-VERI-情報0605
桜前線が北上して北海道に至り、南の沖縄では梅雨に入りました。台風1号の影響で蒸し暑い日々です。
さて、前回の企業の利益とは利潤 profit のこと、貨幣的価値のことでしたが、能率的(生産的)に利用される資源の一つとして人的資源を扱っています。
今回は、人的資源について、これは貨幣的価値だけですませることができませんので、どのように人を取り扱うのがいいのか、その前提となる人間観について探求をしたいと思います。
人間関係の黄金律は、聖書では「何事でも人びとからしてほしいと望むことは、人びとにもそのとおりにせよ。Do for others what you want them to do for you. 」(マタイ7・12)です。
論語では「己の欲せざる所は、人に施すことなかれ」及び「己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す」(自分がこうなりたい、ああなりたいと思うことは、まず人にやってあげなさい)でしょう。
春秋時代(紀元前770〜紀元前403)、斉(せい)の国の大臣、管仲の政治の基本的な考え方が「衣食足りて礼節を知る」であるとされています。この方針には、人間とは「服と食べ物が十分にあってこそ、人々は礼儀や名誉をわきまえるようになる」という人間観が暗黙の了解となっています。
「企業の人間的側面」(1960)の著者、アメリカの行動科学者ダグラス・マクレガー(1906-'64)は、これまでの組織に関する文献や経営政策・施策で暗黙のうちに了解されている人間は「本来怠け者で、強制されたり、命令されたりしなければ仕事はしない」とする人間観であり、これをX理論と呼びました。
一方、ドラッカーなどが主張していたのは「生まれながらに仕事が嫌いということはなく、条件しだいでは責任を引き受けるばかりか、自ら進んで責任をとろうとする」という人間観であり、マクレガーはこれをY理論と呼び、この「条件」が仕事への動機づけの要因であり、その条件とは、魅力ある目標と責任と自由裁量を与えることだ、と示しました。
さらに人間性心理学の面からマネジメントに踏み込んだ、アブラハム・H・マズロー(1908-'70)は1965年の著書「自己実現の経営 (Eupsychian Management)」(復刻版新版「完全なる経営 (MASLOW ON MANAGEMENT)」2001.12.17日本経済新聞社発行)で、精神的にも健康で実現可能な理想郷(マズローの新造語ではユーサイキアン)のマネジメントとして、次のように考察しています。
「一般に経営管理理論は、二種類の成果に焦点を当てた理論であると言うことができる。一つは生産性、品質、利益向上といった意味での成果。もう一つは、人的成果、つまり、労働者の心理的健康や自己実現を目指しての成長、さらには労働者の安全・所属・愛情・自尊欲追求等の充足である」。
「基本的欲求の階層を上昇するに従って、欲求にかける費用が少なくなることに気づくはずだ。より高次の欲求、つまり、所属の欲求、愛情や友情を求める欲求、自尊心を確立したい欲求などは、いずれも貨幣経済の枠外にあるということだ。どんなに貧しい家庭であっても、衣食住が確保されていさえすれば、こうした高次欲求を満たすことは可能なのである」。
「進歩的な経営管理方針とは、職場において非金銭的な方法で高次欲求を満たそうとする試み、すなわち、人間が本来備えている高次欲求を満たすよう職場を整える試みと定義することもできる」。
「X理論が低次の欲求を扱う動機づけ理論であるのに対し、Y理論はより高次の欲求を扱い、それらを職場や経済活動の要因と見なす、より包括的で科学的、現実的な動機づけ理論なのである。あるいは、独裁的経済やX理論的な経営管理方針は、人間には高次の欲求など本能としては備わっていないという仮定にたって実践されているのだと言うこともできる」。
マズローがここで提示しようとしているものは、働く一人ひとりの体にとってばかりでなく、心や精神の健康に貢献する進歩的な経済活動とマネジメントが可能となる人間観で、X理論とY理論の対立を解消し超越する仮定です。
「高度に発達した人間の場合、仕事はアイデンティティや自己の一部、すなわち、その個人の自己規定の一部となっている。仕事は一種の心理療法とも心理高揚法ともなりうるものだ。心理高揚法によって健全な人間は仕事を通じて成長し、自己実現に向かうことができるのだ」。
