秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

銀山温泉と天女伝説

2017-03-20 | 東北地方の伝説(南東北)
あー、肩こり、腰痛で体がガッチガチ。
水沢から帰ってきて、怖い夢をみて、金縛りにあって。
巣伏・・・に行かなきゃよかったと後悔しつつ、
胆沢の時も体がガッチガチで、
今回もそうなって・・・と、何かのせいにする私。





これは、「温泉にいかねばっ!」とひらめく。
だからスマホのやりすぎってことで。
ええ、ええ、別に温泉に行きたいだけです。



まだ雪多い鍋越峠(347号)から銀山温泉へ!!
数年前の夏に行ったきり、久々でございます。
あの頃は、鍋越峠から行くと美味しいコーヒーが飲める
お店があったのですが、今はないみたいです。
以前は冬の期間、鍋越峠は閉鎖していたのですが、道が整備され、
昨年から通年開通しているんです!





なので、尾花沢の銀山温泉へGO~となったわけです。
ずっと日帰り入浴すらいけなかったので、旦那と疲れを癒しにいってきましたが、
鍋越峠といったら、大野東人。
加美町~尾花沢までは、「東征の際に開削された古道に由来」という道ですが、
銀山温泉があるということは、銀鉱窟があったからですね。



改めて、加美町から船形山や薬莱山を眺めながら街道を通ると、
よくここまで歩いてきたよな~なんて思うのです。
今は、スイスイ車で移動ができますが、峠越えを歩いてみたい。
けど、無理ぽ。

347号線はなかなか良いです。
途中、名水がありました。
何も持って来なかったので、お水だけ飲んでみようと降りてみたら、
名水を探訪しているというご夫婦にお会いし、
ここが一番おいしいとのこと。
いっぱいタンクにお水を汲んでました。
雪が深いので、長靴でないと下まで降りれず。
コップに水を汲んで上まで運んで飲ませてくれました。笑。


※矢印のところを降りていきます。(雪のない日にいきましょ~)



また行く機会があったら、今度はタンクをもっていくどー。
確か、ここの水で沸かせたコーヒーが飲めたんだと思います。
もうどの場所に店がでていたか思い出せないほどの雪の厚み。
夏と景色は全く違うので別世界。

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尾花沢に入ると「母袋」という気になる地名が。
「もたい」というのですが、ここに目立って面白い形の二つ森。
暖かくなったら登ろうと思います。


(たぶん葉山)

山形新聞より
「母袋(もたい)橋」(全長約81メートル、幅約7メートル)は、
尾花沢市と宮城県側を結ぶ国道347号に設置されている。
母袋は丹生川右岸の集落名だ。
先代は木橋で、現在地から50メートル上流に架かっていた。
自動車の交通が増えだした昭和30年代、古川尾花沢線(現国道347号)の道路改良工事が
行われ、1966(昭和41)年に永久橋の現橋に架け替えられた。
橋の東方にはラクダのこぶのように二つの山が連なる「二ツ森」がそびえ印象深い。




昔は、母袋集落で戦前ごろまで行われていた月山参りをしていたそうです。
それは五穀豊穣(ほうじょう)を願って月山に参拝登山することで、
出発日の早朝、白装束姿の男性たちが母袋橋の下の丹生川に漬かって水ごりをしたという。



この川の名前が、「丹生川」なんですね。
川が赤くなることがあって、その名前がついたということですが、辰砂(しんしゃ)ですかね。
別名、賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂など。
日本では古来「丹(に)」と呼ばれた。水銀の重要な鉱石鉱物。

ということで、銀が豊富にとれることを知っていた大野東人。
東北地方の開拓は、豊かな鉱物資源にあったのですが、
それを交易目的として、エミシを熟蝦夷として育てていくのです。


犬ものほほ~ん。


銀山洞へは、冬の間は通れません。この先にも面白いものがあります。




※温泉神社

今も昔も変わらない医療といったら、温泉~。
温泉と蕎麦があれば十分、良い薬になります。



天人清水------------------------------------------------

さて、延沢地区に、天女伝説があったんです。
尾花沢に古城山というのがあり、延沢城跡があります。
雪深いので近くまで行ってませんが、この城跡に、池があるそうです。
涸れない池といわれるそうですが、「天人清水」という。

