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マクロビオティックインスピレーション・随想古事記・日本語と歴史・バベルの塔・日々雑感

田舎暮らしのビックリ騒動

2017-04-27 23:21:04 | Weblog

これこそ田舎暮らしならでは?????・・・・・朝方の仕事が一段落して、メールでもチェックするかとパソコンに向かって座りました。両手をキーボードに載せようとしたとき、左手首に近いところにモゾモゾとした違和感が!!!!!なんとなんと・・・・・ムカデが這っているではありませんか!!!!!

      え!え!え!え!え!・・・・・

 

慌てて払いのけたら、キーボードの上に飛びました。引っ越しの空箱がそこらじゅうにあったので、その中に入れて外に出しました。刺されたわけではないのですが、それから神経が異常になったのか、何となくどこかでモゾモゾしているような気ばかりして、ムカデ?????と気になります。とうとうムカデの忌避剤を買ってきて、家の周りに撒きました。あんまり来てほしくないお客騒動でした。

 

 

後日記:ご注意ください!!!!!忌避剤は要注意です。それも厳重に要注意です。ムカデに這われたショック(・・・・・大きかったんです。12~3センチあったんです)と周囲の忠告もあって忌避剤をまきました。かなり高性能のマスクをして軍手をはめてまきました。それでも終わった時に手に違和感を覚えました。丁寧に洗ったのですが、その日の夜には目がショボショボになり腫れぼったくなりました。次の日も目ヤニは出るは、顔は腫れるは・・・・・飲料水は梅醬番茶と水素水にし、時々ご紹介している塩浴法で昨夜は頭頂まで・・・・・・今朝は顔の腫れは引きましたが、上下の瞼の腫れがかなり残っていて目もまだすっきりしません・・・・・・多分明日には傍からは分からなくなるでしょう。明後日には自分も楽になると思います。

今までもムカデは出ましたし、夫が嚙まれてくれました?????(どういうわけか、私は噛まれたことがありません。今回も這われただけですし・・・・・)それで、箱か袋で捕まえては外に放り出していました。今回はその前日に夫とムカデの話をしたばかり・・・・・家人の過敏な(?)反応もあって、ついその気になり忌避剤をまきました。それでこんな目にあっています。まあ、良い経験をしたことにしておきます。

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法と鏡2

2017-04-23 19:58:03 | 最終章・これを知るために

北朝鮮をめぐって、戦争になるかならないか・・・・・どのテレビ局も連日放送しています。そして私達日本人が忘れていた事実を、今更ながらに思い起こさせています。それは国という単位を規制する法がこの地球上には無い・・・・・ということです。私達はまだ国以上のものを持っていません。それなのに日本人だけは、憲法というものに理想を託している・・・・・ばかりか、個々の命を託している?????・・・・・なぜそんなことが世界で唯一できるのでしょうか。私達は今その理由と、世界の現実から顔を背けている自分達をはっきりと知る必要があるのではないかと思います。

 

それはひとえに日本人が『鏡』というものを心のよりどころにして暮らしてきたからではないかと思います。そしてその鏡と法とを同じように思っているからではないかと思います。日本人の心情は、自分が正しいか間違っているかを確かめる時に照らし合わせるもの・向き合うものは、『鏡』に映った自分だからだと思います。その鏡の奥にあるもの・・・・・これは天岩戸屋でアマテラスが向き合わされた鏡と同じで、そこに映っている美しいもの・貴いもの・正しいものをのぞき込む自分の姿勢だと思います。これは本当に世界に誇るべき姿勢だと思います。そしてそれが普遍的世界中の心情になれば、もっともっと世界は住みやすくなるかもしれません。だけどこれがまかり通っているのは、日本だけ・・・・・あるいは、日本のほかに何か国あるのでしょうか・・・・・私達日本人の使命はこの美しい『鏡』の国を守ること。これがいつの日か世界平和に寄与する道なのだと思います。『鏡』は『鑑』であって、自分の姿を映すものであり自分のお手本でもあります。

でも、そもそも『国』というものは自分たちを守るための集団から発達してきたのではないかと思います。だとすれば、対立する相手があるのが前提条件で、対立関係を如何に納得のいく状況にするかが世界の近代化であり、条約というものの性質だと思います。それで世界の考える『法』というものが発達してきたのであって、東洋哲学的な『法』とは全く違うものです。西洋の『法』は神から授けられる統治上の決まりで権力も一緒に付与されます(ということにして、人間が作った法を発布し行使する権力の正統性を表明しています)。でも東洋哲学の行き着く果ての日本では『法』とは『道理』であって、もともとあるものであり、逆らっては『ばち』の当たるものです。だから日本人ほど『法律』に合わない国民性のものはいません。裁判に対しても同じです。日本人は『大岡裁き』が好きなんです。

