秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

万物の原始は水であるby武甲山

2017-05-19 | 秩父の祭りと信仰
「すべては水である。水こそ万物の始原(アルケーarchē)である」
と言ったのは、タレスという哲学者。
水から空気、火、あらゆる万物を生み出したギリシャ神話がうまれる。

秩父今宮神社(八大龍王宮)宮司さんから情報を頂きましたので、
共有します。
いつも読んで頂き、感謝しております。
地元の人に読んでもらうのが一番、うれしいことです。
宮城県民ですが、秩父は故郷なのでこれからも武甲山を見守っていきます。
みんな葛藤はあります。
今は、企業が神ですから。

秩父御田植祭り--------------------------------------------

当社では(おそらく秩父神社でも同じく)次のような解釈のもとで、
長年にわたり神事を営んできております。
すなわち、「水分祭」は、秩父神社が、今宮神社の龍神のもとに「水乞い」に参られ、
今宮神社が武甲山の伏流水(龍神の分霊)を秩父神社にお分かちし、
秩父神社がそれを持ち帰られて境内にて御田植神事を執り行い、
氏子たちはこの水をそれぞれの御田に頒かち持ち帰って一年の農耕生活を営む。

やがて、秋の収穫を終え、農耕生活を終えるにあたり、秩父神社の例大祭(秩父夜祭)にて、
この水をもういちど武甲山にお返しする。御神幸行列の先頭にて、
水の霊を依さした藁の龍神を大榊樽に巻き付けて御旅所までお運びし、
お水を武甲山にお返しする。これが御旅所での神事の原点であると。

このような解釈は、4月4日の「水分神事」で水乞いに参られた秩父神社が、
今宮神社のご神前にて奏上する水乞祝詞の中にも見受けられます。
        記
  掛けまくも畏き今宮の神社の大前に
  謹み敬ひ畏み畏みも白さく・・・(中略)
  此の御垣内の御池に湧き出づる
  清き水の甘き水沢々に戴き持ちて
  夫々に御田に頒ち
  奥津御年の八束穂の稔の秋を迎ふべく
  御田を耕し早苗を植え草取り
  歌声も面白く田人等が向股に泥掻き寄せ
  或はまた泥掻き慣らし
  仕草も面白楽しく仕へ奉る
  其の元つ水は御池の水にこそ在れ・・・

つまり、龍神の恵み(=武甲山の伏流水)は、
今宮神社が秩父神社にお返しするものではなく、
春に今宮神社が秩父神社に「お分かち」し(水分祭)、
秋に秩父神社が武甲山に「お返し」し、その龍神が春になると、
武甲山の伏流水を伝わって里(今宮神社)に下りてくる、と考えられているわけです。


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秩父御田植祭りの水の循環は、水分神社などとして秩父だけでなく全国にもありますが、
秩父の御田植祭りについて詳しく知りませんでした。
調べると、なぜ武甲山に蔵王権現なのかも水に関係していました。
水分は水配で、金剛山、葛城山の灌漑用水を司る神(水分神)になると。
天水分神、国水分神とした。
それがたぶん、今宮神社を祀るイザナギ・イザナミとしているのかもしれない。
水の要素が強い神という点で。



残念ながら、皮肉なことに、武甲山にお返しする水を飲んでいるのは、
三菱やセメント会社、西武鉄道などで、地元には水は返ってきません。
横瀬は民家の家の井戸が枯渇しています。我家も減ってます。
龍も空に帰っています。
なので、今は龍は降りてきてません。(それだけはわかる)
要するに、水が枯渇すると蒸発しないから雲も雨も降らない。

変な話だけど、その龍を戻すために?
山頂に変なピラミッド型のものを作っている感じを受ける。

横瀬の宇根・根古屋地区は、秩父神社が氏神でなく三峰神社もそうで、
武甲山を祖霊とした修験系が原点にあります。
神を信仰するというよりは、山信仰です。
蔵王権現~熊野~御嶽~天狗信仰と流れています。
今は、猿田彦神を祀る天狗信仰となり、牛頭天王の天王様のお祀りが重要です。
それは、南(鹿島の方)に武甲山があるため、海からもたらされる人や動物、鳥などの伝染病を
防ぐ役目が武甲山にあるからです。
昔、横瀬は忍藩にあったのですが、忍を「おし」とよんだのは、
忍壁皇子とか、大阪の由来にもなっている忍坂だったりしてね。
そうすると、賀茂家だから武甲山に蔵王権現をもってきたのも忍に繋がる。(たぶん)
福島だと信夫(忍)だね~。

