発明の特許適格性(成立性) INVENTION ELIGIBILITY OF JAPAN

「発明の特許適格性」に関し『物と情報』という切り口で論じた。
日本弁理士会のパテント誌の拙著論文より抜粋した。

発明の特許適格性(発明性)論文--物と情報という観点から論じた--弁理士会パテント誌(平成27年12月号)掲載。

2016-12-15 11:28:38 | 知的財産権

 以下は、日本弁理士会発行のパテント誌(平成27年12月号)に掲載された拙著『データ構造記録媒体の知財高裁判決を契機とする発明の成立性に関する一考察』から、発明の特許適格性(成立性)の部分だけを抜粋した論文です。さらにその後、数度加筆しました。その部分には下線をしております。  
 この論文自体へのアクセスは上記リンク部分をクリックしていただければ開きます。


 発明成立性(発明該当性・保護適格性)

目次(抜粋)
1.発明成立性(該当性、適格性)に関する各国の議論の現状
  1−1.米国
  1−2.欧州
  1−3.日本
2.発明(アイディア)の対象の種類毎の発明成立性など
  2−1.自然現象,天然物
  2−2.人工物(変化する物も含む)
  2−3.精神活動
  2−4.情報処理・担体物
   a.機械処理を前提とする物上情報を扱う物
     (1) 情報処理機器 ex.コンピュータ(情報処理装置) ex.プレーヤ,カラオケ再生装置
     (2) 情報処理機器向けの情報担体 ex.プログラム記録媒体 ex.データ構造記録媒体 ex.(カラオケ)ビデオ記録媒体
   b.人の直接認識を前提とする物上情報を扱う物(人向け情報担体) ex.本,カレンダー

 3. 上記2-1.から2-4.の4種類の組み合わせの場合について


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 本文

 1.発明成立性に関する各国の議論の現状

 1-1.米国
 最近の米国判決からみると、発明成立性(保護適格性)について、広く認めていたState Street Bank判決からBilski判決で制限され、さらに、近時のPrometheus判決やAlice判決でかなり制限されている(2)。

 これら判決やその後出されたUSPTOの審査暫定ガイダンスの改訂版(2014年12月)によれば、米国特許法第101条(保護適格性)の下、自然法則、自然現象、抽象的アイディア(例えば、経済的プラクティスの基礎、人間の活動を企画する一定の方法、アイディアそのもの、数学的関係/公式)はそれ自体、保護適格を有しない。

 さらに、それを含む或いは向けられたアイディアも、それらと比べてsignificantly more(inventive concept)でないと保護適格を有しないとしている。

 また、Prometheus判決では法101条で扱う理由を次にように説明する。102条(新規性)や103条(自明性)に任せると大きな不確実性をもたらす。即ち102条、103条は実際に存在する先行技術との対比を前提としている。

 しかし自然現象、自然現象、抽象的アイディアについては、先行するものが見出せないことがあり、このような場合、これらの規定は、適切な結論を導かない危惧があるとする(3)。

 しかしながら、一応そうであるにしても、法101条の成立性(保護適格)要件で処理する考え方には、上記significantly more等の基準が曖昧であるという大きな難点があるといえる。なんら引例なしに、進歩性に類似した判断を基準とすることには問題が多い。(追加)

 1-2.欧州
 EPC第52条(2)、(3)項において、a.発見、科学的理論、数学的方法、b.美的創作物、c.精神的活動、ゲーム、ビジネスを行うための仕組み、規則および方法、並びにコンピュータプログラム、d.情報の提示は、それ自体は発明として認められないとされている。

 さらに、それ自体でない場合は、当初は、発明と認められるためには既知の技術に対する寄与が技術的性質でなくてはならないとされていたが(4)、発明の成立性に従来技術との比較のような新規性的な要素を持ち込むべきでないとして、いくつかの審決において、その更なる技術的貢献は求めないとして成立性要件を緩和し、その代わり進歩性要件においては、原則として技術的な側面しか見ないという審査の仕方に移っている(5)。

 意図したかどうかにかかわらず、舞台を成立性要件から進歩性要件に移行させた上で、米国の上述した危惧を非技術的特徴は原則無視するというやり方でかわしているようにみえる。