「このように、仕事生活、すなわち生活のために収入を得る手段を正しく管理すれば、そこで働く人間は成長し、世界はより良いものとなる。その意味で、この仕事生活の正しい管理はユートピア的、あるいは革命的なものと言えるだろう」。
<進歩的な経済活動と経営管理>
仮定1.人間は信頼できるものだ。
仮定2.誰もができるだけ多くの事実や真実(つまり、状況に関連する事柄のすべて)について、できるだけ完全な情報を得るべきである。
仮定3.自分の周囲にいるすべての人間が達成意欲を持っている。(すべての人間が優れた熟練のワザを求めている。時間の浪費や非能率的なやり方には納得しない。良い結果を出そうとする、等。)
仮定4.弱肉強食的、権威主義的(あるいは「ヒヒのように粗暴」な)意味での支配−被支配の関係は存在しない。(存在するのは「チンバンジー的」な支配であり、兄が弟妹に示すような、責任感と愛情にあふれた支配である。)
仮定5.すべての人間は、組織や職位階層のどこに位置していようとも、経営管理上の最終目標を共有し、その目標と一体化することができる。
仮定6.進歩的な経済では、組織の成員は互いに好意を抱いており、対抗心や嫉妬とは無縁である。
仮定6a.シナジーもまたあるものだ。(シナジーとは利己主義と利他主義、あるいは利己主義と愛他主義という二分法が解消された状態と定義することができる。)
仮定7.諸個人が充分に健康であるはずだ。
仮定8.具体的に何を意味するかはともかく、組織も充分に健康だと見なそう。
仮定9.(客観的に私心なく)「賞賛する能力」もあるはずだ。(他人の能力や技能のみでなく、自分自身の能力や技能をもきわめて客観的に判断できるという、特別の意味において。)
仮定10.組織内の人間は安全欲求のレベルに固着していないと見なさなければならない。(恐怖心を克服する勇気をもち、状況が不確実であっても前進することができるという、組織内の人間はそうあらねばならないという仮定。)
仮定11.自己実現に向かう積極的傾向が存在すると見なそう。(つまり、自己のアイデア実行に移す自由、友人や仲間を選ぶ自由、「成長」する自由、ものごとを試みる自由、試行錯誤する自由などが人にはあるものだ。)
仮定12.誰もがチームワーク、友情、グループ精神、一体感、所属意識、グループ愛を享受しうるはずだ。(自律的に生き、自己実現していく喜びを強調する必要がある。自分の所属する集団を愛し、集団と一体化した人間の抱く喜びの感情は、これまであまり注目されてこなかった。)
仮定13.敵意は性格に起因するものではなく、主として何事かへの反応として生じるものである。(すなわち、敵意は、いまこの場に存在する正当かつ客観的な理由によって引き起こされるのである。したがって、それは悪ではなく、意味のある感情であり、抑圧したり否認してはならない。)
仮定14.人間には耐える力があるものだ。(すなわち、人間は一般的に思われている以上に強靱である。)
仮定15.進歩的な経営管理の下では人間は向上しうると見なす。
仮定16.誰もが、自分のことを取るに足らない、誰でも代わりができるような人間、特色のない役立たずで使い道のない人間、消耗品で尊敬されない人間と感じるよりも、重要で必要とされる有益な人間、成功者、誇れる存在、尊敬される人間であると感じたがっている。
仮定17.誰もが上司のことを(憎むよりは)愛したいと考えている。ことによると、上司を愛したいという積極的な欲求さえもっている。また、誰もが上司を(軽蔑するよりは)尊敬したいと考えている。
仮定18.誰もが他人を(怖れるよりは)怖れない状況を好むが、上司については、軽蔑するより怖れる方がましだと考える。
仮定19.進歩的な経営管理の下では誰もが受動的な助力者であるよりも、原動力でありたいと望むというように見なす。(道具や、波に翻弄されるコルクのような存在でありたいとは誰も思わない。)
仮定20.人間には、ものごとを向上させる、壁の絵が傾いているとまっすぐに直す、混乱しているものを整理する、ものごとを正す、改善する、良く成しとげようとする、といった傾向が見られる。
仮定21.歓喜と倦怠が成長をもたらすものだ。(この点は子供の成長と比較するとよく分かる。)
仮定22.人間は、部品、物、器具、道具、「労力」としてではなく、全人格的に扱われることを好む。(人間はもてる能力のすべてを発揮すること、力を示すことを望んでおり、部分的な扱いに対しては憤りを覚える。)