1547年、野辺沢満重という人がおさめていましたが、なかなか良縁に恵まれず。
ある時、天人清水で出会った天女と夫婦になり、子(満延)を授かった話があります。


延沢城
http://zyousai.sakura.ne.jp/mysite1/obanazawa/nobesawa.html

最上三十三観音の22番(延沢地区)にも同じような伝承があります。
「寛文年間、延沢に住んでいた土屋又三郎という人が、深く観音を信じ、
諸国の霊場を巡礼して歩いている途中、近江の国の瓦原寺に泊まった。
その夜、夢に天女が現れ「自分はここの観音であるが、お前と一緒に出羽の国に
行ってとどまりたいから、明日、私を背負って出発せよ」というお告げがあった。

翌朝になると、寺の住職が又三郎のところに来て「昨夜おそく、ここの観音様が
枕辺に姿を現して「今夜泊まっている修行者といっしょに、出羽国の祥雲山に行きたい」
といわれた。どうか、あなたが大切に持って行ってくれないか」というのである。
又三郎も同じ頃に同じ夢を見た話をし二人とも驚いてしまった。

又三郎はこれを機会に仏門に入る決心をし、山城の国、宇治の黄蘗山に足をとめ、
隠元禅師について頭を丸め、尊像を棒じて故郷の延沢に帰った。
彼は直ちに竜護寺の境内にお堂を建てて、観音像を安置したが、これを聞いた人々は毎日、
参詣に通うことになった。貞享元年になり、竜護寺の第十一世徳眠禅師のとき改築したが、
宝歴十三年第十三世梅林大和尚の代、山火事でお堂が焼けた。
尊像と宝物の隠元禅師の書は無事だった。
その後、直ぐに再建されたが、明治四十五年頃には各所が傷んできたものを、
先代の住職が改築し、いまのところに移転したのである。
尚、平成15年に新築。


本尊は聖観世音、慈覚大師の作。
http://www.mogami33.com/guide/no22.html

天女の羽衣------------------------------------------------

天女といったら羽衣ですけど、羽衣伝説は各地にありますが、
これが「ヒレ(比礼)」という祝詞につかわれた言霊の意味ではないか?
というのを最近知った。

なので、そのタイミングで天女伝説がきたので、なるほど、と思うけれど、
何だかよくわからない。笑

ヒレというのは、物部氏の十種神宝の中にある「蛇の比礼」「百足の比礼」のこと。
古事記でも、スサノオから試練を受ける大国主の話があります。
蜂のヒレ、蛇のヒレがでてきますが、これによって難行から救われたという話。
ヒレとは、霊顕とも書くのですが、これが「牧(ヒラ)」ともよび、
「領巾(ヒレ)」の事だと聞いた。
奈良時代~平安時代にかけて用いられた女性用の細い肩かけのこと。
羽衣とは、領巾のことで正しくは、「領巾」なんだそうです。

また、種々物の比礼とは、神代文字だという。

蜂のヒレ、蛇のヒレがでてきますが、「霊を顕かにする」という意味なんですね。
言霊によって「隠れたものを明らかにする」とか、
地位や身分が高い人に対して使う言葉なので、ヒレというスカーフのような布は、
妄想するに、その人がもっている霊的な力の象徴であると。
その領巾は、天女がはおっている羽衣で、その力とは天に自由に飛ぶモノか、
神のような崇高な存在を見ることができるモノと言えるのです。

チベットでも、白いスカーフを渡す風習があります。
カターというそうです。

「チベット及びチベット文化圏では、寺の参拝、ダライ・ラマ法王や高僧の謁見、
宗教の儀式、知人・友人の送迎、子供の誕生日、結婚式、葬式など様々な
シチュエーションで、カターと呼ばれる白いスカーフを挨拶しながら相手に渡す習慣がある。
カターの「カ」は口で、「ター」は布あるいは印(しるし)、誠心誠意、
心からの敬意を表している。
つまり、カターを相手に渡すことにより、自分の心からの敬意を表すという
挨拶の印なのである。」

