秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

黒坂命の竪破山:多氏と葛城王朝

2017-11-09 | 洞窟・巨石探訪
巨石好きにとって、この山への憧れをどんだけ抱いてきたことか。(大げさなっ)
やっと念願の竪破山(たつわれ)さんに行ってきました。
海に続いて今度は山。
やっぱり私は山に来ると若返る!
ドーパミン放出~。

帰ってきてから黒坂命を調べたら、多氏という説。
なにーー、知らんかった。
多氏にうるさい私がそこはスル―してたんだな・・・そーいうもんだ。

考えてみれば、虎岩古墳の紋様からして産鉄族の多氏が
九州から航海し、常陸に上陸していたことになるのですから、
この山に来ていた理由もよくわかります。


※虎岩古墳の壁画

なぜこの山なのか?というのは、地層にあるからでしょう。



帰ってきてから、関連する情報がドバーっとやってきて、
一気にいろんな情報と繋がって、はっきりしすぎるシンクロもあり、
正直、ここまですごいのは自分でも驚いています。
まとめるのが難しいのですが、気合いで…。

まずは山の概要を。
看板をみると山道が2つにありますが、いくつか登山コースがあるようです。
ちょうど山から下りて来られたご夫婦から、どっちの道がよいかなど所要時間や
登山入口まで丁寧に教えてくれて助かりました。
山好きに悪い人はいない。(ドヤ顔)





登山口の駐車場は広いのですが、舗装されていない道を行くのでちょっと大変。
でも、登山口から山頂までは、15分~20分で登ることができるので楽です。
往復1時間くらいでゆっくり散策できます。

至るところに巨石がころがり、やはりここも阿武隈山系になる。
しかもWikiで知ったのですが、竪破山は多賀山地という多賀の名!
阿武隈山地の高地であり、多賀山地中央の分水界にあたる。
この山以南に高鈴山があるのです。



最高峰 栄蔵室 標高:881.6m、最北端 和尚山 標高:804m、最南端 風神山 標高:241.9m
主峰 高鈴山 623.3m 、神峰山 598m。
雷に鈴に神の峯の名前。いろいろありそうな山ですね。


高鈴山



高鈴山は、宇宙ステーションから光の柱が見えたことで有名な、
御岩山の「賀毘禮(かびれ)の峰」として述べられている信仰の山なのです。
もともとは修験道の山。
竪破山へ行く途中に御岩山の看板が見えたのですが、今回は時間がなかったので、
御岩山へは行きませんでした。
どんな話か興味ある方は、こちらへ「光る岩の伝説」
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/e/c453498eb6109ddb5fa2c895924b2020

竪破山------------------------------------------------------

竪破山は、多賀山地中央部の分水界にあり、この山以南に高鈴山(623m)を除くと
600mを越える山が無く、南方から見ると目立つ山である。角枯山、黒前山ともいう。


一瞬、クジラに見えた岩。


(お不動さんが祀られてます。)

分水界とは、水系の境界を指す言葉ですが、国境、県堺というのは、
大体、分水界を起点にして分けています。
例えば、宮城県と山形県の県堺には、美味しい湧水が豊富にあります。
田代峠付近、関山峠、面白山峠、といった峰々から流れ出る水系を県堺としています。
福島県と宮城県境では国見町がそうなりますが、あの付近も修験の山があります。
有名なのは、萬蔵稲荷神社がある山ですが、すべては水なのです。
あの場所に城(あつがし山)を築いた理由も見えてきそうですね。


(水が滴り落ちる岩。とっても冷たい!)

東北地方は温泉が多いので、源泉が分水嶺になっている場所も結構あります。
そのような水の確保で争いが起こっていたわけです。(今もそうですけど)

竪破山は中生代白亜紀前期(2億年以上前)の恐竜がいた時代から形成されている
黒雲母花崗岩です。
花崗岩はイワクラ信仰になっています。
阿武隈山系と北上山系は、日本列島で最も古い花崗岩を形成しています。
特に茨城県は古いといわれます。
どれだけ古いかは、「光る岩の伝説」で書いてますので割愛します。


(烏帽子岩)





伝承では、紀元前80年頃、蝦夷の征服に出征していた黒坂命(くろさかのみこと)が
この地で病気になって死んで以来、黒前山と呼ぶようになった。
(『常陸国風土記』、茨城郡の条)。
江戸時代になって、八幡太郎源義家の故事にちなんだ岩に、
西山公徳川光圀が「太刀割石(たちわれいし)」と名づけた。
この名前からこの山を竪割山、竪破山と呼ぶようになった、とされている。

山頂にある黒前神社由来は、黒坂命を祀り、東国征伐の奥州の帰路にこの山で客死し、
山上に命の霊を祀ることになった。
毎年旧4月8日が例大祭。


茨城県もかつては、日高見国でした。
詳細は、「日高見国の筑波山」
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/e/48a4e21513096c2b7ec76cb88cae2c69で、妄想しているのでまたもや割愛。

