秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

天の岩戸と噴火の歴史

2017-12-16 | 日記・エッセイ・コラム
そういえば、今年は鳥海山への精麻奉納は私はできませんでした。
その日は、高舘山散策だったので。
友達は、3年続けるといって今年が最後の奉納でした。
鳥海山は大物忌という豊受大神で、私にとって鳥海山は聖山です。
何の縁もないのに鳥海山は、みんなが富士山にあこがれるのと同じように大好きな山です。
豊受大神がこの地(深山)とご縁があったのならば、
食事を用意する大物忌という存在が気になった。
これも麻の働きなのかな、と思ってしまいました。

今年の7月8日20年ぶりの「遷座祭」が行われたそうです。
一定の年限で本殿などを造り替える「式年造営」の締めくくりの神事。
厳かな雰囲気の中、新しい本殿にご神体が移された。
※毎日新聞(遊佐町吹浦の鳥海山大物忌神社本社)



その際に、宮司さんが精麻を頭に巻いて頂いたことを友達から聞いて、
一緒に参加している気分になりました。
ありがとうございます。



鳥海山大物忌神社 遷座祭
http://www9.plala.or.jp/thoukai/senza.html

主人も鳥海山が好きで、私より鳥海山に行ってる・・・(ずるい)
主人はツーリングが趣味なので、以前一人旅の時に写真を送ってくれました。
こんな天気のよい日に、山頂には行かずともこんな近くまで行ってる。





雲に隠れている鳥海山。
いいな~。



さて、食事についてですが、千貫山に斎宮が実際あったかどうかは、
まだわかりません。が、尼寺があり「おすずひめ」伝承があるのは、
何かがあったと思います。

元伊勢の籠神社(このじんじゃ)に祀られている豊受大神について。
「豊受大神は私たちの毎日の生活に必要な「衣食住」の守護神であります。
また天照大神がご自身のお食事を司ってもらうために自ら丹後国から
お迎えになった神でもあり、天照大神にエネルギーとパワーをお入れになる神でもあります。

神話によると、豊受大神は彦火明命(籠神社主祭神であり、また海部家の始祖)の
后神である天道日女命に五穀(人間の主食となる米・麦・粟・きび・豆)の種を授け、
更に養蚕の技術を伝授し、私たちに生きるための糧や知恵を授けてくれました。」


それが鳥海山の大物忌としても伝わり、大物忌は、神宮外宮の豊受大神と同神としている。
鳥海山の大物忌は、噴火によって大物忌の怒りであると考えられ、
噴火のたびに高い階級が授けられた。
外宮の多賀宮は、豊受大神の荒魂を祀る。

角田の熱日高彦神社は、ニニギとヤマトタケルを祀っていますが噴火を鎮める
といった祈祷に由来するのではないか、と思います。
「アチ」や「オチ」という言葉から、「熱日高彦」になったと考えます。

正確には、「天津日高比古番能邇爾杵尊」
ニニギといえば、コノハナサクヤヒメで富士山の女神とされる。
ここには蔵王があったので、蔵王の度重なる噴火を鎮めるために
ニニギを降ろしたことがあったと思うのです。

秩父では宝登山神社がありますが、山中で火に囲まれたヤマトタケルを
救った狼伝承があります。奥の院は狼の狛犬になっています。
これも、火を鎮める火防は台所の火など、火災を鎮める祈祷になっていますが、
噴火を鎮めることに由来するのでしょう。

さて、どんどん難しくなっていくので嫌になってきたなぁ。笑
なんでまた天の岩戸だよっ。てところに戻ってしまいます。

思うに、天の岩戸が単純に日食だけの現象で、
あんな風に伝えていくものか?という疑問はあります。
スサノオは荒魂でもあるんですね。
アジアにも皆既日食と思われる伝説があるので、天の岩戸もその現象を伝える説が有力。
ですが、それはちょっと違う気もしてきた。
古来の人たちも天文学の知識をもっていたので、定期的に訪れる日食現象を、
祈祷するのはどうかな~。ほんの数分の出来事を毎度行うのはちょっと大変です。
ということは、太陽が隠れる時に何かが起こると考えた?
その要因が噴火などの災害にあった説もある。
それを鎮めるための天の岩戸儀式と考える。
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ここでちょっと噴火の歴史を。
私は阿蘇山が噴火するとすごい事になるとは、以前からいろいろ耳にしてました。
確かに阿蘇カルデラの中に人が住んで街になっているような光景は、
それだけあの巨大カルデラを作ることがいかに凄まじい大噴火だったのか、
と想像できます。

