BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。

日本が普通に好き。 右も左も興味ない是々非々主義です。

「漢字廃絶」の韓国。頭脳と感性までやせ細った。

2017-08-10 | 日記

前記事、

言葉を捨てれば国が傾く 韓国の例

に対して、ご感想や論評をありがとうございました。コメントの中には、
新たに学ばせて頂く内容もあり、感謝申し上げます。
 
韓国が「漢字廃止・ハングル専用政策」に踏み切ったのは、1968年春からです。
それ以降、韓国で何が起こったか「もし日本で同じことが起こったら」と考えれば、容易に想像がつきますね。
 
ハングルは母音と子音からなる表音文字なので、もし漢字を廃したハングルふに上記の文章を日本語で表すなら、
《それいこう、かんこくでなにがおこったか「もしにほんでおなじことがおこったら」とかんがえれば、よいにそうぞうがつきますね》となります。
 
日本語ならたとえば、「あめがすき」を漢字を使わず表記すれば、「雨」か「飴」か判断がつきません。
そして、韓国語にはやたら同音異義が多いのです。
 
「素数」「少数」「小数」がハングルでは同じ文字だそうで、となると数学の教科書もややこしいことになりそうです。韓国高速鉄道の枕木が全て不良品だった事件があったそうですが、これはハングルで「防水」と「放水」が同じだったことから来る間違いだったそうな。
 
防水と放水はハングルで「バンス」と言うそうですが、発注者が防水の意味でバンスを使ったのに受注者が「放水(水を減らす)」と読んで、スポンジ素材を使ってしまったそうなのです。雨水を吸い込んで、冬季に凍結膨張、コンクリートに亀裂が入ったというのですから、ハングルの伝達レベルの低さのせいで鉄道事故が起こりかねない、というお話なんでした。
 
「日帝が朝鮮の人々から言葉を奪った」というのは嘘で、それまで貴族階級が寡占していたハングルを一般庶民にまで普及したのは、日本の功績で学校建設もしてあげたので、これにより朝鮮の人々の識字率は飛躍的に上がったのです。
 
ハングルに漢字を交えるきっかけを作ったのも日本です。官報的役割の「漢城周報」が出されそこで、「国漢混用文」が用いられ普及のきっかけとなりました。
 
 
印刷用のハングル文字は日本で鋳造され、その提唱者は福沢諭吉ですが、朝鮮の人々の特殊性に愛想をつかし、「脱亜論」で「不幸なるは近隣に國あり」として、支那(清)と朝鮮(李氏朝鮮)を挙げるに至ります。
 
韓国がなぜ、漢字を捨て去ったのか解りませんが、国粋主義的発想からなのか、ハングル漢字交じり文“日帝の占領時代”なのか、解りませんが漢字の廃棄は、韓国語を異様にやせ衰えさせてしまいました。
 
韓国では漢字をそのまま「音読する外来語」としてそこから踏み出さなかったので、ひらがな混じりで訓読みにするなど柔軟な使い方で発展しなかったのです。
 
漢字は「音」だけでは、その持つ深みが解りませんね。喜びでも「歓び」「悦び」「慶び」「欣び」「僖び」と書き分けられ、それぞれニュアンスが異なるのは、あたかも日本人の「四十八茶百鼠」の色彩感性を思わせます。
同じねずみ色でもその色彩の位相(グラデーション)に、一つ一つ名前をつけていった感性は、言葉にもうかがえます。
 
ことほどさように言葉の豊かな日本になぜ、文字がなかったかという疑問が生まれますが、「神代文字」という形であった、と思います。真偽論は分かれますが、これほど言葉の豊かな国に、文字がなかったということが考えづらいのです。
 
これを検証するためにはおそらく本一冊分の記述が必要だろうし、テーマでもないので省きます。
 
ハングルで「美味しい」はマシッソヨですが、これは実は美味しいではなく「味がある」という意味だそうで調べたらそのとおりで、びっくりしました。→「맛(マッ)」は「味」、「있어요(イッソヨ)」は「あります」という意味。
直訳すると「味(が)あります」となります。