 しかしながら、この欧州の考え方には、重要なキーワードである「技術」、「非技術」、「技術と非技術間の相互作用」の意味がいまひとつ分かりづらいという難点がある。ITテクノロジーの発達を踏まえて技術の定義が拡大の傾向にあり(6)、技術と非技術との境界が不鮮明となっている。例えば暗号装置がその一例である(7)。

 また、進歩性判断に限るとしても、特許請求の範囲に記載されているにも関わらず、記載されていないとみなすというやり方だとすると、あまりにも乱暴であり、そのような極端な扱いをするためには、ガイドラインや審決ではなく、条約の明文に法的根拠が必要と考える。問題が大きい。(追加)

 1-3.日本

 日本においては、特許法2条の「発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」を根拠に、主に自然法則の利用の有無で発明の成立性要件を判断している。

 1993年(平成5年)の改訂審査基準において、「請求項に係る発明の構成に自然法則を利用しない部分があっても、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断されるときは、その発明は、自然法則を利用したものとする。

 どのような場合に、全体として自然法則を利用したものとするかは、技術の特性を考慮して判断する。」と記載され、現行審査基準にも引き継がれている(8)。

 2.発明(アイディア)の対象の種類毎の発明成立性などの判断

 以上述べるように、米国、欧州の考え方にはそれぞれ難点がある。その難点が出てくる理由は、米国については、自然現象、精神活動、ソフトウェア等が異質なものであるにもかかわらず、まとめてそれらからsignificantly more程度の応用が無いと成立性を認めないという一律的な判断で捌こうとしているからであり、また、欧州については、科学的理論、数学的方法、精神活動等の応用発明に関して、進歩性の判断においてそれらが異質なものであるにもかかわらず非技術という括りでまとめ、一律的な判断で捌いているからと思われる。

 他方、日本では、上記のように「技術の特性を考慮して判断する」とされており、一律的な判断を避けようとする方向性があるようにも思われる(例えばコンピュータ・ソフトウェア関連発明や生物関連発明に関しては特定技術分野の審査基準を作成している(なお平成27年10月1日からは、特許・実用新案審査ハンドブックの付属書に移っている))。

 そこで、この日本の「技術の特性を考慮して判断する」を一律的な判断を避けようとする考え方だと解釈し、その方向性に沿いながら、且つ、成立性(特許適格性)で判断することにこだわらず、明確性、進歩性による判断も視野に入れながら、次に述べるよう考え方を検討した。

  (なお、勿論、発明成立性(保護適格性)を規定する法律(日本なら特許法2条)は、何通りも存在してはならず、矛盾した法律であってはならず、そういう意味では一律的でないといけないが、その適用において、対象に応じた解釈があってもよく、ワンパターンの一律的な解釈が強制されるというわけでは無い。)

 すなわち、発明(アイディア)の対象を、物と情報という観点から、いくつかの種類に分類し、それぞれの種類毎に発明の成立性を判断し、同時に必要に応じて進歩性、明確性についても判断するという考え方である(その際、種類によっては、従来よりも発明成立性のハードルを下げるとともに、明確性或いは進歩性でそのカバーを行う)。

 ところで、本来、発明(アイディア)の対象はいうまでもなくこの世界である。さらに、「この世界は、物質・Enと情報で構成されている」とサイバネティクスの専門家であるノーバート・ウイナーは言う(9)。

 従って、発明(アイディア)の対象は、この物質・En(変化も含む。以下単に物という(10))と情報(11)として良いと考える。

 さらに、その物は、自然現象や天然物と、人工物(変化する物も含む)とに分類できる。また、その情報は、人の精神活動(記憶・思考)として現れる情報と、紙(記録)やコンピュータ(処理)等の物(以下情報処理担体という)に表裏一体に存在する情報(以下物上情報という)とに分類できる。

 すなわち、発明(アイディア)の対象は、1.自然現象、天然物と、2.人工物(変化する物も含む)と、3.精神活動と、4.情報処理担体ということになる。

 これら4つの種類毎に、発明の成立性、更には進歩性、明確性を検討していく。なおこれらの種類と、特許法でいう「物と方法の発明カテゴリー」とは別物である。例えば、下記2-2.人工物という種類について、物カテゴリとプロセス(方法)カテゴリがあり得る。(追加)