※「くらしの中の信仰」より

口と布の意味。
これも言霊やヲシテ文字にも風習が似ているなあ、と思うのです。
それに、五色のカターがあったのだから、五色の人種を表しているものでしょう。
(黒の代わりに緑)

また、羽衣の羽は、鳥の羽ですが白鳥とも鷹ともいわれ、さまざまです。
これに共通するのは、鳥葬です。
これはチベットや山岳宗教に限られているものですが、
ネパールにもあるように布をかける風習はチベットの鳥葬でも同じで、
布をたくさんかぶせた囲いをつくります。
布は、黄泉国との繋がりがあり、生まれ変わりの儀式で用いられるものです。

出羽のヘラクレス---------------------------------------------------------

延沢には銀山跡もあります。
「尾花沢の銀山は、康正2年(1456年)に金沢の儀賀市郎左衛門という人が発見したという
言い伝えがあり、最盛期には島根の石見、兵庫の生野とともに三大銀山と呼ばれ、
2万5千人の人々がいました。」


出羽のヘラクレスといわれた力持ち伝承が残る「延沢満延(みつのぶ)」は、
先に述べた天女と結婚して生まれた子。
最上義光も逃げ出すほどの力もちだったそうですが。

話をする時でも常に手には鉄の指揮棒をもっていた伝わる。
この怪力ぶりは武将たちにも有名で、ギリシャ神話のヘラクレスのような人と
伝えられている。(当時、そのように呼ばれていたかは不明)

鍛冶屋と羽衣伝承、白鳥は関係しています。
鍛冶屋のある場所に、白鳥がたくさん舞い降りた伝承や、
ギリシャ神話でも羽衣伝承は、鍛冶屋が舞台になってます。

火の力によって新しいものを作り出す鍛冶屋は魔術師と見られていた。
王がその力を無理に支配しようとすれば、鍛冶屋は王権に危機をもたらすという
図式が北欧神話にもたらされている。(世界神話辞典)

ヴェルンドというゲルマン人の鍛冶屋の伝承は、
指輪をつくる鍛冶屋だったが、その力をおそれ島へ監禁して出られないようにする。
ヴェルンドは島にいた鳥の翼で羽衣をつくり、島から脱出する白鳥神話。
なんとなく、映画「マレフィセント」に似てますけど。


※ヴェルンド神話にでてくるフランクスの小箱
弓をもつ人が描かれている。

鳥取県の鳥取部は、主に白鳥を捕まえて献上する集団だといわれています。
捕鳥なので、鳥取というらしいですが、ちょっと違うのかも。
私はトート(エジプト)神から由来していると思います。
古事記には製鉄や鍛冶のある場所に、白鳥や鳥取伝承、鳥を捕まえて移住してきた
と思われる地名が多く見られることから、鍛冶場と鳥は深い関係があるのです。

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帰りに、徳良湖へ立ち寄りました。
「めでた めでた~の わかま~つ さ~ま~よ~」の民謡で有名な
花笠音頭の発祥地です。





「日本を代表する民謡「花笠音頭」は、この工事の際に唄われていた
「土搗き唄」から生まれたものです。
たびたび懸賞付新作歌詞の募集があり、人夫達は仕事に作詞に張り切り、
何百という歌詞が誕生しました。」

若松様は、若松寺(じゃくしょうじ)のことです。

※若松寺についてはこちら。
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/d/20150106





仙台への帰路、天童から48号線で帰ってきたのですが、
バックミラーにきれいな真っ白い月山がみえました。
白いプリンみたいな、マシュマロのデザートみたいな。
おいしそうなデザートのように真っ白い山。
葉山の影にかくれて山頂の部分しか見えないのですが、その部分が真っ白いお椀みたいに
みえて、とにかく「雪見だいふく」なんです!笑

運転中だったので、バックミラーからチラチラ月山をみながら
夏の登山を妄想しながらの山形でした。
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