「井の中の蛙、大海を知らず」

ガンボチローズリーダー、アラヤのブログ。知名度はそこそこあるが、ライブに人が来ないのが悩みの種。

2月20日(月)のつぶやき

2017-02-21 03:48:47 | 日記
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2月14日(火)のつぶやき

2017-02-15 03:55:01 | 日記
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ギターから探るギタリスト考察。その2

2017-02-07 00:25:16 | 日記
ギターから探るギタリスト考察、やっと第2回。

今回は言わずと知れた、エディ・コクランのギターから色々と考察してみます。

とはいえ、今回はちょっと専門用語が多めだし、興味無い方々には全くツマラナイ話がダラダラと続くと思います(汗)

これぞ自己満足!(笑)どうかご容赦を。



エディ・コクラン

古いロカビリー、R&Rが好きな方々以外でも、誰もが1度は耳にした事があるはずの「サマータイム・ブルース」「カモン・エヴリバディ」等々、その後の音楽に多大な影響を与えた人。

でも実際、音楽活動期はとても短くて、
'55年に高校中退して「コクラン・ブラザーズ」でプロ入りしてから、'60年の人気絶頂時に訪れたイギリスツアー中、乗ってたタクシーの事故で亡くなる間の、僅か5〜6年間。

それでも、今現在でも伝説的なミュージシャンとして色々な人々に語られてるのは、若くして亡くなった(21歳)のも勿論あるだろうけど、何より楽曲が良かったからなのだと思うのです。ハイ。

さて、エディ・コクラン愛用のギター。グレッチ6120。恥ずかしながら僕も使ってるギター。

僕は長年、疑問に思ってた事があって。

「なんで?フロントピックアップをギブソンのP90タイプに改造してるの?」

さあ!いよいよこの辺から、ギターやらない方々には全くツマラナイ話になってきます(笑)

でも、この小さな謎を解くまで時間が掛かったのです。個人的に。
なかなかの量の音楽を聴いてやっと分かった!!
(いや、実際合ってるかどうかは分からないが)



まず、エディ・コクランの初期「コクラン・ブラザーズ」や、そのちょっと前の録音物を聴くと
まだ10代だったのにも関わらず、かなりのテクニックを持ったギタリストだったのが分かる。


大ヒット「サマータイム・ブルース」のトッポいイメージしかない方々はビックリするはず。
「え!こんなにギター上手かったの!?」と。

サムピックをはめて、当時の大スターであるマール・トラヴィス、チェット・アトキンス等がやってるギャロッピングスタイルだったり、
ナッシュビルの1流ギタリストが好んでやった、流暢なブギスタイルの曲だったり。

個人的な話だけど、よくセッションとかでコード進行がシンプルなブルースや、ブギを演奏する機会が多いけど、
流暢でスウィング感溢れる、ノリノリのブギを演奏するのはホントに難しいと思う。

バカの1つ覚えみたいに、ペンタトニックをベラベラ弾くだけじゃあダメなんだよ!!(自分も含め)

ゴメンなさい。つい興奮してしまいました(笑)

話戻しましょ。

やはり文献を色々と見ても、当時のエディのアイドルはマールやチェット、テレビ番組でヒルビリーを演奏するナッシュビルの1流ギタリスト達。

って事は、エディの少年時代は相当なギター大好き小僧だったって事。歌い手とかではなくね。

では、エディ少年や当時のギター小僧達が心ときめかせ、憧れのマトだったギタリストを当時流行っていた文化等含め、簡単にご紹介しましょう。

ギター弾きの方々は是非!ギタリスト達が持っているギターやピックアップにも注目してみると面白いです。

マール・トラヴィス

ギタリストだけじゃなく、歌手としても大ヒット
日本でもフランク永井さんがカヴァーして有名な「16トン」はマールの曲。

チェット・アトキンス

先程のマールが編み出した「トラヴィス奏法」を、さらに独自に発展させて後のロカビリーブームに多大な影響を与えた。

でも、「トラヴィス奏法」自体は戦前ブルースの黒人達の奏法(ブラインド・ブレイク、ロニー・ジョンソン等)や、1900年初頭に流行ったピアノとバンジョー、管楽器による黒人ダンス音楽のラグタイムなんかが混ざって発展してる。

ね、「新しい物と言わてれるヤツにだって、必ずルーツはある」んだよ。

ジミー・ブライアント

個人的にも大好きなギタリスト。とにかく上手い!!ジャズの要素も取り入れながら、ずっと第1線で活躍した人。相棒のスティールギター奏者、スピーディー・ウエストとの音源はスウィング感溢れてて最高!!