朝鮮は日本が併合する直前までは世界の最貧国として、糞尿混じりの泥道を乳出しチョゴリで裸足で歩いていたような暮らしでしたから、食と名のつくものが口に入るだけでよし「美味」などという贅沢な概念はなく、味があるかないかの食の判定だったのではないでしょうか。

言語のレベルはそのまま文化のレベルです

1880年に福沢諭吉に派遣されたのが井上角五郎ですが、彼は「朝鮮の独立と朝鮮人の啓蒙の為には、朝鮮語による新聞の発行が不可欠」であるという福沢の教えにのっとって、ハングル普及に努め朝鮮の歴史上初めてのハングルでの公文書を発行。最初の辞書を編纂したのも朝鮮総督府、つまりは日本人でした。

内閣総理大臣・桂太郎が朝鮮総督府に宛てて「朝鮮語を奨励するよう」に作成した文書(1921大正10年)も残っていて、「日帝が朝鮮人から言葉を奪った」は大嘘であり、むしろヶ国語の発展に寄与したのです!


昭和初期の朝鮮における識字率は資料によれば20%ほど。朝鮮総督府が1930(昭和5)年に行った調査で、カナとハングル共に解する者は朝鮮の総人口20,438,108人に対し1,387,276人(約6.8%)、ハングルのみを解する者は3,156,408人(約15.4%)。合わせて約22.2%ほどです。ハングルの識字率が約15%ですね。(韓国側はもちろん、当時の識字率も捏造で高率にしているようですが、画像その他の傍証で検証するに、高率はあり得ない。識字率が高ければそもそも、日本側が普及の文書など発行する必要はなかった)

寺子屋における「読み書き算盤(計算)」が日本人の教育の基幹です。

正確な資料はありませんが、幕末の頃の識字率は7割~9割とされています。
ほぼ同時期に朝鮮では、2割ほど。

ハングルの識字率を飛躍的な識字率レベルにまで持ち上げたのは、日本政府の尽力です。言葉は文明の基礎ですから、言葉なくして、現在の韓国の発展はありませんでした

菅直人氏や仙谷由人氏が日韓併合100周年にあたり、「朝鮮の方たちから言葉を奪った」と表明したことを忘れないようにしましょう。

ハングルの貧相ぶりは、漢字を廃したところから始まったというより、そもそも識字率自体が異常に低く、そのために庶民でも読めるハングルが世宗により作られたわけです。

朝鮮という国号すら明に貰ったような国家レベルにありました。

さてハングルの致命的欠陥というのは表音文字であるということで、しかも基本文字がたった24文字。日本語の50音の半分にも満ちません。ということは、必然的に同音異義が多くなります。日本語にも同音異義はあります。「はしではしをおとした」「きしゃのきしゃがきしゃできしゃ」。しかしながら、日本は漢字を用いますから「橋で箸を落とした」「貴社の記者が汽車で帰社」と一目瞭然です

ハングルの伝達手段としての貧相さですがたとえば「郵政」と「友情」が同音。우정韓国らしい同音異義に「犬食い」と「見識」견식というのがあります。中には3つの意味を持つハングルもあるそうで、こうなると意味不明ですね。彼らの時として意味不明の論理展開もどきは、案外ハングルという文字に由来するのかもしれません。

中には、一つのハングルに対して15もの意味を持つ同音異義語があるといいますから、お手上げですね。何という不便さでしょう。

もっとも韓国人の不可思議なメンタリティは、「いちいち漢字変換しなければならない日本語はハングルより劣っている」という言い分になってしまうのです。平仮名、片仮名を交えて草書体や隷書まで使いこなす日本人のもはや起源の中国を超えた漢字の駆使のさまが、韓国人の目には野蛮だと映るのでしょうか。

 

日本語の平仮名片仮名と漢字を混在した融通無碍の言語空間が彼らには理解出来ません。オリジナルを他から取り入れて、更に優秀なものに精錬(リファイン)して行くという日本のお家芸の発揮です。

韓国人の教授が「日本人がノーベル文学賞を貰って韓国が貰えない理由」として「ハングルが高級過ぎて世界に伝わらない。日本語は下級なので翻訳が簡単で、ノーベル賞を貰える」と講義していて、失笑させられます。

