秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

国見の御瀧水神

2016-08-29 | 水神巡礼(東北編)
東北水神巡礼8 (自然編)

いつだったか、思い出した夢がある。
「福島県に近い宮城県に沼のような池が3か所ある。」
ただ、それだけの夢。
何かのメッセージのように思えたけれど、
県堺にそのような池や沼があるのか調べたけどわからなかった。



それがこの場所かもしれない、とその夢を思いだしたのが、御瀧水神だった。
宮城県との県境、福島県国見町の御瀧神社に、3か所の湧水がある。
その山頂には、御瀧水神(多喜大明神)が祀られていた。





また今年、主人を連れて梁川の八幡宮へ行ってきました。
伊達政宗と愛姫が初めて顔合わせをしたところで、政宗初陣があったゆかりある場所。


※梁川八幡宮

なんどか国見を通って福島市内へ行くことがあったのですが、
その通り道に、いつも気になっていた神社が御瀧神社でした。





いつも素通りしてしまっていたので、神社名を知らなかったのですが、
白い鳥居に書かれた「瀧」という文字に、びっくりしてしまった。


※大きな木の根が大事に祀られています。

ここに、豊かな泉があったとは・・・。
神社入口の下に、森に入る遊歩道がある。
そこには大きな湧水がありました。



3か所に分かれた湧水。





一か所目は、白い池にコイが固まって泳いでいる。
水中には石が集まっていて、
その中心に、イナウのような旗が。



泉の御柱。



「湧き水からの清流は光明寺の村を潤し、古い時代から水田(約20ha)が開けていた。
昭和61年(1986年)8月「ふくしまの水30選」に認定されている。」
ということで、飲めるようですが。



残念なのは、この上の方に養鶏場があるらしく、
大きな建物があったのですが、そこからくる肥料の匂いでしょうか。
臭いのです。その匂いが充満しています・・・。
畑の肥料かと思ったのですが、養鶏場からくる匂いらしい。



ニワトリね~…。

ここから下ると、石で積まれた箇所もあり、
そこからも湧水が流れ出ている。



冷たくて気持ちがいい~。





2か所目は、石碑がたっており、
そこから流れ出る大きな泉で3か所の湧水となっています。

ここに「御瀧水神」と書かれた石碑があり、
じっと見つめていたら、涙がでてきた。
まだまだ知らない所に、このようにして湧水を守っている場所があることの喜びと、
金欲が湧水を奪っている現実を、もう変えることができない無念な気持ち。
申し訳ないという、やっぱり懺悔な気持ち。



瀧大明神というのが、どういうものかわからないが、
精霊というものなのか、何か、心を持っているような石碑に感じた。
何かを伝えたいのだろうか、
しらばくこの場所から離れられなかった。



ふっと池の中をのぞくと、黒い大きな影がっ!!



・・・コイでした。
でかいっ!
わっさわさ泳いでいる。
水がきれいだからよね~。

-----------------------------------------------------
さて、この泉はどのような人たちが大事にしていたのでしょうか?
史料などがないので、わかりません…。笑
ですが、このあたりは古くは信夫郡で、信夫から伊達郷となり、
伊達家発祥地です。

平安末期から鎌倉時代、常陸国(現:茨城県)からきた中村朝宗が、
伊達氏と名前を変えて、伊達朝宗とする。

この泉によってもたらされた光明寺は、4代伊達政依という人で、
京都五山をまねて、伊達五山と称していました。
そのひとつが、光明寺でした。
また、梁川城主でもあります。
梁川にも広瀬川という名前の川があり、側の小森に梁川城がありましたが、
仙台の広瀬川と青葉城といったように、梁川を模しているわけです。



ところで、昨年、梁川八幡宮のご開帳の時にもらった観光パンフ(伊達800年ものがたり)があり、
伊達市が作成した、「伊達氏めぐり歴史マップ」を参考に今回は、歩いてみました。
その1ページを開くと、龍、現るとして、
伊達市は、伊達政宗が龍であると言ってます。

「時は戦国時代、戦場で嵐を巻き起こした龍がいた」
「奥州の伊達といわれた伊達政宗は、武力、知力に優れた龍のルーツが、
福島県伊達市にあることをご存知だろうか。
伊達の郷で育まれた一族が、昇り龍となって現在へたどり着くまで約800年。」

と、書かれています。



戦いのあった場所を年代順に、
1、初陣 2、人取橋の戦い 3、二本松城の攻略 4、南会津の平定 5、摺上原の戦い 
6、葛西大崎一揆鎮圧7、松川の合戦

これを結ぶと北斗七星の形になる。
なぜ、伊達政宗が龍なのか、よくわかりませんが、神社の由来に龍を示しているような
話も多々あるかもしれない。

この観光マップは、わかりやすくて面白いです。

国を見渡せる国見---------------------------------------

国見という地名が全国にありますが、高台の見晴らしよい場所には、
国見とつきます。
高速の国見ICは、絶景ですよね。
あのあたりから福島市内に入ると、車窓からみえる福島盆地はいつも圧巻です。
本当に福島は美しい所なのです。
それは、ずっと古い時代、湖だったことにあるわけですから。
過去、大和朝廷から追われた貴族が、
新しい大和を建国しようとしたことがよくわかります。

平野ではどのような暮らしをしているか、よく見えるようにしているために
国見とつけられますが、国を治めた時にも、国見と地名をつけます。
相馬地方にも国見山がありますが、やはりちょうどよい見晴らし台になっており、
海岸がよく見渡せる山です。

国見の聖山といったら、やっぱり半田山。
半田銀山として栄えた半田山。
奥州藤原氏の他、源義経が通った場所として義経伝承が数多くあるところ。


※梁川天神社蔵:絵馬「地租改正丈量の図」1878年
後ろに描かれている山は、半田山。

また、この半田沼の赤牛や水蜘蛛の伝承と同じように、
このような話もありました。

「これは、信達地方(しんたつ)に伝わる古い話。
 大昔、信達盆地は、霊山、小手(おで)、吾妻、
半田、厚樫などの山々に囲まれたた美しい湖だったそうです。

ところが、この湖に「水熊(みずぐま)」と呼よばれる
真っ黒で大な怪獣がすみつき、人々を襲い、
食らうようになったというのです。
人々は、何とかしてこの水熊を退治したいと願っていましたが、
広くて深い湖底を縦横に移動する、水熊にはなすすべがありませんでした。

さて、この地を訪れ、人々の話しをお聞ききになった
ヤマトタケルノミコトは、五十沢の猿跳山に、
水路を開き、湖の水を干して、水熊を退治しようと思いつかれ、
さっそく命令をお出だしになりました。

人々が猿跳山を切り開くと、湖の水はたちまち流ながれ出だし、
黒岩沖に口から炎を吐はき、怒い狂った巨大な怪獣が姿を現あらわしました。
尊はこの時とばかりに剛ごう弓に大な矢をつがえ、放たれました。
矢は命中し、水熊は退治されました。
その後、流れは阿武隈川に、湖底は豊な盆地になりました。」


※国見町の昔話より

----------------------------------------
猿跳山は、阿武隈川沿いを走る349号線からよく見えます。
このような伝承も、阿武隈川の氾濫を示しているものかと思いますが、
水熊は水蜘蛛のことだと思います。

半田沼にも水蜘蛛伝承があり、
「賢淵でつりをし、魚篭いっぱいにつれた。
水に浸していた足の親指に、水蜘蛛が糸を掛けた。
沼の底から次郎も太郎も皆来い、という声がして、
魚篭の中の魚は皆飛び出し沼へ入った。
やがて、えんとえんやらさー、という掛け声が聞こえ、足の糸が引かれ沼に落ちてしまった。」
水蜘蛛は妖怪にでてきますが、河童と同じような類なわけで、
昔は川にそのような生物がいたかもしれない?

他の地域の赤牛伝承によれば、水の災害をもたらす龍とみたて、
島のまわりに大蛇がいたという話になっている。
赤牛=龍(水神)とする場所があり、半田沼の水蜘蛛も同様、
水神=瀧という「水に龍」を祀る傾向になったようです。
そのため、水蜘蛛も龍(水神)と同じような意味があると思います。

------------------------------------------------


※阿弥陀堂

伊達政依は、光明寺を「始祖朝宗夫人の菩提を弔う」ために建立したそうです。
瀧という神は、水神という女神を想像する。
京都の五山を模したというなら、光明寺の総本山の開山は、比叡山延暦寺の法然である。
なので、法然の影響を受けたことはあると思う。
時代もその時期に重なるし。

法然の教えは、地方の武士や庶民の他、女性に広く布教を行ったことでよく知られている。
この頃、女性に向けた布教は一般的ではなかったので。

そんな女性の癒しを与えてくれそうな御瀧神社。
今もその暮らしが息づいている国見でした~♪

※国道4号線からの場合、貝田町裏の信号を左折し、321号線へ入る。
しばらく進むと左側に鳥居があります。
向かいには、駐車場があります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風10号とライオンロック

2016-08-28 | 神話・伝説
素朴な疑問。
なぜ、台風10号は、Uターンするのでしょう?
日本列島を狙ったかのような動き。
Uターンするのは異例だそうです。
エネルギーが逆にまわる?なんかよくわからない現象ですが、
そんなこともあるんですね。

南の方まできていた台風が、そのまま通過するのではなく、
いったん待機?して、もっと勢力を強めて成長させて
日本へ近づいているそうです。

まあ、大丈夫な気がしますけど。
上陸してもあまり災害のような被害は受けないと思います。
(もうその頃には弱っているかも?)
でも、注意した方がよいですね。

ところで、私は台風には番号をつけるのは知っていましたが、
名前をつけることは知りませんでした!
なので、今回の台風10号は「ライオンロック」という名前になっている。

気象庁のページには、台風の名前を付けた国と、呼名、その意味がのっています。
日本は星座の名前、アメリカは人名など。
「平成12年の台風第1号にカンボジアで「象」を意味する「ダムレイ」の名前が付けられ、
以後、発生順にあらかじめ用意された140個の名前を順番に用いて、
その後再び「ダムレイ」に戻ります。」と、あります。

台風の名前には全部で140あり、1年で台風がくる回数が平均25回とすると、
約5年でひとまわりすることに。
一巡すると、再びダムレイに戻り、順番に名前があてられるそうです。
台風の被害が大きかった時は、同じ名前は使わないようにする、
といった決まりもあるそうです。
でも、なぜ名前をつけるのだろうね~・・・。
元は、アメリカが人名で名前をつかっていたことに由来するそうです。

気象庁のページ(台風の番号と命名)
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-5.html

ライオンロックの伝説(香港)------------------------------------

ということで、今回の巨大な台風といわれている台風10号ですが、
巡り巡って、ライオンロックという名前の台風です。
これは、香港が命名した山の名前で、
獅子山という磐山。
ライオンのような姿に似ているところから命名されたそうですが、
蛇のようにくねくねしている感じの山です。

この山の興味深い伝承がありました。
これも水に関係していそうなんだよね。

「大慈を持つ聖観音の教えを守る老婆がいた。
ある日、老婆はその教え通りこじきに手を差し伸べ食糧を分け与えた。
すると、目の前に白い布を纏った聖観音が現れた。
実はこじきは聖観音であり老婆を試していたのだ。

聖観音は心優しい老婆に「津波が来る・・・ライオンロックの目が赤く光るとき、
災いは訪れるでしょう。」と言い、姿を消した。
老婆は村中の人々にこの出来事を話したが、誰も信じる者は少なかった。

ある日、老婆の話を信じなかった者が老婆を騙す為、
深夜にライオンの目をペンキで赤く塗った。
次の朝、老婆はそれを見ると血相を変え、村人たちに村から逃げるように忠告してまわった。
ライオンの目を赤く染めた者たちは老婆が走り回る姿を笑ってみていた。
しかし、その直後、雷が天を裂き、豪雨が村を洗い流した。
老婆を信じなかった者達は溺れた。
生き残った者たちは老婆に感謝した。
その後、聖観音が村人たちの前に現れ、彼らは聖観音に跪き、
その救いの恩恵を後々まで語り継いだ。」


これがいつ頃の話か不明ですが、ライオンロックは香港では有名な山です。
いつだったか、獅子山の目が赤く光った現象があったそうですが、
うそっぽいなあ・・・・・。

伝説はこちらから引用しました。
「怪奇、香港のライオンロック(獅子山)の目が赤く光る現象が目撃される」
カラパイアなので、さくっと。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52151881.html

