BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。

日本が普通に好き。 右も左も興味ない是々非々主義です。

アラーの神と神道

2010-12-05 | 日記
              日本の包容力


荒谷卓講師「日本の大義と武士道(その7、おわり)」


7.最後に―日本が戦うべきものは何か―



そうすると結局のところ、世界の紛争の相当部分はこの宗教・信仰でありまして、
それは人間が変えられない価値だという、人間が触れてはいけない価値観なんですね。


そこでその排他性があればこれはもう戦いというのは避けられないのですが、
そうじゃないんですよね。神道の考えでいくと、そこがお話ができるのです。

こういう考えというのが日本の文化の中にあるからこそ、我々は同級生だったら
私みたいな民族派というのか何か知らないけれども、そういうのと、
バリバリの共産党員でも一緒に酒を飲んで、

「そうか、お前はそうか、頑張ってるんだな」と肩を叩けるわけですよ。

これはそういうイデオロギー、あるいは信仰がそうだとしても、
それをもう駄目だと、もうその信じることが違った瞬間、
貴様とは絶対もう一緒に生きていけないと、こういうふうには思わないのですね。

君ともどこかで人間として共生できる領域があるという前提で、
一緒に酒を飲むわけですよ。


これは僕は本当にグローバル化したこの世界で、グローバル化したという
事実はどうしようもないですから、だからこそ、
僕はこの日本的な神道的なと言いますか、こういう発想、
これを八百万の神の発想と言うんだと思いますけれどね。


こういう発想が本当にやっぱり政治の場で活かされるようにしていかないと、
多分、本当の世界が平和でかつ安定した秩序というのは
生まれてこないんじゃないかと思いますね。


アメリカは一生懸命自分の秩序に染めないと安定はないと信じていると
思うのですけれども、多分、それでは真の安定したグローバルな社会というのは
出てこないと思いますね。

だから本当に日本人というのはそういうものを持っているわけですから、
自信を持って、あらゆる場面で、これはいい加減じゃないんですよ。
何かそういうことをやると、
「あいつは信念が無い」とか、「あっちに行ってもこっちに行っても
いいことばかり言っている」とかね。「どっちなんだ」なんて言われかねないんですよ。


違うのです。そういう信念なんです。そこをもうちょっと環境の場でも、
国際政治の場でも、もっと強く強く自信を持って打ち出して
いったらいいんですよね。
本当にそう思います。

実際にイラクとか、私たちも現場に行って活動しましたけど、

向こうの神様を一緒にお祈りしました。アラーの神様を一緒にお祈りしました。



と同時に、我々の神様も彼らの目の前でお祈りしました。
これは大切ですよ。そうじゃないと、ただ相手に迎合しているだけですからね。



我々は我々の神様を信仰して、ただあなたたちがお祈りしている神様も我々は
敬意を持って接する


だからあなたたちが神様にお参りしている、
礼をしているのと同じ作法でこちらもやらせていただきますと。
そういうことをやりました。
そこからですよ。全然お互いの対応が変わるのはね。

そういう力があって、本当に実績を積んだという実証があるし、
私なんかは実体験で、これは絶対いけるという感触があるのですよね。

だからそういう理論の問題とか、空想ではなくて、実証的に僕はいけるという
感じがありますから、ぜひこれは皆さんもいろんなところでお仕事されて
活動されていると思いますけども、日本のそういった本当に包容力と言いますか、
こういうのを本当に自信を持って訴えていくべきだと思います。しかも強く。


日本人が戦うとしたら、そういうものを排除して、

自分だけが正しいんだ、他は認めないんだと、こういうやつには
断固戦うべきなんですね。



        日本人の戦いというのはそういうものだと思います。

ちょうど時間になりましたので、私のお話はこの辺で一旦結びたいと思います。ありがとうございました。(会場拍手)