仮定23.怠けるよりも働くことを好む。
仮定24.誰もが無意味な仕事よりも意味のある仕事を好む。
仮定25.人間は(名もなく、他の誰でも代わりができるような存在であるよりも)個性的であること、独特の存在であること、自分自身であることを好む。
仮定26.進歩的な手順を生み出すためには、人間は成長に耐える勇気をもっていると見なさなければならない。
仮定27.「サイコパスではない」とは何かを明確にする必要がある。(良心を備え、恥辱、困惑、悲哀を感じる能力がある等。)
仮定28.人間には知恵があり、自己選択に効力があると見なさなければならない。
仮定29.誰もが、できれば公の場において、公正かつ公平に評価されることを望んでいるものだ。
仮定30.ここまで積極的傾向を述べてきたが、それにも関わらず防衛と成長という弁証法的対立は存在すると見なさなければならない。(これは、人間の本性の積極面を語る際には、常に逆の面が存在することも想定すべきだという主張である。)
仮定31.人間はほとんどの場合、他人に依存し受け身であるよりも、自ら責任を担うことの方を好むものだ。(成長度の高い人間は、とりわけこの傾向が強い。)
仮定32.一般に、人間は憎むことよりも愛することの方から、より多くの喜びを得る。(とはいえ、憎しみが喜びをもたらすことは事実であり、その点を見過ごしてはならない。)
仮定33.相当高い発達段階にいる人間は、破壊よりも創造を好むものだ。(創造する喜びは破壊する喜びよりも大きい。)
仮定34.相当高い発達段階にいる人間は、倦怠よりも関心を抱く方を好むものだ。
仮定35.進歩的な経営管理論を究極まで推し進めた最も高次な理論段階では、世界とよりいっそう一体化しようとする志向、神秘主義への接近、世界との融合、至高体験、宇宙意識などを仮定しなければならなくなる。
仮定36.最後になったが、われわれはメタ動機とメタ病理についても諸仮定を編み出していかなければならなくなるであろう。(「B(Being:存在・生命・神)価値」──すなわち真、美、正義、完全性等──に対する憧れに関しても同様である。)
自己実現の欲求とは、なにかに動機づけされることがない欲求であり、うちから湧き上がってくるなにかよって突き動かされるという欲求で、マズローはこれをメタ欲求といい、その動機づけをメタ動機と呼んでいます。他の欲求は不足なものを充たしたいという欠乏動機です。
マズローは、人間性心理学に対応した哲学、倫理学を打ち立てるという希望を未完のままに、62歳で他界しました。
「自己実現者は利己主義と利他主義という二分法を超越した存在であり、一例を挙げれば、他人の喜びによって自分の喜びを得る人間である。つまり、他人の喜びから利己的な喜びを得るのであるが、これは利他的なことと言える」。
「自己の利益と他者の利益(利己主義と利他主義)は、それぞれ相異なるものであり両立し得ず、対立することさえもある。われわれはこれまで、そのように教え込まれてきたが、理想的な条件下では必ずしもそうではないことを学ぶだろう」。
「一般にいい上司、いいリーダーは、他人の成長や他人の自己実現を喜べるような心理的特質を備えていなければならない。言い換えると、彼は保護者もしくは父親のようでなければならないのだ。・・・。いい管理者に求められる特質と同じである。唯一の重要な違いは、いい管理者はこれらの特質に加えて、いいBフォロアーになる能力を備えていなければならないという点だ」。
B(Being)フォロアーとは、「問題をはらんだ特定の状況における目標、指示、目的を受け入れ、それらと深く一体化し、それらが考えうる最善の方法で遂行されることを望むような人物のことである。このような態度をとる場合、ある職務に最適な人物は自分自身ではなく、別の人間であることが判明するケースもでてくる。したがってBフォロアーは、自らがBリーダーになるという意欲をもちながらも、自分よりBリーダーにふさわしい者がいる場合には、その人物がリーダーシップをとることを強く望むのである」。
「職場におけるBリーダーとは、最もよく仕事を遂行しうる者、あるいは、自ら遂行しないまでも、最善の結果が出るよう助力を与えうる者と定義することができる」。
「将来のことを考えずに、資産を使い切り、会計数値には入っていない人的資産──忠誠心や監督者・管理者に対する態度の良さなど──を完全に放棄してしまえば、短期的に利益をあげることは難しいことではないのである」。