香港は、一度、観光で訪れたことがありますが、ライオンロックは、
たぶん、見た事あるような、ないような…九龍は行った記憶があるけれど。
忘れてますな。
香港は、風水を優先して建築することで有名ですね。
巨大な穴がぽっかりあいた建物があって、風水上、穴をあけて気を通す必要があったから、
と聞いて、日本では考えられないけどそこまでするんだー、と思ってしまった。
その気というのは、龍が通る道だという話。

----------------------------------------------------
ん~、でもこの岩がライオンに見えることはないなあ、と思う。
あえて、ライオン(獅子)にしたという感じ。
この山の麓には、黄大仙という有名な寺院があり、それが関係していそうです。

由縁には、
「現在、世によく知られている黄大仙の本名は「黄初平」です。
黄初平は晉朝(西暦328年)、浙江省金華県出身の貧しい家庭に生まれました。
生活費を稼ぐ為、八歳の時から放牧の仕事を始めました。
15歳の時に故郷の金華赤松丘で仙人と出会い、家族を離れ、
山奥にこもって何十年もの修練を積んで仙人となりました。
それから40年後のある日、彼の兄が山に登って彼を尋ねたところ、運良く兄弟は再会できました。
そして黄大仙が指で石を羊に変えたのを見て、兄も修練しようと決めたのです。
彼が赤松丘に住んだことから、人々から赤松黄大仙と呼ばれています。」



ということで、3匹の羊に、巴、卍、預言書?といろいろ。

※画像:香港ナビより http://www.hongkongnavi.com/miru/60/

「1921年に黄大仙からお告げが下り、九竜半島獅子山(ライオンロック)の
ふもとの今の場所が決まったのです。」


ライオンと羊は対象的に語られますね。
強いものは、ライオン。
弱いものは、羊と決まっている。

でも、本来のライオンロックは、龍の地だったと思います。
九龍(カオルーン)というのだから、そんな気もするし、
そのイワクラを、獅子にしているところ、何か意味がありそうですな。
また羊だし。

九龍の伝説はWikiによると、
「宋の幼皇帝が周囲の八つの山の形を龍の頭となぞらえて自分を足して九龍と名づけた説、
周りの九つの山から龍が降りてきて永遠に発展する地になると言う風水からきた説、
9人兄弟の漁師が波打ち際で遊んでいたところ龍に変化してしまいこの地を見守る
役割をするようになったと言う説、
この地にかつて龍と言う名の家族が9人住んでいたと言う説等がある。」

「どの説も物語的であり明確な理由は推し量れないが、
九と言う字は中国では久と音が通じることから永遠或いは永久を意味し、
その為にめでたいものだとされる。
また龍も同様に風水によれば非常に縁起の良い想像上の動物として知られている。」

龍(水)だから大洪水のような伝説があるんですね。
それを獅子で留めているといった感じがします。
獅子は力のある門番といった感じを受ける。
獅子舞をすることも神社の狛犬が獅子みたいなのが多いのも、厄除けみたいなものでしょうか。

ということで、台風10号とライオンロックの関係は、あり得ると思うのでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アンコールワットとりゅう座(2)

2016-08-26 | 神話・伝説
世界の古代遺跡には、星座に基づいて建てられています。
アンコールワットは、りゅう座と同じ配置になっていました。


出典
blog-imgs-54.fc2.com

詳細はこちら。(エジプトとアンコールワットを繋ぐ星)
http://matome.naver.jp/odai/2137250125565583901

エジプトのピラミッドで北極星を記しているのは、現在の北極星ではなく、
りゅう座α星でした。昔は、りゅう座が北極星を記していたそうです。
北極星は移動するのですが、過去BC11000年はベガのこと座。
りゅう座がBC2700年頃、こぐま座がBC1100年頃。
現在は、こぐま座のポラリスが北極星になっている。
だんだん別の場所に転回して、再びこと座に戻ってくる。

男根信仰が由来とされる道祖神は、インドでも同様にリンガがあり、
シバ神のエネルギーである。男女の交わりは蛇で表される。
この意味は、山など高い所から地上へ宇宙からの気をつなぐ、
スパイラル状に渦巻くエネルギーを象徴しているもの。
不思議なことに、それが胎内に入る。
その役目というかエネルギーは龍気だと思います。
インドでも子供に恵まれない女性に人気のあるナーガです。
アンコールワット遺跡の中で、ある宮殿の一番高い所に、リンガが置かれています。

隼人とシュメールのクメル人?---------------------------------

東南アジアの先住民を隼人といいますが、
クメールが久米という話は、あり得ます。
久留米とかね。
九州には、東南アジアの文明から影響を受けていまして、
中国~台湾~沖縄~九州の経路で、大量のジャポニカ米をもたらしたそうです。
クメール語は現在のカンボジア語ですが、コメの語源がコウメイという。
なので、コウメイがクメになった説があります。
ただ、隼人族は8世紀頃のエミシ征伐が始まる頃にあたり、
クメール王朝は、それより1,2世紀頃後です。

シュメールがクメールと関係している話もあって、
例えば、シュメール族の中にクメル人がいたという。
星信仰は、バビロニアやメソポタミアが発祥。
そう考えると、妙見神は熊本が発祥。妙見は亀のような爬虫類の形をしている。

シュメール人について詳しいことはわかりませんが、
世界神話の先住民の伝承に、粘土で人を作った創世話は結構あります。
ある所ではその粘土に血を含めた伝承もある。
この話から、シュメール人が地球へ入植して人類をつくった話に。
地球に金があったので、行ったり来たりするのが大変だから、
採掘する人(労働力)が必要なために、人類を作ったというような話・・・。
ま~、このへんは、どうなのかなあ、と思うことがありますが、
ネアンデルタール人とか、ホモサピエンスといった人類の起源を考えると、
そんな奴隷のように扱われた感じはしない。
かえって、愛情深い人に育てあげてくれた、と思うくらいだ。

この話は、粘土板にそのような記載があったということで、シュメール人の宇宙人が
定説になっていますが、シッチンという人が書いた本にいろいろあるそうです。

りゅう座の伝説------------------------------------------

りゅう座アルファは、トュパーン「りゅう」と言い、昔は今の二倍の光度があったそうです。
紀元前2790年?!に天の北極にもっとも近く、その前後に千年ほどの間、
北極星となっていました。
エジプトのピラミッドの中には、北極星を観測したと思われる長い廊下があり、
りゅう座アルファを北極星として観測していたようです。
またこの星は、アッカドのザルゴン王の占いの本にある「天の生命」「天の裁判官」
などの名で記されている星とされています。

そして、りゅう座ガンマ、エルタニン「りゅうの頭」は、エジプトで尊ばれていたそうです。
エジプトでのりゅう座は、りゅうではなく大きな河馬(カバ)の姿となっていて、
これは悪神ティフォンの姿だそうです。

ティフォンの姿は、体が河馬、手と胸は人間の女、足はヤギ、首から上はワニ、
花の上に一本角、コウモリのような羽根を持ち、へそから蛇がカマクビを持ち上げていると。

デンデラーの神殿にある星座では、舌をのばし、乳房をたれ、
手に大きな包丁を持って杖のようについているように描かれており、
これが女性の姿なので、ティフォンの妻、タウルトとする学者もあるそうです。
ティフォンに殺されたオシリスの魂は月にのぼりました。

そのため、ティフォンは、河馬その他の動物に隠れて、毎月十五日に月を襲い、
月とオシリスの魂を飲み込むそうです。
ために、月が満ちたり欠けたりするのだと伝えられています。


※お話歳時記より
http://www.pleasuremind.jp/ASTRO/ASTROsummer009A.html

月とオシリスの魂供養が、毎月15日に行われるという話は、
日本の十五夜ですよね。古くは縄文時代から月見をしていた日本の伝統儀式。

日本で「十五夜」の日は、ユダヤ暦ではちょうど第七月(ティシュレイ)の一五日であり、
仮庵の祭の日にあたる。つまり日本で「十五夜」を行なっているとき、
ユダヤでは仮庵の祭を行なっているのである。
「十五夜」のとき、日本人は伝統的にしばしば仮庵を建て、
そこに家族や親戚が集まった。ススキを花瓶にさし、団子や里芋や梨など、
その時期の成り物を供えて、「中秋の名月」をながめて、お月見をする。
 古代イスラエルにおいては、北王国イスラエルでは八月一五日に
、南王国ユダでは七月一五日に、仮庵を建て、そこに家族や親戚が集まった。
そしてその時期の成り物を供え、中秋の名月を鑑賞しながら、
その年の収穫を喜んだのである
(レビ記二三・三九~四二)。


"日本・ユダヤ封印の古代史"より。

--------------------------------------------------


「カンボジアではナーガはネアクと呼ばれ、
とりわけ王権をめぐる伝承に重要な役割を果している。
たとえばクメール族は彼らの王朝の起源を、
初代の王とネアク(ナーガ)族の王の娘との結婚にもとめている。」


アンコールトムの建設には、トレサラップの湖があった。
この湖で摂取できる魚のたんぱく質は、カンボジア人にとって60%を占めるという。
また、
その伝説のものがたるところでは、カウンディンヤ(これはインド北西部の有名な氏族名である)
というインド人バラモンが、ある事情からこの国に渡来し、
その地方の土侯であったナーガ(竜王)の娘ソマーと結婚したという。 」


※龍楽:癩王とネアクより
http://www.hunterslog.net/dragonology/world/cambodia/Angkor/01.html

日本でいうウガヤフキアエズみたいなんだよね。
諏訪湖のある諏訪っぽいし。

ヒンドゥー教に、「アヴァターラ」という不死の存在、または究極な存在の「化身」
「権現」というのがある。
肉体の現れを権現といい、神が人間の姿になったことをいう。
これがサンスクリットでは、「低下、落下、降下」の意味がある。
ということは、人のサポートをしてくれるために、わざわざ下りてくれたわけですね。

この前、シヴァ神の話をしましたが、妻のパールバティは、
瞑想中に両目を塞がれたとたん、世が暗黒になった話がある。
その時、シヴァ神から第3の目が現れ、再び光を取り戻すという伝承。
シヴァ神は腰に蛇を巻いている。
シュメールの像のほとんどすべては、蛇を象徴とする腰巻を現していた。
また、第3の目は、三日月のこと。
三日月といったらそれを家紋とする妙見信仰がある。(千葉家とか)
妙見と龍は同一の信仰。
妙見様は、亀や龍で表すのだから、妙見信仰を伝えた人たちの中に
クメル人がいたと思うと、熊本県の八代市が妙見発祥というのも繋がるし、
龍を崇めているとしか思えない。


※八代妙見祭り:亀と蛇の合体。
http://www.myouken.com/より

して、そのルーツはシュメール人。
もしかしたら、シュメール人はそうやって人類を作ってきたけれど、
龍系の人との交流も考えていた人なんじゃないかな~あ。

なんとなく、妄想ですが、七北田川のシワヒコ伝承も、
シュメールかもしれないですね。ノアの洪水で助かった一族と関係していそう。
何の根拠もないけど。
東北にしかシワヒコ・シワヒメがないっていうところと、
ナガスネヒコが青森へいった話やアラハバキなど、皆、ルーツは大洪水後の
祖先なんじゃないかな。だから青森県には縄文の都市があったわけですね。

エミシ征伐でアテルイやらマロやらの執念じみた伝承が、すごくこのあたりを気にしていた
感じがするんですよね。
もし、マロがこの龍系と宇宙人の2つの創世をしっていたらなば、
なんとかして仲良くさせないと、みたいなことも考えていろいろな修験者と
祈祷などをしながら、鎮魂していたのかもしれないと・・・。


※アイヌ人がもっていた中世の刀(十字の剣が刻まれている):東北歴史博物館
十字がムーという説もありますが、互いに異なるものが交わるといった深い意味があると思います。
それにハート型。このデザインに食いついた私・・・。


※アイヌ人の神宝といわれるもの。
何の目的で地中に埋められ、またこの意味が何であるかわかっていません。:東北歴史博物館
動物の角みたいですが。

-------------------------------------------------------
展示の中にも密教に深く繋がっている物もありました。
タイにたくさん出土している「五鈷杵(ごこしょ)」がありました。
特にタイが多く集中しているのだそうです。
鈴がついているものが、 五鈷鈴といい、カンボジアにも密教やチベット教が伝わっている。
インドでは、これがインドラという帝釈天の武器で雷を操るという。


※金剛杵(ネパール)