 

どうしてこんな世界に独特の国柄と国民性が生まれたのか・・・・・これは、ひとえに日本語の音波による脳神経のオペレーション(言霊)であって、カタカムナのおかげというべきか所為というべきか・・・・・『鏡』に映して自分を正しているもの、それは『カガミ』であって、『鏡』の奥から自分に向かってくる『カ』の『カ』の『ミ』と照らし合わせているんです。そういう心情になるように日本語というものを作って今日まで伝えてきました。(このことを知りたいと思う方はご自分で研究なさってください。簡単ではありません。それは既成観念というものがあって言葉を聞いても分からないからなんです。知識として知っても何の役にも立ちません。私はそれを探求して放浪50年のような気がします。)ただ日本人と自分のことを言うならば、最低でも、美しい『鏡』の日本語を使わなければならないと思います。なぜなら自分の発する日本語が、また『鏡』になって『カ』の『カ』の『ミ』として放出されるからです。『言葉』というものは本来そういうものなんです。これは『認識』の表明であって、私達が受け取っている脳の刺激のコピーなんです。私達の体全体がその波動で振動しているんです。その振動するもので私達は心身ともに出来ていて、それが『カ』の『カ』の『ミ』なんです。それを繰り返しているうちに、最初は何となくわかってきて、いずれは体得できるだろうと思っています。

 

今日テレビで、どうして国と国の争いに国民が巻き込まれるのか、というようなことを言っている人を見ました。だけど、国と国の争いは国民と国民の争いなんです。日本人ほど国と国民の関係を遠くに感じている人々はいないような気がします。(これは国というものを超越していない現在の世界では危険なことです。)また今は難民などといって保護活動が行われたりしますが、そうやって(武力で追い出して武力で攻め取って武力で自分たちを守って)別の国を建ててきた歴史があって全世界の国が出来ました。そんな現代の難民をどうするのか・・・・・これは大変な問題です。現代は新たな建国の余地がない?????国境の変更は認めない?????だけど難民を受け入れる余地もない?????先ごろもハンガリーだった(ブルガリアだった?)かと思いますが、国境を閉鎖して難民の門戸を閉じました。この難民の問題が、大騒動の挙句に『国』の性質を変えるかもしれませんし、もっと頑固なものになるかもしれません。大昔から私達日本人は難民を受け入れて国を作ってきました(これについては自説を『随想古事記』という形でこのブログの記事にしました)。もちろん武力と日本語を使ってです。『海幸山幸』の山幸彦は豊玉姫の父(当時の日本の支配者)から治水権(シオミツ玉シオヒル玉)と言葉(呪文)を贈られました。それがこのお話しの伝えていることであり、古事記のお話しです。『ホツマツタエ』にも国内の争いを治めるために、イザナギイザナミ両尊が国民の言葉を正して回られた、という記述があります。言葉というものが人間性の問題そのものだからでしょう。この建国や国の立て直しは何千年も前のことで可能でしたが、それを現代社会でどう出来るか・・・・・全世界は『バベルの塔』以前に戻ることが出来るのか・・・・・というくらい深刻な問題だと思います

 

最後に心の底から考えなければならないことは、この事態に至るまで私達は拉致被害者と呼んでいる同胞を救出できずにいるし、方策もない・・・・・また核廃絶を叫びながら、隣国の核開発を止めさせる方策もなければ、放置して瀬戸際まで来ている・・・・・ということです。この無策はひとえに憲法に道理を求めているからではないかと思います。だけど憲法は道理ではない!!!!!その証拠に憲法では加害者の権利は保証しているが、被害者の権利は認められないと思えるようなことが多い。それは死亡事件の裁判になった時、被害者の多くは死亡しており国民ではなくなってしまう(?)からではないでしょうか。私達は死んだら日本国民ではない?????そして悔しいかな、拉致被害者と呼ばれている私達の同胞は憲法の支配下にいない?????裁判すら出来ない・・・・・相手は国民ではなく、北朝鮮です。これでは納得がいかないことばかりです。そしてこれが、憲法が私達の『鏡』ではない証拠です。

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挑戦!!!春の味

2017-04-22 13:01:38 | マクロビオティック

春になって庭の手入れが大変になってきました。オオデマリは満開、ツツジも咲き始めています。木蓮と柿の葉の独特の新緑が初夏を告げています。かいうの清々しさが嬉しくて、家の中にも取り込みました。気分爽快です。