「ここで視点を変え、消費者について考えてみよう。企業は一時的に利益をあげるために消費者の信用を食い物にすることもできるが、これは長期的に見た場合、自殺行為である」。
「セールスパーソンは企業の目であり耳であり、企業の大使なのである。あるいは、移動する企業そのものとも言える。市場が健全である場合、企業は消費者の要求や市場のニーズ、自社製品に対する満足度に関して、絶えずフィードバックを得ておくべきであるが、この種の情報を集めてくるのは、セールスパーソンや地域担当営業員にほかならないからである」。
「呼び名はどうであれ、セールスパーソンや地域担当営業員、外交員、マーケターは、そのときどきの状況に応じて、企業の備えるあらゆる機能を発揮しなくてはならない。言うなれば、単に何かを売っているだけの人ではなく、将来の製品革新・開発担当の副社長の役割でもあるということだ」。
「原則として、新しい進歩的なセールスパーソンの気質、あるいは新しいマーケティング活動は、他の企業活動と同様、事実の情報開示や公正さ、正直さ、真実さというものを基盤とすべきなのである」。
----------------------------------------------------------------
いかがでしたか。
マズローの提唱する考え方には、かなり東洋的な対立を超える総合的な把握の仕方が感じられます。誠実を基礎として人間関係が成立するというは、洋の東西を問わず同じです。
マズローの36項目の仮定には、人と組織の関係、人と仕事の関係、人と人の関係では、もっと進歩し改善され、人の心と精神は成長し発達することがことが可能なのだという未完のメッセージが込められていることが、今回の発見でした。
衣食に足りる国々や人びとが増えてきた今日、うちから湧き上がってくるなにかよって突き動かされるという欲求によって、礼節を知る世界も遠くなく始まる予感を感じさせるものがあります。
まずは、身近な企業という組織社会の場で、心と精神が成長し発達することによって企業の利益が創出されるという健康的な目標に挑戦してみるのも価値がありそうです。
桜前線が北上して北海道に至り、南の沖縄では梅雨に入りました。台風1号の影響で蒸し暑い日々です。
さて、前回の企業の利益とは利潤 profit のこと、貨幣的価値のことでしたが、能率的(生産的)に利用される資源の一つとして人的資源を扱っています。
今回は、人的資源について、これは貨幣的価値だけですませることができませんので、どのように人を取り扱うのがいいのか、その前提となる人間観について探求をしたいと思います。
人間関係の黄金律は、聖書では「何事でも人びとからしてほしいと望むことは、人びとにもそのとおりにせよ。Do for others what you want them to do for you. 」(マタイ7・12)です。
論語では「己の欲せざる所は、人に施すことなかれ」及び「己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す」(自分がこうなりたい、ああなりたいと思うことは、まず人にやってあげなさい)でしょう。
春秋時代(紀元前770〜紀元前403)、斉(せい)の国の大臣、管仲の政治の基本的な考え方が「衣食足りて礼節を知る」であるとされています。この方針には、人間とは「服と食べ物が十分にあってこそ、人々は礼儀や名誉をわきまえるようになる」という人間観が暗黙の了解となっています。
「企業の人間的側面」(1960)の著者、アメリカの行動科学者ダグラス・マクレガー(1906-'64)は、これまでの組織に関する文献や経営政策・施策で暗黙のうちに了解されている人間は「本来怠け者で、強制されたり、命令されたりしなければ仕事はしない」とする人間観であり、これをX理論と呼びました。
一方、ドラッカーなどが主張していたのは「生まれながらに仕事が嫌いということはなく、条件しだいでは責任を引き受けるばかりか、自ら進んで責任をとろうとする」という人間観であり、マクレガーはこれをY理論と呼び、この「条件」が仕事への動機づけの要因であり、その条件とは、魅力ある目標と責任と自由裁量を与えることだ、と示しました。