このような物が生まれた背景に、龍退治があります。
梵天といわれるブラフマーがいるのですが、龍退治について相談を受ける。
ブラフマーは、最も高い神とされ、
世界の創造と次の破壊の後の再創造を担当しているというのだから、
「次の再生」というサイクルがあるんだな、って思った。
これは、私の実家でも猿田彦神(山神)を祀り、梵天をあげる風習がありますが、
ここがルーツなんだろう、と思ってしまう。
梵天をあげるという意味は、ブラフマーの破壊と再生の意図があり、
なんとなく、こういう話を聞くとやっぱりインドの影響を受けているのが
密教なのかなあ、と思うわけです。
猿田彦神を密教に変えている修験の世界があるのです。

----------------------------------------------
ところで、唐突ですが、出雲は東南アジア系なのでしょうか?
ここから脱線してしまいますが。
ドンソン文化というのがBC1~4頃に東南アジアにあり、
中国雲南省の三星堆のようなんですね。
どこかで出雲青銅器文化が、東南アジアからもたらされている歴史があると思うのですが、
三星堆は、すごいです。目がでているお面が発見されて、世界中の遺跡マニアが
びっくりした有名な遺跡。かなり前ですが日本でも展覧会があったのですが行けず…。



「龍楽:癩王とネアクより」のサイトには、ドンソン文化が弥生時代の稲作、
金族器の使用が広まったもので、類似点があるという。

目がでているのは、目力というように超能力という説があります。
見えないモノも見ることができる力の象徴らしい。
他にも、大きい鳥の頭のお面がたくさん見つかっている。
また、三星堆の由来は、オリオンの三つ星に並べられた土盛が遺跡にあったことで、
その名前がつきました。
てことは、エジプトから続いているオリオン信仰なんだよね。。。
エジプトからだんだん東へやってきた、と思いがちですが、
その逆で、日本には1万年以上かもっとそれ以上古い縄文集落が見つかっています。
縄文人が日本から世界を航海し、言語を広めた説がある
ピラミッド信仰もそれで、世界に影響を及ぼした縄文人の中に宇宙人がいたという話。
土偶制作の柴谷さんから聞いた話からも、納得できることがたくさんあります。

また、巨石に刻まれた世界共通言語のペトログラフが縄文人からの発祥で、
それにより世界に言語が生まれたという説がある。
それを元にユダヤ人などがヘブライ語に直したり、神代文字が生まれたり。
この話は、とても興味ある話なので、後で妄想してみたい。

世界4大文明でも4,5000年前くらいのものなので、
縄文はそれよりずっと古い。
確かに、1万年もずっと狩猟生活を続けるというのは不可能なんじゃないか、と思ったり。
地球の自然環境には変動があるので、そんなに長い間持続できると思えないので。
そうすると、私たちの頭ではとても及ばないほどの世界があったといえます。

ちなみに、この三星堆の黄河流域で発見されたこの国について、いまだに明らかにされていません。

---------------------------------------------------------
オシリスの復活に、龍が関係している話。
龍が水と結びつけられるのは、ナイル川があったから。
川の側に星を結ぶ原型が、エジプトが発祥と思ったけど、
元は、日本が広めた星信仰であったことが、だんだんわかっている。
水神は日本でも龍神とされています。
月神の復活を思う、十五夜だったわけで。
龍系の女神を思う復活。

ということで、アンコールワットに住んでいた人々が、
日本のどこかで繋がっていると思うのでした。

※展覧会は9月19日(祝)までやっています。
顔ハメもOkよ~♪笑

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アンコールワットとりゅう座(1)

2016-08-25 | 神話・伝説
東北歴史博物館でやっているアンコールワット展。
アンコールワットの世界はほとんど知りませんが、
一度はみてみたい遺跡です。
タイのバンコクへ行ったことはありますが、
仏像のお顔は、みんな優しいのです。
頬笑みのタイと言う通り、微笑んでいる仏像のお顔は印象的でした。
アユタヤに行った時、木の根におかれた仏像が観光名所となり有名ですが、
争いでほとんどの仏像の首が取られています。
誰かが木の根に仏像のお顔を置いたそうです。



戦いは本当に無意味だな、と思うばかりです。
今に始まったわけではなく、差別が争いを生みだしている歴史があるのだな、と痛感します。
どうしてこうなったんだろう?

ちょっとアンコールワットの話はおいといて、オリオン続きの話になってしまうのですが、
エジプトのピラミッドについて、星信仰があった古代の智慧とは、
すでに宇宙の法則を知っていたことにあります。
なので、宇宙人が世界を作っている話になっていますが、
このへんは、人間と爬虫類(人魚のような)魚の尾をもった宇宙人の2つが関与してきます。
ウガヤ朝が神武天皇になっているような話ですが、
以前は、ミシャグチ(たぶん)の龍の姿をもった人たちの国でしたが、
神武天皇という別の人間によって新しい国を建国します。
それから、龍は海底に沈められ(海幸彦、山幸彦の話)、龍を悪とした。
ノアの大洪水を起こしたから、という理由もありますが、
たぶん、洪水をおこしたのは、アトランティスが欲深くなって人間は、
悪いことをするようになったというので、大洪水を起して人類を消そうとした話に
なっているようです。

ですが、ノアの方舟があるように少数の人類を助けたのが、爬虫類系の人たちだったようです。
これは、アンコールワットの像を見て感じることがある。

エデンの園の話があるように、蛇(龍)が人間にリンゴを与えた。
たぶん、リンゴは果物ではなく何かを象徴していると思いますが、
それによって人間が賢くなってしまったのだと思う。
そのかわり、永遠の肉体を得られなくなり、
ガタっと三次元に落ちてしまった。

火を使い、道具を用いるようになり、最初、人間を奴隷としていたのに、
建国しようとはじめた。
それを応援する存在と、阻止する存在といった対立が見え隠れしている。

ギリシャ神話にもあるように、人間側についた神がでてくるのですが、
人間に火を与えたことで、もうひとつの神が怒ったという話。
それが核だったという説もあります。
世界中に火を与える神話がありますが、
ほとんどが鳥によってもたらされた話。
フランスの神話では、フクロウだけが他の鳥と違って火を人間(地上)に与えることに協力しなかった。
なので、フクロウは夜の鳥になった。昼間、他の鳥と一緒にさせないため。
仲たがいですね。

日本にもフクロウとして「イイトヨ」がある。
あの飯豊神がエンデと呼ぶことに何かありそう。
エデンみたいだな。

飯豊とは「いひとよ」とよみ、古語で「フクロウ」の意味がある。
フクロウは、古ヨーロッパでは土器に鳥の象徴としてフクロウが多く用いられ、
夜を司る鳥として、他の鳥とは違った伝承があります。
そのため、月と結びつけられる場合もあり、女神(母系社会)を象徴とした鳥にもなっている。

エジプトでもフクロウの姿をした神がいると言う。
夜の神とされているのは、ハトホル。でも角をもった牛。
龍も角をもったもので、牛=龍という共通は角をもっていること。
ハトホルの彫刻に、牡牛として表現されているところに、蛇がいる。(コブラ)
なので、牛と蛇は同一。
アトランティスもムーも一緒にいたと思います。
人間を欲深くさせないために、監視した方がいいと考える宇宙人と、
別次元にいる(地球上)龍系の宇宙人の融合ということ。
それが、2つの子をもつ創世神としてずっと神話では伝承され続けている。


※牡牛としたハトホルの像。頭に蛇がいる。


※ナーガの上のブッダ像。7つの蛇の頭。(蛇王)
瞑想するブッダに降り続ける雨から守った。11世紀

例えば、フッキとニョカ。
これが洪水伝承と関係するのは、そういうことなんでしょう。



中国雲南省にある話では、
「伏羲と女媧の父がかつて自身が閉じ込め、自分の子供たちによって解放された雷公と戦ったが、
雷公が洪水を起こして攻めたために二人を残して人類が滅亡してしまう。
兄妹は雷公を助けた時に彼からもらった種を植えて、
そこから生った巨大な瓢箪の中に避難して助かり、結婚して人類を伝えたとある。
聞一多は、伏羲が時に庖羲とも書かれる点に注目し、伏羲とは方舟を指しており、
女媧がこれに乗って洪水の難を逃れたのではと推論している。」


他にも、太陽神は、人間の姿をした女性を得たが、
月神は、蛙のような醜い女性を得るといった話。
これも2つの存在が交差している。

悪玉姫伝承のように、見える姿と見えない姿とは、
日光の三猿は、見えない三猿。(みにくい方)
でも秩父神社の三猿は、見える三猿。(みえる方)といったもの。
人類は、見える方と見えない方にわかれている。
また、物部氏は見えるけれど、もののふは見えない。

もののふの祝詞が独特というのも、
よくわからんけど、地球にいながらにして、龍系のウガヤ朝(ミシャグチ)という石文明と、
祝詞をあげることで、別次元と繋がっていたような妄想。
なので、鹿島神社には大体、イワクラや要石、地層などに関係する古い磐などがあったりする。
物部氏たちなどの渡来系(秦氏)が磐鞍をおくのは、
世界共通言語であったペトログラフが関係している?とも思う。
それをヒントに、様々な存在と繋がっていたのではないかな。

ノアの大洪水後に、創世された日本の神話によって、
物部氏の祝詞には、(秋田物部文書を参考にすれば)混沌とした中ツ国による
祓いを受けるというもの。
それは、人類をもう一度見直そうということで、一気に水によって流した(大洪水)
けれど、龍系が少数の人類(ノア)を助けた。
ノアに智慧を教えてしまったことをよく思わなかった存在もいたのだろう。
でも、どっちが悪いということではない。

地球にいながらにして、どうやって人を育てていく?成長させていく?
といった問答があったと思う。創造主の中で。
見える物部氏は、どっちかというと、人はやっぱり未熟なので何度も生まれ変わりをして
から、別の高次元?にいかせた方がいいと考えていたから、
蘇生を行っていたと思う。漠然としてるけど。
もののふは、龍系だと思うので、最初から少し高い位置に存在していて、
母性なので(女神)子供のように私たちをサポートしながら、いずれは同じ位置に
育ってほしい?みたいなことがあったのだと思うのです。
今、スピの人たちがいっている、アセッションと関係しているかわかりませんが。

なので人間がえらくなったら困る。というのが過去にもあった。
たぶん、私は古代にも同じような転換期があったと思うわけです。
なので、そこにもう一度、戻って見直してみたいと思う。

そうるすと、自分はどうしたいか?になる。
どこに戻りたい?帰りたい?になる。
地球にずっと最後まで見届けて、肉体をもって生き続けるか、
それとも、肉体の殻をとっぱらって、別次元にいくか。
そうすると死というものがないから。

龍系にしったって人間のハーフだし、宇宙人のような人間といったって
シュメール人のような人間だったわけだし。
どちらも人間だから、いろいろと葛藤するのだと思うのです。
世界の神話には、そのような2つの創世神があり、その中で私たちは生まれているということです。

太陽暦になったのも、人間の体内に太陽の時間を入れるといった、
漠然としてますが、そうやって人を作ってきた神々の話があるからです。
元は、太陰暦の月の時間が体内にありました。
なので、女性の月経、出産に月の時間が関与しているのは、
女性は、月神(爬虫類系)の宇宙人によって生まれていることがあると?
おそらく、それがウガヤ朝だったとしたら、失われたムーやレムリアなのかもしれない。
で、ミシャグチという石神信仰にも繋がる。
今は、時間が早く感じるので、火星と同じ時間だという人もいますが…。

ノアの大洪水後、日本列島をみつけたのは、カラスだった。
どうもそっちの話が多い。鳩ではなく。
他の鳥では、ダメだった?
妄想ですが、カラスという黒い羽をもった大きな存在が、
新しい国をつくるために、大洪水をおこし、日本列島から始めよう。
的なことにしたんだろうか?
黒いカラスは、日本だと熊野のヤタガラスとカナダの先住民に伝わるワタリガラスが
浮かぶ。

これもインド神話では、ナーガ(蛇)とガルーダ(鳥)が仲が悪い話のように、
人類を救った側と、それを良しとしなかった側。
でも、日本ではカラスは良いとされる。
カラスは人間側の存在だったから?新しい島をみつけてノアに教えたということ?
新しく建国しなおしましょうってことで。
そうなると、鳥も龍系側。

母というのは、母性があるから子供を育てたいと思う。
人は未熟だけど、自由に試させたい。
反面、父は厳格。
人は未熟だからこそ、監視が必要。人は何をしでかすかかわからない、といったこと。
どちらも私たちにとっては親のような存在。
それがルーツにあると考えると、アンコールワットの遺跡の見方が、面白くなってくる。