それくらいの巨大噴火を起したことが、今から7000年以上前にあった。
鬼界カルデラ!
それが天の岩戸を物語るという話。

「鬼界カルデラ(きかいカルデラ)は、薩摩半島から約50km南の大隅海峡にあるカルデラ。
薩南諸島北部にある薩摩硫黄島、竹島がカルデラ北縁に相当する。
薩摩硫黄島はランクAの活火山に指定されている。」


※薩摩硫黄島硫黄岳

ちなみにこの硫黄島には、あの安徳天皇伝承が多いんです。
安徳天皇と伝わるお墓もある。(平家一門)
源義経が安徳天皇を守れなかった罪に問われて兄の頼朝に殺害されそうになった
という伝承があるもう一人の天皇。
鹿児島県三島村硫黄島に安徳天皇陵があるのですが、「三島」という地名が気になりますなぁ。
過去、安徳天皇を保護した武将たちも島流しされたという。



そんな鬼界カルデラに「鬼界アカホヤ火山灰」が見つかっています。
約7300年前に起こった大噴火。

「火山灰に覆われた面積は約200万km2、体積は約100km3にもなる。
偏西風にのって東北地方まで到達した。
九州南部において地下の比較的浅い場所に厚さ約1mの層をなしており、
四国、中国地方西南部および紀伊半島においても層として確認することができる。
種子島では、20~40cm、琵琶湖では3~5cmの厚さである。
また、層が不明瞭な地域においては土壌分析によって検出可能であり、
おおむね日本全域で確認されている。」




そんな大噴火によってひとつの縄文の文明が消えたと言われるのが、
貝文土器を残した貝文文化。
貝の殻を模様にした筒状の土器で、一般的によく知られる縄目の縄文土器とは
異なるため、縄文文化とは違う文明があったと考えられます。
鹿児島県霧島にある上野原遺跡で見つかった貝文土器。


※上野原遺跡で復元された縄文時代の集落

「角筒形は全国でもほとんど例のない特殊な形の土器です。
南九州で独自に発生したと考えられ,上野原遺跡で用いられていた頃が
文様・形状ともに最も美しいと言われています。」
レモン形の土器なんです。すごい美の技術ですよね!
7000年以上も前からこんな技術をもっていた人たちとは、
どんな人たちなのでしょ~。
用途としては,煮炊きやドングリなどのあく抜きに使われたと考えられています。


※鹿児島県上野原縄文の森
http://www.jomon-no-mori.jp/uenohara_kakutou.htm

こちらのサイトでも詳しい発掘状況がわかります。
土器が立派です。

※南九州・上野原遺跡
http://inoues.net/ruins/uenohara.html

「地層の年代決定において縄文時代の早期と前期とを分ける重要な鍵層の一つになっている。」とされ、
貝文文化があった時、世界の文明も発達している。
BC5000年前ギリシャの新石器文化。すでに農耕が始まる。
BC4600年前黒海のヴァルナで金製土器が誕生。
青銅器文明もこの頃。
BC4500年前メソポタミア文明スサ文明。
BC4300年前に鬼界カルデラ噴火。

要は、日本に稲(農耕)が伝わる以前から土器が製作されていたことが重要なのです。
狩猟生活をしていた人の美的感覚は、現代人とさほど変わらないのだから驚き。

天の岩戸の舞台は、宮崎県の高千穂とされます。
宮崎観光;天岩戸神社のサイトより。

「平成22年2月6日(土) NHK総合テレビで みやざきスペシャル
「神々が舞う里 ~俳優・温水洋一 高千穂をゆく~」という番組が放送されました。
(宮崎県下だけのローカル枠での放送番組です。) 
その中で天岩戸神社も紹介され、興味深いお話がありましたのでご紹介します。
(ナレーション)
実はこの神社(天岩戸神社)にはユニークな説が伝えられています。
天岩戸の神話は実際の出来事が元になっているのではないか?
天照(アマテラス)つまり太陽が隠れた原因は、
まちのすぐ北西にある阿蘇山の大噴火によるものだという のです。

