ふとんの中

トラブルは嫌いだが、考えるきっかけは愛そう。

Sing streetと枕 普段と違う行動パターン

2016-10-12 01:47:52 | 日記
最近ポイントになった事象。
Sing streetという映画に心を打たれたこと。
⑵IKEAでHampdanという枕を買ったこと。


好きな映画は?と聞かれて困っていた。無かったからだ。今まで映画から何かを貰ったことは無かった。
でも満を持してこれが好き!これさえあればいい、と言える映画に出会えた。

9月はそもそも仕事で煮詰まっていた。
上映終わりかけで平日夜を逃したらもう見れなさそうだった。
なのに平日夜、早上がりするのか?仕事は全然進展していないのに?
以前なら絶対仕事を優先した。他人の目が怖いからだ。後ろめたさがあると信じ込まされていた面もあった。
だが知るか。終わってなくたって仕方ない。頑張ってるのに進まないのは、私のせいじゃない。
元々の設問が難しすぎるせいだ。だから知らない。そもそも残業時間だ。定時に上がるのに何の問題が?普段から死ぬほど残業している。残業の概念など最早ない。残業代なんて出ないし、時間をどれだけ上手く使うかだけが自分に関わってくる。
この思考に至るまで、罪悪感を捩じ伏せるのが大変だった。だが自分で行くと決められた。
この自分で決めると言うのがものすごく大きな進展なのだ。
たかだか映画に行く位好きにすればいいのに、そんな事も結構難しいのだ。

「シング・ストリート 未来へのうた」予告編

Sing streetは自分で決めて動くことの喜びを描いた作品。
見終えた後の幸福感が凄まじく、その後1週間以上は魔法にかかりっぱなしだった。
魔法は目を醒ますのにも使える。「私何やってんだろう感」。自分の時間をずっとずっと仕事に食われ続けている。
私がしたい事は全然できていない。その不満が呼び覚まされて、劇中の素晴らしい曲では消化しきれない。
進まない仕事との格闘は正念場。ぼんやりした自分の事は宙ぶらりんだが、動かしたい。向き合いたい。向き合うのは怖いけど。直視したい。

Sing Street - Drive It Like You Stole It (Official Video)

もっとも好きな持続魔法。曲が良すぎるのに、映像が一緒にないと足りない感じがする。こんな体験も初めてした。キャラクターが愛おしすぎるせいだと思う。

見終えてすぐ、サントラを買った。DVDも出たらすぐ買うだろう。この前立川で極音上映で2回目を見てパンフも買って、同監督の初期のOnceも見た。
映画にこれほど雷を打たれた事はなかった。2回目見た時も、仕事のストレスや疲労が吹っ飛んでいた。
心の栄養だ。ご飯より必要なものに出会えたのだ。
ここ2、3年、導かれるように必要としてるものに出会えている。転げ落ちそうで噛り付いて疲れていたけど、そうしなくても歩けると自覚できたようだ。そして安定した姿勢なら道に落ちてる宝を拾いやすいのだろう。


上のリンク、アマゾンで同じ物を探したら値段が高かった。立川では安かったのだけど。
今まで買い物の基準は耐久性、長持ち、だった。
家ではパイプの枕で、それしか知らなかった。旅館やホテルや人の家では違ったが、そもそも寝床が違うと緊張するし、自宅でしか安眠できなかった。
でもそれにも限界が来ていて、最近5時間以上寝れない。どうしても途中で起きてしまう。
5時間ではとても足りない。睡眠不足で体も凝ってるから、もっと寝なければ疲れが取れないのに、途中で起きたら二度寝も難しいし、何が原因なのか。
疲労が一定越えると寝続けるのも大変らしい。

久々に家具屋に行く機会があり、そこでマットレスを見聞していた時、付属の枕がえらくふかふかだった。
それがとても心地よくてびっくりした。
中は綿のタイプだ。どこまでも沈みこんで行ける。優しい。
パイプは硬い。頭の沈み込みには限界があって、「はいここまで」という冷たさがある。布団は個人の聖域だ。なのに硬さが現実を突きつけてくる。
もっとのびのびしていたい。会社で苦しんで帰ってきたのに、布団の中まで現実など見たくない。
その願望を叶えるのがふかふか枕だったようだ。
ある程度時が経てばへたるだろう。
だがそれがどうした。
堅実な買い物が一時の幸福を阻害するなら、それは意味がない。
金も大切だが自分の快楽が最も大切である。
何に対して堅実と言うのか、方向性を見失っている。
その時それがいいと思った。この刹那的快楽を求める心が意外にも大切だ。
特に先を見過ぎて「堅実」に振り回される真面目なタイプは。
だから今までだったらしない買い物をしたわけだ。

ここ4年ほど「普段ならしなかった」行動をしてみる事を繰り返している。
パターン化されてうんざりした日常を打開するには結構良い。
でも明後日の方向に行っては意味がないので、心の奥底でストップをかける声とアクセルをかける声を聞き分ける。
そのストップに「つまんねー、行っちゃえ」と微かにでも思えたら、それは進む価値ある分岐かも知れない。
勿論大怪我するリスクはある。だが自分で選んで進んで結果大怪我したなら、それは必然の怪我だ。そこからどう這い上がるか込みで必然なのだ。

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