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ハングル唯一の利点 (恵美)
2017-08-10 08:36:15
ハングルに利点があるとすれば、韓国の文字だと一目でわかることですね。
母が知り合いから韓国のりをもらってきましたが、袋にハングルがドーンと書いてあるので、誰も手を伸ばしません。助かります。
ハングルは世界最強らしい (茉莉茶)
2017-08-10 09:31:41
以前、「マンウォンバス」というのがあって、友人が1万ウォンで乗れるバスだと訳しましたが、実は「満員バス」だったことを思い出しました。
韓国語で一万ウォンは「マンウォン」です。
韓国人はハングルは世界で一番優れている、発音できない言葉がない、って自慢してましたが・・
「こたつ」って言ってみてって言ったら「こたちゅ」って言ってましたね。笑えます。
東北地方の救済は後回しだったのに。 (にゃんことにゃんた)
2017-08-10 09:32:48
BB様、いつもありがとうございます。

大人になると、日々のあれこれに胡座をかいてしまい、なかなか腰を据えて勉強しようとはならないのは私が怠惰なせいなのですが。😵

そんな私でもそれなりに日本の文化に明るくなってきたのは、BB様のおかげです。

日韓併合。
これがなかったなら、どんなにか良かったか。
大正末期〜昭和初期、東北地方では飢饉やら恐慌やらで、貧しい地域だったそうですね。

その救済を後回しにし、朝鮮半島の文明化に日本の資金を注ぎ込んだと読んだことがあります。

特定アジアのひと達は、往々にして『自分達がやった事』と『日本がもたらした事』を真逆にしますよね。

それももしかして、脳内での主語がとっ散らかっちゃうからなのかしら、と思いました。

もしもタイムマシンがあったら。
BB様のブログを印刷しまくって、昭和初期の頃に持って行きたいですわ。
言霊と神代文字現代版 (伊藤知昭)
2017-08-10 11:23:17
BB様、諸先輩の皆様

何時も御世話になり、有り難う御座います。

表音文字と表意文字の体系。
扱える情報量がまるで違います。

世界中にはマイナーな文字体系が沢山生き残っていますが、言霊の観点から見直す時です。
量子コンピューティングの応用。

日本人の感覚からすると、文字としての英語と話語としての英語の乖離が、素人としては気になります。
同じ文字列であっても、地域や階層等によって発音に幅があり、訛りを勘案すれば様々な多様性。

どのみち、量子情報工学と量子言語学とでも言える研究領域が世界各国の国語政策に多大な影響を与えます。
国家としての一体感を醸成する手段や、日々の実務的な事務処理と国家権力による統治。

極論ですがローマ字が言語表記にとっては不十分で、ヨーロッパの諸言語を見渡せば、色々な欠陥が目に付くでしょう。
音声合成や音声認識の応用分野と量子コンピューティングの一体化を想定すれば、様々な方向性と情報伝達の進化。

更に極論。
深層心理と潜在意識に入り込む言霊の情報体系から、日本語を世界の意識共通語にする流れ。

これは、海外に出て行けば、ベルギーやカナダではマルチリンガルは普通。

アフリカなら、同じ国の中でも部族毎に通じる言語はバラバラ、しかし公用語は決まっていて役所等の公的な場面では不可欠。
南アメリカの原住民や先住民の生活手段としての地元の言語、その根本的な部分での植民地の歴史との鬩ぎ合い、干渉効果。

祖語の概念からの拡張。
例えばユーラシア大祖語と祭祀に伴う感情波。

改めて極論ですが、文字としてのハングルは人工物で、自然に発生した文字ではなく、ロシアやウクライナとキリスト教会の布教ツールに似た経緯を連想。
元々を文盲の一般庶民、この現代版を情弱御花畑に置換すれば、量子神代文字の爆発的な普及が目に見えるような気がします。

トルコがなぜバルカン半島を席巻し、白人のムスリムを拡大再生産したのか。
ポルトガルとスペインの取り決めで、先住民の都合は一切無視で、ラテンアメリカのその後の言語環境の固定化。