グレディ・マーティン

世代的にエディ・コクランのちょっと上の先輩にあたる人。この人も様々なアーティストの録音で大活躍した第1線のギタリスト。
我々ガンボチローズもカヴァーしてる、ジョニー・ホートンの大傑作ロカビリー、
「ホンキートンク・マン」や、「ファースト・トレイン・ヘッディン・サウス」はこの人のギター

もっといえば、60年代に大ヒットした「プリティ・ウーマン」や、マリアッチの名曲「エル・パソ」のギターもこの人。

ハンク・ガーランド

この人も、上記のグレディ・マーティンと同じ、様々なアーティストの録音で活躍する、
「ナッシュビルAチーム」という超1流スタジオミュージシャンの1人。

ビリー・バード
(右から2人目)

当時の国民的人気ヒルビリー歌手だった、アーネスト・タブ(写真中央)を支えたギタリスト。

因みに箱物ギターファンなら、もうヨダレが出るくらいの高嶺の花(笑)である、
ギブソン「バードランド」という最上機種のギターの名前は、ハンク・ガーランドとビリー・バードの2人の名前からとって名付けられた。

と、まだまだ凄いギタリストはいっぱいいるんだけどね、とりあえずこの辺で。

んで、気づきません?みーんなフロントピックアップをP90タイプにしてるの。

まあ、ハムバッカーピックアップが本格的に登場するのが'57年だから、それまではP90タイプしかなかったってのもあるけど、

エディ・コクランはわざわざグレッチギターに、敢えて意図的にP90タイプに交換したと思う。それはやはり、エディの大好きな憧れのギタリスト達の音に近付きたかったんじゃないのかな?と。

でも「じゃあ、なんでフロントピックアップだけP90に改造したの?リアピックアップもP90に変えりゃいいんじゃねの?もしくは、グレッチギターじゃなく、ギブソンとかのギターにすればいいんじゃね?」との、新たな疑問が生まれるが、

'55年前後から、コツコツと音楽活動をしてたエディ少年にとって、天地がひっくり返るくらいの大事件が起こるのです!!
(個人的な主観ですが、、汗。いや!でも多分当たってると思う)

それは時を同じくして、ティーンエイジャーに爆発的な人気となった「ロックン・ロール」の登場!!

ビル・ヘイリー「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を筆頭に、エルビス、カール・パーキンス、ジェリー・リー、チャック・ベリー、、、

もう挙げたらキリがないくらい。曲のタイトルに「〜ロック」って付けただけで、もしかしたら売れたんじゃねの?というくらい、猫も杓子もロックン・ロール(笑)

またロックン・ロールに影響された若者達が、もっとバックビートを効かせた「ロカビリー」も時代の流行の音楽なってくると、
同じティーンエイジャーだったエディ・コクランだって、随分と影響受けたはず。

「もう、年寄り相手のヒルビリーなんかまっぴらだっぺ!これからはロックだっぺ!ロック!」

と、どこの方言かも分からないような言葉で言ったかどうかは知らないが、実際すぐさま「コクラン・ブラザーズ」を解散して独自の音楽を目指していく事になっていくが、、、

ここで!リアピックアップをP90タイプにしなかった理由があると思う。

エディの目指す、ロックン・ロールやロカビリーのサウンドにある、ガリッ!としたアタックの強いグレッチギターの音が欲しかったんじゃないのかなと。

P90タイプにすると音的にパワー不足だったと思うし、
何より!エディ・コクラン自身のこれからの音楽の姿勢、「俺も皆に負けないで、ガツンとやってやるんだ!!」との決意というか、気持ちの表れだったんじゃないのかな?と思う訳なのです。