ま、妄想だけどね。

つーことは、ノアの子孫が熊野ってことも妄想できます。勝手に。
なので、神武天皇は熊野へいく。
でも、ある説では、ずっと続いていたウガヤ朝を終わりにして、
自分たちの政権にしたのが、神武天皇だという。(神武東征)
ということは、神武天皇は龍系ではなく、人間に近い宇宙人の方で、
人間は未熟だから監視します、あまり勝手なことをしないように。
というコントロールが入る。
それで龍系は怒った。
ナガスネヒコは怒ったんでしょうね。人は美しいから一緒にがんばっぺ。という方。
二ギハヤヒの裏切りというのは、二ギハヤヒは、やっぱり人は危険だから、
監督必要ですね、とクールに返される。
と考えて、ニギハヤヒは神武天皇についたんでしょうか。
そうなると、豊玉姫が祖国に帰ってしまったというのは、
龍系の人は、別次元にいったという話で、私たちには見えなくなってしまった。
あちらにいますよ、(黄泉国)ってことになったのでしょう。

坂上田村麻呂と悪玉姫伝承は、ウガヤフキアエズのウガヤ朝なのか、とも思ったり。
ウガヤ朝を沈めた神武天皇の東征によって、歴史を変えられた。
いつも古代史に、龍が関与するのは、そういうことなんですね。
それに龍は角をもっている。牛も同じ。
なにかテレパシックなものがあった証拠だと思うのですが、
鬼も龍だったと思います。
で、それもまたイワナガヒメ。

-----------------------------------------------------
エジプトのピラミッドとアンコールワットが星座で繋がっていた話から、
こんな妄想に広がるから、ちょっと面白い。
でも、崇高な存在という何かは、「私たちのことを一生懸命考えて」います。
なので、いつも上から様子をみてますと。
なので、夢の中で上から見られている感じがしているのは、
そういう意味があったのですね。
別に監視ではなく、大丈夫かな?という感じなんだと思いますけど…。

山が好きか海が好きか?
太陽が好きか月が好きか?
夜の方がいいという人や、昼の方がいいという人。
それと同じようなもので、どっちが自分に向いているか、という話であって、
どっちかにしないといけないことでもないし、委ねていくしかないし。

ただ、私たちの先祖たちは、はるか昔、宇宙のかけらとして繋がれていることを知って
ほしいのだと思うのです。だから、人類みな兄弟。


※中央:ブラフマー像(創造神)、めっちゃ綺麗な彫刻だった~。11世紀。
(アンコールワットへのみち展のポストカード)

なので、龍系もそうでない宇宙人系も、シュメール人も、仲良くやっていきましょう。
というところに今きているのだと思うのです。
なんで、こんな話になっているのかよくわからないが・・・。
--------------------------------------------------
で、ようやくアンコールワットの話へ。
これをふまえて考えると、アンコールワットをつくったクメール人が、
シュメール人だったということもわかってきます。
要は、人類は最初は奴隷のように、必要な時に働いてもらえばよい、
と思っていた宇宙人系がいたのですが、ナーガはそうではない。
ナーガは人は、もっと崇高になれるはず。
といった世界が、アンコールワットにありました。

続く。。。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

12年前のOneWorldな出来事

2016-08-23 | 日記・エッセイ・コラム
ここんとこ何カ月も、夜出かけることがなかった。
それで、この前、久々に友人と夜カフェしてきました。
友人も不思議な人で、3回もばったり街中で会う。
1回目はコンタクトレンズ店、2回目はデパ地下。
いつも友人が気づいてくれるのだけど、さすがに3回目、
七夕祭りでばったり会うと、ちょっとおかしい。
なんでまた?って。

よく気づくよね。っていうと、
目線の先に私がいる。っていう・・・。
私は、ぜっんぜん、きづかない。

さすがに日を改めて話をした方がいいな、と思って。
で、やっぱり会って話をすると、
またいろいろ動きはじめる。
ずっとやってなかったことが、また動きだすという流れに。
意味があったんだよね、3回目に会うという意味が。
何かが後押しした。
3回目に。

それでその夜の帰り道。
家のそばで明るい光を3つみた。
ひとつは離れていて、たぶんこれは星だと思うけど、
他の2つは、わからない。
2つとも近いところで光ってる。
今、火星とか金星が接近しているの?
そのそばで、すんごいゆーっくり動いている飛行機が。
おっそっ。
止まってるのか動いてるのかもわからないくらい遅い。

もしや、これが飛行機のふりしてゆーほーです。ってやつか?
堂々としたらいいのに。笑
見事に消えた。
夜空も変わったな~・・・。
こういうことが当たり前になってくる。

そうそう、3回も台風がきたのもそういう事なんだろうね。
私にとっては、浄化だ、と思っていた。

この台風も、ちゃんと意味がある。
3回台風が来る意味が。

-------------------------------------------------------

はてさて、
どっしぇ~、とちょっとひっくり返りそうなことがあった。
ひとりごと。
また、宇宙のわけわからんひとりごと。
おかしなことを言う。あいかわらず。

13年前、上海留学をして中国へ行ってから、自分がおかしくなった。
それでスピの世界にはまり、12年前に不思議な話を書いた。
ここでもちょろっと書いていたけど、ワープロで90ページにも及ぶ
小説じみた話。
なんか気恥ずかしいから、ずっと読んでなかったけど、改めて読んでみた。
こんな内容だったな~、へ~と思いながら、あれ?っと思ったのが、
設定が2010年冬~2011年の9月頃の話になっている。
未来の話だと思いながら書いたけれど、何年の話かは特に気にしてなかった。

よくよく読んでみると、2011年に起こる話だったわけで。
しぇー。
それを12年前にオリオンと繋げて書いていた。

しかも、書いた後にずっと先の話では嫌だと思ったのか、
早く宇宙と繋がりたかったので、
2009年とか前倒しにして修正したりしてた。笑。

だけど、2011年の話だ、ということは、修正できなかった。
それがびっくりしたこと。

前世の記憶や夢の話を元に、ストーリー的に繋げて書いてはいたけれど。
舞台のほとんどがヒマラヤで起こる出来事。
もちろん、ヒマラヤなど行ったこともないけれど、
このへんは、私の前世やソウルメイトの記憶に沿っていると思う。

その中に、緑色の大きな山が波のように変わり、街中が海に沈む。
水中にはお店が並んでいて、水中でお菓子を買っていたりする夢をみており、
それをじっとおばあさんが上から見ているといった話。
2011年の出来事の中にあった。
・・・・。
でも、そのおばあさんは、夢でみた月をみていたおばあさんだと何となく思った。
なので、震災と、ムーかレムリアの海中に沈んだ島と重なっているとは思う。

むむむ~。
これは、震災で亡くなられた方たちのことも考えて、
真剣に受け止めないとなあ、と思ったわけです。

------------------------------------------------------
やっぱ書くことって大事だよね・・・。
縄文人など先住民族は、文字をもたなかったといわれていますが、
はるかにスピリットな世界にいて、世界共通の言語を話していたことがわかっている。
ブログでも自分のことを赤裸々に書いている人が増えてきたことが、とてもうれしい。

本人にとっては、それが事実であり、経験であり、奥底に眠っている記憶だから。
それを第三者が、論議することも、モノ申すこともあってはならない。
間違っていると思っても、間違っていると思う自分に気づかなければ!

夢分析をするならば、観察しているおばあさんは、もうひとりの自分といえる。
自分で自分を観察している。
海中で沈んでいるにも関わらず、冷静に海の中のお店をみている。
慌てている自分ではない。
たとえ、津波をかぶったとしても、私はそうならない。
というふうに、自信をもてる解釈をする方が、変われる。

こうして、赤裸々に語ることが、何になる?と思うことがあるけれど、
わたしにとっては、これも事実なのです。
それをもう一度、自分に言い聞かせないと、震災が無駄になってしまう。

そんなことを12年前に書いていて、震災がおこって、
宇宙のパンドラが開いて、ネパールも引っ張られた。
かなり古い時代、閉じ込められた記憶がある。
暗黒の闇というのは、宇宙と繋がれなくしたことにある。
私たちが落ちてきたのではなく、宇宙と遮断された膜のようなものに
はられた地球で生きている。
そうなってしまった。
破壊されないように、ビニールシートにくるまれているような蜘蛛の巣。
守られているという解釈もあるけれど、これによって自由に宇宙へ
行き気できなくなった。
3次元というのは、そういう膜があるのだな。

でも東北地方は、その宇宙へ行ける可能性はあると?
膜を突破できる?
だから負の形でリニアコライダーの建設が動いてしまう。
宇宙に近い北上だから。
宇宙へは行けないことを知ったから、地球内部で新たな宇宙をつくるといった発想。
私には理解できないが、それまでは自由に宇宙へいっていたから不老不死だった。

2011年の前から起こっていたことは、だんだんわかってきた。
彼らが破壊をしようとすればするほど、私たちは、目を覚ます。

みんなが宇宙を忘れているから、震えたと。
山が、北上が、阿武隈が。
人々が逃げ惑うことで、たくさんの人が過去にも失われている。
そういう星が実際あったけれど、別次元の話なので具体的にはわからない。
失われた星は、いくつもある。

ただ、地球には膜が覆われていて、それで闇ができたけれど、
闇が必要だったから、光を閉じた。それが天の岩戸らしい。
でも、もう私たちは十分、知った。
経験もしているはず。後は、思い出すだけ。
イワクラに隠れている何か(魂?)は、たくさんあるらしい?
みんなが置いてきた悲しみが岩に眠っている。
神々もみな、経験して苦しんでいる。
それを楽しませてほしいから、今、アメノウズメなんだろうなあ。


ナタラージャ(踊りの王)
※「舞踊の王」という意味。インド神話のシバ神の異名,またその像。
シバの活動は強く激しく宇宙の律動とつながって作用するといわれ,ナタラージャはそれを象徴的に表現したもの。
シバの踊りには 108のポーズがあり,それらは9つの型に分類されるが,
いずれも宇宙の創造,維持,破壊,幻惑,解放などのシバの機能を象徴するものである。

ソウルメイトと出会う場所がマナスルなのは、思い出すため。
ヒマラヤの中で、アンナプルナは豊饒の女神、
マチャプチャレは「魚の尾」の意味がある。
そして、カイラスにはシヴァ神が鎮座する。
かつてヒマラヤも海中にあったから。


(マナスル)

うしとらの金神。
目覚めたスサノオ。

うしとらの金神は、宗教くさい話かもしれないが、
東北の鬼門だという。
が、震災によりたくさんの人たちが宇宙に目覚めて、変わりはじめている現象を、どうとらえる?
多くの犠牲があった分、多くの人たちが目覚めた。
過去に、何度も繰り返している。

シヴァ神は、虎柄のパンツをはいている。
丑の角と寅で、金神がシバ神の説もある。
破壊も創生もどちらも2面性をもっている。
なので、男女神となってカイラスに住んでいるという伝承がある。
そこはリンガを象徴し、宇宙と繋ぐ大きな太いパイプ(柱)があるからだ。
エベレストに人がたくさん登るようになるのは、
カイラスを守るためですね。単にエベレストが標高が高いという意味だけではなく。
神聖な山に人が入らないように、エベレストがそれを阻止して人を寄せつけている。

武甲山もかつてそうだった。
今は破壊されてその力が弱くなったけど、
けずられた破壊によって、再び、山頂がカイラスのような形に変化したのは、
皆が、思い出すために、そのような形になった意味が含まれている。
秩父帯もハワイの一部。

山も生き物。
主張して生きている。

それに、人はみんな破壊する力をもっている。
それと同じように再生する力も両方もっている。

-----------------------------------------------------
ヒマラヤのことをたくさん書いているのだけど、
ヒマラヤ山脈やアルプス山脈は地球にしかないという。
黒い傘のように穴があいたモノが、たくさん落ちてくる夢をみている。
それが衛星らしく、ヒマラヤに落ちてくるといった想像。
なぜ、ヒマラヤなのかは、ヒマラヤのどこか不明ですが、
重い重力のある岩石がうまっているらしい。

無数の衛星に監視されて生活している星がある。
未来の地球かもしれない。

宇宙で例えると、ブラックホールのような。何でも引っ張られてしまう。
漠然としてますが、重力異常といって例えば衛星などの軌道が引っ張られることはあると。
なので、ヒマラヤには落ちてくることがあるかもしれない?
衛星などの軌道の乱れは、惑星の波長?周波数?の乱れ。
それで失った星があるといった話。
人々の悪い想念が地下に溜まり、大地震をおこした。
それで地球に逃げてきた人は、たくさんいるようです。

そこが大地震と重なる。震災と。
震災によって目覚めた、という話をたくさん聞くなかに、私もそうだった。

それを引き起こしているのがスサノオだと、ふっと思った。
なぜ、スサノオなんだろう?