 なお、実際の発明はこれら4つの種類のいくつかの組み合わせであることも多いが、後述するように(2-5)、4つの種類の考察の延長線上で容易に対応することが出来る。 

 2-1.自然現象、天然物

 日米欧は、自然現象(自然法則)、天然物それ自体は発明の成立性無しで共通し妥当である。しかし、その応用発明については分かれる。

 米国では、自然現象、天然物の応用を確実に具現化する追加的特徴を記載しない限り、inventive conceptを欠くとして保護適格(法101条)(発明の成立性)を否定する(12)。しかしその「確実に具現化する追加的に特徴」とは何かについてはっきりしない。

 欧州では、上記Prometheus判決の出願の対応EP出願における審査(13)では、技術・非技術判断をすることなく内容を取り上げた上で、公知とルーチンワーク論で進歩性無しとしている。

 日本では、「錦鯉飼育方法事件」東京高裁判決からも分かるように、応用が単純でも発見が想到困難なら進歩性を認めていると考えられ妥当である(14)。画期的な発見の背後には通常莫大な投資があり、特許制度の趣旨(発明の奨励)に沿っている(15)。

 2-2.人工物(変化する物も含む)

 人が創り出した物であり、オーソドックスな発明であって、発明の成立性は肯定出来る。

 しかしながら、2-1.で述べたように、最近の米国の理論によれば、人工物でも上述のように自然現象(自然法則)、天然物の単なる応用だと成立性を認めない可能性があり、危惧される。

 2-3.精神活動

 精神活動そのものは自然法則を利用せず、日米欧ともに、精神活動それ自体の発明成立性を否定する点で共通し妥当である(16)。

 しかし、精神活動を請求項に含む応用発明(他の種類との組み合わせ)についてはその否定の理由など必ずしも一致していない。そのような精神活動の応用発明としては、ビジネス方法発明が知られている。

 米国は、Bilski判決やAlice判決で抽象的アイディアとして取り上げ、発明の成立性(保護適格)での問題としているが、上記した難点がある(17)。

 欧州は、応用発明については、進歩性判断において、非技術であるビジネスの方法の部分つまり精神活動部分は原則として非技術部分として進歩性の判断では無視するが、例外としてその非技術である精神活動部分が発明の技術的性質に寄与することがありとすれば進歩性判断に取り上げて考慮するとしている(18)。

 日本では、精神活動の応用、つまり精神活動を請求項の中に含む場合について取り上げた判決として、双方向歯科治療ネットワーク知財高裁判決が知られている(19)。ただし、本判決では発明の成立性を論じるに止まり進歩性には言及していない。また他の判決等でも成立性で論じている(20)。

 ところで、精神活動を請求項に含む応用発明(物やコンピュータとの組み合わせ)は、物やコンピュータを利用している限りで、既に最低限の自然法則の利用性のハードルは越えており、発明の成立性要件は満足していると考えることが出来る(コンピュータ自体の自然法則利用性については、次の2-4 情報処理担体で説明する)。その場合、進歩性判断での精神活動部分の扱いが問題となってくる。

 日本の審査基準に関連したビジネス関連発明の審査実務に関するQ&A(平成15年4月)はビジネス関連発明の進歩性について説明している。
 すなわち、その新規性・進歩性に関する問10への回答において、「・・・進歩性の判断においては、ビジネス方法自体が進歩性を有するか否かを判断するのではなく、ビジネス方法を具体的に実現した発明が進歩性を有するか否かが評価されます。・・・新規なビジネス方法が特許になる可能性があるのではなく、発明者が新規なビジネス方法をコンピュータ上で具体的に実現して情報処理装置等を構築したとき、進歩性の判断においては、その情報処理装置等が公知のビジネス方法等から容易に発明できたとの論理づけができない結果、進歩性が認められる可能性がある・・・」としている。
 ここから、情報処理装置等に具体的に実現されていないビジネス方法の部分(つまり精神活動部分)は進歩性を認める根拠にはしない、という考えを引き出せなくもない。