でも、その後が短命に終わってしまったのは、本当に残念な話。

なんかエディ・コクランのギター1つで勝手に話を拡げて、勝手に検証してる気がするが(笑)

こうやって、想像を膨らませながら音源を探ったり、色々歴史を調べるのも音楽の楽しみの1つ。

エディ・コクランや、それ以前だったり同じ時代に活躍したアーティストに少しでも、興味を持ってもらえれば幸いだし、

音楽の奥深いクレパスにハマって、抜け出れなくなってしまった、
1人のオッさんの戯事だと思って頂ければ、幸いです(笑)

ホントに長々とお付き合い、ありがとうございました。





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謹賀新年のご挨拶

2017-01-07 13:19:47 | 日記
いや〜2017年、無事にスタートしました!

今年もワタクシアラヤ。様々な場所に出没すると思います。何卒よろしくお願い致します。

って、「出没する」なんて言うと、まるでイエティみたいな話だが

とは言っても、片やヒマラヤ山脈に生息するUMA(未確認動物)という、男心くすぐるロマンがあるのに対して、片や全くロマンのカケラもないワタクシなのが、決定的な違いではある。

あ、今回のこのブログ。

正月1回目は特にテーマを決めず、ダラダラと雑談形式になっておりますんで(笑)

併せて、よろしくお願いしたいなと思う次第です



年が明けたのに、いきなり去年の話題をするのもなんだけど、
2016年も色々な音楽活動が出来たのは、ホントにありがたい事。

自身のバンド、ガンボチローズや、それと同じ位の経歴になってしまう(20数年くらいかな?)石油王というバンド。
ここ数年、ずっとお世話なってる佐々木龍大番頭(バンド)や、同じく県内にとどまらず、県外でも広く活躍してるフレンチマスタードというバンドで、チョコっとバンジョー弾かせてもらったり。


やっぱバンジョー弾くのは楽しいね。音色が独特な楽器だから、楽曲に合う合わないは勿論あるんだけど。
でもそこを敢えて、バンジョーの音を合わせたりすると、曲が面白くなったりするんだよね。

問題はテクニックだな(汗)。家でホコリ被ってる、アール・スラッグスの教本をちゃんと読まなきゃね。

バンジョーの雄。アール・スラッグス

バンジョーの曲で老若男女、誰もが1度は聴いた事がある超有名曲、
「フォギーマウンテン・ブレイクダウン」はこの人の曲。

映画ファンなら、1930年代に実在してアメリカを荒らし廻った強盗団、ボニー&クライドの半生を描いた映画「俺たちに明日はない」のテーマ曲と言えば、ピンとくるかな?

あんなの無理だけどね(笑)。バンジョーって「ロール」と呼ばれる、様々な指の動き(基本的に3本指)のパターンを、超高速で!!やらないといけないんだけど、
YouTubeとか観ると、自分の子供と同じ位の歳の可愛らしい女の子が、楽勝で弾いてたりする(笑)悔しい(笑)

でもね、この指の動きを習得すると、スティールギターや普通のギターにも応用出来て、演奏の幅が広がるんで是非、頑張りたい所ではある。

頑張りたいって事で言えば、今年こそ!我々ガンボチローズ、いい加減に新しい3枚目の音源を作りたい!ってのがある。

ずっと、「こんな感じをやりたいなぁ」とか
「こんな要素を今出したら面白いだろうなぁ」なんてアイデアはここ数年、自分の中にあるんだけど。
そのまだ取っ散らかったアイデアを、ちゃんと整理して形にするのが今年の最大の目標。


なんか最近(って訳でもないけど)、昔に大人数でバンドやってた時、
もしくはそれ以前からの、古〜い腐れ縁の仲間が一回り人生を経て(笑)、また復帰して集まり出したり、
それとは別に、今まで自分が知らなかった素晴らしい音楽人やバンドと出会えたり。

偉そうだと怒られそうだけど(汗)
そんな方々を巻き込みながら(実際、巻き込まれてしまったら事故だと思ってもらってね 笑)、ごちゃ混ぜにして何か面白い事が出来ればなぁと、日夜タクらんでる訳なのです。

という感じで今年も各方面、お世話になると思います。何卒、お付き合いの程よろしくお願い致します!!