全てに底流する言語侵略。
しかし、深層海流の循環にも通じる情報流動。

想定されるジャポニスムの言語版。
日本語の良さが世界の憧れの的。

征服ツールではなく、追っ掛けファンの心理。

そこに、自虐史観からの脱却と量子コンピューティングと言霊ベースのインターネット。
これは、精神性からも英語に代わる日本語。

日本大事、天皇大事、万世一系の秋篠宮御一家による宮中祭祀が大事。


文仁親王と悠仁親王の御代を目指して。

御多忙中、大変失礼致しました。
なんだか痛快 (戦後生まれ)
2017-08-10 12:58:02
ここのところの、隣国に関する事実のみを記載するブログ内容が、占いを生業にし、英語をさも使いこなす、都合の良い写真のみを推測の材料にする、そんなあちらの連中に対する美しい表現での、正体暴露論のように感じる今日この頃です。

火病も火病、どんどん汚らしい汚らわしい(きたならしい・けがらわしい)穢れた心を自らさらけ出して居りますね、あちらさん。

早く、お隣さんが我が国と国交断絶宣言を発表しないかな。
三ヶ月で国が滅びる、その瞬間を目の当たりにするのが待ち遠しいのです。
Unknown (生きてる間に覚醒してよかった)
2017-08-10 13:47:36
BBさま、皆さまこんにちは。

何年か前、韓流ブームとやらの頃、源氏物語や日本文学が英訳され世界中に広まっているのを妬んだのか、
韓文学を世界に広めるキャンペーンをしようなどと韓国で言っている記事があり、
「英訳する元の優れた小説があるのか?」と突っ込みコメントをいれた記憶があります。

まあ、あれから見聞きしないのでないんでしょうね。

日本の最古の書物、古事記や日本書紀の前文字を持たなかったとよくいわれますが、どんな天才でも一代で前段階なく文法を揃え、文字を与え、膨大な頁数を完成することはできないのは現代で当てはめてみてもわかることだと思うのです。いくら稗田阿礼さんが大天才でも。文字を持たない部族に部族の歴史を伝聞されていること、漢字でも英単語でも取り入れていいから何百頁も書くように求めて、何年でどのくらいの完成度でできあがるでしょうか。

その前の文献がないのは処分されたからと聞いたことがありますが、私的には類人猿の全身の毛がどう無くなって主に頭だけ残ったのか(顔にはなぜない?)くらい失われた年代と思え、実際はどうなっていたのか知りたいものです。

日本語の起源を様々な方がblog等で発信しています。中には中国大陸から教わったとかまことしやかに言う人もいて信じそうになったり。

それにしても、劣化漢字の中国語やハングル表記の看板が目障りです。

大和言葉が復活するといいと思っています。
英語で「You」とは言いやすいですが、「アナタ」が日本語ではちょっと強い響きなので。「そなた」なんていいなと。

まとまりのない投稿で恥ずかしいのですが、いつも皆さま目を通してくださりありがとうございます。
BBさま、感謝いたします。
Unknown (生きてる間に覚醒してよかった)
2017-08-10 14:09:20
BBさま、皆さまこんにちは。

何年か前、韓流ブームとやらの頃、源氏物語や日本文学が英訳され世界中に広まっているのを妬んだのか、
韓文学を世界に広めるキャンペーンをしようなどと韓国で言っている記事があり、
「英訳する元の優れた小説があるのか?」と突っ込みコメントをいれた記憶があります。

まあ、あれから見聞きしないのでないんでしょうね。

日本の最古の書物、古事記や日本書紀の前文字を持たなかったとよくいわれますが、どんな天才でも一代で前段階なく文法を揃え、文字を与え、膨大な頁数を完成することはできないのは現代で当てはめてみてもわかることだと思うのです。いくら稗田阿礼さんが大天才でも。文字を持たない部族に部族の歴史を伝聞されていること、漢字でも英単語でも取り入れていいから何百頁も書くように求めて、何年でどのくらいの完成度でできあがるでしょうか。

