王門を過ぎると、
凄い場所に建つ納経堂と開山堂が見えました!



俺は先に山頂の奥之院まで行ってみることに。



高い山ではないので、
意外と楽にゴール地点まで来れました。

全ての煩悩が消えて振り返ってみると、
昔話の世界のような素晴らしい景観が!



天空を歩いているみたいで気持ち良かったな〜。



そして、赤くて小さな納経堂と立石寺を開いた慈覚大師を祭る開山堂へ。



とても絵になる!

開山堂の上には天空の道場の五大堂があり、
展望台になっていました。



JR仙山線が走る田園風景が広がっていて絶景でした!



本当に仙人でもいそうな場所だよな〜。



下山して『美登屋』というお店に入り、
郷土料理のだしそば(1,100円)を食べてみました。



刻んだ夏野菜がのっているだけであまり美味しくはなかったな…。

しかし、山寺は来て正解だったな〜。

そろそろ時間が無くなってきていたけれど、
欲張りな俺は蔵王を通って仙台港へ向かうことに。
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思い出の北仙台(後半)

2012-05-20 23:12:04 | 旅行
17年ぶりに北仙台中学校に帰ってきた俺は、
この後も思い出巡りを続けてみることにしました。

部活帰りに寄っていた駄菓子屋は違うお店に…。



窪地の反対側に出て大きな道路に架かる橋を渡ると、
薄暗くて不気味だった水の森公園がありました。



この橋は個人的に印象に残っていました。



この橋からは遠くの高台に建つ仙台大観音が見えました。



高さが100メートルもあるらしく、
やっぱり異様な雰囲気!

水の森公園には行かずに住んでいた家の方へ向かいました。



窪地に広がる住宅街の中はあまり覚えていないな〜。



髪を切った床屋やコロッケを買った精肉店の前を歩き、
住んでいた家まで戻りました。



住んでいた家の前を通り過ぎると、
自転車で帰る時に大変だった心臓破りの坂道が。



坂道を下りずに丘の上を歩くことに。



そのまま進んで奥州街道に出ました。



奥州街道沿いにあった長崎屋は、
今はドン・キホーテになっていました。



俺は長崎屋には当時に発売されたバーチャルボーイの試遊に来ていたのだけど、
あれは買わなくて正解だったな…。

JR北仙台駅の近くまで戻り、
車で台原森林公園にも行ってみました。



ここには仙台市科学館もあり、
家族やTくんと一緒に自転車で遊びに来ていました。

台原森林公園に面した地下鉄南北線の旭ヶ丘駅。



地下なのに外から構内が見える駅でした。

池のスイレンはまだ咲いていなかったな…。



さらに地下鉄南北線の終点である泉中央駅へ。



親父と一緒に来ていた仙台市泉図書館の近くには、
ベガルタ仙台のスタジアムが出来ていました。



俺が住んでいた頃はブランメル仙台だったな〜。

やっぱり自分の思い出巡りは観光よりも楽しかった!

思い出巡りはここまでにして、
この日の午後からは山形県の山寺へ向かうことに。
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思い出の北仙台(前半)

2012-05-18 22:58:46 | 旅行
俺が中学1年生の1学期と2学期を過ごした北仙台に帰ってきました!

JR北仙台駅の近くのコインパーキングに車を停めて、
住んでいた家を目指して歩くことに。

俺が札幌に引越してから早17年が経ち、
地下鉄南北線の北仙台駅の周りには大きなマンションが建っていました。



線路沿いの道路を歩いて行くと、
こちらは昔と変わらない風景で安心しました。



しかし、8ヶ月しかいなかったせいかあまり覚えていない辺りも。



小さなゲームショップは無くなっていたような…。

可愛かった頃の弟が通っていた小学校への坂道が。



弟はどうしてああなってしまったのか…。

住んでいた家への坂道を通り過ぎてしまい、
荒巻セントラルプラザがあった場所まで来ました。



俺は札幌に引越する時、
センプラの入口にあった池に飼っていた金魚を放していました。

しかし、店舗は移転して建物も取り壊されそうになっていました…。

俺の金魚はどうなってしまったんだ!?

後で住んでいた家の近所の人に話を聞くと、
昨年の震災でセンプラの敷地の所有者が行方不明になってしまったのだとか…。

少し戻って川の横から住んでいた家へ。



雨の日に大量のミミズが発生していた階段。



階段を上がると坂道に沿って荒巻ハイツが並び、
その一番上にある棟が住んでいた家でした。

俺は住んでいた家を見る前に途中の公園に寄り、
飼っていた金魚が死んだ時に埋めていた場所へ。



特に可愛がっていた白い口の金魚のシロキチに手を合わせておきました。

飼っていたのはこの公園で行われた金魚すくいの余りだったのだけど、
当時の俺はこういう金魚がすぐに死ぬということを知らなかったので、
次々と死んでいくのを見てただただ悲しんでいました…。

丘の上にある17年前の家まで来ました!



懐かしい〜。

俺が住んでいたのは2階の部屋でした。



丘の上なので見晴らしが良かったのだけど、
目の前に昔は無かったと思われるアパートが…。



次はお世話になった中学校を目指すことに。



通学に使っていた細い路地に入り、
毎朝迎えに行っていたTくんの家へ。



残念ながらTくんとは連絡を取っていないのだけど、
今はどんな大人になっているのだろうか?



こちらは中学校へのショートカットに使っていた土手。



今見ると結構急で危なかったな…。

そして、大阪から引越してきて不安な日々を過ごしていた北仙台中学校が!



部活動が強制なのに文化系が吹奏楽部しかなく、
俺はJリーグで人気絶頂だったサッカー部に仕方なく入っていました。

当時は1年生だけで1チーム以上の人数だったので、
俺はベンチに座ることすらままなりませんでした…。

北仙台中学校の前は窪地になっていて住宅街が広がっていました。



担任のボディは熱くて良い先生でした。



ようやく中学校に慣れて仙台も好きになり始めた頃に引越が決まったんだよな〜。
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