さらに人間性心理学の面からマネジメントに踏み込んだ、アブラハム・H・マズロー(1908-'70)は1965年の著書「自己実現の経営 (Eupsychian Management)」(復刻版新版「完全なる経営 (MASLOW ON MANAGEMENT)」2001.12.17日本経済新聞社発行)で、精神的にも健康で実現可能な理想郷(マズローの新造語ではユーサイキアン)のマネジメントとして、次のように考察しています。
「一般に経営管理理論は、二種類の成果に焦点を当てた理論であると言うことができる。一つは生産性、品質、利益向上といった意味での成果。もう一つは、人的成果、つまり、労働者の心理的健康や自己実現を目指しての成長、さらには労働者の安全・所属・愛情・自尊欲追求等の充足である」。
「基本的欲求の階層を上昇するに従って、欲求にかける費用が少なくなることに気づくはずだ。より高次の欲求、つまり、所属の欲求、愛情や友情を求める欲求、自尊心を確立したい欲求などは、いずれも貨幣経済の枠外にあるということだ。どんなに貧しい家庭であっても、衣食住が確保されていさえすれば、こうした高次欲求を満たすことは可能なのである」。
「進歩的な経営管理方針とは、職場において非金銭的な方法で高次欲求を満たそうとする試み、すなわち、人間が本来備えている高次欲求を満たすよう職場を整える試みと定義することもできる」。
「X理論が低次の欲求を扱う動機づけ理論であるのに対し、Y理論はより高次の欲求を扱い、それらを職場や経済活動の要因と見なす、より包括的で科学的、現実的な動機づけ理論なのである。あるいは、独裁的経済やX理論的な経営管理方針は、人間には高次の欲求など本能としては備わっていないという仮定にたって実践されているのだと言うこともできる」。
マズローがここで提示しようとしているものは、働く一人ひとりの体にとってばかりでなく、心や精神の健康に貢献する進歩的な経済活動とマネジメントが可能となる人間観で、X理論とY理論の対立を解消し超越する仮定です。
「高度に発達した人間の場合、仕事はアイデンティティや自己の一部、すなわち、その個人の自己規定の一部となっている。仕事は一種の心理療法とも心理高揚法ともなりうるものだ。心理高揚法によって健全な人間は仕事を通じて成長し、自己実現に向かうことができるのだ」。
「このように、仕事生活、すなわち生活のために収入を得る手段を正しく管理すれば、そこで働く人間は成長し、世界はより良いものとなる。その意味で、この仕事生活の正しい管理はユートピア的、あるいは革命的なものと言えるだろう」。
<進歩的な経済活動と経営管理>
仮定1.人間は信頼できるものだ。
仮定2.誰もができるだけ多くの事実や真実(つまり、状況に関連する事柄のすべて)について、できるだけ完全な情報を得るべきである。
仮定3.自分の周囲にいるすべての人間が達成意欲を持っている。(すべての人間が優れた熟練のワザを求めている。時間の浪費や非能率的なやり方には納得しない。良い結果を出そうとする、等。)
仮定4.弱肉強食的、権威主義的(あるいは「ヒヒのように粗暴」な)意味での支配−被支配の関係は存在しない。(存在するのは「チンバンジー的」な支配であり、兄が弟妹に示すような、責任感と愛情にあふれた支配である。)
仮定5.すべての人間は、組織や職位階層のどこに位置していようとも、経営管理上の最終目標を共有し、その目標と一体化することができる。
仮定6.進歩的な経済では、組織の成員は互いに好意を抱いており、対抗心や嫉妬とは無縁である。
仮定6a.シナジーもまたあるものだ。(シナジーとは利己主義と利他主義、あるいは利己主義と愛他主義という二分法が解消された状態と定義することができる。)
仮定7.諸個人が充分に健康であるはずだ。
仮定8.具体的に何を意味するかはともかく、組織も充分に健康だと見なそう。
仮定9.(客観的に私心なく)「賞賛する能力」もあるはずだ。(他人の能力や技能のみでなく、自分自身の能力や技能をもきわめて客観的に判断できるという、特別の意味において。)
仮定10.組織内の人間は安全欲求のレベルに固着していないと見なさなければならない。(恐怖心を克服する勇気をもち、状況が不確実であっても前進することができるという、組織内の人間はそうあらねばならないという仮定。)
仮定11.自己実現に向かう積極的傾向が存在すると見なそう。(つまり、自己のアイデア実行に移す自由、友人や仲間を選ぶ自由、「成長」する自由、ものごとを試みる自由、試行錯誤する自由などが人にはあるものだ。)
