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また降りかかってきた苦難

2017年04月19日 08時10分42秒 | 心 思い

気持ちを割り切るか割り切れないかで、悩みの深さは変わる

割り切れればこんな楽なことは無い

それなのに、割り切れないで苦しむ、苦しんでもどうにもならないのに

どうにもならないのなら、割り切るしか他は無い

そう思うと、自分の無力感を責める

「何とかならないのか」と別の自分が責める

「オレだけがなぜ・・・・・あいつはどうなんだ」と反論する

だがもっと苦しんでいる奴が割り切ったんだ

オレが割り切らなけりゃ、あいつの苦しみはもっと深くなる

そう思うと、割り切るしか無いんだと・・・・・・・

仮に神があるのなら、なぜここまで試練を与えるのか

この世は魂の修行の場だと誰かも言うし、私もよく言う言葉だ

これは修行なのか、そのために誰かを犠牲にして良いのか

芥川龍之介の「杜子春」、太宰の「走れメロス」を今、思い出した

同時に芥川の「蜘蛛の糸」も思い出した

オレの立場はまさにそれらの男たちそのもので、人生の岐路で苦しんでいる

捨てるか、苦しみを増すか、二者択一

どっちに行ってもハッピーエンドが無い、

心を苦しめるか、体を苦しめるか、精神を苦しめるか

どれを選べというのか・・・・・・誰も変わってくれない・・・誰も選んでくれない

空から振ってきた苦しみを自分が選ぶしか無い

これも人生だと割り切って、より大きな喜びを得るしか無い

 

ここまでは、おきた事件を嘆いているだけだ

本題はここから始まる

二者択一なら選ぶのは一つ、もっと良い選択は無いのか

選ぶ為のポイントは、それぞれの結果を予測してみることだ

嘆くのでは無く、結果の中に救いの部分はあるのか

例えば、三陸大津波を教訓に「まずは自分の命を守れ」という事が言われる様になった

しかし親子の情としてはわかっていても、なかなか難しい「津波がやってくる、海岸近くに

住んでいる親(家族)を助けに行くのか自分だけで安全なところへ逃げるのか」という状況

助けに行けば、間違いなく自分も親も死ぬ(既に逃げたかもしれないが)

行かなければ親だけが死んで、助かった自分はこのことを悔やみ続けて生きる

「親もろとも死んだ方が達成感があるし、死んでしまえばなにもわからない」という結論

「親が死んで、『おれは親を見殺しにした』と悔やみながらも

オレが生き残ったから、親の供養をしっかり行って、より以上に働いて亡くなった親を喜ばそう」

という結論

私は、どっちを選ぶだろうか? あなたはどっちを選ぶだろうか

憎い親ではなく、愛する親だとしたら・・・・・・

 

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2 コメント

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Unknown (つー君)
2017-04-19 08:49:04
うーん、難しい。
僕は生きる方をとるだろうな、無駄死にはしたくないな❗
生きていれば苦しみが殆ど(しゃばは修行の場)だけど、たまにある楽しみが生き甲斐ですね☺
だから楽しい事しかしないのです✨
やっぱり生きる方ですね (yottin)
2017-04-19 17:00:30
「苦あれば楽あり」と言いますが、9×9(くく)あれば楽1くらいですかね。
なかなか思うとおりにならず、ホッとするとまた長い四苦八苦が始まる。
だからこそ、たまの楽しみが本当に待ち遠しいんですよね。
こうした暮らし方でも今日までなんとか来たのだから、まあ何とかなるでしょう。

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