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「昭和は良かったね」⑩ ラジオ放送と飼い犬の話

2016年10月14日 19時09分00秒 | 昭和は良かったね

父は戦争が無ければ、東京で電気店の店主になっていたかもしれない

小学校を卒業してすぐに神田三崎町の印刷工場に就職、その後ここが廃業したので

品川田町の軍需工場に就職、そこで働きながら夜は通信の勉強に通った

そのため軍隊では通信兵、今の田舎町に来てからその腕を生かして、ラジオ

蓄音機などを手造り、蓄音機の動力はハンドルで手回しだった

78回転のSPレコードは重くて大きさもその後のLP盤と同じ

灰田勝彦や神戸一郎、島倉千代子などのレコードを持っていた

こんな中で子供ながら「野球小僧」と「泣くな小鳩よ」が大好きだった

 

ラジオ放送はこの頃は国営放送しか無かったのだろうか?よく覚えていないが

多分そうじゃないかな? 昭和27年頃から30年頃

それほど番組は覚えていないけれど、4歳5歳の時の記憶が今も残っているのは

「歌のおばさん」「お話出てこい」「コロの物語」「紅孔雀」「笛吹童子」

「お話出てこい」は待ち遠しいほど面白かった

「笛吹童子」の歌「ひゃらりーひゃりこ」は良く歌った

「コロの物語」は内容は全く覚えていないが、主題歌はかなり覚えている

「おじさんは白い雲、いつも一緒、見てるよ一緒 おじさんはそよぐ風・・・」

たしかこんな感じだったと思う、このもの悲しいペーソスの感触は

今思い出しても涙が出そうな気持ちになる

多分コロという犬と、可愛がってくれたおじさんの話で、コロが迷子になったとか

そんな空想をしてみる。

当時、行商をしていた父が、途中で大きな犬にいじめられていた子犬を拾ってきた

その赤犬のメスに「コロ」と名前を付けた、私の幼稚園児から高校生になるまで

ずっと一緒ダタから、友達と行って良いだろう

昭和の犬は自由だった、外には何匹も犬が自由に遊んでいたし、良く子供たちに

ついて歩いていた

コロは孫ばあちゃんが、隣町からバスに乗ってわが家にやってくるとき、匂いがわかるのか

800m先のバス停まで迎えに行くという特技があった

ばあちゃんの杖を咬んで早く来いと促すのだとばあちゃんは言っていた

妊娠中に狂犬病の予防注射を打たれて死んでしまったが、当時いたネコ、この①で書いた

山本富士子並みの美人ネコ「みー」とはべったりの仲だった

今の「Pネコ」と「シルティジョン」「ボス」の犬も仲良しで、わが家の伝統なのかもしれない

 

 

 

 

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