 いずれにしても、日本においては、精神活動を請求項に含む応用発明について、発明の成立性が認められたとしても、進歩性判断において、新規な特徴が精神活動だけの場合はその思考内容の難易を問わず進歩性は否定されると思われ、またそれが適切であると考える(21)(22)(23)。精神活動については欧州と似ている。

 2-4.情報処理担体

 上の参考図に示すように、この情報処理担体は、コンピュータ等の情報処理機器と情報担体に分類出来る。

 さらに、その情報担体は、情報処理機器向け情報担体(機械での処理を前提する物上情報を担持する物)と、人向け情報担体(機械でなく人の直接認識を前提とする物上情報を担持する物)とに分類出来る(24)。

 a.機械処理を前提とする物上情報を扱う物

 (1) 情報処理機器

 米国では、数学的アルゴリズムは抽象的アイディアとしてそれ自体は勿論保護適格は無く、さらにコンピュータでの応用発明でも単なる応用ではsignificantly moreでないとして保護適格を認めない。しかし上述のようにsignificantly moreの意味が曖昧という難点がある(25)。

 欧州では、コンピュータプログラム自体は発明成立性を認めない。そのハードウェアとの組み合わせの応用発明については、発明の成立性は緩和し、進歩性判断において、技術・非技術で捌いている(26)。しかし上述のように、技術と非技術の境界が曖昧という難点がある。

 日本では、ソフトウェア関連発明については、審査基準や判決などにおいて、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている(以後ハードウェア資源との具体的協働性という)場合、自然法則利用性を肯定し、発明の成立性を認めている(27)。

 ところで、次に述べる理由から、ハードウエア資源との具体的協働性を発明成立性要件の判断基準ではなく、特許法36条の発明の明確性要件で扱うことが可能と考える。

 先ず、現行審査基準で、発明成立性要件としての自然法則利用性をハードウェア資源具体利用性に求める点について参考として引用されている東京高裁平成11年5月26日判決(平成9年(行ケ)第206号)においては、「技術は一定の目的を達成するための具体的手段であって実際に利用できるもので・・・」と記載されてはいるが、自然法則の利用性との関連については今一つはっきりしていない。
 更にその東京高裁判決で引用されている最高裁昭和52年10月13日判決(昭和49年(行ツ)第107号)では、「その(発明の)技術内容は当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されていなければならない」とし、未完成発明の当否を論じてはいるが、自然法則の利用の有無について直接触れているとは解釈しにくい(28)。

 また、自然法則に支配されている物(物質・エネルギー)であるところの機械が情報を処理するという時点で、既に最低限の自然法則の利用性のハードルは越えており、発明の成立性要件は満足していると考えることも出来る(29)。

 他方、以下の理由により、ハードウェア資源との具体的協働性は、特許法36条の発明の明確性要件の判断において扱うことが可能であると考える。

 すなわち、ソフトウェア関連発明は、ソフトウェアに発明の本質がある(30)。さらに、そのソフトウェアにおける情報処理の本質は、電気化学現象ではなく、人の思考内容である。

 そのため人の思考内容と機械の情報処理内容とは似てくることになる。しかしながらその機械は、あくまでその思考内容を実現する機械である。

 従って、機械が情報処理を行うと請求項で記載する以上、人の思考活動そのものではないことを示す程度に、演算部、記憶部等のハードウェア資源との協働性、利用形態が具体的に記載される必要がある。

 もし、そのような程度にハードウエア資源との協働性が具体的に記載されていない場合は、全部或いは一部について、あたかも機械の内部に人が居てその人が思考するかのように解釈出来てしまう可能性があり、たとえその思考内容自体は明確であったとしても、発明は不明確として特許法36条の発明の明確性要件で拒絶出来ることになる。

 従って、いわゆるハードウェア資源との具体的協働性の要求の根拠は、特許法36条の発明の明確性に求めることが可能であると考える(31)(32)。

 なお、発明の明確性要件を満足している場合は、データの種類で扱いを異ならせることなく、その記載内容を全部考慮して、進歩性の判断が行われることとなる(33)。この点では欧州の考え方とは異なる。