武甲山にみんなで登った時も、スサノオだと思った。
あのメッセージは、やっぱりスサノオだ。
「ひとつをふたつに ふたつをよっつに よっつをやっつに・・・
わかれるな ひとつになれ」

ああ、そうか。ひとつになれ、は、ワンネスっていう。
して、正四面体のピラミッド。
武甲山の正体は、やっぱりピラミッドなんだなあ。
山頂が三角形になったもんね。。。

昔、人類は一つの共通の言葉と共通の心をもっていた。
互いに平和に一つになって暮らしていた時。
それが分かれてしまった。
単純な理由で・・・。
これは、愛姫の話を前回かいたけど、悪玉姫とマロ伝承にも通じることかもしれない…。

ん~これは愛人ってことなんだな。
悪玉姫は爬虫類系。
神話の創世でヒルコは失敗した子で川に流す。爬虫類系の人。
失敗したからといって、再度産まれてこの世を立て直した話は、私たちのような人間。

エミシ征伐の話で、マロがいつも悪玉姫伝承として愛人のように描かれるのは、
もう一人の子がいるといったこと。
要は、世界の創世には、2人の子が関与している。
人間らしい宇宙人と、爬虫類らしい人間。
どっちも中途半端な人間。
それが、この世を作り、2人の創世神がずっといる。(妄想ね)
陰陽道は、その2人を日神と月神としたのでしょうね。。。
まあ、お互いに仲良く、と。

爬虫類系は、見えない。
なので、悪玉姫の姿は見えたり、見えなかったりするのですが、マロは見えていた人。宇宙人も人間も。
どちらも持ち合わせていたのだと思う。

うしとらの金神が開いたとも?爬虫類系の人。
龍が動くと地震がおきる。
スサノオはそれを退治するが、スサノオも同じところから生まれている。
角をもっているから。

スサノオは、大地を揺らす。
とにかく人工でも自然でも、大きく揺れる。
気づかせるまで震えるフルミタマ。
神話ではスサノオは泣いていた。
母に会いたいと泣きわめく子供のような存在。



8の世界に還りたいといって泣く。
スサノオは人間側の存在。一緒に泣いてくれる。

そして、こういう事を妄想していると、また666が。
コンビニへ行ったら、合計金額666円。
しかも大盛ミートスパゲとスタバのカフェラテ・・・。笑
ミートが大盛りしかなかったんだもんっ。
むむー。

666を悪としてるのは聖書の話で、その方がキリスト教にとって都合よいことがあったと思う。
地震などの現象をその数字にあてはめるのは、すでに計画的に行われていた証拠だからです。
残念ながら。

でも、本当は666じゃなかったとか、訂正しはじめているという。
だから、いい加減。

でも、縄文では古くから6は宇宙と繋がる数字。
なので、666を破壊ではなく、再生することもありえる。二面性をもつシバ神だし。
---------------------------------------------------
ナルナイ(地震)、ナルカミ(落雷)
光と地震は共通のもの。
震災でも熊本の地震でも、発光体と揺れは同一の現象だった。

今年の冬、鳴子で温泉石神社に行き、スクナヒコの立派な石碑があった。
「この大噴火により大石の根元から温泉がでたので、そこに少名彦命を祀った。」
とある。

悪路王の首が飛んだという話がここにもある。
荒雄岳やカムロ岳。
石で鎮魂することを、古代の人たちはやっていた。

石とスクナヒコ。
スクナヒコが気になる。
朝廷が行ってきたところに、スクナヒコを祀る傾向がある。
巨人と小人。

12年前の出来事と震災がリンクしていたことに、今さら気づく。
もう震災から5年も経ってまっせ~。
覚醒する周期というのがあるかわかりませんが、
私の場合、12年前のことが起こっているのだとしたら、
4年周期が3回きて、今になっている。
3×4=12.
やっぱり3?

フラワーオブライフはロータスですが、
12とは、
「この神聖幾何学の単位は、内側から外側へ向かって・・・1+6+12=19の基本要素から
成り立っている。
これを占星学的なロジックに当てはめると、1と6は、7つの惑星に対応し、
12は銀河のゾデアック帯である12のサインに対応する」



だそうです。
こちらのサイトから引用させて頂きました。
http://phenix2772.exblog.jp/20362626/

黄道十二星座の原型はバビロニアの星図から。
山羊座の体の下が魚なのは、大洪水にも関係する。アトランティスも。
それでヒマラヤに魚の尾という名前がつく。
大洪水後、月の引力により海底から顔をだした高山だったから。
シュメール人も宇宙からやってきた。
彼らが、宇宙から遠ざけたような気がする。

4年ごとってまるでオリンピック。
次は東京。
安部マリオ・・・大丈夫か?
あれは、鬚をつけるべきだよね。(どーでもいいが)

とまあ、そんなことをフツフツと思いながら昨日の午前中、用事が済んだ後、
仙台駅近くの本屋へふら~と入った。

で、面白くて怪しい本をみつけた。
スピ系の本は久しぶりだ~。
どんぴしゃな本。
縄文人、ワン・ワールド、ペトログラフ、巨石とスクナヒコ!

キター ヽ(゚∀゚)ノ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

永町橋と水神の橋姫明神

2016-08-21 | 東北地方の伝説(宮城県)
「昔、長町と河原町を結ぶ橋をかけることになった。
ところが、長雨続きで広瀬川は氾濫し橋をかけることができなかった。
誰いうことなく「これは水神様のお怒りに違いない。
信心深い娘を人柱にしないと橋はできない」という噂が人々の口に出るようになった。
こんな時「私が人柱になります」と、百代の里の長者のひとり娘
「愛姫」が名乗りでた。
みんなは「ありがたや、ありがたや」と手を合わせて拝むと、
信心深い愛姫は「断食して根岸観音(十八夜観音)にお籠りします。
4、5日したら雨は止むでしょう。急いで橋のたもとに穴を掘って、
丑三つ時に私を埋めて下さい」と静かな声でいい、しっかりとした足取りで
帰っていった。



それから数日後に雨はやんだ。
愛姫は優しい笑みを浮かべ生きたまま埋められた。
穴からの愛姫の祈りの声は、明け方になって消えた。
すると、川の水に光が射し広瀬川の水が、黄金の竜になって天に昇ったという。
その後、川水が引いてよい天気が続き、無事に永町橋が架けられた。
人柱になった愛姫は、橋姫として橋及び土木の神として信仰されていた。
特に長町の木場人夫や馬方の信仰が篤く、長旅に出る人にもよく拝まれていたそうだ。
現在、広瀬川のたもとに橋姫を祀る祠と橋供養碑、傍らに永町橋の礎石が保存されている。」



(橋供養の碑)


(広瀬橋)

-------------------------------------------------------

初めて、広瀬川の灯ろう流しに行ってみました。
これでようやく夏が終わったという感じがして、よい節目となりました。



橋姫と信仰が深い十八夜勧音は、すぐそばにあり、
1064年天台宗般若坊先達により開かれた。
もとは、鏡ヶ池の前から大年寺門前へ通じる北側にあったという。
長町に大火があった時、長町の通りが鬼門に当たるので、
鬼門除けのために現在に移したという。



人柱の話は多いですが、
昔は政略結婚が多く(位の高い人は)、また貧しい人も多く、
娘の売買はありました。若い女性が入水している川は多いようで、
そのような場所には、塔や石碑などを置くものです。(勝利品といわれた女性たちも)
また、不憫に思い、昔話として語りついでいる地域もあります。
福島県半田山の赤牛伝説もそうですね。
沼で牛と夫婦になった女性の話。これも機織りが絡んでいます。
あの話も、昔、土砂災害になって生き埋めになってしまった女性がいたようですが。
ただ、橋姫伝説の場合は、ちょっと違うかも。
川の氾濫からもってきた話にしたとか?
そのような話にしたルーツがある。

京都の橋姫-------------------------------------------

主人が広瀬川をみて、京都の鴨川に雰囲気が似ているから、この場所がお気に入りと言った。
そうか、京都にも橋姫がいたんだ。

橋姫は広瀬川に限った話ではなく、京都の宇治川にも橋姫神社があります。
646年宇治橋にかけられた際、桜谷とよばれた地に祀られたセオリツヒメがいたので、
橋姫神社をセオリツヒメとして祀ることになりました。



永町橋と同じく外敵の侵入を防ぐための守護神や古くは水神信仰とされ、
橋の袂に、男女二神を祀ったことによる。
嫉妬深いともいわれ、女の嫉妬や念や悪い噂を口にすることを嫌うとされる。
愛らしいの古語で、愛し(は)となり、橋に通じたとのことだが、
愛人であり愛し姫といった由来もあるそうだ。


竜閑斎画『狂歌百物語』より「橋姫」

ということで、セオリツヒメは、嫉妬深い女性の念をも浄化してくれるということで、
橋姫を祀ったようです。
伊達藩は、そのようなことも考えて、ちゃんと供養している武将だちだったと思います。
仙台の街並も、古くから津波の浸水に悩まされていたので、
外敵というのは津波でもあったからでしょう。
宇治川の橋姫神社から、橋姫を祀ったような気がします。

十八夜観音堂というのも気になりますが。
鏡ヶ池にあったという話から、これがセオリツヒメ=悪玉姫にも繋がります。
古くは、坂上田村麻呂。

鏡ヶ池の伝説---------------------------------------------

昔、兜塚の近くに「鏡ヶ池」とよばれる小さな池があった。
坂上田村麻呂が征夷大将軍としてみちのくに戦いにきた際、
利府の菅谷に滞在し、九門長者の悪玉姫と出会い愛するようになった。
悪玉姫はもともと紀伊の国のお姫さまで、さらわれてこの地に売られてきたといわれ、
以来、自分の身を守るために守り神に祈り、普通の人には醜くみえ、身分の高い人には、
美しい姫にみえるようにした。
戦を終えた坂上田村麻呂がいよいよ都に帰るという時、姫は身ごもっていた。
田村麻呂は、姫に丈夫な子を生むようにと白羽の鏑矢と短刀、
そして観音像を与え、都へと旅立った。
姫は男の子を産み、千熊丸と名付けた。
千熊丸が十三歳の時、父の田村麻呂に対面するために、悪玉姫と千熊丸は都へと向かった。
途中、兜塚の近くにきて観音堂の桜の木の下で一休みをし、
悪玉姫はそのかたわらの小さな池に、顔を映して化粧をした。
それからというもの、人々はこの池を鏡ヶ池と呼ぶようになったそうだ。

--------------------------------------------------------------


岩切にある伊豆佐比売神社と同じ話。
そして、化粧をする池は、北の泉にある亀石のところにも伝承がある。
七ツ森もそう。
共通するに泉なんだね。

九門長者と悪玉姫
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/e/920d1a790b8a7cc3b94701a996e8f9ec

マロの系譜には、セオリツヒメがいると言っているような話?
十八夜観音堂を管理していたのが、修験者だったというので、
産鉄族に関係する地名や、関連もみられます。
白羽の矢は、人柱をたてる時に使うといわれますが、儀式をしていた時にも使う。
橋姫伝承の人柱は、鏡ヶ池からもたらされたと思います。また、鏡ケ池のそばには、妙見堂があります。

宇治の橋姫は、もっと複雑な話になっていて、
嵯峨天皇の頃、公卿のある娘が深い誰かの妬みに悩まされていると。
貴船大神にその女を討ち取りたいから、鬼神に変えてほしいと懇願する。
すると、貴船の神は、宇治川に21日間籠れという。
娘は籠りをしながら、いろいろな祈祷を行い、丹塗りの矢もでてくるので、
魔よけとしてあっちこっちに祈祷をしていたようです。
すると21日あけて、生きながら鬼の姿となった。
愛宕山もでてくるし、仙台の街とよく似ている構図。

それに、貴船神というのは賀茂家にあたるから、
泉に賀茂家の痕跡があるため、橋姫をもたらしたのは賀茂家をルーツとした
修験かもしれません。
悪玉姫は七北田川にもあり、シワヒコ神にも通じていると思う。

マロは、水のある沼や池などに儀式を行っていたと思います。
どんなものかわかりませんが、アイヌ人などが精霊として崇めた場所へいって、
祠や神社などを置き、同じように別の名前の神として祀っている。
おそらく、物部氏がそのようにしていたからだと思います。
例えば、ワカエトノ神社など。
飯豊は、「エンデモリ」と地元の人はよんでいたというので、アイヌ語から
飯豊(イイデ)になったと考えられる。
飯豊神を祀っているのは物部氏の経譜をもつ穂積氏。

