お世話になった教授からいただいた新年のご挨拶に「PhDらしい研究をしていますか」とありました。
一気に、背筋が伸びました。
大学院時代、必死に(文字通り必死でした。あの頃。)論文第一号を書き上げ、見てもらうために、指導教授に提出しました。
数日後帰ってきた原稿は赤ペン修正で真っ赤。で、一言。
「自分で書こうとするな!英借文しなさい!」
そして、私の顔を見て、「何度読んでも、言いたいことが全くわからん!おかげですっかり頭痛だ。ようやく直ってきたのに、君の顔を見ると、また、頭痛がしてきた。」 そんなあ・・・。
はじめは、言われていること(書き込まれた赤ペンの修正)がよくわかりませんでした。
でも、2報、3報と書いているうちに気づいたことがありました。
論文を1報書くためには、たくさんの、たぶん100とか200とか以上の論文を読み込まないと書けない、ということです。
引用に使うのはほんの一部。
まず、図・表の整え方。そして、方法や結果の書き方、表現の仕方。論文のお作法は論文から学ぶのですね。教授の言われた「英借文」とは、まさに、このことだったんです。
教授の赤ペン入り原稿は、今でも大切な宝物として保存しています。
ちなみに、どこかで紹介されていたブログに「論文に死んでも書いてはいけない言葉」が紹介されていました。
結構、的を得ている。かも。
一気に、背筋が伸びました。
大学院時代、必死に(文字通り必死でした。あの頃。)論文第一号を書き上げ、見てもらうために、指導教授に提出しました。
数日後帰ってきた原稿は赤ペン修正で真っ赤。で、一言。
「自分で書こうとするな!英借文しなさい!」
そして、私の顔を見て、「何度読んでも、言いたいことが全くわからん!おかげですっかり頭痛だ。ようやく直ってきたのに、君の顔を見ると、また、頭痛がしてきた。」 そんなあ・・・。
はじめは、言われていること(書き込まれた赤ペンの修正)がよくわかりませんでした。
でも、2報、3報と書いているうちに気づいたことがありました。
論文を1報書くためには、たくさんの、たぶん100とか200とか以上の論文を読み込まないと書けない、ということです。
引用に使うのはほんの一部。
まず、図・表の整え方。そして、方法や結果の書き方、表現の仕方。論文のお作法は論文から学ぶのですね。教授の言われた「英借文」とは、まさに、このことだったんです。
教授の赤ペン入り原稿は、今でも大切な宝物として保存しています。
ちなみに、どこかで紹介されていたブログに「論文に死んでも書いてはいけない言葉」が紹介されていました。
結構、的を得ている。かも。











論文の作法というか、
特有の言い回しというか、
定型的である方が、
読みやすいんですね。
大学院では、自分の背の高さくらい本を読め、
と入学時に言われましたが、
背が低いことが、初めて役立ったような気がします。
私は、赤ペンでの修正ではなくて、
ワードファイルだったので、
論文が仕上がって戻ってきていました。
自分の原文を探す方が困難であったことを
思い出します。