 

        

そんな庭巡りで目に留まったヨモギの新緑?????摘み取った爪は黒くなりました・・・・・『あく』が強いんですね。お団子や天ぷらにすべきでしょうが、物は試し・・・・・野草ですからお湯にかなりたっぷりのお塩を入れて茹で、水にさらして食べてみました。ちょっとモゴモゴした味と感触で、食べられないことはありませんが、そのまま食べるには・・・・・?????何しろ『もぐさ』の原料(?の仲間?)でしょうからね!!!!。それで思いついたのは、ふりかけ。小さく刻んで乾煎りし、炒って擂ったゴマと削り節を混ぜ、濃い口しょうゆを炒りつけて味をつけました。・・・・・これが何と・・・・・初めは大根葉のようにすっきりとはしてなく、最初の感触通りモゴモゴが残った感じ・・・・・だけど、何となく病みつき(?)になる味で、ご飯をお代わりする始末!!!!!

たっぷりの擂りゴマとかつおの削り節を混ぜたのが正解だと思います。今日もう一度試してみるつもりです!!!!!

 

 

 

23日追記 : 続けて作ってみました。これは案外万人がおいしく食べられる『ふりかけ』なのではないかと思います。子供の頃怪我の血止めに使っていたくらい、なじみのある野草です。先々の万が一の『飢饉の備え』になるかもしれません。嫁菜でも試してみようと思います。

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浅田選手引退

2017-04-13 10:23:33 | Weblog

連日浅田真央選手の引退が報じられています。『真央ちゃん』とみんなから好かれた浅田選手のおかげで、フィギュアスケートがどんなに楽しかったか・・・・・本当にスケートリンクに映える上品に愛らしく美しいスケーターでした。『真央ちゃん』のスケーティングに固唾をのみ喝采を送り一緒に喜び悲しみました。涙に胸を詰まらせ言葉に共感したものです。

 

そんな『真央ちゃん』の引退会見で再び彼女が感じて選ぶ言葉の重さに胸が熱くなりました。若い孫に近い『真央ちゃん』・・・・・とても美しくラファエロの聖母にも似た雰囲気が西洋人にも好かれるんだろうと感じていました。今回の会見でふとローマの休日のアン王女を思い出しました。多分100分の1秒か1000分の1秒かの確率の精度を磨いて日々を積み重ねているフィギュアスケート選手しかわからないんだろうと思いますが、笑顔の裏にある彼女の人生・・・・・何とも言えない後ろ向きの仕草を見せた『真央ちゃん』は回転の女王でした。これからの新しい人生も『真央ちゃん』にふさわしいものになるだろうと思います。

 

 

 

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また、ハゼにかぶれました!!!

2017-03-21 14:15:17 | Weblog

何でかゆいんだろう?????・・・・・と思っていました。当たるようなものは食べてないし・・・・・と考えながら、一昨日の夜からのかゆみに困惑しながら考えました。両手の肘から手先の方へ半分、手の甲までかさかさした湿疹状のブツブツが出来ました。朝方は布団で暖かくなっているのか、撚れて腫れたような・・・・・かゆくて、搔いたためだったのかもしれません。

 

「どうして?」と思ってはみても、特に思い当たるものは・・・・・?????・・・・・?????・・・・・何度考えても、何もありません。

 

それが、それが・・・・・今朝になって、はたと思い当たりました。一昨日お天気も良いし、夫もいないし・・・・・というわけで、垣根の伸び放題に伸びている枝を切りました。その切った中に、垣根の中に紛れ込んで生えている『ハゼ』の小さな苗木があったんです。『あれ!これはハゼの木!』と思ったんですが、後の祭り・・・・・触ったわけではないし・・・・・と自分を慰めて、放念していました。

 

実は思い返すこと55年あまり・・・・・中学1年生の秋、テニスボールを拾いに山に入り込み(田舎の中学校ですから)、翌日から顔はハゼに負けて真っ赤にはれ上がり、挙句の果ては、出てくる汁(?)がガワガワにこわばり、表情を動かすとそれが割れてまた汁が出るという有り様・・・・・に。それはひどい目にあいました。学校を1週間以上休んでしまいました。それを思い出しました。

ハゼに負ける人は下を通っただけで負けると言います。あんな思いをしなくて良かった~~~あ!!!!!だいぶ落ち着いてきました。都会にいると忘れてしまいますが、帰郷してまた生々しい自然に触れています。

 

 