・・・以下、質疑応答があり、これは動画の最後のほうに収められています・・・


時間があれば、質疑応答部分を抜粋して文字起こししてみたいですが・・・

素晴らしい、の一語ですよ。

日本人は・・・古来よりの血脈にある日本人は素晴らしい。

以下、質疑応答への応答抜粋要点。(2分40秒辺りから


日本の武道の技

マーシャルアーツと完全に違うところ。マーシャルアーツは
「躊躇なくただ殺す」相手をいかに殺すか、それだけに全ての技が
向かっていく。

日本の武道は勝負が決まったというところでピッと止める。

GHQで武道を禁止されたとき・・・
日本の武道は「殺傷のためにあるものではない」と主張。

GHQで示した凄いほどの日本の武道精神(動画でお聴きください)
相手(アメリカ側は銃剣)、日本側は竹刀。怪我をさせずに
我々(アメリカ)に向かって来い。怪我をさせたら、お前たち(日本武道)の
負けだ。
我々が日本人を殺してもしかたがない、そういう条件でもやるか。

その結果・・・試合では、

相手の首もとに竹刀を突きつけて・・・

怪我をさせずに相手の軍曹が「参った」

日本の武道にそういう技のレベルがある。日本の武術には「そこまで」と
殺さないレベルにまで突き詰められている。

勝負が終わった瞬間にピッ! と止める。
そこが日本の武道が優れているところ、レベルが高いところ。

「参ったか」で止める。
将棋とチェスの違い、チェスボードから落ちた駒は死ぬ。
将棋の駒は、何度でも生き返って闘う。
そういう精神を理解できるか。他の国の武道にはない。


6分40秒辺りから、ご覧ください。(日本武道の危機・GHQがふっかけてきた
難題)


kashima shin ryu


エピソードに出てくるのは國井善弥氏ですね。

鹿島神流(かしましんりゅう)とは、日本の武術の流派。

*剣術と柔術を中心に、抜刀術、薙刀術、棒術、杖術、槍術、
手裏剣術を含む武術である。
昭和時代に「今武蔵」と謳われ生涯不敗であった
國井善弥が有名である。




お弟子さんが再現する國井氏とGHQ軍人との対決。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (5)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 日本であること 日本人であ... | トップ | 超長いおバカツイッターどす... »
最近の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
異文化交流 (mary)
2010-12-07 11:19:37
師走になりなんとなく気忙しくなりましたね。

私は、学生時代から海外の日本語短波放送の視聴、海外文通、国際交流活動や海外派遣事業参加といったことに関わり、常日頃から海外の人との付き合い方に強い関心を持ってきました。

今回ご紹介いただいた中で、相手に敬意を持って接するが単に迎合するのではなく、自分たちの作法も大事にするという考え方には、まさに目からうろこでした。

外国人と接する際、相手に迎合して日本を卑下する人、相手の興味や考え方などお構いなしで日本のやり方を押しつけようとする人など、さまざまな人がいます。そういうやり方になんとなく違和感を感じていたのは、こういうことだったんですね。

但し、こういうやり方で気持ちよくお付き合いできない人とは、なるべく接点を持たないようにしたいですけどね。それは日本人同士でも同じですね。
Unknown (べべこ)
2010-12-07 16:19:44
maryさん

本当に、あっという間の1年だったのに
師走に入ると更に加速するような心地ですね。

ご体験からして外国人とのお付き合いに関して
長く考えてこられたのですね。

そのお付き合いが不得手なのが、どうも
日本人のようで、ずいぶん長いこと
家族文化の中で言わず語らず通じ合う中で
暮らしてきているので無理もありません。
けれども、もうそうは言っていられない
ご時世ですよね。

そんな中で荒谷氏の言葉の一つ一つに
今後、日本人が海外に対したときの
ヒントがあるような気がしますね。

今は過渡期で、変に頑なになったり
迎合したりバランスを逸していますが・・・

日本人は毅然と寛容と、二つながら本来は備えている民族かと思われます。

>こういうやり方で気持ちよくお付き合いできない人とは、なるべく接点を持たないようにしたいですけどね


同意です。少々、経済的には不利益を
こうむっても、「心」を持ったお付き合いの
ほうを大切にしたいと思います。
中国や韓国、こちらから近づくべき相手では
ないですね・・・。(本当は国交断絶あら
まほし、と過激に言いたいところだけど
まあ現実無理でしょうし)
ヨタ話 (ゲル脳)
2010-12-07 21:34:16
八百万―すなわち、あらゆるすべての。可視も不可視も、可聴も不可聴も、過去も未来も。
どんな「とき」にも、どんな「ところ」にも満ちているモノ。
つまり、日本人が「神」と称するそれは、
「いのち」というもの。
―タテ(時間)にもヨコ(空間)にも連綿と繋がり連なり、途切れることのない“いとなみ”、“はたらき”。