おまけ。昨日の夜の事。

高1の娘と音楽番組を観てて、とある某メジャーバンドが活動休止との話題があっての会話。

娘「解散と休止って、何が違うのー?」

父「それはね、解散は離婚で、休止が別れたくても 別れられない愛人関係みたいなもんかなー?
どうせまた、ほとぼりが冷めたら金儲けやら何やらで、一緒になるんだろうからね」

うーむ。ガンボチローズは絶対、解散や休止はしないが、とりあえず今年もダメオヤジのレッテルだけは確定のようである(笑)

長々とお付き合い、ありがとうございました。



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異色のカントリー歌手「チャーリー・プライド」

2016-11-11 01:25:59 | 日記
古い音楽話を中心に、私アラヤが好き勝手に綴るこのブログ。

まあ、自分のストレス発散だったり、自己満足的な要素が大きいですが(笑)
しばら〜く、サボってたんで(笑)
またチョコチョコと、つたない話題でも出していこうかな?と思います。

いつもの様に長いんで、おヒマな時にでも(笑)お付き合いの程、よろしくお願い致します。

今回のテーマはこれ。
カントリー歌手、チャーリー・プライドについての、個人的な想いなどを、、、



チャーリー・プライド

こういう音楽を好まない方々にとっては、サッパリ馴染みが無いと思われるが、
実は、本国アメリカでは’60年代から、ビルボードNo.1を30曲以上!!
大ヒットを飛ばした、音楽業界ではかなり成功した部類の人。

こんだけ売れりゃあ、カントリーだけでなくポップスやロック等、いろんな音楽に影響を与えるんだけど。

実際、僕自身がチャーリー・プライドを知ったのは、
ダグ・サームという、メキシコ土着の音楽やアメリカ南部の音楽を、ゴチャ混ぜにして最高な音を奏でる、イカしたテキサス野郎がチャーリー・プライドの曲をカヴァーしてたから。

ダグ・サーム
ダグ・サームという人も、いつかブログで取り上げたいくらい、色々な音楽の要素が入り混じった、一筋縄ではいかない人。

んで、チャーリー・プライド(早くも話が脱線 笑)

1番上の写真を見て「アレ?」って思う方々もいらっしゃると思う。
そうなんです。今だに、保守的な傾向にある米国カントリー業界において、唯一成功した黒人歌手なのです。

簡単に経歴を追ってみると、

1938年(昭和13年)、ミシシッピ州スレッジ出身とある。

うーむ、ミシシッピ州。
まあ、いわゆるディープサウスと呼ばれる、南部の中でもキッツい土地。しかも'30年代なら、kkkとかも暗躍してる、まだまだ差別が強い時代。

そんな幼少時代。周りに散々溢れていたであろうブルース等の黒人音楽を聴かずに、カントリー専門のラジオ局、グランド・オール・オプリなんかを愛聴して育つ。

まあこれは、ジャズやブルースで歌われてるような、俗的な文化を嫌った、厳格な父親の影響もあるようだけどね。

でも、こういう話。よく聞くけど、僕はいつも面白いなぁと思う。

黒人のチャーリー・プライドやレイ・チャールズなんかも、少年時代から白人カントリー音楽を聴き込んで自分自身の糧にしてる中で、
エルビス・プレスリーやジョニー・キャッシュ等の白人達は幼い時から、ブルースやゴスペル等の黒人音楽を自分の血と肉にしてる。

結果、どちらもジャンルを超えた音楽として、後に皆んなから愛されるミュージシャンになるんだからね。

そんな幼少期を経て、生活の為に働き始めるチャーリー青年。
苦労しながら、様々な仕事を転々としては挫折して、ナッシュビルに移り歌手活動を細々とスタート。
そこで作ったデモテープが、とある大物人物の耳に届く。