3/25追記:おかげさまで日中も睡眠中にも、かゆくなることがなくなりました。造園をしている従弟が「一週間すればよくなる」と言っていた通り・・・・・で、あとはガサガサしている湿疹の痕跡が消えれば全快です。ありがとうございました。

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教育勅語

2017-03-16 13:47:37 | Weblog

教育勅語は偏向しているのか?????・・・・・そもそもこれは明治維新政府が封建制度と決別するための政策の一つを、国家の顔である元首の言葉として発布されたもののはずです。日本が国際社会に蹂躙されないように明治天皇はご自分の誓いとして五か条の御誓文を、国民に向けての願望として子弟教育の根幹を教育勅語として示されました。日本の近代国家としての出発点だったはずです。それがどういう風に偏向しているのか・・・・・?????

国会やマスコミの報道で、それが悪のように吹聴されています。まあ、世界の歴史教育は大方において、各国の都合で偏向されています。どういう風に偏向されているかというと、自国の正義と敵対国への憎悪とでです。そういう意味で、韓国と中華人民共和国は日本を敵国とみなしていると言ってよい!!!!!あるいは、敵国でないと言うならば、金銭目的で自国を下品な国に落としている!!!!!そして昨今の日本の風潮は、哀しいかな!!!、自国の歴史を敗戦前後の二分割で、戦前は軍国主義の悪で戦後は平和主義の善としている・・・・・これでは歴史の断絶で、日本としての美しさを未来に残せるかどうかの瀬戸際に来ています。そういう意味では韓国と中華人民共和国の憎悪のほうがかの国の歴史にとってはましかもしれません。でも、教育勅語には『国の役に立つ』人材になるようにとの国家運営の永遠の真理(?)が述べられているだけだと思いますし、それをどう活用するかということは、ひとえに国家国民の資質に関わることだと思います。

 

私の随想古事記のテーマですが、日本は他民族への憎悪を融和することに成功した国なのですから、そういう美しい日本を滅ぼさないように国に役に立つ人材の育成がどんなに大事なことか・・・・・それが教育勅語の根幹だと思います。 まあ、教育勅語が子供の暗唱に適しているかという疑問は私も感じます。だけど、子供の記憶力の向上には資しているかもしれません。私も父から歴代天皇名を50代まで暗唱させられたし、中学校の教科書に載っていた円周率を小数点以下41位まで暗唱して覚えました。中学一年の英語の宿題は3~5ページ(習いたてですから、大した量ではない)暗唱してくることでした。声を出して暗唱すれば、肺の機能にも良いかもしれませんし、姿勢もよくなるし・・・・・・それに、幼い子供は大して意味は分からない・・・・・私自身や我が子の経験で実証済みです。カトリックの幼稚園に通わせた子供たちは、『・・・・・神の恩寵マリア・・・・・』なんて、大きな声で唱和してました。それはそれとしても、子供の教育には一般的な、そしてもっと時間的に古くなった『孝経』を暗唱させる方が良いかもしれません。『孫氏の兵法』だって『韓非子』だって、誰も文句をつけないでしょう。

 

 

余談ですが、子供に『安部さん頑張れ』と言わせて何が良いのか嬉しいのか・・・・・安倍総理も迷惑でしょうし、聞いている方も不愉快です。その安倍総理が夫人をかばって『不愉快だ!』と言われたのを聞いて、私はとてもうれしく感じました。よくぞ言われた!!!!!夫たるもの、妻をかばわなくては!!!!!誰だって、つい言ってしまった、あるいは言わされてしまった・・・・・という経験はあろうかと思います。総理夫人の映像を見ると、そんな気がします。人間誰だって、相手のあるいはその場の意向を汲むものですから。そしてそんな映像を流すマスコミに不愉快を禁じ得ません。これが私の個人的感想ですが、コメントに自由なご意見をお願いします。

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唐津のひれふり山

2017-02-28 15:19:04 | Weblog

唐津に出掛けていた夫がお土産にお菓子を買ってきてくれました。

    

                            

 

松露饅頭で有名な唐津の老舗のお菓子で、その名も何と『ひれふり山』というお菓子でした。もちろんそれは佐用姫伝説にちなんだものと思いますが、私の『ヒレフリ山』教室でも第1回目にその悲しい伝説や有名な大国主とスセリビメの物語に触れて、古代の人々が『ヒレ』というものにどういう感覚を持っていたのか話し合ったものです。「その名に惹かれて買って来た・・・・・」と、細長いお菓子包みを手渡されました。松露饅頭の緑がピンクになったような包み紙で、これにはちょっと~~~~~という感じでしたが、包みを開いて出てきた中の箱をみると私好み(?)のデザインで嬉しくなりました。中のお菓子は、