そして、「いのち」を生み出す“ちから”。「いのち」の根源。
―この世、この三次元の世界に現象として顕される以前の“形態形成場”、観察も観測も証明も不可能な見えない世界の“物理”。

加えて、「いのち」を育み養う“要素”。
―光(熱)と闇、空気、水、他の生命、変化、五感で捉えられる総ての“ものごと”。この世界を変化させ、「いのち」を生かすために、常に、刻々と、絶えることなく与え続けられるエナジー。

それら総じて神道の「神」なのかも。ゆえの包容力。ゆえの偶像化不可能。教祖なし経典なし本尊なしの所以。

「日本の神様」という“名前の付いた”、あたかも人格があるかのような神々は、日本語の言霊・音霊による現象・事象・性質等々を表していたり、よりこの世に近い次元のエネルギーではないかと思われます。

人間が神と“繋がる”のは、人間アタマや意識レベルじゃなくってぇ~、「こころ」の奥~の方、深~い部分でだお。
「こころ」の向こうの方に、全てと繋がる「いのち」の根源があるお。
キャハ (・∀・)ゞ
Unknown (べべこ)
2010-12-07 21:55:26
ゲル脳さん

ええ、仰るとおりです。

>日本人が「神」と称するそれは、
「いのち」というもの。

それは「いのち」でもあれば「気(プラーナ」
でもあり、自然でもありますね。

>―タテ(時間)にもヨコ(空間)にも連綿と繋がり連なり、途切れることのない“いとなみ”、“はたらき”。

むむ、おぬし・・・ お解りで。
人間も実はそうなんですけど(ボソ)
かな~り低レベルの形態ながら。でも人間は
神の似姿ですね・・・。

>「日本の神様」という“名前の付いた”、あたかも人格があるかのような神々は

進化途上の魂ですわね・・・。我々人間より
遙かに進化した超ヒトともいうべき存在。
しかしながら根源の神ではない。
根源の分波みたいなものですね、(人間もね)。

人格化は、人間のアンテナがそういう形として
捉えるので、物理的実体とは無縁です。
波動=エネルギーです。

>人間が神と“繋がる”のは、人間アタマや意識レベルじゃなくってぇ~、「こころ」の奥~の方、深~い部分でだお。

はい、仏教で言えば阿頼耶識、心理学的に
浅く言えば深層意識に神とつながる通路は
ございます。
生理学的には間脳に霊性の宿る座がある、と
いう説も。
いずれにしても内在神として、神道では
というより古来の日本人は、気づいて
いましたね・・・。


・・・・つかの間出したり引っ込めたり
しているべべこお電波記事の要旨を
簡潔におまとめたいただいたような思い。
(ご覧になったのか、ならないのか・・・)
 いえ、ゲル脳さんの要旨が
お電波という意味ではなく。むろん。

世界の平和は日本の心 (伊藤知昭)
2014-11-22 09:08:50
お早う御座います。
日本中の普通の皆様が心の奥底で感じておられます。
世界中の人々の祈りが、
日本に向かって、
平安を、心の底からのぞんで
おられます 。
地元の宗教の【 神 】。
どんなに祈っても、
どんなに呼んでも、
何もかも。
日本の霊界には、
御霊が集い語らう
象徴があります。
いがみあい、ころしあい、………
もう、心の底から疲れて………
日本の霊界に触れて……………
安らぎ、清らかに。
波動の同期を、
異教徒が、
渇望しています。
この世の物理的な実際の暮らし。
マトモに助けてくれたのは、日本の PKO だけだった。
また、日本の軍隊に戻って欲しい!
金も地位も、この先も、何もかも。
真剣な救いを求めている現地の人々は、
日本に !!

どうもお邪魔致しました。

お祓い、お祓い、お清め。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。