秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

宇奈多理(うなたり)神社

2016-12-07 | 日記・エッセイ・コラム
天然然炭酸水のすぐ隣に、ウナタリ神社がありました。
初めて聞いた名前の神社でした。
創建は、最近のもので明治41年。
それ以前より古くあった大杉が鎮座されていたようで、
諏訪大明神の小さな石祠があったそうです。



「老杉は、樹齢500年を超える巨木で、
古来神木として氏子によって大切にされていました。
室町時代の末までにこの杉が生育しており、
根元に腐朽の洞穴があり、その中に諏訪大明神の石碑が安置されていた。
以来、幾百星霜樹木の成長と共に洞穴が閉じ、石碑を包みこんだという伝説がある。
なお、明治41年この地に宇奈多理神社が祀られ、
諏訪大明神と大山祇神社が合祀された。

とても不思議な大杉です。
かなり大きく画面におさめられないほど。
洞穴があったとは思えないのですが、中央に穴があるね~。
きつつきの穴かね~。


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さて、なぜここにウナタリ様なのかわかりませんが、
宇奈多理神社については、かなり興味深いと思った。

奈良県橿原市に鴨八重事代主神を祀る河俣神社があります。
キター!
今まで賀茂家は、賀茂家しかないと思ってた。
それが最近、賀茂家と鴨家があることを知った。
鴨について知りたい!と思ったら、すぐシンクロするのが早い早い。
ここで繋がった。



Wikiより、
『出雲国造神賀詞』に皇室を守護する神として
「事代主命の御魂を宇奈提の神奈備に坐せ」とあり、
この「宇奈提(うなせ)」は「雲梯(うなて)」のことであるとして、
延喜式神名帳に記載される式内大社「大和国高市郡 高市御坐鴨事代主神社」
に比定されている(延喜式神名帳には「川俣神社三座」という社名が見えるが、
これは近くの木葉神社に比定されている)。


雲梯とは、まるで、天に梯子をかけるといった話のようだ。
手長・足長ですかね。
役小角が山に梯子をかけるといっていた磐梯山の話があるのですが、
役小角が賀茂家の系譜だというのだからあり得るかも。

『日本書紀』によれば、壬申の乱の際、高市郡大領高市縣主許梅に
「高市社に居る事代主神」が神懸りし、大海人皇子(後の天武天皇)を守護すると
神託した。大海人皇子の即位後、この霊験により、高市御坐鴨事代主神に、
史上初となる神位が授けられている。万葉集にも当社のことを詠んだ歌がある。

宇奈多理坐高御魂神社(うなたりにいますたかみむすびじんじゃ)が
奈良市にあり、祭神三座 高御魂尊(中座)、天太玉命(東座)、思兼命(西座)。
由緒は、「延喜式内の大社で月次・相嘗・新嘗の幣に預かっていた。
古文書では、宇奈足とも菟名足とも菟足とも書いている。
武内宿祢の勧請と伝えられ「日本書紀」によると
持統天皇六年(692)二月には新羅の調を伊勢、住吉、紀伊、大倭、
菟名足の五社に奉るとある。」




賀茂家と鴨家-------------------------------------------

「うなて」は、菟名手とかも言うそうで、菟は、「うさぎ」です。
出雲は兎。
仙台の文殊堂は逆さになっている兎が屋根にいます。
伊達家由緒の家にも門の屋根に兎がいます。
兎は月。カラスは太陽。
ヤタガラスとは、賀茂家のほうで賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)。

その賀茂は、雷神を崇めている。
京都の賀茂神社にはご祭神が、賀茂建角身命ですが、賀茂別雷神(いかづち)。
火雷命(ほのいかづちのみこと)とある。
雷は、稲なので農耕を伝えた天孫系と考える。

対して、鴨家の方は、鴨都波神社(かもつばじんじゃ)があり、奈良県御所市にある。
積羽八重事代主命(事代主)と下照姫命を主祭神とし、建御名方命を配祀する。
葛城氏・鴨氏によって祀られた神社で、高鴨神社(高鴨社)・葛城御歳神社(中鴨社)
に対して「下鴨社」とも呼ばれる。事代主神は元々は鴨族が信仰していた神であり、
当社が事代主神の信仰の本源である。
大神神社(奈良県桜井市)に祀られる大国主の子に当たることから、
「大神神社の別宮」とも称される。