仮定12.誰もがチームワーク、友情、グループ精神、一体感、所属意識、グループ愛を享受しうるはずだ。(自律的に生き、自己実現していく喜びを強調する必要がある。自分の所属する集団を愛し、集団と一体化した人間の抱く喜びの感情は、これまであまり注目されてこなかった。)
仮定13.敵意は性格に起因するものではなく、主として何事かへの反応として生じるものである。(すなわち、敵意は、いまこの場に存在する正当かつ客観的な理由によって引き起こされるのである。したがって、それは悪ではなく、意味のある感情であり、抑圧したり否認してはならない。)
仮定14.人間には耐える力があるものだ。(すなわち、人間は一般的に思われている以上に強靱である。)
仮定15.進歩的な経営管理の下では人間は向上しうると見なす。
仮定16.誰もが、自分のことを取るに足らない、誰でも代わりができるような人間、特色のない役立たずで使い道のない人間、消耗品で尊敬されない人間と感じるよりも、重要で必要とされる有益な人間、成功者、誇れる存在、尊敬される人間であると感じたがっている。
仮定17.誰もが上司のことを(憎むよりは)愛したいと考えている。ことによると、上司を愛したいという積極的な欲求さえもっている。また、誰もが上司を(軽蔑するよりは)尊敬したいと考えている。
仮定18.誰もが他人を(怖れるよりは)怖れない状況を好むが、上司については、軽蔑するより怖れる方がましだと考える。
仮定19.進歩的な経営管理の下では誰もが受動的な助力者であるよりも、原動力でありたいと望むというように見なす。(道具や、波に翻弄されるコルクのような存在でありたいとは誰も思わない。)
仮定20.人間には、ものごとを向上させる、壁の絵が傾いているとまっすぐに直す、混乱しているものを整理する、ものごとを正す、改善する、良く成しとげようとする、といった傾向が見られる。
仮定21.歓喜と倦怠が成長をもたらすものだ。(この点は子供の成長と比較するとよく分かる。)
仮定22.人間は、部品、物、器具、道具、「労力」としてではなく、全人格的に扱われることを好む。(人間はもてる能力のすべてを発揮すること、力を示すことを望んでおり、部分的な扱いに対しては憤りを覚える。)
仮定23.怠けるよりも働くことを好む。
仮定24.誰もが無意味な仕事よりも意味のある仕事を好む。
仮定25.人間は(名もなく、他の誰でも代わりができるような存在であるよりも)個性的であること、独特の存在であること、自分自身であることを好む。
仮定26.進歩的な手順を生み出すためには、人間は成長に耐える勇気をもっていると見なさなければならない。
仮定27.「サイコパスではない」とは何かを明確にする必要がある。(良心を備え、恥辱、困惑、悲哀を感じる能力がある等。)
仮定28.人間には知恵があり、自己選択に効力があると見なさなければならない。
仮定29.誰もが、できれば公の場において、公正かつ公平に評価されることを望んでいるものだ。
仮定30.ここまで積極的傾向を述べてきたが、それにも関わらず防衛と成長という弁証法的対立は存在すると見なさなければならない。(これは、人間の本性の積極面を語る際には、常に逆の面が存在することも想定すべきだという主張である。)
仮定31.人間はほとんどの場合、他人に依存し受け身であるよりも、自ら責任を担うことの方を好むものだ。(成長度の高い人間は、とりわけこの傾向が強い。)
仮定32.一般に、人間は憎むことよりも愛することの方から、より多くの喜びを得る。(とはいえ、憎しみが喜びをもたらすことは事実であり、その点を見過ごしてはならない。)
仮定33.相当高い発達段階にいる人間は、破壊よりも創造を好むものだ。(創造する喜びは破壊する喜びよりも大きい。)
仮定34.相当高い発達段階にいる人間は、倦怠よりも関心を抱く方を好むものだ。
仮定35.進歩的な経営管理論を究極まで推し進めた最も高次な理論段階では、世界とよりいっそう一体化しようとする志向、神秘主義への接近、世界との融合、至高体験、宇宙意識などを仮定しなければならなくなる。
仮定36.最後になったが、われわれはメタ動機とメタ病理についても諸仮定を編み出していかなければならなくなるであろう。(「B(Being:存在・生命・神)価値」──すなわち真、美、正義、完全性等──に対する憧れに関しても同様である。)