土蜘蛛--------------------------------------------------------------

ところで、茨城県の県名由来と土蜘蛛の由来が似ているのです。
「常陸国風土記」によると、黒坂命が賊を討つため茨で城を築いた話や退治した話。
「いばらの木」で、茨木となった。(正確には「いばらき」)濁らないのよ~。

このあたりには、都知久母(つちぐも)または、夜賀波岐(やつかはぎ)がいたと。
その国を「国巣」とよんだ。山には佐伯と野の佐伯がおり、
穴倉に住み、人が来ると穴に隠れ、人が去っていくとまた穴から出てきた。
黒坂命は、佐伯達が出ていなくなったすきに、穴にいばら(トゲのある木)を
敷いて追いたてたと伝わる。



佐伯のいた国巣とは、吉野の山岳民といわれる。
吉野の山岳とは土蜘蛛のことで、九尾の狐のように、
尾をはやしていた人たちという。
おそらく、何か産鉄の道具を腰にすえていたとも想像できますが。。。
ちなみに国巣とは、現在の国栖(くず)市のことでもあり。

土蜘蛛(雲)も同じような伝承がある。
群馬県の土蜘蛛(ヤツカハギ)がいた洞窟について。
「その昔、ヤツカハギ(海獣)の住処だったという神話が残る。
ヤツカハギが住んでいた大きな洞窟は、昔、猟師の宿にも使われ、
入口は狭いが中は広く冬の氷柱がみられる。
途中でガスが出るらしく穴の奥に入れないときがあったが、
この穴に鶏を追いこんだら、越後に抜けた出たという。」


「ヤツカハギは藤蔓に関係していた。
普段は、尾瀬に住んでいるのだが、
大幽を中宿にし、各地に出て悪いことをして困ると。
ヤツカハギは藤の蔓(ツル)を伝わって洞窟の奥の方に
入りこんでいることを知った村人が藤の蔓を切り落としてしまった。
その後に、ヤチカハギを見たものはいないという。」


即ち、藤蔓の旅ですくい取った砂鉄を溶かす高温技術も持った御名方神が、
スズを低温で熱して叩くただけの洩矢神に勝った。

※「長野とは?地名に隠された意味を解く」福島 貴和氏より参照

茨という木に藤蔓という植物のような話は、産鉄用語(鉄の道具)ともいわれます。
古代製鉄民VS渡来した新しい製鉄民の争い。

新しい技術をもった大和側が出雲に国譲りをする。
出雲の大国主は協力して諏訪に逃げたタケミナカタの持っていた藤蔓を武器とし、
古い技術をもっていた先住民洩矢の鈴(鉄まじりの褐鉄鉱)に勝ったという話。
おそらく、大和側につくことに反対した出雲族が東北へ逃れて、
まつろわぬ民としてエミシと繋がったと考えられます。

古い産鉄族とは、洩矢のことでもあり(アラハバキとの関係は不明)
アテルイとモレとあるように、
モレに「母」という漢字を用いるのは、「最古の」「最初の」といった意味が隠れている。
シュメール語か何かわからないが、日本語では「ア」にあたる。



ナガスネヒコもその一員だったわけで、
モレも古代産鉄族だった洩矢一族に関係すると思います。
物部氏も古代産鉄族でしたが、大和側についた人たちです。
多氏も物部氏や葛城氏と関わっていたようなのです。

・・・派閥みたいな。
産鉄族同士の。
そんなに残酷なことがあったとは思いませんが、
民族の団結とは、固まると強いのです。
相当、土蜘蛛たちも困惑していたのだな、というのは感じました。
葛城氏=土蜘蛛=ヤツカハギ

ちなみに、ヤツカハギは羊太夫ともいい、
秩父の和銅黒谷を発掘した先住民と考えられます。
ともに「黒」なんですね。
黒といえば、アジスキタヒコネですが。
鉱物を発見することに長けていた人たちです。
で、そのような人たちの伝承は「とても足が速い」「羽がついていた」ということ。


(畳石)八幡太郎義家が腰をかけて休んだという。
丸森の立石も義家伝承あったんだよね。
義家も、巨石マニアだったんじゃない?笑
安部氏を追いかけるまえに、ちょっと巨石を・・・という気持ちよ~くわかる。(違うし)

クズ-------------------------------------------------

さて、そんな土蜘蛛がいたヒタカミなのですが、
郡山に都々古神社が3社あり、ヤマトタケルによって征伐された土蜘蛛伝承があります。

前から妄想してましたけど、やはり葛城王朝が関係してきます。
葛城の「葛」も「クズ」と読み、つる性の植物です。
和名では、大和国吉野川上流の国栖が産地であったことに由来する。
千葉県の国栖は奈良の吉野にもあった。
ということは、葛城氏などの国栖=土蜘蛛は、吉野が発展させたとも言える。