妄想するに、月=鴨家、太陽=賀茂家。
国譲りで鴨家は出雲族の系譜とされ、葛城王朝として天皇家に娘を嫁がせて
政権を握っていたのが、蘇我氏と秦氏により、蘇我氏が政権を握るようになった。
居場所を無くした?鴨家たちは、茨城県(常盤)に落ち着いたのではないでしょうか。


唐草図鑑より
http://www.karakusamon.com/2013k/jyunisyou.html

実際、北上した鴨家と賀茂家を合祀する神社が茨城県にあった。
常盤国「鴨大神御子神主玉神社(かものおおかみのみこかみぬしたまじんじゃ)
」といい、住所が桜井市。奈良にそっていることがわかる。

京都の賀茂と大和の葛城鴨の両系合祀されているという。
太田田根子命と別雷神を配祀している神社なので、
「太田田根子命」は、古事記では「意富多多泥古」と表記され
三輪君とあり、鴨の祖であるとされる。
そしてオオ氏だから、九州が発祥と思われる。
なので、太田田根子命の鴨家(国神)と、別雷神の賀茂家(天孫神)を祀っているのだと思います。

その常盤が、中臣氏出生地の話があるというのは、
藤原氏とは別の中臣氏側についた鴨家が、陸奥開拓にやってきた感じがする。
藤原氏と中臣氏の関係は、難しいので後にしますが、
中臣氏は神事を司り、藤原氏は政治を行ったといわれます。

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大和葛城が本拠地としていたのは、鴨家の方だそう。
先に述べた鴨都波神社の由来には、
「崇神天皇の時代、勅命により太田田根子の孫の
大賀茂都美命が創建した。一帯は「鴨都波遺跡」という遺跡で、
弥生時代の土器や農具が多数出土しており、古くから鴨族がこの地に
住みついて農耕をしていたことがわかる」とある。

私は以前から多氏に興味ありありで、多氏が鴨氏の祖ではないかと
思うようになって、ちょっと晴れてきた感じでうれしい。
それまで、鴨家の存在を知らなかった。
元は、鴨都波神社は、「かもみつは」と言い、鴨のミズハだった。
ミズハノメってこと?
水神を祀っていたそうで、葛城川と柳田川の合流地点にあたると。

もうひとつ、菟足神社(うたりじんじゃ)があり、愛知県豊川市にある神社。
祭神の菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)は、孝元天皇の末裔、
葛城襲津彦命(かつらぎそつひこのみこと)四世の玄孫にあたり、
雄略天皇の治世に穂の国(現在の東三河)国造に任ぜられたという。
要は、葛城王朝というだけあって大豪族だった。

福島の鴨家--------------------------------------------

さて、福島県に唯一、鴨大神を祀る神社があるという。
それが、都都古和氣神社(馬場都々古別神社)と、都々古別神社(八槻都々古別神社)で、
「味耜高彦根命(アジスキタカヒコネ)」を唯一祀っている。配祀 日本武尊。
この話は、いつも読んでくださっている方に教えて頂きました。
アジスキタカヒコネ!武蔵にいたね~。黒の地名に。
味耜高彦根命=鴨家だという話。
そして一言主だという説も。

また、日本武尊は東征のおり、1000回戦い1000回勝ったといわれ、
八幡太郎義家は、社号を千勝明神と改め、現在は「ちかつさん」と呼ばれている。

ああ、そうか。
ここまで考えておいて、やっと会津の宇奈多理(うなたり)神社に戻った。
なぜ諏訪大明神なのかって、チカツの神を崇拝している子孫が祀ったんだな。
大杉は、神降ろしをしていた一柱だった。

最初は、葛城の高鴨阿知須岐託彦根命神社に御鎮座され、
そこで賀茂大神と呼ばれた。
アジスキタカヒコネの本源といわれる神社のことで、高鴨神社となっている。
賀茂ではなく、鴨であり、全国のカモ家の総本山だという。
その中心に祀られているのが、アジスキタカヒコネだった。

もうこのあたりを突き詰めたら、迷宮入りしそうなのでやめておく~。
もっと調べたら、春日神を祀る石碑や神社が多いエミシ(太平洋側)の地に、
アマノコヤネが関係していて、それがアジスキタカヒコネや葛城氏の出身で…
と、なりそうですが、よくわからない。