自己実現の欲求とは、なにかに動機づけされることがない欲求であり、うちから湧き上がってくるなにかよって突き動かされるという欲求で、マズローはこれをメタ欲求といい、その動機づけをメタ動機と呼んでいます。他の欲求は不足なものを充たしたいという欠乏動機です。
マズローは、人間性心理学に対応した哲学、倫理学を打ち立てるという希望を未完のままに、62歳で他界しました。
「自己実現者は利己主義と利他主義という二分法を超越した存在であり、一例を挙げれば、他人の喜びによって自分の喜びを得る人間である。つまり、他人の喜びから利己的な喜びを得るのであるが、これは利他的なことと言える」。
「自己の利益と他者の利益(利己主義と利他主義)は、それぞれ相異なるものであり両立し得ず、対立することさえもある。われわれはこれまで、そのように教え込まれてきたが、理想的な条件下では必ずしもそうではないことを学ぶだろう」。
「一般にいい上司、いいリーダーは、他人の成長や他人の自己実現を喜べるような心理的特質を備えていなければならない。言い換えると、彼は保護者もしくは父親のようでなければならないのだ。・・・。いい管理者に求められる特質と同じである。唯一の重要な違いは、いい管理者はこれらの特質に加えて、いいBフォロアーになる能力を備えていなければならないという点だ」。
B(Being)フォロアーとは、「問題をはらんだ特定の状況における目標、指示、目的を受け入れ、それらと深く一体化し、それらが考えうる最善の方法で遂行されることを望むような人物のことである。このような態度をとる場合、ある職務に最適な人物は自分自身ではなく、別の人間であることが判明するケースもでてくる。したがってBフォロアーは、自らがBリーダーになるという意欲をもちながらも、自分よりBリーダーにふさわしい者がいる場合には、その人物がリーダーシップをとることを強く望むのである」。
「職場におけるBリーダーとは、最もよく仕事を遂行しうる者、あるいは、自ら遂行しないまでも、最善の結果が出るよう助力を与えうる者と定義することができる」。
「将来のことを考えずに、資産を使い切り、会計数値には入っていない人的資産──忠誠心や監督者・管理者に対する態度の良さなど──を完全に放棄してしまえば、短期的に利益をあげることは難しいことではないのである」。
「ここで視点を変え、消費者について考えてみよう。企業は一時的に利益をあげるために消費者の信用を食い物にすることもできるが、これは長期的に見た場合、自殺行為である」。
「セールスパーソンは企業の目であり耳であり、企業の大使なのである。あるいは、移動する企業そのものとも言える。市場が健全である場合、企業は消費者の要求や市場のニーズ、自社製品に対する満足度に関して、絶えずフィードバックを得ておくべきであるが、この種の情報を集めてくるのは、セールスパーソンや地域担当営業員にほかならないからである」。
「呼び名はどうであれ、セールスパーソンや地域担当営業員、外交員、マーケターは、そのときどきの状況に応じて、企業の備えるあらゆる機能を発揮しなくてはならない。言うなれば、単に何かを売っているだけの人ではなく、将来の製品革新・開発担当の副社長の役割でもあるということだ」。
「原則として、新しい進歩的なセールスパーソンの気質、あるいは新しいマーケティング活動は、他の企業活動と同様、事実の情報開示や公正さ、正直さ、真実さというものを基盤とすべきなのである」。
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いかがでしたか。
マズローの提唱する考え方には、かなり東洋的な対立を超える総合的な把握の仕方が感じられます。誠実を基礎として人間関係が成立するというは、洋の東西を問わず同じです。
マズローの36項目の仮定には、人と組織の関係、人と仕事の関係、人と人の関係では、もっと進歩し改善され、人の心と精神は成長し発達することがことが可能なのだという未完のメッセージが込められていることが、今回の発見でした。
衣食に足りる国々や人びとが増えてきた今日、うちから湧き上がってくるなにかよって突き動かされるという欲求によって、礼節を知る世界も遠くなく始まる予感を感じさせるものがあります。
まずは、身近な企業という組織社会の場で、心と精神が成長し発達することによって企業の利益が創出されるという健康的な目標に挑戦してみるのも価値がありそうです。