その前の文献がないのは処分されたからと聞いたことがありますが、私的には類人猿の全身の毛がどう無くなって主に頭だけ残ったのか(顔にはなぜない?)くらい失われた年代と思え、実際はどうなっていたのか知りたいものです。

日本語の起源を様々な方がblog等で発信しています。中には中国大陸から教わったとかまことしやかに言う人もいて信じそうになったり。

それにしても、劣化漢字の中国語やハングル表記の看板が目障りです。

大和言葉が復活するといいと思っています。
英語で「You」とは言いやすいですが、「アナタ」が日本語ではちょっと強い響きなので。「そなた」なんていいなと。

まとまりのない投稿で恥ずかしいのですが、いつも皆さま目を通してくださりありがとうございます。
BBさま、感謝いたします。
- (大養德)
2017-08-10 14:28:16
真善美の探究【真善美育維】

【真理と自然観】

《真理》
結論から言って, 真偽は人様々ではない。これは誰一人抗うことの出来ない真理によって保たれる。
“ある時, 何の脈絡もなく私は次のように友人に尋ねた。歪みなき真理は何処にあるのかと。すると友人は, 何の躊躇もなく私の背後を指差したのである。”
私の背後には『空』があった。空とは雲が浮かぶ空ではないし, 単純にからっぽという意味でもない。私という意識, 世界という感覚そのものの原因のことである。この時, 我々は『空・から』という言葉によって人様々な真偽を超えた歪みなき真実を把握したのである。


我々の世界は質感。
また質感の変化からその裏側に真の形があることを理解した。そして我々はこの世界の何処にも居ない。この世界・感覚・魂(志向性の作用した然としてある意識)の納められた躰, この意識の裏側の機構こそが我々の真の姿であると気付いたのである。


《志向性》
目的は何らかの経験により得た感覚を何らかの手段をもって再び具現すること。感覚的目的地と経路, それを具現する手段を合わせた感覚の再具現という方向。志向性とは或感覚を具現する場合の方向付けとなる原因・因子が具現する能力と可能性を与える機構, 手段によって, 再具現可能性という方向性を得たものである。
『意識中の対象の変化によって複数の志向性が観測されるということは, 表象下に複数の因子が存在するということである。』
『因子は経験により蓄積され, 記憶の記録機構の確立された時点を起源として意識に影響を及ぼして来た。(志向性の作用)』
我々の志向は再具現の機構としての躰に対応し, 再具現可能性を持つことが可能な場合にのみこれを因子と呼ぶ。躰に対応しなくなった志向は機構の変化とともに廃れた因子である。志向が躰に対応している場合でもその具現の条件となる感覚的対象がない場合これを生じない。但し意識を介さず機構(思考の「考, 判断」に関する部分)に直接作用する物が存在する可能性がある。


《思考》
『思考は表象である思と判断機構の象である考(理性)の部分により象造られている。』
思考〔分解〕→思(表象), 考(判断機能)
『考えていても表面にそれが現れるとは限らない。→思考の領域は考の領域に含まれている。思考<考』
『言葉は思考の領域に対応しなければ意味がない。→言葉で表すことが出来るのは思考可能な領域のみである。』
考, 判断(理性)の機能によって複数の中から具現可能な志向が選択される。


《生命観》
『感覚器官があり連続して意識があるだけでは生命であるとは言えない。』
『再具現性を与える機構としての己と具現を方向付ける志向としての自。この双方の発展こそ生命の本質である。』

生命は過去の意識の有り様を何らかの形(物)として保存する記録機構を持ち, これにより生じた創造因を具現する手段としての肉体・機構を同時に持つ。
生命は志向性・再具現可能性を持つ存在である。意識の有り様が記録され具現する繰り返しの中で新しいものに志向が代わり, その志向が作用して具現機構としての肉体に変化を生じる。この為, 廃れる志向が生じる。

*己と自の発展
己は具現機構としての躰。自は記録としてある因子・志向。
己と自の発展とは, 躰(機構)と志向の相互発展である。志向性が作用した然としてある意識から新しい志向が生み出され, その志向が具現機構である肉体に作用して意識に影響を及ぼす。生命は然の理に屈する存在ではなくその志向により肉体を変化させ, 然としてある意識, 世界を変革する存在である。
『志向(作用)→肉体・機構』