このへん、秩父まほろば勉強会で、細かくて長すぎて難しいですが、
武蔵秩父の平家が陸奥へ向かった意図がみえてきそうです。
秩父彦がワカヒコであり、アマノコヤネの系譜と。
それが思兼命を祖神とし、阿智や恩智(オチ)と繋がる。

※古御嶽城跡報告会2
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/e/7772ec648a30d6e3a11c65e1492de94a

ということで、鴨家の方が陸奥開拓に早くに乗り出したら、
後の藤原政権になる前の名取、仙台の古代史がみえてきそうです。
藤原氏の摂関政治より前の古代史の方が、ずっと面白いというわけです。笑
名字を何でもかんでも藤原氏にしたフジワラさんは、正直しんどい・・・。

蔵王=葛城王?----------------------------------------

ところで、鴨は「鳥」を使う。鳥をトーテムとしている人々。
大阪に大鳥大社というのがあります。
都都古和氣神社では、アジスキタカヒコネ(鴨氏)にヤマトタケルが祀られた。
その意味に、大鳥神社がありそうなのです。

「日本武尊は西征して熊襲を平定し、東征して東国を平定したが、
伊吹山で病に倒れ、伊勢国能褒野で薨去する。遺体はその地に葬られたが、
その陵墓から魂が白鳥となって飛んでいき、大和国琴引原で留まり、
また飛び立って河内国古市に降りたが、最後に大鳥の地に舞い降りたので、
社を建てて祀った。これが大鳥神社の始まりだとされる。
神域は千種森(ちぐさのもり)と呼ばれ、白鳥が舞い降りた際、
一夜にして樹木が生い茂ったと言われる。」


しかし、白鳥は大鳥の習合とされ、元の大鳥連祖神からヤマトタケルの方が
上になってしまった。なので2柱を祀っている。
そのように明治政府が変更したという。
ということは、都々古別神社もアジスキタカヒコネなのだけど、
ヤマトタケルも祭祀として祀っているところが似ている。

その大鳥連とは、中臣氏と同じく天児屋命(アマノコヤネ)を祖神としていた
ので、大鳥連祖神は天児屋命ということになると。
また、上賀茂と下鴨の両神社を祀る話もある。

つまり、白鳥ではない「別の鳥」が飛んでいた話をしている。
その大鳥が、何であるかわからないが、鳥を崇拝していた氏族を考えると、
烏なり鳳凰なり、何らかの鳥を崇拝していたトーテムを思う。
もしくは、全く違うモノかもしれないが。

まつろわぬ民の征伐は、九州から始まった。
阿蘇氏や火君、多氏、安部氏や物部氏など。
大和にいた豪族たちは、蘇我氏や秦氏などの政権により、常盤国に逃れた。
柵を設けた一番北は、茨城県にあたるわけです。

鹿島神と関連づけられる中臣氏は、藤原氏ではない氏族なので、
各々の神々を祀っていたが、藤原氏に政権がまわると藤原氏が祀る神へ変更され、
ヤマトタケルの征伐にのせて白鳥信仰をたてた。
なので、蔵王は元来は鴨氏などの葛城氏系がきていたのだろうと思う。
役小角が出羽三山や蔵王に伝承を残しているのは、
自分たちの一族を祀る祈祷のために、山に修験としていたのか、
それとも鴨家と賀茂家との融合を目指すためだったのか。
そう考えると、聖徳太子の和の融合は、単に役小角の融合のようなメッセージにもきこえる。

だから、出羽三山(日本海)にはヤタガラスがやってきて、
蔵王には白鳥をもたらし、太平洋側には大鳥をもたらした?
それが鷹なのかもしれない。

カモの語源は、「浮ぶ鳥」や「浮む鳥」で、浮鳥となったそうだが、
もし、鳥ではなくて島が本来の意味だったら?
浮鳥ではなく、浮島だったとしたら。
ヤタガラスの烏を賀茂にして、カモを鴨にしたというのも何かありそう。

多賀城に浮島神社がありますが、天孫降臨の話では、
浮島に降りてくる話ですね。
「邇邇藝命(ニニギ)は高天原を離れ、天の浮橋から浮島に立ち、
筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降った。」
とありますが、名取ロードに、猿田彦神を祀る塞神をもうけているのも、
ニニギの降臨にそったお社を建てているということになりそうです。