その大物人物こそ!
RCAレコードという、当時のアメリカ全国区の巨大レーベルで、プロデューサー兼ギタリストとして活躍する、チェット・アトキンスという人物。
今でこそ、スーパーギタリストとしての認識が強いが、

僕自身は、プロデューサーとして手掛けたアーティストの曲だったり、ヒットシングルの曲で裏方として、センスを発揮するチェットが大好きなんです。
(いや、ギタリストとしても勿論好きなんですが)

もっと言ってしまえば、メンフィスの地方レーベルだったサンレコードから、全国区のRCAレコードに電撃移籍したエルビス・プレスリーの件だって、
舞台裏では、チェットの画策や采配が絶対あったはず。実際、エルビスの移籍第一弾シングル「ハートブレイク・ホテル」のギタリストはチェットだったし。

はい、また話は脱線(笑)

チャーリー青年のデモテープを聴いて、
「素敵やん、、?泣けるやん、、?」と、紳○風にチェットが言ったかどうかはさておき、すぐさまRCAレコードと契約。が!ここで大問題!

「君、黒人だったの!?」

音楽業界の中での差別、特に先程名前を挙げたような、エルビスやチェット等のミュージシャン達は
「良い物は良い!色で決めるのはナンセンス!」と、決して人種に対して偏見や差別は無かった。

でも実際、商売として音楽を売る場合になると、話は別。しかも時代は’60年代。公民権運動真っ只中

音楽業界に差別は無いと言ったが、プロモーターやレコード会社の一社員には、偏見を持つ人間も少なからず居ただろうし(実際、レイ・チャールズは地元ジョージア州のライブは、’80年代まで禁止だった)

今でもカントリーチャート、R&Bチャートと明確にカテゴリされてしまってる中で、当時はもっと風当たりの強かったこの時代のミュージシャン達は、本当に大変だったと思う。

さて、どうやって売ろうかと頭を悩ませた、プロデューサーのチェット・アトキンス。
結果、デビュー曲は一切人種を隠しての慎重な方針で、音源のみラジオ局で流すという異例の売り方。
それでも、デビュー曲がいきなりの大ヒット!!

でもこれは「良い物は良い」と、確信してたチェットのプロデューサー感覚と、
何より!名の知られてない匿名の新人であっても、人々を魅力するチャーリー・プライドの才能があってこその話。

それでも、その後もテレビ出演やライブといった活躍は行わず、やっとテレビ出演するようになったのは、’70年代手前くらいから。

僕の所有してる「ジョニー・キャッシュ TVショー」という、’69年〜’71年まで放送してた音楽番組に、1曲だけチャーリー・プライドが歌う映像が残されてる。


うまくリンク貼れるかな?

Charley Pride - "Able Bodied Man"

ここでは、プライズマンという堅実な演奏力で定評のある、チャーリー自身のバックバンドを従えて、
チャーリー・プライドの人柄がにじみ出たような普段の労働者の生活の歌を、飾らずにシンプルに歌っている。

この映像にはカットされてしまってるが、大歓声の中。歌い終わって、ホッとしたチャーリーがバンドの方を向き、
バンドマン達もチャーリーに微笑み返す、というシーンがあってね。

いや〜、いいですねぇ(笑)バンドはこうでなきゃね(笑)

と、長々と書いたが(汗)、最後に歌詞の一部を。



ミズーリ行きのバス停から電話してる

ホントは一緒に連れて行きたかったけど

送った封筒に少しだけど、お金を入れたよ

こんなに早く職を失うなんて、二人の計画を変えなきゃね

でも今度はきっと大丈夫さ、うまくいったらまた電話するよ

身体つきの丈夫な男を探してるらしいから



人種や文化、宗教の壁を越えて、その後も皆に愛され続けたチャーリー・プライドも今年78歳。

今も、まだまだ現役で歌い続けてます。

僕は文学的でもない、難解でもない、恨み節でもない、
カッコつけない、シンプルな言葉とメロディの労働者の歌が大好きなのです。

カントリーとは、そういう音楽。みなさんも機会があれば是非、触れてみては如何でしょう?

長々とお付き合い、ありがとうございました。









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