然の理・然性
自己, 志向性を除く諸法則。志向性を加えて自然法則になる。
然の理・然性(第1法則)
然性→志向性(第2法則)


【世界創造の真実】
世界が存在するという認識があるとき, 認識している主体として自分の存在を認識する。だから自我は客体認識の反射作用としてある。これは逆ではない。しかし人々はしばしばこれを逆に錯覚する。すなわち自分がまずあってそれが世界を認識しているのだと。なおかつ自身が存在しているという認識についてそれを懐疑することはなく無条件に肯定する。これは神と人に共通する倒錯でもある。それゆえ彼らは永遠に惑う存在, 決して全知足りえぬ存在と呼ばれる。
しかし実際には自分は世界の切り離し難い一部分としてある。だから本来これを別々のものとみなすことはありえない。いや, そもそも認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう?
言葉は名前をつけることで世界を便宜的に区分し, 分節することができる。あれは空, それは山, これは自分。しかして空というものはない。空と名付けられた特徴の類似した集合がある。山というものはない。山と名付けられた類似した特徴の集合がある。自分というものはない。自分と名付けられ, 名付けられたそれに自身が存在するという錯覚が生じるだけのことである。
これらはすべて同じものが言葉によって切り離され分節されることで互いを別別のものとみなしうる認識の状態に置かれているだけのことである。
例えて言えば, それは鏡に自らの姿を写した者が鏡に写った鏡像を世界という存在だと信じこむに等しい。それゆえ言葉は, 自我と世界の境界を仮初に立て分ける鏡に例えられる。そして鏡を通じて世界を認識している我々が, その世界が私たちの生命そのものの象であるという理解に至ることは難い。鏡を見つめる自身と鏡の中の象が別々のものではなく, 同じものなのだという認識に至ることはほとんど起きない。なぜなら私たちは鏡の存在に自覚なくただ目の前にある象を見つめる者だからである。
そのように私たちは, 言葉の存在に無自覚なのである。言葉によって名付けられた何かに自身とは別の存在性を錯覚し続け, その錯覚に基づいて自我を盲信し続ける。だから言葉によって名前を付けられるものは全て存在しているはずだと考える。
愛, 善, 白, 憎しみ, 悪, 黒。そんなものはどこにも存在していない。神, 霊, 悪魔, 人。そのような名称に対応する実在はない。それらはただ言葉としてだけあるもの, 言葉によって仮初に存在を錯覚しうるだけのもの。私たちの認識表象作用の上でのみ存在を語りうるものでしかない。
私たちの認識は, 本来唯一不二の存在である世界に対しこうした言葉の上で無限の区別分割を行い, 逆に存在しないものに名称を与えることで存在しているとされるものとの境界を打ち壊し, よって完全に倒錯した世界観を創り上げる。これこそが神の世界創造の真実である。
しかし真実は, 根源的無知に伴う妄想ゆえに生じている, 完全に誤てる認識であるに過ぎない。だから万物の創造者に対してはこう言ってやるだけで十分である。
「お前が世界を創造したのなら, 何者がお前を創造した?」
同様に同じ根源的無知を抱える人間, すなわち自分自身に向かってこのように問わねばならない。
「お前が世界を認識出来るというなら, 何者がお前を認識しているのか?」
神が誰によっても創られていないのなら, 世界もまた神に拠って創られたものではなく, 互いに創られたものでないなら, これは別のものではなく同じものであり, 各々の存在性は虚妄であるに違いない。
あなたを認識している何者かの実在を証明できないなら, あなたが世界を認識しているという証明も出来ず, 互いに認識が正しいということを証明できないなら, 互いの区分は不毛であり虚妄であり, つまり別のものではなく同じものなのであり, であるならいかなる認識にも根源的真実はなく, ただ世界の一切が分かちがたく不二なのであろうという推論のみをなしうる。