水神や女神のルーツは、古いアニミズムからきています。
祈祷をする女性もそれであり、ノロみたいな感じかなぁ。
男性が巫女を使って、女の念や妬みを解くことをしてきたことは、十分あり得ます。
そんなことをしていたのは、宮廷の貴族間だけの話かもしれないけど。
また、この頃から陰陽師などもあり、祈祷は日常だったかもしれません。

ホツマツタエにもあるように、セオリツヒメは、二ギハヤヒの正妻であり、
側近の女性たちの妬みもあったことも・・・。
そのような正統な系譜をもつのだ。ということを主張しているマロの伝承には、
大体、悪玉姫が関係して、またその子を産んでいるという話になる。

だけど、もっと怖いことを考えれば、マロはエミシにとっては敵だから。
この人の裏の顔も、怖かったと思う。
でも、女性の考えは違う感じ。やっぱり、「マロ様」となる。
この頃、朝廷側の人と豪族の娘の婚姻は頻繁にあったわけです。
土地を治めるには親族にした方が早いので。
が、いい加減な人もいたと思います。
正式な婚姻ではなく、一応、婚姻は結んだけど、夫がさっさと京都へ帰ってしまう、なんてこともあった。
悲恋話として伝わっているのが多いのも、そういう経緯があったからでしょうね。

貴族出身の娘が、陸奥へ左遷されてきたケースもあり、
坂上田村麻呂は、少人数の機織り技術をもっている女性を
陸奥へ左遷していたそうです。(エミシの国の女神より)
ということが実際あれば、左遷された女性の一人に悪玉姫のような人がいたと思う。



まあ、これが本当だとしたら愛人だったかも?なんて。
身ごもったことで、殺された人がいたのかもしれない。
マロではないかもしれないが。
責任を負わされて亡くなる巫女は、たくさんいたと思います。

このような伝承が宮城県に多いというのは、エミシ征伐からですね。
神聖な意味では、正式な神(伊勢)を陸奥にも勧請することも考えて、
坂上田村麻呂により、男神と女神を陸奥開拓のために、正式に祀ることを考えていたと思います。
これによって陸奥国や出羽国も、朝廷の範囲に治められたと。
それを人間にのりうつった軍神が坂上田村麻呂として伝承させている。
その経譜が、陸奥国にあることを伝えている物語ともいえるのです。

神聖な意味がなければ、単に、男と女のバトルなだけで…。
そうなると、鬼にされた女性も黙ってはいないわけで。笑
男の家系を消滅させるために、女の呪詛が始まる。コワイネー。

でも、どこかで希望の光はあって、
そんなドロドロした時代があっても、今は、こうして鎮魂する人たちが増えてきて、
毎年欠かさず地元の人たちが供養をしてくれる。
先祖供養が大事なのは、そのような歴史をもっている家系が多いからですね。



過去、何度も津波の被害にあい、その供養をこうしてやってくれている。
伊達藩の時代から続く、灯ろう流しなわけですから。

そう考えると、伊達政宗が坂上田村麻呂の分霊だというのは、本当かもしれない。
この方は、こういう供養だけは欠かさず行っていた気がする。
仙台伊達藩はえらかったね。
いろいろと知っていたんだろうね。
そのせいか、長町はどんどん発展していますね。

仙台が以前にも増して、とても良い場所だと感じられるようになってきました。
私が変わったせいもある。
いや、これは震災から、ますます良くなっている証かもしれない。
なんせ、この橋姫が鬼だったという感じが全然しないっ!

だって、かぐや姫だもの?!
橋姫はいたのかなあ?と思ってふっと前をみたら、この絵がパーんとでてきた。
きっとこんな感じの人ですよね。橋姫の姿は。
美しいです。



他にも絵はありましたが、ちょうどかぐや姫の近くが空いていたので、
そこで座って観賞してました。
な~んとなく、私には橋姫のための鎮魂といった感じがしてきて、
それに義母の初盆だったし、ますます先祖供養で忙しくなっていた。
穏やかな広瀬川に、橋姫の優しい光が灯しているようで、
台風の影響もほとんどなく。風も心地よい。
橋姫の広瀬川だけあって、伊達藩が気にいるはずですね~。

※伝説はいずれも「ディスカバリーたいはく」より
コメント (16)
この記事をはてなブックマークに追加

ある作曲家の命を救った森

2016-08-19 | 東北地方の伝説(宮城県)
なんか意味深いタイトル。
こんなことがあったんだな~と思う森をみつけました。


台風が去った後の青空。



私は森や山が大好き。
私も高校生の時、自立神経失調症を登山で克服した。
今でも、精神のバランスを保つために山や森へいく。
ずっといかないでいると、悶々としてイライラしてしまう。





でも行けば必ず良くなっていく。
その効力は神社で祈願するといったものとは全く違うもの。

登山は歩く瞑想といわれるだけあって、うつ病の効果も十分あり。
以前、森林セラピー的なことをやっていて、
よく仙台市内の台原森林公園で、うつ病や障害のある方と森歩きをしてきました。




自然は答えがありませんから。それがいい。
自分の中で答えをみつけなければならない時、
自然とどのように接してよいかわからなくなる。


(※見られている?目のあるタブノキ)

いつも誰かの答えに委ねてきたから、自分で見つけることができない。
それは、人との付き合い方がわからないのと同じ。
森は、最強のカウンセラー。

人が人を癒すには時間がかかる。
でも、森が人を癒すのは、ほんの一瞬のこと。

青根自然の森公園---------------------------------



で、その作曲家っていうのは、古河政男氏なんですけどね。
蔵王の麓に青根温泉がありますが、その近くに青根自然の森公園があります。
ここに、古河政男の歌碑がありました。

車を途中で駐車して15分くらい歩いてみました。
下りたとたん、わかります。
良い森だってことが。





若い人は知らないよね。
てか、私も名前は知っているけど、曲はあまりしらない。
なんたって昭和初期の大変な時代の時ですから。



古河政男氏は、仙台にいた大学の友人と蔵王の麓や青根温泉へきていたそうです。
しかし、若い時に青根温泉にきて自殺未遂をしました。
その時に完成した楽曲が、「影を慕いて」でした。
歌碑にはこんな内容が刻まれています。




「人間を愛し歌を愛し日本の心を歌謡曲に託し 
偉大な足跡を残した巨星 古賀政男先生 
激動の昭和初期 不況のどん底に明治大学を卒業した 
前進にはこれといった確かな希望もなく 苦学に疲れ 失恋傷心 
煩悩やる方ない心のよりどころを求めてここ青根温泉に投宿した 
山中をさまよい谷間に降り 峰をかすめて流れゆく雲を追いつつ 
放心状態にあるとき 友人の大沼氏の呼ぶ声に我にかえった 
折しも蔵王の山の消え入ろうとする夕日の輝きが美しかった 
その夜は泥酔するほど飲んだ 
この青根山中での胸の奥にうっ積した絶望感 
とざ折した思いが結晶して「影を慕いて」の詩と曲を完成したのがその年の秋であった 
古賀先生は大沼氏の友情と 蔵王の雄大な自然に心のつまずきをぬぐい 人生の活路を悟り
苦難を克服し 音楽一筋 今日の歌謡界に貢献された功績は本当に顕著であります
ここに「影を慕いて」の発祥のゆかりの地と古賀先生の功績を顕彰し
この歌碑を通じて次代を担う青少年に生命の尊さを示し 
勇気と希望をあたえ「新しいふるさとづくり」に寄与することを期待するものであります。」


顕彰 歌碑 より

まぼろしの 影をしたいて雨に日に 
月にやるせぬ 我が想い 
つつめば燃ゆる 胸の火に
身は焦がれつつ しのび泣く


---------------------------------------------------------
歌が唯一の支えだったと思うし、何かのきっかけで救われることがあると思うのですが、
森が、一人の命を救ったのだと思った。



なぜか、タヌキ。
なぜタヌキ?

「・・・知らない」と。笑
もうこの森の主は、タヌキだね。

何がきっかけで、吹っ切れるのか予想もつかない。
人生はいろいろな事がある。
でも、こういう時に、自然に魅せられることは多い。

私もおかげで、体調が良くなり嫌な気分だった重たいものが、
すっきりとれました。
森へ置いていくのも良いことです。
嫌なものは、おいていっていいよ、と。



そうだ、そうだ、森へおいてけ。
嫌なことは、忘れよう。
しっぶい古賀政男氏の唄が響くんです。(「影を慕いて」が流れます)
せつないんです。ギターだし。ぼろろ~ん。って。
でも、タヌキなんです。わけわからないんです。



それがいいっ。笑





読めない。なんちゃら大権現。


古峰神社の石碑。

帰り道、木漏れ日がきれいだったので写真をとったのですが、
青い光の中に、よくよくズームにしてみると、
人の顔らしき姿があった?





葉にまぎれて隠れている人のような顔。
ん~、ヨーロッパのおじさんにみえて仕方ない。
見えないといえばみえないのだろーけど、紫色の光は珍しいかも。





そうか、これがグリーンマンかっ!
・・・と思うことにした。笑。
グリーンマンはケルト神話のアニミズムで森林の精霊です。
おじさんのような顔をしている。
年をとったピーターパンみたいだ。


※グリーンマンの彫刻

写真をとる時、あえて逆光にするとピンクや緑、青などの光がとれることが、
まれにあります。けっこう、こういうのを楽しんだりする。




※聖観音(奥州三十三観音)

面白いね~。
ほんとに森は楽しい。

青根峩々温泉ものがたり--------------------------------
「うなぎとかに」

蔵王連峰のふもとを流れる川には、「三階滝」と「不動滝」とよばれる
滝があります。
むかし、その三階滝には大きなモクゾウガニが住んでいました。
大ガニは、滝つぼが窮屈になり近くの不動滝の滝つぼに行きました。
でも、そこにはすでに大ウナギが住んでいたのです。
大ガニは、大ウナギに挑戦状を突きつけ、不動滝の滝つぼをかけて
戦いを挑みました。
年老いていた大ウナギは、戦いに負け大カニに体を三つに切られ、
天高く飛ばされてしまいました。
飛ばされた大ウナギの頭は青根に、胴体は峩々に、尾は遠刈田に落ちました。
それ以来、青根温泉は頭に、峩々温泉は胃腸に、遠刈田温泉は足腰に効く湯が
湧き出るようになったということです。




---------------------------------------------------

青根温泉は蔵王の麓にありますが、初めて行ってきました。
青根温泉は、あこや姫がみつけたお湯となっている。
川崎町に伝わる伝承の中に、

「奥州白石に入った時に、長旅の疲れで病気になる。
通りかかった一人の百姓に助けてもらい、介抱してもらった。
その百姓の家が、現在の青根温泉の川崎村であったらしい。

その途中に姫が休息したという「金ヶ瀬付近の洞窟」を、
いまでも「阿古耶の室(むろ)」とよんでいるそうだ。
姫が療養中に、湯気をみつけ温泉を発見する。
都では治療のために貴重としていることを聞かせ、温泉の効能を村人に伝えたという。
その評判が遠い村にも伝わり、遠くからわざわざ青根温泉に入るものが増えた。
この温泉の効能が村の役に立てたと、恩返しができたことで、あこや姫は再び旅にでる。」





あこや姫伝承については割愛しますが、
蔵王へ抜ける街道として、修験の人たちも歩いていたようです。
古峯神社の石碑もあったし。
歌碑のある森にも、なんちゃら(読めない)大権現という石碑がいくつかあったり。
てか、森ってどこにでも石碑があるんだよね。
人が踏み入れていない森(峠)なんて、もうないんじゃないかなあ。
奥会津は未知かもしれないが。



ハイヌヴェレの体をわける話は、古穀物起源にある。
インドネシアや北アメリカのナチェズ族など。
ナチェズ族はフランスが入植して、現在は純粋なナチェズ族がいないということ。
インディアンの類なのですが、日本の縄文土器を破壊する風習は、
ハイヌヴェレからきているとされる。
女神を象徴とした土偶は、母(女神)の体から生まれる穀物があり、
それを埋めると作物が育つといった話が多い。
女性を象った土偶を破壊し土に埋めるのも、そこからきている。




※江戸時代の青根温泉



「・・・サトイモなどの芋類や果樹の起源が、ハイヌヴェレ神話によって説明されている。
縄文人は、土偶を作っては女神を殺して分断した。そしてその破片を
大切に祀る一方で、離れた場所に撒いたりして埋めたり、
それらから作物を生ださせ実らせようとする祭りを繰り返していた」(世界神話辞典)
カニは、甲羅をぬぐと生き返るという話が、アマゾンのオリノコで伝わっています。
不老不死にも繋がる話なのですが、ギリシャ神話の星では、蟹と蛇(うみへび)は仲が悪い。