葛の葉というのもある。
狐が喜ぶ油揚げを「信太」というそうだ。
これが葛の葉伝承にあり、信太という森がかつて大阪にあった。
(福島の信夫山もこれに由来する)
葛の葉伝承は伝説上の狐。
舞台は大阪にある安倍野。
葛の葉とは白狐で女性に化ける。
5歳だった童子丸が葛の葉に助けられるのですが、その童子丸は陰陽師で有名な、
安倍清明と伝わる。


※小さい子が童子丸(新形三十六怪撰)

また、なぜ「黒」なのかは、太々神楽というタタラ由来の天狐白狐の舞には、
天(黒)=男、白=女。と描写される。
白狐などの白は、大地母神(シャーマニズムの女神信仰)を由来とし、
その後に天から降りてきた天孫降臨という神々を天=父(おそくらキリスト教など)とした。
大国主はキリスト教に帰依したのかもしれない。
大国主がイエスという話もあるようだが、元は違うのではないかな~。

その間に、日本の神話には「海神」がある。
こっちはウガヤフキアエズが君臨していた王国という。
龍神というのは海の方が強い。

天と地と海の三つの関係があり、多氏はその中でも「海民」に属する先住民。
なので、国津神とは言えないし、天津神でもない。
そのため、多氏や安曇氏、住吉神や宗像神などのワタツミが影に隠れている気がする。
海民は、どっち側なのー!?と迫られたのかもしれないね。






弁天池

黒坂命は、神八井耳命(神武天皇)の系譜といわれる。
その黒坂命=多氏とするならば、
多氏の拠点に「多坐弥志理都比古神社(おおにますみしりつひこじんじゃ)」
という噛みそうな名前の神社が奈良県磯城郡にある。
磯のイソなんですね。
奈良は海がないよね。でも磯なんです。

第一社 神倭磐余彦尊(神武天皇:神八井耳命の父)
第二社 神八井耳命
第三社 神沼河耳命(綏靖天皇:神八井耳命の弟)
第四社 姫御神(玉依姫命:神八井耳命の祖母)
また、古事記編纂の太安万侶も祀られている。

多氏も物部氏と同じ祈祷をしていた役職にありました。
石室の紋様をみるに、不老不死なシャーマニズムがあります。
「神八井耳命は皇位を弟に譲り、自らは神祇を祭る」と神話に記されている。
長男でありながら、弟に皇位を譲ったといわれ、
「身を退いた」という意味で「ミシリツヒコ」とも呼ばれる。

神沼河耳命は、欠史八代の天皇というのが8人いて、
その一人「綏靖天皇 - 神渟名川耳天皇(かむぬなかわみみのすめらみこと)」がそれ。
名前しか記されていない天皇。事績(功績)が何もない。
空白を埋めるだけの天皇というわけだ。

で、この欠史八代の天皇の時代を「プレ大和王権説」といい、
実在した天皇だったという話。その諸説がいくつかあるのですが、
ここで、葛城王朝説が有力になってくるわけです。
初代神武天皇~欠史八代の系譜を10代の崇神天皇の一族とは別の王朝のものと考え、
その王朝の所在地を葛城(奈良県)にあったとする説。
葛城王朝は奈良盆地を周辺を拠点としていましたが、
九州王朝を含む西日本一帯を支配し、九州の豪族である崇神天皇に併合されたと考える。

(Wikipediaより)

だから私は葛城くさい人間なんだな、笑。
こーいうところで、グっとくる。
京都より奈良。兵庫より大阪な人間なのだ。
余談ですが、どうでもいい話なんですけど、ずっと秋田物部氏を妄想していたのが、
今年8月に2度目の秋田唐松神社にいって、ようやく終わりにできるかな、という思いが
ありました。その意味は、物部氏が葛城王朝を消してきたと思ってました。
多氏の存在より前に出てくる物部氏について、ずっと妄想してましたが、
物部氏がフェードアウトすると、多氏がだんだん見えてくる。
だから、茨城に行ったわけで。

それはいつからそうなっていたのかというと・・・
手塚治のアニメ「火の鳥」隼人と大和からだったんだよね。
埴輪の話。
この話が、全部、竪破山に繋がっていたんですね~。
面白いんだけど、不思議なんだよね~。
やっぱり、山に行かないと「気づき」は起きないとわかった。
今回は特に。
この山のもつ力には脱帽。

たぶん、同じ所から生まれたであろう氏族同士の分断を鎮魂するに至るわけです。
そこを一番、伝えてほしいと思っている先祖がいることは確かです。
それについていこうとしているのですけど、なんでかねぇ~。


ここから黒前神社へ。
まずは、太刀割石を先にみるために弁天池を通ってきました。



まだ続くので、このへんで。
次も、もうちょっと吉野の葛城について。
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