(天岩戸神社宮司 佐藤延生さんのお話)
これ全部この地方の岩というのはこれは 阿蘇山から流れ出た溶岩でございます。
ですのでそういう溶岩が、このあたりまで流れ出て来る程の大きな爆発が何回かあって、
そのひとつが人間と話でずっと伝えられて、で、後々人間の神様が登場してきて
人間の神様とこの阿蘇山の爆発が合体して 語られていって、
日本書紀、古事記の神話の中に 書かれていると。
これがまあ私としては天岩戸開きの真相だろうな・・と。」


ですから、研究者が考えている天の岩戸は、
日食のことを言っているのだろうけど、「それを物語る背景」を考えなければ、
日本の歴史を継承=警鐘できないと思っている。
また震災のようなことがあって、あの時こうしていればよかった。
という後悔だけはしたくない。

福島原発で苦労されている福島県双葉町の古代史で、天手力男が登場しましたが、
これも天の岩戸開きに関係していました。



東北地方では、915年最も大きな被害が起こったのは、十和田噴火です。
これは白頭山と連動しているといわれていますが、
白頭山の大噴火について詳細に語られている史実がない。
多くは、伝説としてのみ。
考えられるのは、白頭山の巨大噴火により多くの住民が亡くなった為、
それについて語れることができなかったとか。
朝鮮の史書にいくつか「鳴雷」といった奇妙な音を聞いている話があるが、
その実態についてはほとんどわかっていません。

十和田噴火は、噴火によりできた湖が、白頭山と類似した伝説「三湖(さんこ)伝説」
になっています。




十和田神社の天の岩戸



白頭山火山灰の真下に火山灰が発見された十和田湖の平安噴火がありますが、
白頭山の噴火と十和田噴火がほぼ、同時期に起こった様子。

また、北朝鮮が白頭山を重視しているのは、朝鮮族の発祥が白頭山に由来しているからです。
伝説では、朝鮮族の祖といわれる壇君(ダンクン)は、天から遣わされた桓雄の子として
白頭山で生まれたとされている。

その白頭山の始祖伝説のひとつに、オロチ族がいます。
射日神話です。
一つだけ太陽を残した話がある。
一つの矢は姉、一つの矢で妹を射る。
真ん中の太陽だけ残したという話。

日本では太陽の代わりに、姉妹の三山伝説として伝わる。
埼玉県入間市にも射日神話が伝わっていますが、熊野信仰のヤタガラスの3本足は、
3つの太陽信仰からきています。
これは太陰に関係する道教にも繋がるので月でもある。
太陽と月は同じもの?
この伝説は、中国大陸~東南アジアにある。

ということで、天の岩戸は噴火(鬼界カルデラor阿蘇山)を伝えるものであり、
それによって射日神話が生まれたのではないか、と思うことです。
太陽を射るのは、噴火によって雲が覆われた時期が非常に長かった異常気象が
続いたことを示しているでしょう。

鬼界カルデラといい薩摩半島ですが、鬼ヶ島ともよばれる。
火の中で出産したのはコノハナサクヤヒメ。
角田に熱日高彦神社を置いた意味も、コノハナサクヤヒメに鎮めてもらう意図もあったと思います。
その流れで、災害を祈祷する斎宮が置かれたと考えてもおかしくないわけです。

ところで、蔵王の噴火の歴史について、1894〜97年噴火(明治噴火)の降灰分布図をみて不思議に思った。
まるで狙ったかのように、名取の閖上に降灰が流れている~。


これが風向きということもあれば、高舘山の熊野神社がある場所は、
常に蔵王の風を受けているということになるのですね。
興味深い図です。

越智氏は伊予国にいた豪族で大山祇神社に関係します。
愛媛県越智郡大三島。
また、狼信仰は、三峰神社や御嶽講などの関東と山積見神社の福島の2つがある。
(丸森にも狼信仰が伝わっています)
おそらく、妙見信仰は秩父彦と越智彦にも関係していると思います。
天の岩戸で祈祷をした思兼命の子の系譜が2つがあり、
ひとつは越智氏、もうひとつが秩父彦です。(先代旧事本紀)

妙見信仰が狼信仰となり、秩父彦の方は三峰講として定着し、
越智氏の方は、山積見神社に寄進されたのでしょう。

それについては、また次回、機会があれば書いてみようと思います。
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