 

                                       

    

松露饅頭が松の葉についた露のように真ん丸・・・・・なお饅頭のところを、ちょっと俵型にしたような大福(?)といった感じです。姑の妹が唐津出身の方に縁付いていましたので、よくお土産にいただいたもので小さな可愛い松露饅頭はなじみがありました。この『ひれふり山』というお菓子もとても可愛らしく良い感じです。何より大きくないのが嬉しい!!!!!名前に愛着も感じました。・・・・・包み紙は佐用姫好み?????かと思いましょう。

                

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豆炭炬燵

2017-02-24 20:22:41 | 自然食品和みさん

やっと自宅に戻ったなあ~~~~~とかみしめる余裕を取り戻しています。片付け荷物に埋もれていたのが、少しづつ家の中に秩序が戻って日常生活が楽になりました。

そんな中一番のヒットは、豆炭炬燵!!!!!これは最高です。帰郷して間もないころは豆炭炬燵を作ることも思いつきませんでしたが、片付け荷物を見て途方に暮れて・・・・・くたびれて・・・・・「炬燵を作ろうか!!!!!それも豆炭炬燵を!!!!!」夫と二人同意に達しました。この炬燵は14~5年前(?)平戸の自然食品和みさんから買ったものがもとです。豆炭も素性の良いものを分けてもらっていました。それが復活して・・・・・あまりの心地好さに、朝まで炬燵で寝てしまいそうです。電気炬燵は長時間入っていると皮膚がチカチカしてきて我慢できなくなりますが、豆炭の輻射熱というか・・・・・これは体の芯からほわ~んと暖かくなって・・・・・実は豆炭とその容器に和みさんの一工夫があって、この豆炭炬燵はそれはそれは気持ちが良いものです。

                                       

 

というわけで、「極楽、極楽」と言いながらこの炬燵で暖かく一日を締めくくっています。間もなく2月も終わろうとしていますが、もう少しこの炬燵のお世話になりそうです。写真は豆炭の容器と炬燵の容器の収納庫。中央は火熾しで豆炭を火にかけているところです。昭和の2~30年ころに戻ったような懐かしい映像ではありませんか?子供の頃に帰ったような楽しい作業です。

 

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春の味・芹の胡麻和え

2017-02-19 10:25:46 | Weblog

市場でみずみずしい芹を見つけました。何とは無しに春めいて『芹の胡麻和え』を胡麻たっぷりで作りました。いつもは春菊と半々にすることが多いのですが、今回は正真正銘の『芹の胡麻和え』・・・・・なので、白ゴマたっぷりにしました。水仙が咲いて、梅の花が咲いて・・・・・暖かくなって・・・・・春の気配がいっぱいになってくると、心楽しくなってきますよね。幸せを感じます。

 

そんな長閑な日を送ることが出来ることを本当に幸せだと思いますが、お隣の韓国や時代劇のような北朝鮮の現状・・・・・中(華人民共和)国や中近東の国々・・・・・ヨーロッパも一つにはなれそうもないし、そればかりか世界を牽引していた(?)アメリカ合衆国まで何だか怪しげになってきました。私達日本人は『国』というものについてもっと現実的にならなければいけない時期に来ていることをひしひしと感じさせられます。私達の国日本もそんな危うい世界情勢の中に存在しているのに、私達は国がいつまでもあってすべてを保証してくれるという幻想を抱いているような気がします。

かの昔孔子様が王道政治を説かれて、人の踏むべき道を『徳』として示されました。そして具体例として『仁・義・礼・・・』などの徳の現れ方を述べておられますが、高校時代の論語の授業で『仁』について、後に孟子が解説(?)したとされる『惻隠の情』・・・・・『思いやり』だと先生が話されたのを思い出します。要するに他人を思いやる人間関係が社会の基盤であり、王道政治(国)の基本であり、人の道なんですよね。だけど、それがこの世の難しさ・・・・・良かれと思っていても至らなければ思いやりが思わぬ事態を生むことになる・・・・・トランプ大統領のアメリカファーストが、隣人を困惑させ、回りまわってアメリカを困惑させる・・・・・

20世紀の世界平和主義者たちは世界連邦を夢見ましたが、20世紀も21世紀も『クニサヅチのみこと』の鉄槌をもっての平定を容認できない以上実現は不可能に近い・・・・・私達の日本だけが2000年も前にその鉄槌『くぶつち』でもって、日本民族に(当時の苦しみによって)溶融錬金できた現代の幸せを世界中に広げられるかどうか・・・・・これもまた限りなく難しい。マクロビオティックの桜沢先生も久司先生も『見果てぬ夢』だと言われました。私達はどうしたらよいのでしょうか。