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見えてきそうで、まだ見えない古代の名取・仙台なのですが、
最後に、いろいろな神々の名前が出てきますが、
悪い神や良い神というのは存在しません。
神は言霊なので、音や響きで伝達するものなので、
嫌な神だと思うのは、それは人の霊です。

コロコロ神名が変わるのは、崇拝していた一族が変わったんでしょうけど、
何でもよいとか思う。笑。覚えられないし。

言霊が神霊なので、たやすく口にすると本当にそうなるから、
天皇=霊知りでないと祝詞はあげられないというのはありました。
言霊は、誰にでも憑依します。だから、扱いを知らないと怖い。
限られた人にしか言えなかった神の言葉を、今は誰でも口にできるというのは、
本当の神の言葉ではないと思う。

でも神々が変わった。というのなら話は別で。
より個々にコンタクトをとりたがっている存在も増えてきているのもある。

神社の祭神も様々で、氏族たちが先祖の名前をそこからとってつけるのだから、
わかりやすいといえば、そうなるのかな。
でも、日本書紀や古事記で異なるのは、知りたい者にとっては、ちと面倒かなあ、
と思うので、私は投げる。笑
覚える気持ちになれない。
感覚的に、いいな、と思うものしか追いかけない。

で、先祖のことで知りたい時、気になる名前があるのは、そういうことです。
先祖のルーツに自分と深く関与していることになるので、感性に委ねるしかありません。

神隠し-----------------------------------------------------

ちょっと全然違う話。
ニュースで2歳の子が、山中で行方不明になっていましたが、
無事保護されましたね。ほんとによかった!
守られている土地は、あると思います。
そのお宅の裏山に登らせて下さい、と言いたいくらい。笑
ま、冗談ですけど。

「神隠しが戻ってきた!」みたいな話で、久々にほっとしたニュースでした。
今回の件は違いますが、幼子が巻き込まれる事故は、
昔はもちろんなかったです。おんぶしてましたから。
昔はお母さんが何か農作業とかしている時に、子供をおぶってましたよね。

神隠しというのは、忽然と子供がいなくなる話で、
戻ってくる(無事保護される)ことが神隠しと言ってます。
戻ってこなかったら事件ですから。

昔は、山人(落里やタタラ族のいた村)などが山奥に生活していて、
大体、巨人が多いという話ですが、連れていくという話。
ですが、岩手県の方では山人(巨人)は子供に人気があったそうです。
そのため、山へ遊びにいってしまう子供がいたので、帰ってこない(楽しくて)
という話なんでしょう。
でも、その迷子になった子を里に戻すと、山人が誘拐した!となり袋叩きにされます。
なので、こっそり里に返すといったこともあったと思います。

そんなに山人が、残酷で誘拐ばかりしていたとは思えない。
変な宗教団体は昔もあったと思うけど。
それにマヨイガのように、蓄えがあった人が多いというし。
実は、山人の暮らしの方が豊かで、そのような場所に子供が居ついてしまうとか。

欧米では、「取り替え子」といって、そっくりな子を取り替えます。
体の弱い子や障害のある子が、健康な子供になって戻ってくることの願望です。
双子のようにそっくりな子が急に性格が変わって戻ってきたと。
誘拐された子は、そのまま山へ置き去りにされるという惨酷な話ですが、
森の妖精トロールは、人間の子を育てるといわれる。
これが神隠しの原型だと思います。
なぜか、ヨーロッパの妖精は鋼のような鉄を嫌います。
鉄を嫌うということは、産鉄族が山中で誘拐すると思われた恐れから?


※ヨン・バウエルによる絵。人間の少女を育てる2匹のトロール

あこや姫の中将姫もそうですが、砂金とりの人など朝廷と豪族との間で
密会が行われていたと思う話も多く、そのような場合、山中で長い間
すごし、偶然山中で父親に会い里へ連れて帰るといった話になる。

神隠しは、知的障害や精神に問題があった子供など、妄想病などといった形で、
昔はいろいろ言われてはいましたが、ある人の研究だと、大体が、
ドーンと大きな音が屋根裏で聞こえたので、行ってみると行方不明だった子供がいた。
という話があった。戻ってきたってやつね。
裏口の玄関に立っていたこともあったそうだ。
天狗隠しというように、天狗のような者と空を飛んでいたといった話もあったそうで、
それが精神病とされてしまった理由です。

とにかく、無事でよかった~と思うニュースでした。
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