 (2) 情報処理機器向けの情報担体

 典型例としてはコンピュータプログラム記録媒体が知られているが、その発明成立性判断は日米欧様々である。

 ところで、この情報担体も物を利用する以上、最低限の自然法則利用性を認めることが出来、発明成立性は肯定出来る。その上で発明が明確かどうか、さらに、明確な場合は進歩性があるかどうか判断することになる。

 例えばコンピュータプログラム記録媒体は、上述のように人の精神活動の解釈余地がある場合は、発明は不明確であるとし、またその解釈余地が無い場合には明確であるとし更にその内容が進歩性を有するかどうかということになる。

 ところで、データ構造の記録媒体は、この情報処理機器向けの情報担体の一例といえるが、発明の成立性は認めることが出来る。その上で、「・・・コンピュータ等を利用する部分についてみても、単に一般的なコンピュータ等の機能を利用するという程度の内容に止まっている。」つまり、人の精神活動の解釈余地が残らない程度にハードウエア資源との具体的協働性が記載されているとはいえない場合は、発明の明確性要件で拒絶することが可能と考える(34)。

 また、映画DVDやカラオケビデオもこの情報処理機器向けの情報担体の例である (35)。

 b. 人の直接認識を前提とする物上情報を扱う物(人向け情報担体)

 認識が視覚の場合の例としては、本やカレンダーがある。認識が触覚の場合の例としては点字紙がある。

 人向け情報担体それ自体は米国、欧州、日本共に原則、発明成立性を否定している。
 しかし、人向けの情報担体自体であっても、物である以上、最低限度の自然法則を利用しており、発明成立性は認めて良いと考える。

 その上で、人向け情報担体は効果を奏する上で人の認識活動を必須としている以上(36)(人の認識活動を伴わない場合は単なるインクの汚れが付いた、或いは凹凸が形成された担体に過ぎなくなる)、進歩性の判断においては以下のように扱われるべきと考える。

 すなわち、人の認識活動は精神活動の一つであってその認識は本質的に自由意思に左右され反復期待性が弱いので、上記注(22)の説明と同様に、先行文献に開示されたものとの相違点がその担持された情報の読み取り結果の内容(コンテンツ)だけである場合、その読み取り内容がたとえ一見想到困難なようであっても確実な飛躍性が無く、「産業の発達になんら貢献しないような発明は排除するという進歩性の本来の趣旨」からみて、進歩性は否定されるべきと考える。

 ただし、その人の直接認識過程において、人の生物機能(視覚、聴覚、触覚など)と、情報担体側の特徴(線の位置、配色、凹凸形状など)との協働作用(how)において新規な特徴があれば、そこは進歩性有りの根拠になり得ると考える(37)。

 また、請求項が人向け情報担体以外に他の種類(物など)も含む場合、その他の部分を含めてその請求項の進歩性は肯定し得る場合があると考える(38)。

3.組み合わせの場合(1.自然現象、天然物、2.人工物、3.精神活動、4.情報処理担体)について

 以上それぞれの特許要件の判断を説明したが、現実の発明ではそれぞれの組み合わせを対象とする発明であることが多い。

 例えば、1.自然現象、天然物、2.人工物、3.精神活動、4.情報処理担体の4つの種類の組み合わせを対象とする発明である場合を例えにとると、成立性については、2.の人工物部分、4.情報処理担体があるから、簡単に肯定される。

 そして、進歩性については、その前提部と特徴部とに分けることは許されているので、そのように分けた場合、特徴部が精神活動だけの場合は、上述したように進歩性は否定出来る。それ以外では通常の進歩性の判断にゆだねることになる。欧州のように一部の表現を無視するようなことはしない。

 また、記載不明瞭性については、請求項の一部に記載不明瞭な部分があれば、当然に請求項全体が記載不明瞭とみなすことが自動的に出来るので、無理に一部を取り上げて、全体を図るような不自然さはなく、簡単に否定出来る。

 その他の組み合わせも、記載不明瞭性又は進歩性要件で容易に判断出来る。

 このように、組み合わせを対象とする発明についても、上記考え方によれば、簡単に判断が出来る。

 ちなみに、米国や現在の日本の判断のやり方によると、それらの組み合わせを対象とする発明を、あくまで、発明の成立性(適格性)で対応しようとしている(いわゆる上流捌き方式。ちなみに本論文の考え方は、下流捌き方式である)が、次に示すように無理がありすぎる。

