Short Stories

vol.6 「モンゴリアン飛行」(1/5)

モンゴリアン飛行 ホテルの窓の突然のように、山や草原や空を肌に近く感じる事がある。自分が生み出したものをしげしげと観察しているような、あのちょっと傲慢な感覚のこと。私と同じ程度か、すこしばかり私のほうが勝っていそうな、私が見ている、認めている、だからそこに山や草原や空が在るのだという、古代の神のような息の弾み。


 人は大自然の一部だということは、いくらなんでも知っている。科学が教えてくれた。すべて呑み込んだ。けれど、我思うゆえに我がある。今ここに見渡せる風景は、私がいなくては存在していない。私がいなくなれば、すべてが消える。それも誰かが教えてくれたこと。


 モンゴル平原のオフロードを、四輪駆動で七時間走った。すると山や草原や空は、私の身内ではなくなり、私とともに消え去るものでもなくなってしまい、広大な無表情の敵になった。


 疲れて車外に降り立ってみれば、夕陽に押し潰された自分の影が、紐のように長く伸びて地球を一周していた。私は地球に巻き付いている。私の影の先端は、地球をぐるりと回って、足元の馬の頭骨を青白く冷やしていた。


 この国の名馬は死んだあと、首を神に捧げられる。風が吹き抜ける聖地で生まれ変わりを待つ。人間への転生の一番の近道らしい。この馬はもう、人間になってしまったのか。


 馬の白骨には円形の眼窩と、一本も欠けることのない歯と、前頭部に付きだした鋭い骨がある。


 鼻先を夕陽に向けたままの頭蓋骨は、夕陽が沈むにつれて白さを増していく。静まりをその白さが吸い込む。骨だけになっても、ゆっくりと呼吸している。


 馬から生まれ変わった人は、きっと自分が馬だったことを知らない。チベット仏教の僧だけが、昔を知っている。人の表情の片鱗にきっと馬の魂を読み取るのだろう。


 貴女は、前の世で良く駆けたね。気高いほどに嘶いたね。目ですよ、目がね、それに睫もね、とっても似てますよ、貴女に。


 言われてみれば、馬の長い睫が、怒ったときの私に似ている。


 夕陽が色濃くなって、地球を一周した私の影も緩んで、すでに私も古代の女神ではない。人間でもなくなった。見知らぬ空を駆けていく馬になった。胸は乳房とともにつややかに張り出し、襟首の髪の毛は首のうんと低いところまで伸びて、たてがみとなる。


 さてと、どこまでも走って行けそうだが、どこに向かって走ろうか。