秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

多氏の渦巻きと葛城氏の直弧文 

2017-11-10 | 日記・エッセイ・コラム
奈良県には多くの石室や石舞台古墳があります。
石室に紋様を残しているのは、九州が発祥ですが朝鮮半島を経由して
伝わったとされています。
しかし、ある時代を境に、このような石室や石舞台が姿を消します。

ちょっと竪破山から外れた話になりますけど・・・。
大洗の渦から竪破山へ登り帰路についてから、改めて葛城氏について考えてました。
このような石舞台や巨石を考える時に、いつも思い浮かぶのが柴田町にある拆石神社
なんですね。あの小山にも石室の墓があり裏手に巨石の壁があります。
石でふさいでいるように見えるのです。
その場所で留めているといった空気なのです。
そのような思想はどこからくるのか?
以前から、葛城氏が気になっていたところで、不思議なことがわかりました。

いろいろ葛城氏と巨石についてネットで調べていたら、
こんな情報を見つけました。

国の史跡に指定されている宮山古墳は奈良県御所市に位置する前方後円墳。
4,5世紀に築かれたもので墳丘の長さは238m。
ここは国の史跡でも誰でも立ち寄れるそうです。
そこに被葬者を安置した埋蔵施設、竪穴式石室が存在するのですが、
これがとても不思議なものなのです。



「石棺に付随する丸い部分は縄掛突起と呼ばれており、
石棺を引っ張る際、縄を引っ掛ける部分。
縄掛突起の巨大さからも、被葬者の強い権勢がしのばれます。」


この墓の被葬者が、「葛城襲津彦」であると。
葛城襲津彦(そつひこ)とは、4~5世紀に推定される古代豪族で、
武内宿禰の子といわれる。葛城氏や同族の祖。
『百済記』の類似名称の記載からモデル人物の強い実在性が指摘される。

ということで、実際にいた人物だった墓となれば、大発見です。
ですが、この人の人物像より、もっと関心をもったことがありました。

「被葬者の権勢は出土した埴輪群からもしのばれます。
石室の周囲には方形の埴輪列が二重にめぐらされており、
そのなかには家型埴輪のほか、楯や靭などの珍しい形象埴輪が含まれていました。
写真は靭型埴輪(「靭」は弓矢を入れる箱)を復元したもの。
高さは147センチメートルと大きく、見るものを驚かせます。」




この写真をみて釘づけになった!
これは、直弧文(ちょっこもん)ではないのーっ!!

この紋様、あまり知らない人が多いと思います。
私も知りませんでした。
半年以上も前になるかなあ。
縄文好きなNさんが籠の模様をみていた時見つけたそうで、
Rさんが、教えてくれた情報なのです。

「こんな紋様があるけど不思議だよね」って以前、いくつかのサイトを
教えてくれたので、スマホのブックマークに保存してました。
いつもだったら必要ない情報はすぐ削除するのですが、
これだけはいつか必要な時が来るだろうと思って、削除しないでずっと保存してたものでした。
よかったよー。削除してなくて。笑
まさかね~、葛城氏で繋がるとは!



ちょっと雑な感じの直弧文ではありますが、まぎれもない直弧文です。
※画像:Travel.jpより
https://www.travel.co.jp/guide/article/12265/


※画像:直弧文における斜交帯の起源に関する私見 -ちょっと寄り道直弧文解説講座-

直弧文とは-----------------------------------------------------

わが国古墳時代に,「直弧文」という独特な文様がある。
なぜか他国にその類例がなく,また6世紀後半以後,国内にもそれを伝承するものはみられない。

その定形は装飾古墳の石障,石棺などに施されたもので,
正方形に近い方形を枠として,その2本の対角線と,帯状のテープがからみ合った図柄である。
また貝輪などの装飾に施されたものは,方形の枠はなく,不整形な文様となっている。

その構成はひじょうに複雑であり,
しかも動きの表現,とくにほとんどが回転運動をあらわしている。
直弧文は、装飾古墳の石室、刀の装具などに用いられる紋様で、
仏教伝来とともに消えている。