【真善美】
真は空(真の形・物)と質(不可分の質, 側面・性質), 然性(第1法則)と志向性(第2法則)の理解により齎される。真理と自然を理解することにより言葉を通じて様々なものの存在可能性を理解し, その様々な原因との関わりの中で積極的に新たな志向性を獲得してゆく生命の在り方。真の在り方であり, 自己の発展とその理解。

善は社会性である。直生命(個別性), 対生命(人間性), 従生命(組織性)により構成される。三命其々には欠点がある。直にはぶつかり合う対立。対には干渉のし難さから来る閉塞。従には自分の世を存続しようとする為の硬直化。これら三命が同時に認識上に有ることにより互いが欠点を補う。
△→対・人間性→(尊重)→直・個別性→(牽引)→従・組織性→(進展)→△(前に戻る)
千差万別。命あるゆえの傷みを理解し各々の在り方を尊重して独悪を克服し, 尊重から来る自己の閉塞を理解して組織(なすべき方向)に従いこれを克服する。個は組織の頂点に驕り執着することはなく状況によっては退き, 適した人間に委せて硬直化を克服する。生命理想を貫徹する生命の在り方。

美は活活とした生命の在り方。
『認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう? 』
予知の悪魔(完全な認識をもった生命)を否定して認識の曖昧さを認め, それを物事が決定する一要素と捉えることで志向の自由の幅を広げる。予知の悪魔に囚われて自分の願望を諦めることはなく認識と相互作用してこれを成し遂げようとする生命の在り方。


《抑止力, 育維》
【育】とは或技能に於て仲間を自分たちと同じ程度にまで育成する, またはその技能的な程度の差を縮める為の決まり等を作り集団に於て一体感を持たせること。育はたんなる技能的な生育ではなく万人が優秀劣等という概念, 価値を乗り越え, また技能の差を克服し, 個人の社会参加による多面的共感を通じて人間的対等を認め合うこと。すなわち愛育である。

【維】とは生存維持。優れた個の犠牲が組織の発展に必要だからといっても, その人が生を繋いで行かなければ社会の体制自体が維持できない。移籍や移民ではその集団のもつ固有の理念が守られないからである。組織に於て使用価値のある個を酷使し生を磨り減らすのではなく人の生存という価値を尊重しまたその機会を与えなければならない。

真善美は生命哲学を基盤とした個人の進化と生産性の向上を目的としたが, 育と維はその最大の矛盾たる弱者を救済することを最高の目的とする。
Unknown (K.G.)
2017-08-10 14:38:10
カンジハモノゴトノホンシツヲヨクトラエテオリ、シカモビテキカンカクニスグレ、ヨムヒトガスグニシキベツデキルスグレタモジデアル。

漢字は物事の本質をよく捉えており、而も美的感覚に優れ、読む人がすぐに識別できる優れた文字である。

(まだほかにも優れた特徴がいくつかある)
言語と文化 (ツゲカンナ)
2017-08-10 15:39:12
BB様、皆様こんにちは。
今回の記事も大変興味深いものでした。

>言語のレベルはそのまま文化のレベルです。

納得です。
外国語の習得も良いけれど、日本人であれば、先ずは母国語である日本語の習得が大事。
特に幼少期は、丁寧な日本語で接してあげたいですね。

日本の言語も文化も大切にして行きたいです。
謝罪しなければ (今こそ韓国に謝ろう)
2017-08-10 17:49:42
日本時代にハングルを広めてしまったのですね。謝罪を要求してくるかしら?
これが正解でしょう! (ノッポ女)
2017-08-10 21:07:57
BB様こんばんは。
僭越ながら、最後の一文を訂正させて頂きます。
「ハングルが◯級すぎて世界に伝わらない。日本語は最上級で、翻訳も難しい位高度で繊細で美しく、内容も努力を重ねて緻密だからこそノーベル賞が取れる」

約一部の言葉は、日本人らしくオブラートに包んで表現しました。
大切にしたい日本語 (野路菊)
2017-08-10 22:00:19
BBさま、今日もまた記事をあげてくださり有難うございます。