 

こんなに危うく流動的な世界情勢の中でも、平和な日本の四季が巡って!!!!!・・・・・戦争と平和は反対語ではないと思います。平和のために戦争が起こり、戦争のさなかにも平和な一時はある。戦争やその他の悲惨な出来事が個人の遭遇する体験であるならば、それこそ思いやりの『仁』以外に解決策はないし、『仁』をもって行われる王道政治を実現するしかありません。孔子様の昔に戻ってしまいます・・・・・それでも今平戸に春が巡ってきて、『芹の胡麻和え』を楽しみ、和みの堀江さんにもう一つの春の味『メバルの煮つけ』を食べさせなければ・・・・・と思っています。若かりし頃小説(多分檀一雄の)を読んで以来の空想の味だそうです。塩焼きもおいしいけれど、メバルはお煮つけが格別だと思います。

 

 

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引っ越し片付けのまにまに

2017-02-11 22:50:19 | Weblog

昨年末故郷に戻って・・・・・新年を迎えお正月を過ぎ立春も過ぎ・・・・・延々と片づけをしています。というのも、大方の家財道具を置いて『手鍋一つで』に近い状態で上京し8年もの長い間に増えてしまった本類や所帯道具を『元々道具が埋まっている家に埋め込まなければならない』という事態に陥ってしまったからです。それで夫共々『人生の整理』を決心して・・・・・死後に残さないほうが良いようなものを『片付けよう!!!!!』とばかりに片付けていますが・・・・・ 

なかなかに大変で・・・・・1年がかりになるか、2年がかりになるか・・・・・入れる場所を空けるために不用品を捨てたり譲ったり、無理やり始末したり、長い留守の間に傷んでしまったものを取り換えたり、疲れて「気長にやろう!!!!!」と片付けのまにまにテレビを見て・・・・・時代劇やら、昭和を回顧する歌謡曲の番組を見たり・・・・・懐かしい顔や美しい声に引っ越し疲れを忘れたりしています。

 

そんなテレビ番組の中で気が付いたことがあります。と言うより、以前から気になっていたのですが、今回『記事にしておこう』と思ったことがあります。それは日本語の音についてです。戦前戦中の歌手にははっきりと守られている日本語の音についての決まり(?)が、戦後の『昭和の歌手』では美空ひばりでははっきりと守られており、森昌子にはまったく無い・・・・・この愛くるしい少女歌手が出て来た時は本当にびっくりしました。そして物凄い違和感を感じたのも、歌の文句もあったのでしょうが、その『決まり』のせいが大きかったような気がします。

歌の題名は『先生』・・・・・この言葉の読み音は『センセエ』のはずでした。おくり仮名は『センセイ』で『センセエ』と読む・・・・・という『決まり』だったはずです。だけど、森昌子は『センセイ』という音にして歌っていました。これは一体どういうことだったんでしょう。私が習ってきた『決まり』は何だったのか?????『おうま(馬)』は『オンマ』、『い(行)く』は『ユク』・・・・・というようなわけで、昭和の回顧番組に国語としての懐かしさも感じています。そして依然として違和感を禁じ得ないでいます。これは、私が知らないばかりで、既に決着のついた問題なのでしょうか。

 

 

 

 

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言挙げ(ことあげ)せぬ国

2017-01-25 21:18:28 | 日本語・古事記

日本人の横綱が今日久しぶりに誕生しました。土俵上の風貌は何となく北の湖を思わせる稀勢の里・・・・・ですが、土俵を降りると何とも可愛らしい(失礼しました)無口な好青年のようです。マスコミの関心は稀勢の里の口上にあるようでしたが、これについては以前より苦々しい・・・・・というか、違和感を覚えていました。好きだった貴乃花の口上に、ひどく嫌な感じを覚えたものです。それ以来誰も彼もが気負ったわざとらしい(?)口上・・・・・に聞こえて、何となく嫌な感じを抱いていました。それでマスコミの取り上げ方も忌まわしく・・・・・

 

でも稀勢の里の今日の口上は、清々しくいかにも力士らしい・・・・・日本人の美徳とされてきた『言挙げせぬ』伝統を思い出させてくれました。力士はこれがよいと思います。如何にも丸い土俵という極限の世界で、それも回し一つの素裸で一瞬にかける力士らしいではありませんか。土俵上の相撲の中に日々の精進の成果を見てください・・・・・これが力士の心意気というものでは・・・・・と思うのは私だけではないと思います。

 

稀勢の里関、期待しています!!!!!