 そもそも、発明の成立性(適格性)の判断は、「請求項全体」と「発明の定義」とを比較して、その「請求項全体」が「発明の定義」に当てはまるかどうかの1か0かの該当性判断だから、そもそも請求項の一部だけを取り上げるといったことは本来出来ないはずである。

 例えば、「数学は特許適格性を有しない」という定義が法律や最高裁判例にある場合、請求項が「所定の数式を演算するコンピュータ」というものであれば、コンピュータという電気機械装置である以上、その請求項の内容は数学自体ではないので、本来、議論の余地なく特許適格性を肯定すべきである。

 にもかかわらず、請求項の一部に記載された数学の存在にこだわり、それを肯定すると「実質的」に数学の特許適格性を認めたことになるといった、漠然とした用語「実質的」を持ち出して、特許適格性を否定する。あるいは、最近ではsignificantly more(inventive concept)といった漠然とした概念で、特許適格性を捌いている。そのため、特許権の法的安定性の揺らぎが大きすぎることになっている。

 あるいは、請求項の中に数学の部分と、物の部分があるが、数学という部分を取り上げて、「全体として」自然法則を利用していないということで、発明の成立性を否定している。しかしその「全体として」という用語自体は肯定・否定どちらにも使える便利な概念となってしまっており、決め手にはなっておらず、結局ハードウェア資源の具体的利用性といった根拠を持ち出さざるを得ず、その具体性の程度次第で、自然法則利用が肯定されたり否定されたりしている。

 しかしながら、それでは、ハードウェア資源の利用の具体性が高いと自然法則を利用したことになり、その利用の具体性が低いと自然法則を利用していないことになるという、論理性に乏しい話になってしまっている。

(追加)


終わりに

 本判決をきっかけとして発明の成立性について欧米を含めて考察しましたが、日米欧を比較しますと、発明の成立性関連での特許許否の結果については、日本が相対的にみて最も安定して適切であると思います(上述しましたようにその許否の理由について、種類によっては、ウエイトを発明成立性の舞台から進歩性や明確性の舞台に移すことが望ましいとは考えますが)。

 ともあれ、発明の成立性などに関する国際的ハーモナイゼーションは、日本の審査に欧米その他の国が近づく形で実現するのが良いと考えます。


(注)
(1) なおデータ構造の記録媒体について特許されたものの中には、ハードウェア資源との具体的協働性が殆ど無いものもある。例えば特許4700383(道路地図情報)

(2) State Street Bank 47USPQ2d1596(CAFC1998),Bilski 130S.Ct.3218(2010),Prometheus 566US132 S.Ct.1289(2012), Alice 134 S. Ct. 2347 (2014)

(3) Prometheus判決書19-24頁(Ⅲ)、ソフトウェア関連発明の特許保護に関する調査研究報告書―平成24年度―

(4) コンピュータプログラムの新ガイドライン1985、VICOM審決T208/84(1986)

(5) IBM T1173/97(1998)、PBS PARTNERSHIP T931/95(2000)、HITACHI T253/03(2004)、DUNS T154/04(2006)

(6) 世界のソフトウェア特許―その理論と実務―(発明推進協会)499p

(7) 同書190p、199p

(8) 現行審査基準の産業上利用することが出来る発明の項目の(4)自然法則を利用していないものの中の説明文2p。なお、平成27年10月1日から適用される新しい審査基準では「2.1.4 自然法則を利用していないもの」にある。