「ゼウスの妻である女神ヘーラーは、ゼウスの愛人の子であるヘラクレスを快く思っておらず、
巨大な化け蟹を使いに出した。化け蟹ははさみでヘラクレスの脚を切ろうとした。
しかし、ヒュドラとの格闘中のヘラクレスは、
全く気付かずに化け蟹を踏み潰して殺した。
しかし、この捨て身の勇気を認められ化け蟹は天に昇りかに座となった。」



12星座の中に、うみひへび座はない。
でも、黄道13星座というのがあり、それにはうみへび座が含まれる。
シュメールの頃から由来しているものですが、よく12や13の数字を聖数としたがる
背景には、星座が関係しているように思う。
13を含むユダヤの聖数には蛇をいれているといったような。
が、蛇を排除した12星座が今になって浸透している。
うなぎも蛇も同じようなものとして考えるのか、わかりませんが、
大蛇を退治するのは、必ず悪と決まっている。
なので、蛇を除いてキリスト教では12宮にしたのでしょう。

黄道を春分や秋分がレイラインなどといって、重要なのは交差するからなんですが、
時代によって、羊であったか、魚であったか、自分が生まれた時がどんな星の位置に
あったのか、という西洋占星術が影響しているのだな、と思います。
例えば、キリスト教ではうお座が神聖な星としていたのは、イエスキリストが生まれた
時、春分点がうお座にあったからです。

詳しくないのでわかりませんが、もしかしたら、縄文人もいつも星を観測していて、
出産の時に、星の動きをみていたのは、そういう事なのかもしれない。
今は、水瓶座の時代(魚座だっけ?)といわれますが、だからといって水の災害が多いのとは関係ありません。
星のサイクルによって、人も心も変化するのですが、
昔話のカニとうなぎは、うなぎを蛇とすると星の話かもしれませんね。


※青根洋館(古賀政男氏の展示品があります)
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

三本木のひまわり

2016-08-15 | 日記・エッセイ・コラム
三本木のひまわりの丘へ。
今年はとってもきれいでした。

しかーし、渋滞・・・
車を止めるのに、1時間近く待ちました・・・。
横入りの車にビービー鳴らすわたし。
宮城県は運転が悪いです。仙台は特に。
日曜日でお祭りが最後だったせいもあるけれど。

それにしても、最近、身内の人間関係でほんとに参っている。
気分転換に、と思って主人と来たが二人してなんだか悶々としてしまう。

今年は、私にとっては厄年みたいなもんなのかなぁ。
いや、違うな。
人生のイベントっていろいろあるもんね。
そういうのとは、無縁で過ごせることを祈る。

そうそう、ずっと神社にもいってなかった。
それもあったりして。意外にも神社は私には良かったのかもしれない。
調子が狂う。なるほどな~。



ひまわりの伝説----------------------------------------

海の神の娘である水の精クリュティエは、ある日太陽神アポロンに恋をしました。
しかし、アポロンは別の女性に恋をしていたためその恋はかなわず、
クリュティエは毎日アポロンが天の道を黄金の馬車で駆けていく様子を、
涙しながら眺めていました。そして彼女の足は地面に根付き、
ひまわりになったという伝説です。



クリュティエの恋焦がれる様子と、
太陽が東から西に移動するひまわりの姿が合わさって情熱的な3つの
花言葉をもつようになりました。
また、「崇拝」「偽りの富」という花言葉は、
ペルーでの太陽信仰とひまわりが関係しています。
ペルーでは儀式の際に、神殿の巫女たちがひまわりをかたどった冠をかぶっていました。
ところが、スペイン人の侵略によってこの冠を略奪されたため、
この2つの悲しい花言葉がついたとされています。






※ホリティ
https://horti.jp/2569(ギリシャ神話)

ひまわりの語源は、「日廻り」からきているそうです。
BC3000年頃の、インディアンが既にひまわりの栽培をしていたと。
そんなに古くからあったようですが、食用としていたようです。

同心円は目?----------------------------------------------------

三本木は宮城県北部大崎市ですが、最北の横穴式石室といわれる「山畑横穴古墳群」がある。
今は埋め戻されましたが、
「この古墳群を特徴づけるのは、3基の装飾横穴が含まれている点である。
家形に造られた遺体を安置する玄室の天上の棟・隅棟・軒回り・隅柱にあたる部分が、
赤色顔料によって直線で表現され、それらに囲まれた部分には円文・珠文・同心円文が配されている。
日本北限域の装飾横穴である。」



※指定文化財より

「産鉄族のオオ氏」によると、ここが最北の横穴式石室であり、
まだこの頃国造がなく、大和朝廷の支配下にない豪族がいたと考えられている。
このような装飾色古墳を残したのは、九州にいたオオ氏と考えられ、
色麻~このあたりまで進出していたといわれますが、いつ頃かは不明。





三つの丸い文様「同心円分」は、太陽の意味がありますが、
これが三つ星のルーツかもしれない。
三基も装飾古墳があるのは他に例がなく、特定の身分や地位の高い人に限られて、装飾古墳はつくられる。

神々の名前が、鉄をつくる際の火加減によって生じる言葉であるともいわれ、
大山津見神の子に、コノハナサクヤヒメの他に、コノハナチルヒメもおり、
子孫は大国主。それは丹塗矢になってセヤタタラヒメのホトをついた美和の大物主とつながっていると。



オオ氏の祖神は、鉄王であり祖である神八耳命が、鉄王の直系をひかず、
忌い人となったことがある。
その意味は、斎臣は天皇と人との仲を継ぐ役割をもつものであるがゆえに、
鉄王自身の秘儀を伝承するのも、オオ氏に課せられた任務であったと考えられる。
その一族から太安万呂が出て「古事記」を編纂したのは、その伝統があったからではないか。
※産鉄族のオオ氏より

丸に点がある同心円は、熊本県チブサン古墳と同じもので、
二つ目を乳にみたてて乳房→チブサンとよばれて信仰されているそうだ。

しかし、これが乳ではなく、目ということもあり得る。
トルコに目のお守りがあり、ナザールボンジュウとよばれる魔よけがある。
古墳などの石室に同心を描くのは、もしかしたら目のことであり、
魔よけの方が近い意図があるような気がした。
青色を使うのは、青い目に見られると悪いことが起きると考えられ、
BC3世紀からシュメール遺跡で発見されている。


(ナザールボンジュウ)

これみて思うのは、この形からトンボ玉ができていると思った。
あれもトンボの目に似ているということだけど、ナザールかもしれない。
また、トンボは神の使いともいうし、トンボの長者といったら、だんぶり長者伝説を思う。
だんぶりはトンボのことで、伝説でも子宝の話なんですが、女神信仰が由来している。

ナザールが女神信仰から由来していることはある。

同心円の由来が目からきているならば、邪視であり孔雀の羽根が目にちりばめられている、
と考えたギリシャ神話もあるのだから、孔雀が九つの邪気をもっているような意味にも聞こえる。
天使の階級は9階級。天使の目をもつセラフィム。
それに青い目といったら、牡牛の目。プレアデス。

なんとなく星の人たちがやってきたような所。


こんな宇宙人だったらいいね~。

ひまわりの夏休みでした~♪
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊本県水俣の水神(袋地区)

2016-08-10 | 水神巡礼(秩父編・その他)
遠く九州の熊本県水俣市。
友人が水俣で農家兼ゲストハウスをやっていたので
4年前に、遊びに行った熊本県の水神巡礼を。いまさらですが。
私は水俣から水の大切さを学び、水神を祀る湧水へ行くことが趣味みたいになってきて、
どの水もすごく美味しいけど、地元の人が管理して守っていることが
何よりもうれしかった。



水俣市は、有名な水俣病を引き起こした所です。
ほんと~に辛い出来事です。
水俣資料館では、ほんとに考えてしまいます。
ため息しかでてこない。

こんなことが世の中におこってはいけない。
といったことは、九州もあるのです。東北と九州はそういうところが似ています。
なぜか、そこを引き受けてしまう・・・。ほんとに。
でも、そうやって大変なことを背負っていきながら、たくましくなっていくんですよね。

水俣病で可哀そうなのは、母親が妊娠中に摂取したメチル水銀が、
胎盤を経由して胎児に移行、発症したのが胎児性水俣病です。
母親は無事だったけど、赤ちゃんが水俣病になってしまいました。
赤ちゃんがお母さんの変わりに、水銀を吸ってくれたから、
お母さんが大丈夫だったのです。
お母さんたちは、耐えられない辛さがあったでしょう。
その苦しみは、私には想像できません。

胎児性水俣病になった方は、私よりも上の年齢になっていますが
、胎児性水俣病でいらっしゃる方を
ちょっとだけ友人宅でお会いすることができました。
それでも、私はこうして生きていることに何も不自由をしていない。
といったことを話してくれたのを覚えています。
たぶん、友人の知人が、胎児性水俣病の方なんですと紹介したから、
ご本人は、水俣病でも他人が思うほど、私は大変ではないです。
と、伝えたかったからだと思います。
車椅子でしたが、堂々とお話される方でした。
笑顔なんですよね。
何も返せる言葉がみつからず、私も笑顔で返しました。




(体からあらゆる食べ物を生み出した命の母=ウケモチノカミの碑)と、コトシロヌシ。

友人が言っていたのは、
この頃は、まだ直接大臣に、モノ申すことができたからまだ良かった。
直接、怒りをぶつけることができたから。
政府の人(たぶん当時の厚生大臣?)に、怒りをぶつける市民の写真が資料館にありました。
怒りの声を聞きながら、正座してうつむく政府側。
あの顔は、一生償えないほどの重みをもった顔。
互いに被害者。

でも、今は、それができない。
直接、政府に意見がいえない。
そうする前に、捕まる。
言わせないようにしている壁がある。
福島の原発についても、直接、国に言えないものどかしさが福島県民を苦しめると。
今は、市民にはモノを言わせず、見えない所でボンボン破壊をしています。

水俣病がおこる前の不知火海(八代海)の中でも、
最も魚がたくさんとれる場所で、とてもきれな海でした。

水俣湾埋立地の歴史背景-----------------------------------

看板の説明より
「あなたが立っているこの場所は、海を埋め立ててつくられたものです。
この場所でおきた水俣病は、チッソ(株)水俣工場の排水に含まれる
メチル水銀が原因でした。
このメチル水銀により魚介類が汚染され、それらをたくさん食べてきた水俣病周辺の
住民は激しいけいれんの末、亡くなったり手足の感覚が鈍くなったりするなどの
症状があらわれました。(これらの症状は人間だけではなく猫やカラスといった
魚介類を食べるすべての生き物に現れ、多くの命を奪いました。



一方、水俣病の海底には、水銀を含むヘドロがたまっていました。
その面積は約209万㎡、量にして約151万㎡という大変な量でした。
このままではさらに水俣病が広がると考えた熊本県は、
昭和52年から湾内で水銀濃度の特に高い部を含んだヘドロをくみあげ、
合成繊維製のシートをしき、きれいな土砂をかぶせ、水銀を含むヘドロを
封じこめる埋め立て工事を始めました。工事には14年の期間と、
約485億円の費用がかかり、平成2年に終了しました。

今、あたなが立っているこの土地は、こうした悲しい歴史をもつ場所なのです。
人々の苦しみや生き物たちの犠牲の上に作られたこの地で、訪れる人のすべてが
環境を保全することの重要性を理解してもらえるよう心から願っています。」

「今、公園になっている場所が過去にきれいな海であったこと、
そして元の海には戻すことができないことを忘れてはいけません。」




人は美しいところだけ見ていては、ダメなんですよね。
でも八代湾の海は美しかった。
犠牲の上に美があるのだから、聖地などと軽々といえないけれど、
水俣は水の聖地だったのです。



パワースポットといって、そのような場所は守られていると言いますが、
守られている場所など、どこにもありません。



でも、それを元に戻すことはできません。
かつて美しかった場所は、記憶に残すしかありません。



痛みを知らない人が世の中をつくっているので、
水俣病になった方のシンプルな言葉が心に響きます。





これだけのことを経験しても、人を好きになれ、と・・・。

「カミもホトケもないのよ。
でもそれがないと、人は生きていけないから、
自からカミをつくるのよ。人は孤独だからね。」

そんなメッセージが。
ほんとにそうだよね・・・・。

それでも生きるというのは、地球で生きること自体が、もう懺悔なんですよね。
私はそう思ってしまう。
悔い改めることができない人間がいるから、
悪い人間の罪も背負って生きていく運命なんだな、と思った。
地球人の連帯責任みたいな。
だから私だけ幸せになる。というのは、ムリなんじゃない?