日本独特の幾何学紋様である三角文や円文や渦巻きはあるけれど、
直弧文は、直線と円弧という2種類の幾何学文様を組み合わせたもので、
それ自体がそのままでまとまりがあり、装飾効果をもっている。

※直弧文考:小山清男より参照

特徴は、必ず「直」とされる2本の対角線を四分割していることにあるそうです。
簡単にいえば、円を4つの正方形に区切っていることにある。


※直孤文鏡(復元)
新山古墳(しんやまこふん)出土。(奈良県北葛城郡広陵町)

私はこの不整合にみられて実は整合されていることに、
異常巻きアンモナイトを思い出した。

この複雑な文様はどう解釈すればよいか・・・。

おそらく、縄文時代から続いていた渦巻きの死生観が、
直弧文によって死生観が変わった時代とみている。
つまり、縄文時代やケルトなどのはるか昔の渦巻きというサークルは、
あの世とこの世を自由に行き来できる魂であったものを、
直弧文によってサークルを四方に閉じることで、
永遠に戻ってこないようにする死生観であると思った。

以前に書いた「言霊と物部氏の渦巻き」より

渦巻きは、「閉じる」と「開く」を意識しているような描き方をしている。
渦を描いて「結ぶ」のは、ケルトにも四つの結び目がある。
円を描いた中に、4つの結び目をつくる。


ケルトの渦巻き

原始キリスト教やユダヤ教の渦巻き

日本の渦巻き(左巻き)

秋田物部氏の渦巻きも、最後に十字に結びをするものがある。
ケルトの場合、4つの結び目は、4つの方角、4元素の意味がある。
物部氏の2つの結びというのは、陰陽の結びを行っていたと思われ、
それが「虫おさえ」というもの。
虫はおそらく龍のことで、地下のマグマの振動、地震を指すものだと思います。
要するに地震の揺れを抑える祈祷ということ。

物部氏の祈祷は、人の魂に対して行うより、要石をおくように
地下に存在すると言われる龍封じ(地震)など、地球のための祈祷と考えられます。
これが後に、人の魂に対する封じ方に変わったのではないか?

「民族学伝承ひろあげ辞典」に興味深い話がありました。
https://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/49495749.html

「渦巻きは永遠と再生願望を示し、死者のヨミガエリを願う呪の模様として、さかんに使われた。
やがて渡来した模様にもそれとよく似た弧文があった。
それはもともとローマの忍冬唐草紋だった可能性はないか?

縄文の永遠再生願望の発想からならば、渦巻き、円の切り取りはあり得ない。
それは命の永遠を断ち切る思想となってしまうからだ。
本来なら円や渦は一筆で描き続けられ、終わりなき絵柄であるはずだ。
吉備の亀石のように。ところが大和では、それが唐草模様のように切り取られ、
篭目のように組合されてゆく。そこには永遠性、再生の夢がない。
これはファンタジーなき冷徹な「封じ込め」の呪文である。」

「同じように、大和の古墳は竪穴に封じ込める。
また九州の横口を取り入れた後期になっても、九州のような開放された宮殿の様式をとらず、
石槨という閉ざされた箱のような部屋を巨大な石で塞いで、
死者が永遠に再生しないように封じ込める様式を採用するのである。
しかも石棺もまた、完全に閉じられるように、細密に、ぴったりと身と合致するように
(合子・ごうす式という)設計した。
ここが大和が、地方とは違った命の哲学を持っている証明なのである。
しかも家族の追葬や、周年祭祀(いわゆる仏教の法事・法要)を許さない、
「封じ込める」再生観だ。」




むむむー。
ですが、魂というのは、そんな風に封じ込めることで
自由を奪われるということになるのかねぇ・・・。

でも、現代人よりずっと宇宙を知っていた古代人が、渦巻きを重要視し、
最期の弔いだけは、ちゃんとやっていた事を考えると、死の儀式がとっても重要だった
ことがわかります。そのような自由な宇宙思想とはかけ離れ、
自らの肉体を封じ込めてしまう発想は、人間を宇宙から遠ざけることに等しい。
それは、古代人にとっては理解できないものであったと思う。