(9) 鎮目恭夫、池原止戈夫訳 人間機械論 みすず書房, 1979

(10) なお、その物を規定する物理空間、物理時間も含むとする。

(11) 情報とは何かについては様々な定義が知られている。例えば「自己組織性の情報科学」1990吉田民人。従って情報の特徴はいくつもあるが、他の社会科学や自然科学の分野はさておき、特許法の分野で最も重要な特徴は、「人の精神活動無くして存在し得ない」ことである。良く知られているように、新聞記事が存在するのは人がそう認識するからであり、物的には紙の上の単なるインクの汚れに過ぎない。この特徴は上記吉田民人がいう狭義の情報にほぼあたるといえる(熊本大学学術リポジトリ 「遺伝子情報特許における利益配分の倫理 : 所有観念にもとづく考察」 西田晃一 先端倫理研究 熊本大学倫理学研究室紀要2010-03)。 なお、遺伝子情報は吉田の言う広義の情報の範疇に入るが、上記狭義の意味での情報ではなく、特許法上は通常の生物・化学上の存在ということになる。 つまり例えば金属の結晶構造に関する情報と同次元の話である。(追加)

(12) Prometheus判決、2014暫定ガイダンス(2014年12月16日)

(13) Prometheus特許EP出願(出願99969336.9号:公開番号EP1115403)

(14) 東京高裁平成2年2月13日判決(昭和63年(行ケ)第133号審決取消請求事件) ジュリスト判例百選第4版「単なる発見と発明との差異」の用途発明の解説11p右欄

(15) なお、米国判決でいう基本ツールの先占し過ぎ批判については、仮にそうだとしても、法的安定性を損なう可能性が大きい権利設定場面で持ち出すのではなく、権利行使の場面での工夫が望ましいと考える。

(16) 通常、精神活動には肉体活動(自然現象)を伴う。純粋な精神活動は思考だけであろう。

(17) なお、抽象的アイディアの1つとされる「世の中に定着している経済的基礎事項」はそもそも公知と考えられ、その単なる応用アイディアは進歩性が必ず否定されるので、成立性での扱いにこだわる必要は無いのではと考えますが。

(18) COMVIK審決T641/00(2002)

(19) 双方向歯科治療ネットワーク事件(知財高裁平成20年6月24日判決(平成19年(行ケ)第10369号審決取消請求事件))

(20) 電柱広告方法事件(東京高裁昭和31年12月25日判決(昭和31年(行ナ)第12号審決取消請求訴訟)) 特許判例百選(第3版)

(21) 「先行文献に開示されたものとの相違点が取決めの違いにのみにある場合,ビジネス方法の内容としての人為的取決めを実現するのに特に適した技術的手段を伴っていない場合は,直ちに進歩性が否定されることになる。・・・」相田義明「発明の進歩性」竹田稔監修『特許審査・審判の法理と課題』(発明協会,2002年)228p

(22) そのような考えの背景には、精神活動の最大の特徴は自由意思であって本質的に反復期待性が弱く(「対訳辞書事件」知財高裁平成20年8月26日判決(平成20年(行ケ)第10001号審決取消請求事件)12pに「人は,自由に行動し,自己決定することができる存在であり・・・」)、他方、進歩性は従来技術に対する確実な飛躍性を求めるので(「産業の発達になんら貢献しないような発明は排除するという進歩性の本来の趣旨」(ジュリストno.1189審査基準の国際比較等 36p相田義明))、先行文献との相違点が精神活動だけである場合進歩性は否定するという考えが存在すると思われる。なお、精神活動は反復期待性が弱いとはいっても、精神活動を含むことだけを理由に進歩性を直ちに否定することは行き過ぎである(ちなみに上記「対訳辞書事件」12pには「・・・人の精神活動等が含まれているからといって,そのことのみを理由として、・・・特許法2条1項所定の「発明」でないということはできない」とある)。従って、新規な特徴に物など他の種類も含む場合はそれとの絡みで確実な飛躍性が肯定されることはあり得、これまでも特許されている。またそのように認めても、特許権侵害事件の判断では精神活動の部分だけの該当では非侵害となるので、精神活動を過度に独占することは無いと考える(知的財産法政策学研究 vol.34(2011) 酒迎405pでは独占の危惧を指摘している)。

(23) tokugikon 2012.11.13. no.267 62p 「知的財産法を巡る対話」 戸次 非技術という大括りから進歩性の穏やかな判断について議論されている。

(24) 米国MPEP2111.05 Functional and Nonfunctional Descriptive Material(Ninth Edition, March 2014)の分類と本論の分類とは必ずしも対応するものではない。