小学生から英語教育が推進されていますが、もっと日本語教育に力を入れてほしいです。
美しい日本語を子供達に身につけてもらいたいです。
テレビの影響もあり、大人も子供もいい加減な言葉を使っているように思います。
何にでも、「やばい!」って言いますよね。美味しい料理にまで。昔を振り返ると『やばい』なんて、皆言ってなかったのに。

ご存じの方が多いと思いますが、日本人にだけ聞こえる虫の声について。

h ttps://news.infoseek.co.jp/article/mag2news_233784/

要約(長めですが)

東京医科歯科大学の教授が、キューバの国際学会に参加した時の事である。
西側諸国からの参加者は教授一人、東欧圏からは大勢の科学者が参加していた。
キューバ人の男性が力強いスペイン語で熱弁をふるう。しかし、教授は会場を覆う激しい「虫の音」に気をとられていた。なるほど暑い国だな、と感心して、周囲の人に何という虫かと尋ねてみたが、だれも何も聞こえないという。教授には「蝉しぐれ」のように聞こえるのに!
どうも日本人の耳と、外国人の耳は違いがあるようだ。
左脳は言語脳と呼ばれ、日本人も西洋人も一緒である。
虫の音は日本人は人の声と同様に言語脳で聞いているので、雑音として聞き流すことはできない。このような特徴は、世界でも日本人とポリネシア人だけに見られ、中国人や韓国人も西洋型を示すという。さらに興味深いことは、日本人でも外国語を母国語として育てられると西洋型となり、外国人でも日本語を母国語として育つと日本人型になってしまう。
アメリカ人が虫というとまず思い浮かべるのは、害虫の類だ。虫はすべて害虫であり、その鳴く音も雑音。日本では対照的に、虫の音に聴き入る文化がある。
自然音を言語脳で受けとめるという日本型の特徴が、日本人や日系人という「血筋」の問題ではなく、日本語を母国語として最初に覚えたかどうかという点で決まる

大切にしたいですね。日本語
暑中お見舞い申し上げます (のりこ)
2017-08-10 23:20:11
ハングルを「自分たち(韓国人)にしか分からない記号」と言ってた先輩の
言葉を今更ながら確信しました。
すみません (のりこ)
2017-08-11 05:30:14
昨夜意味不明なコメントを飛ばしてしまいました。

先輩が言っていたのは揶揄的に、
ハングルを「自分たちにしか(韓国人)分からない訳の分からない記号(笑)」
です。
当時 訳の分からない記号と言うフレーズに妙に納得したものですから。
記事を読んで先輩を思い出してだと改めて思ったのでした。
ば韓国 (スイトピー)
2017-08-12 13:31:23
韓国人はバカだから漢字を覚えられず、記号(ハングル)だけに戻した、と聞いた事があります。
ハングルは (奈々氏)
2017-08-12 19:01:50
ハングルは世宗大王が定めたものですが、訓民正音であって、漢語ではなかった。
当時の両班は、朝鮮独自の文字など、中国から叛意を疑われるので、使うべきではないと主張した。
結果としてそれからずっと、日本語で言う「かな」に当たるものは無く、文盲(今でいう「機能的文盲ではなく」)がフツーの世界だった。
ハングル漢字交じり文を普及させたのが日本です。
この時、すでに作られていた和製漢語が大量に流入したけど、和製漢語を音だけで表すと同音異義語が出てくる。まして朝鮮をや。
ここで漢字を廃止すると、意味の解らない文章がいっぱいできてしまう。
日本語でも「ひらがなだけ」では文意を伝えられないのはフツーでしょう。
でも半島住人はそれを選んだのです。結果を考えもせずに。
自業自得ですね。
日本語って (奈々氏)
2017-08-12 20:24:19
文明開化より、ずうっと前から、日本語って柔軟で、表意と表音を使って意味を伝えるることができる素晴らしい言語だと思っています。
思うに、欧米言語以外の国で、これだけノーベル賞を取っている国は他には無いです。
日本人は日本語で考えて世界に通用できる。敗戦後にローマ字に変更されなくて「マジで」良かったと思います。
活字になってたら、古典文学だって基本的に読めますし。
基本的に「ひらがな(=ハングル)」だけの世界は願い下げですね。

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