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帰郷しました。

2017-01-11 12:24:55 | 平戸

明けましておめでとうございます。

 

新年も我が家は引っ越し荷物のただ中で格闘中(?)・・・・・めでたさも慌ただしさの中で、10日を過ぎたというのにまだまだ・・・・・今度の引っ越しには年齢を感じてしまいました。そんな中夫のいないお昼には、平戸伝統の『茶雑煮』・・・・・時間を節約しましたが、懐かしさを味わって心のゆとりを取り戻しました。

 

この茶雑煮には一般的に普通の白米のお餅が使われますが、玄米のお餅が香ばしくておいしいのです。これは昔ながらのインスタント料理ですから、とても簡単です。まずお餅を焼きます。同時にお湯を沸かします。そして丸ごとでもよいし、小さくしてもかまいません、焼けたお餅をお椀に入れます。その上にたっぷり目に削り節をのせお醤油をかけます。その上に熱湯を回しかけるだけです。

 

栄養のバランスが悪い?????きらいもありますが、それよりもなお、手軽さが一番の時もあります・・・・・よね。こういうわけで、我が家はまだしばらく片付け中です。

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志野

2016-12-11 15:36:04 | 週末散歩

多治見を去る日が近づき切羽詰まって、どうしても行きたいとずっと念じていた場所に行ってきました。それは鼠志野の若尾利貞先生の工房です。突然お訪ねしたにもかかわらず思いもよらぬ歓待をしていただき、感激冷めやらずというところです。

実は我が家には美しくも厳しい鼠志野のお茶碗があります。そのお茶碗と初めて出会った時、20年にもなるでしょうか、ならないでしょうか・・・・・その時の衝撃を忘れることは出来ません。どのような言葉にしたらよいのかもわかりません。そして・・・・・そのお茶碗は我らが夫婦の手元に残り、作者の心と歴史に思いを馳せて自分の心との新しい交換を起こす契機となってきました。そのお茶碗を平戸に残して8年前上京したのですが、ご縁があってそのお茶碗の生まれ故郷多治見に移り住み、間もなく多治見を去って平戸に戻ろうとしています。何とかそのお茶碗に心を込められた作者にお会いしたい・・・・・との一念にかられ、偶然も重なって念願を果たすことが出来たというわけです。

 

お手元に残る作品が飾られたお部屋で先生ご夫妻にお目にかかり、貴重なお話を伺うことが出来ました。このことは私達のかけがえのない多治見の記念になりました。帰郷して後はお茶碗を手に取るたびにその日の先生ご夫妻のご様子やあれこれ伺ったことを思い出すだろうと思います。

 

 

わが日本の焼き物の中で特異な存在感を放っている志野。見るものの心をひきつけずにはおかない志野。私も『雪』と名付けたり『雲』と名付けたりして、手元にある食器を楽しんでいます。ですが・・・・・その出自にまつわる由来はいまだに多くが不明だそうです。現代日本人は多くの場合伝統文化になじまずそぐわず、日本人独特の感性に基づく『用の美』の工芸と遠く離れた日常生活を送っていますが、外国人はこの『志野』に大きな注目の目を向けているそうです。先生の作品は既にボストン美術館にも収蔵され、『グレーズシノ(鼠志野)』と名付けられているそうです。どんなつづりか正確にはわかりませんが、『グレーズ』という音が何となく『グレイス・グレーズ・志野』と重なるような気がして嬉しいのは私だけではありませんよね?????

 

 

この『グレーズシノ』という音を聞いて思い出したことがあります。ついこの前の11月半ば、猶興館高校の大阪同窓会がありました。そこで何と50年ぶりにあった同窓生と話したばかりのこと・・・・・『志野』は『チャイナ』という英語で括られたくない!!!!!・・・・・その同窓生はアメリカで金融関係の仕事をしている最も現代的な現役の実業家ですが、剣道と茶道も教えているのだとか・・・・・それで焼き物の話になり、意見が一致しました。『ジャパニーズ・チャイナ』というわけの分からない(?)分類も嫌だし、『チャイナ・日本』も嫌だなあ~~~~~と・・・・・・(『ジャパニーズ』は漆器の総称になっています。)

 