(25) Benson 409US63175USPQ(1972), Diehr 450US175182 (1981) なおBenson409US63175USPQ(1972)の対応日本出願の装置は特許515699で許可されている。

(26) HITACHI T258/03(2004)

(27) 「ビットの集まりの短縮表現を生成する装置」知財高裁平成20年2月29日判決(平成19年(行ケ)第10239号審決取消請求事件)では、「単に装置と記載されているのみであって,当該数学的アルゴリズムをデジタル演算装置で演算するための具体的な回路構成が記載されているものではない」として、成立性要件で棄却している。

(28) その最高裁判決(昭和49年行ツ107号)はジュリスト判例百選4版「発明の完成と拒絶理由」に紹介されている。なお、平成27年10月1日から適用される新しい特許・実用新案審査ハンドブックの付属書Bでは、そのような東京高裁平成11年5月26日判決(平成9年(行ケ)第206号)への言及は無くなっている模様。

(29) 世界のソフトウェア特許―その理論と実務―(発明推進協会)85p

(30) 同書 62p

(31) 本論のように考えても、なおその具体的記載の程度に悩ましさが残ることもあるが、その問題はポピュラーな物の発明でも同じであって公知技術との関係など難しいところがある。また、この議論と、各ステップを人がやるか機械がやるかを上位概念化した請求項記載の不明確議論とは別論である。あくまで機械が処理するという請求項の場合には上記具体的協働性の記載が要求されるということである。

(32) なお、ハードウェア資源具体利用性を、従来の特許法29条1項柱書きの成立性要件から、同法36条の発明の明確性要件に舞台を移しても、実務的にはそれほど特許の許否に変わりは無いと思われる。

(33) 自然科学データ(地震シミュレーション装置、遺伝子情報解析システム)、経済データ(簿記装置)、資源や鍵データ(カーマーカ方法(特許第2033073号「最適資源割当て方法」)や暗号装置)、情報処理データ(コンピュータの処理単位としてのタスクのマルチ処理装置)、数学データなどで、進歩性判断の基準(効果も考慮)を異ならせるべきではない。簿記装置等であっても機械処理である以上反復性・確実性は担保されるからである。なお、米国判決でいう基本ツールの先占し過ぎ批判については、仮にそうだとしても、法的安定性を損なう可能性が大きい権利設定場面で持ち出すのではなく、権利行使の場面での工夫が望ましいと考える。

(34) なお、平成27年10月1日から適用される新しい特許・実用新案審査ハンドブックの付属書Bでは、発明該当性判断においてではあるが「ハードウエア資源との具体的協働性記載が必要である」と明記されている。

(35) 映画DVDは、DVDという物の利用の点で発明の成立性はあり、その上で進歩性の判断で、先行技術に対する新規な効果が仮に映画コンテンツの提供だけという場合は、次に説明する人向け情報担体と同様の理由で、進歩性を否定すべきである。また、ビデオ記録媒体事件(平成9年(行ケ)第206号(東京高判平成11年5月26日判決言渡))のカラオケ用ビデオ記録媒体もこの情報処理機器向け情報担体の一例であるが、その主張される効果からみて、装置との協働性がかろうじて読み取れるので、発明の成立性が肯定されたのではないだろうか(本論では成立性は認めた上でその協働性記載について明確性、進歩性を判断することになる)。

(36) 「ローマ字表事件」知財高裁平成24年7月11日判決(平成24年(行ケ)第10001号審決取消請求事件)では、成立性で否定しているがその際、単語性の認識は、学習結果でありそれを発揮するのは精神活動に属するということとしている。

(37) 「対訳辞書事件」知財高裁平成20年8月26日判決(平成20年(行ケ)第10001号審決取消請求事件) 進歩性で扱われているのではないが、子音認識能力に自然法則利用性を見いだし成立性を肯定している。精神活動との境界がきわどい例である。

(38) なお、コンピュータプログラムリストが、光学式読み取り装置(コンピュータ)で処理可能な場合は、人向け情報担体であると同時に、情報処理機器向け情報担体でもある場合である。この場合は、人向け面だけでは進歩性弱いが、コンピュータの機械処理の面で新規な特徴があればトータルで進歩性を肯定し得る場合もあると考える。



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