妄想するに、縄文時代やそれより古い時代の死というのは、
単に魂を肉体から離れさせるだけだったと思う。(幽体離脱のような)
それなら、また戻ってきたければ、肉体に戻ってくればよい。
といった死生観だったと思います。

でも現代は、死は苦しみであり孤独であり、恐怖となっている。
この時代の豪族たちが、あまりにも悲惨な?生き様であったのか、
もうお役目終わりましたと。もう戻ってこなくていいよ。
といった優しさであればよいが、そうではなく、完全な封じこめだとしたら、大和の弔い方は好かんなぁ。

いずれにしても、葛城氏の墓に直弧文を記す意味とは、
円を4角に閉じることから、四方向には逃げられないという意味か、
もしくは、迷宮のように流動的にその中で生きることを強いられるような意図がある。
もう生まれ変わる必要がない呪いを仕掛けたと言えるかもしれない。

多氏が残した文様-------------------------------------------------------

それに対し、多氏が残した横穴石室には、直弧文は見られません。
ケルトによく似ています。
横穴式石室の三角形、鋸歯文や同心円は、旧石器時代まで遡り、
黒海やコーカサスの周辺が関連すると言われています。
ウクライナの骨から刻まれた文様も同じ形だったと。
農耕民より遊牧民の方が、抽象的な意味にとらえる傾向が強い。


福島県双葉町にある石室古墳の渦巻き。3Dアーカイブされます。
この古墳も多氏の痕跡があると考えられている装飾古墳です。

この図は、人の肩から渦巻きを描いています。
そばには猪と鹿の間に矢じりが描かれている。
これについて、「産鉄族の多氏」より、
「・・・この人物像は墓主とみてよい。そうすれば肩にかかる渦巻文は、
この墓主の霊をみちびく霊妙な神秘性のあるものと考えられないだろうか・・・」

装飾古墳は、亡くなった人の場面が描かれていることが多い。
武人であったり、そばには貴重な財産であった馬などを描く。
動物も描いたり、とにかく賑やかだ。

しかし、九州の横穴石室には渦巻きはなく同心円のみであると。
東日本の太平洋沿岸にきて渦巻きが描かれている石室があるのは、
海が渦を巻くのをみて描いたのでは?という説があったり、
渦巻きを簡素化するためとの説がありますが、真相は謎。



虎岩古墳の右上に隼人の盾と同じ渦巻きが記されています。
中心に見えるドーナツのようなものが同心円。

三角形が重なっているのは、ホピ族も同じような文様を体に刻んでいます。
これは水の意味がありそれが魔よけにになるそうです。
-------------------------------------------------------------
余談ですが、世界中に不思議な幾何学文様が見つかっています。
最近では、カザフスタンの地上絵が不思議です。
ナスカの次にすごいと言われた地上絵。
しかも、この絵の発見は、Google earthで見つけたって…。
その絵の中で、この図に釘付け。
これはどこかでみたような~…。


※TOCANA


ケルトに似てるなあと。
トリプル・スパイラル(トリスケル)というもので、
巨石時代、新石器時代のアイルランド遺跡にも多く見られるもの。
紀元前3200年頃に作られたニューグランジ遺跡の石に彫り込まれた
トリプルスパイラルで有名です。


ナスカのお猿も渦巻き。

さて、そんな直弧文なのですが、また不思議なシンクロになりました。
多氏の残した石室は、九州が発祥というのは知っていましたがこのような形で、
繋がるとは思ってもみませんでした。
直弧文が何かを訴えているみたいで。

この記事を書き終えてベランダに出たら、
クロスしている飛行機雲が。
まるで葛城そつひこを弔ってくれているような十字雲。
これで終わりたいところだけど、もうちょっと続きます。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 黒坂命の竪破山:重力波 | トップ | 磐井氏の阿蘇ピンク石  »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。