 でも・・・・・帰宅して考えて・・・・・若尾先生のお話を伺ってまた考えて・・・・・

     志野・・・・・信濃信野科野・・・・・チノ茅野・・・・・シナ志那支那チャイナ・・・・・

『チャイナ』とは『支那』のことで、現代言うところの中国や中国文化に代表されている焼き物の歴史的英語名だと思っていました。まあそれはそれで正しいのですが、『支那』と『中国』は同じではありません。『中国』は『チャイナ』ではないのです。(だから英語で中華人民共和国のことをチャイナと呼ぶのは間違っていると思います。)『チャイナ』の語源は、おそらく、『チーノ、あるいはシーノ』であって、『チン』あるいは『イン』・・・・・そして『・イン』という国名に由来するものだと思います。そしてその淵源は『殷』『秦』『新』『晉』・・・・・『陳』『元』(元が大きくヨーロッパに影響したと思います)『明』『清』・・・・・そしてまたこれが、わが国の信濃や茅野と深くかかわっているのだと思います。たとえば、『高志』も『越』に隠れてしまい、『高麗』も『駒』や『巨摩』に隠れてしまったように。それでも、いつも主張している通り、漢字に潜む音はその意味を時代を超えて受け継がれているのだと思います。

 

『志野』と名付けた人は、日本の桃山時代に日本の土と釉薬で新しい美を発見して『陶器の中の陶器』と感激し、歴史にちなんで『志野』と命名したのです。そこで私は提案します。日本では陶器のことを『チャイナ』という英語名は止めましょう!!!!!『シーノ』が正しいと思いますが、せめて、

             『チーノ』  または、最大限譲って『チーナ』にすべきです!!!!!

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多治見名残りの日々

2016-11-26 10:54:09 | Weblog

来月多治見を引き払って平戸に戻ることになりました。それで何となく身辺が乱雑になり落ち着かない感じです。そんな中めづらしく主人が朝からテレビの時代劇(リバイバル?)をつけたまま出勤して、私はつい何もしないで続きを見てしまいました。それは松平健演じる斎藤道三の物語で、『油売り』というセリフに子供の頃の父の≪講談(?)≫を懐かしく思い出させられたからかもしれません。

 

『松平健』と言えば『暴れん坊将軍』・・・・・ で、私はこれがあまり好きではありませんでした。だから『松平健』よりも『高橋英樹』・・・・・という図式(?)でした。だけどこの『斎藤道三』はなかなか素晴らしい・・・・・信長の先駆者としての道三の業績も描いており、『松平健』もとても似合って梟雄道三らしい風格を漂わせていました。随分以前に記事にした韓国の時代劇『朱蒙』を思い出す場面もありました。

ですが・・・・・今回心惹かれたのは、道三と信長の対面の場面で道三が信長に『一指し舞って進ぜよう』と後に信長が好んだといわれる敦盛を舞う場面・・・・・その松平健演じる道三の足捌きに、ひときわ感動しました。あの足は確かにあの空間を制御しており、お寺の床畳と足の場面は大変美しかったと思います。もしかしてあの足は別人だったのかもしれませんが、でも『松平健』演じる道三の足に見えました。朝の貴重な時間何もしませんでしたが・・・・・良い劇を見ました。

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小学校の思い出の歌

2016-11-15 14:48:20 | Weblog

右に見ゆるは名高き御寺、東に遠くかすむは古城・・・・・・

      み~ぎにみゆるは なだかきみてら、ひ~がしにと~おくかすむはこじょう・・・・・

 

小学校何年生で習ったのか、この歌がひどく印象的でした。それは、言葉遣いがとても古めかしく、そして美しかったからです。遠足の歌であることだけは、『今日はうれしき遠足の日よ』で締めくくられるのではっきりしていますが、何となく記憶が薄れてその印象だけが鮮明に残っている状態でした。最近久しぶりに会った20歳も年上の従姉に聞いてみたところ、

           鳴くやひばりの・・・・・や?

と言われてはたと思いだしました。そうでした、そうでした。『鳴くやひばりの 声うららかに、かげろう燃えて野は晴れ渡る。いざや、わが友うちつれ行かん。今日は 楽しき遠足の日よ。』そうでした、これが一番の歌詞でした。小学生の私は『い~ざや、わが友う~ちつれゆかん』というフレーズが好きだったんです。格好良かった?????のか、時代めいていたのか、文語体の美しさというか・・・・・、言葉(音)が気持ちにぴったりだったのだと思います。

 

これが昔の言葉に惹かれた始まりでもあったように思います。それが佐藤春夫の文語体の詩の楽しみや和歌に親しむ始まりだったような気がします。こういう子供用の歌を復活させるのも子供の情操教育に良いと思いますがどうでしょうか。そして引いてはこれが先祖との対話となり、子供の健全さを守ってくれるような気がしています。春の歌でしょうが、忘れないうちに記事にしました。

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