他界した知人の話を思い出すんです。
秩父が好きな方で、
「自分だけ精神を高めて天上する(地球を離れる)考え方が好きじゃない。
人間だけではなく動物も植物も、みんな一緒にいかないと、僕は一人ではいけないなあ」

うんうん、わかる。それは私も思うことがある。
でも、地球は、ガイアのごとく生き物のように変容しているので、この先はわからない。
皆、一緒にいくかもしれないし。


水俣を知っている熊本県民だから、守ることを知っている石碑。
ここを阻止した方が、友人のお知り合いの方でした。
よくぞ止めてくれた!!
----------------------------------------------------
さて、友人が水俣市内、袋北地区旧薩摩街道近くの湧水に連れて行ってくれた。
大きな湧水池を潤し、泉のほとりには水の神と、山ノ神(古木)が祀られている。
近くに水汲み場もある。





国道3号線から程近い場所に所在しながら、原生林に囲まれた閑静な湧水である。
また、水源の水は付近住民の雑用水として使用されているほか、
用水路へと流れて袋地区の田畑を潤している。
熊本県昭和の名水百選。
地区住民による清掃活動が実施されている。








ということで、この池は、「冷水泉水(れいすいせんすい)」という湧水。
いっぱい蚊にさされたけど、とってもきれいな泉でした。





3人で観賞していたら、ちょうどタイミングよく、この池を管理されている
おばあちゃんがやってきた!
いつも毎朝きてお掃除しているのだそう。





他にも大きな滝のある場所へ。
すごい迫力!力強い流れ。
九州の滝は、どこか東北とは違うね?









-------------------------------------------------
震災から1年後に水俣へ行ったのですが、
「行かねば!」という強い気持ちから。
ある事があって。
このことは、ブログにもちょっと書いたかなあ?

その時は所沢に住んでいたのですが、仙台の友人がフラメンコをやっていて、
たまに東京でフラメンコしていたんです。
踊りを見に行った時に、友人の大学時代の恩師(アメリカ人)も見に来てました。
駅までの帰り道、先生から出身地を聞かれ、
「秩父です」と答えると、先生は山が好きで、秩父の山へ登ったことがあると。
なので、「武甲山知ってますか?」と聞いたら、
「知ってますよ。かわいそうな山ですね」と悲しそうな顔して言った。

先生は、環境学の専門だったので、先生なら武甲山がわかると思い、
「武甲山をどうにかなりませんか?」と聞いてみたのです。

すると、先生は、
「水俣を知っていますか?」と。
石牟礼道子さんの天湖という本を読んでみるようすすめてきたのです。

石牟礼さんは、水俣の作家です。
実は、先生は、天湖を英語に翻訳した方でした。
なので、早速図書館で本を借りて読んでみたのです。
内容は、ダムに沈んだ村の話。
秩父も同じようにダムに沈んだ村があり、その後、「あらかわ」の上映でみた話に繋がります。

震災から1年くらいしかまだ経っていなかった時。
「クマソに会いにいかねば!」そんな気持ちが沸き立ってしまった。
クマソとは水俣で頑張っている友人のこと。笑

水俣は遠い・・・でも行かなければ。
武蔵の友人も一緒に。

水俣にいる友人は、前世か過去世がクマソだったと思う。
クマソ(熊襲)は、人吉市周辺にいた先住民で、大和朝廷に抵抗した人たち。
ハヤト(隼人)は、隼人の盾があるように渦巻きなどの幾何学模様
を残したクマソと同じ民族といわれ、熊本県に集中しています。
彼らは、盾をよく使っていた民族だったようです。
想像するにもののけ姫でも、アシタカが使っていたような盾ですね。

私が気にしている九州にいたオオ氏などの豪族は、熊襲と暮らしていたと思います。
その人たちは、東北へ逃れてエミシとよばれていたわけです。
特徴のある幾何学文様のある横穴式石室は、茨城県~相馬地方、宮城県北部に残されているが、
ルーツが熊本県になる。
北緯39度線上には残っていないので、
植生や環境の変化によって、宮城県北部が終焉地だったと考えられています。

秩父には九州からたくさん移住しています。
奥秩父に多い千島姓の中に、ダムで沈められた村長さんがおりました。
また、秩父には木地師もいました。
ルーツは九州です。それに山梨県を甲斐と昔はいいましたが、甲斐さんという名前が
熊本県に多いと聞いた。
縄文の道かもしれない。

友人は、武甲山のセメント開発をする前に、山頂にあるイワクラ遺跡を調査していました。
その図面をおこし、発破してなくなる遺跡を史料として残す仕事をしていました。
後に、それがセメントで破壊されることを知らず。
発破のための遺跡調査だったことを知り、秩父から出ていきました。
しばらく放浪し、水俣へ到着したそうです。
ここには、県外からもたくさんの人が集まっていたからです。
罪悪感をもったまま秩父を離れた友人は、水俣で償うことをしています。

彼女は、太陽みたいな。
ま~、とにかく私以上によーく歩く太陽で、周りを賑やかに明るくするから、
ニギハヤヒ。笑(こんな感じ↓)



よく彼女の頭上には虹がでます。晴れても曇っても関係なく、虹彩がよくみえる。
クマソは平和を望んでいただけなんだよね。

「いのるべき 天と思えど 天の病む」(石牟礼さんの言葉)

なんでもかんでも祈ればよい、ってことでもないのか。
天が、もう疲れました。と言っています。
これからは、逆に、人が行って天を癒すしかありません。

湯の児の歴史----------------------------------------

大正末、50℃を超える源泉を堀削(くっさく)し、
県内有数の温泉地として知られるようになりました。
湯の児の由来は古く、景行天皇が九州平定の途中、海中の一部がぬるく
「湯」よりも「湯の子」であると言ったところから地名となったと伝えられています。




 湯の児島を中心とした湾の海岸一帯は、
以前からところどころに低温水の湧出が見られ、湯けむりを見ることもありました。
地名の変遷は「湯の子」に始まり、「湯之児」を経て、
現在の「湯の児」となっておよそ30年がたっています。




 また、傷ついたウミガメが湯浴みをしていたとも伝えられています。
水俣にはその他にも亀に関わる故事が多くのこり、亀の里として、
水俣川沿いなどにウミガメのモニュメントを多く見ることができます。




熊本の海は、亀の島だったのですね。
カメに乗って上陸した浦島太郎のような。



カメは、海そのもの。
海の命が、カメになっている。
亀=甕だし。甕を沈められた箱のようなものが海に眠っていると思う。
毎年、年に一度、妙見様は亀にのって武甲山から降りてくる。
でも、今は、天ではなく海の底に沈められた。
武甲山の大蛇窪の沼は、今はありません。
石灰開発が進んで枯渇したからです。
武甲山の地下に大きな沼が埋まっているという都市伝説のような話がありますが、
もう土砂に埋まって水は枯れてないでしょう。
人は汚すから、何も触れない方がいい。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

もののけ

2016-08-08 | 日記・エッセイ・コラム
もののけ姫---------------------------------------

宮崎駿さんが、どんな思いでもののけ姫を作られたかわかりませんが、
いろんなメッセージを含んでいることがわかりました。
例えば、タタラと朝廷が対戦するシーンで、政府の武士の旗が、
北条氏の三つ鱗の家紋と、2つ丸(星)に一文字だったのですね。
北条氏の三つ鱗は、破壊の三角マークを象徴していることを、
宮崎駿さんも知っていたから、もののけ姫と対戦するわけですね。
で、これが後に、三菱のマークになっているものです。
岩崎弥太郎氏(三階菱)と、山内家の家紋(三ツ柏)をあわせたものです。


(北条氏の家紋)

2つ丸に一文字は、鬼退治の系譜をもつ渡辺氏の家紋とほぼ同じです。
三つ星(丸)に一文字は渡辺氏の家紋で川崎町の鬼退治でみたものでした。

ということは、もののけ姫の森の精霊が住んでいた聖なる場所(魂を浄化して天に返すことができた場所)
を開拓し、人間が介入したことで、美しく天上すべき人間や動植物たちの魂が汚され、
恨みをもった「祟り神」となってしまったもののけ姫が、今も続いている。
そして聖なる池は、沈められた。
いろいろと考えさせられます。

アシタカは、夜刀神のようなイメージがしますが、
もののけ姫がエミシの話だと聞くけれど、九州の熊襲や隼人のことでもありますね。
それで思うのが、白狼と鹿のような角の動物に、
鹿狼山があります。(諏訪神とも繋がっていると思いますが)
鹿狼山は、手長足長明神が祀られている貝塚の話があり巨人です。
白狼に導かれた神といったら、福島県の山津見神社です。
霊山や鹿狼山の範囲にあたり、焼畑を行っていました。

手長足長明神は東北に多い神ですが、ルーツは九州の壱岐島で、
おそらく猿田彦神かもしれない。山神とされた神。

実際、今の武甲山を守っているのは、猿田彦神なんですね。
これも祟り神みたいなもので、武甲山の神に祟られないように6社置いたとしか思えない
熊野信仰と御嶽信仰が背景にあります。
近い将来、武甲山が破壊されることを知って、その祟り神とならないように猿田彦神を置いた
ように思います。

梵天をあげ、山神の機嫌を伺うといった祀り方。
そのようにされた猿田彦神も、手長足長明神である。
これが縄文人のルーツがあるといわれ、ヤマツミであり、
手長足長明神がいた所を、征伐されていることがあったような東北地方・・・。

以前、イネハポ女子会で武甲山にのぼった時に、
偶然、友人が飯舘村の山津見神社からお守りをもらっていたんですね。
神社が焼失した後に。
なので、武甲山も白狼の御霊があるのです。



武甲山がスサノオみたいだと、思ったことがある。
異教徒とされて征伐された竜に対し、退治するのは牛のスサノオです。
ヤマタノオロチと同じ話は、ギリシャ神話にもあります。

エミシ征伐の際に、駒神を祀るのを嫌がったエミシの話があり、
駒形神社が祀られているところで、反乱が起こっている話。
秋田駒ケ岳は、手長足長明神が祀られていましたが、後に駒ヶ岳となっています。

手長足長明神について
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/d/20130806

鳥海山もダイダラボッチの手長足長明神の話があり、
「大物忌神」を祀り、「忌」とつけているのも、祟り神にならないよう
丁重に祀られている意味があると思う。
じゃ、祟りとは何かといえば、自然災害のことでしょう(天災)
直接、人間に祟るという意味ではありません。
人工的な環境破壊に繋がっていることなので、
災害で人がなくなった場合、祟り神のせいだといわれた。
それでエミシが騒ぐと考えられた。
実際は人災なのだけど、祟り神とした方が政府として都合がよい。


(秋田県乳頭山)

東北の祟り神というのは、牛頭天王でもありますが、荒魂が祟り神にならないように、
丁重に祀られている場所の元に、駒形神があるような気がします。
また、そこにはセオリツヒメという水神の存在もあったようです。
これは聞いた話ですが。

セオリツヒメが祟り神にならないように丁重に祀ってきたのは、
坂上田村麻呂だったわけで、そのように祀られてしまっている感じがします。
もののけ姫で、ある見方によればサンがセオリツヒメという。
本来の太陽神といった話を聞くと、なるほどなあ、と。

エミシが嫌がったのは、元は山をご神体としていた所に、
別の神を置いたからと考えられています。タタラ製鉄の開拓が入ったこともあるでしょう。
それによって水の流れが変わってしまった。
秋田駒ケ岳も岩手県と秋田県の県境にある。
地形的に、豊かな湧水があったからだと思います。


(秋田駒ケ岳から田沢湖)

そこには、手長足長明神といわれたダイダラボッチという巨人がいたわけで。
もののけ姫でいうならば、ダイダラボッチのしし(鹿)神。

確かに、東北地方には、祟り神にならないように丁重にお祀りされているお社というのがあるようです。
丑寅の金神などが、祟り神とされているようですが・・・それもちょっと私としては疑問です。

それより、自然神を人間によって治められている例では、坂上田村麻呂や菅原道真などですね。
祟り神にならないように置かれているとしか思えないほど、異常な数のマロ様。
この方は、そんなに征伐していない。

ところで、こういう事を考えていると、寄ってくるもんだね。
スーパーに買い物に行く時に、前の車が三菱の車だった。
後ろの真ん中にしっかりと三菱のマーク。
ずっと後をついていくはめに。
それに導かれてスーパーへ行くという・・・フツーの光景。笑
主婦は家系より家計だよ!!

結局のところ、誰が悪いということではないので。
どう解釈するかは、本人の気持ち次第。
よって、祟り神とはいうけれど、それで祟られることなどありません。

とにかく山は美しい!
それに尽きる~。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加