秩父は内陸にあたるので比較的、伝染病にかかることはなかったようだ。
そのため、秩父札所が有名になった話がある。
札所があるから御加護を得られると。
全国から参拝が増えたのは江戸時代頃からです。
全国で伝染病や土一揆などの天変地異や政治的な変化が起こると、
秩父から検非違使を全国に派遣していました。
その度、秩父神社が昇格している経緯がある。
武甲山が昔、嶽山とよばれたのは、豊な実りがある山のことを言っていた。

それを名神祭(みょうじんさい)という。
国家的事変がおこり、その発生が予想される際に、
解決を祈願するための臨時の国家祭祀のことだが、
武蔵では名神にあげられているのは、氷川神社と金佐奈神社のみ。
今宮神社もこの名神の役目として含まれると考えられます。

今宮神社取調書によると、701年~704年(伊豆に左遷された時期?)に、
役小角が隅々までこの地に立ち寄った際、
深山幽谷の悪獣毒蛇が出て来て作物や人畜を害し、
人々が困り果てている状態を知ったので、八大龍王を祀り、信心堅固に
悪獣毒蛇の降伏を祈り村人たちを救ったことから、この地に八大龍王を祀る。
明治の神仏分離で修験道廃止、八大龍王の奉祭は禁じられたが、
龗神(おかみのかみ)と呼称を改めて信仰している。


秩父今宮神社ご朱印神社メモ
https://jinjamemo.com/archives/36592992.html

熊野は山から生み出される水が滝となり、その山水を海へ流し、
プランクトンが成長し魚がそれを食べ、人が魚を食べる。
その食べたものを土に返す。雨が降り蒸発した水は雲をつくり、
山に水がもたらされる。そして山から水が降りてくる滝ができる。
その滝が海へ流れ~という循環を信仰としています。
この気や流れを龍と見立てていました。

全てのサイクルに「分け与える命」があります。
全ては命に関わること。
世の中がバランス悪くなり、病気が蔓延しているのは、
秩父に限らず全国の神事に矛盾がありすぎるからです。


役行者の怒りから生まれた蔵王権現。(正義の為の怒りはもってよし)
http://wakuwaku-nara.com/kankou/zaoudouhibutu/(わくわく奈良情報館より)

「蔵王権現のご開帳:
次回 第11期特別御開帳は、平成30年春を予定しております。(日程は未定)
ご参拝をお待ちしております。」

だそうです。
いくっ!忘れそうだが…。
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https://www.tunami-shelter.jp/
勝手にエネルギー論/自然エネルギーと水循環の考察/より



「世は「電力不足」のあとは「水不足」に喘いでいます。
水は人にとって「命」です。
水がなくなれば「死」に至ります。
世界の四元素説として「物質は、火、水、土、空気の四元素からなる」という。

「地球上には多くの水が存在しており、生物の生育や熱の循環に重要な役割を持っている。
その97%が海水として存在し、淡水は残り3%にすぎない。
そのほとんどが氷河や氷山として存在している。
このなかで、淡水湖・河川水・地下水浅が、人間が直接に利用可能な水で、
総量の1%未満である。飲料水として利用できるものはさらに少ない。」

「地球における継続的な水の循環は水循環と呼ばれている。
太陽エネルギーを主因として、固相・液相・気相間で相互に状態を変化させながら、
蒸発・降水・地表流・土壌への浸透などを経て、地球上を絶えず循環している。
また、この循環の過程で地球表面の熱の移動や浸食・運搬・堆積などの地形を形成する
作用が行われる。」

「自然は太古から「循環」してきた。
地球上では「水循環」が人類発生以前から行われてきたのであって、
人類はその流れの水から「おこぼれ」を頂戴して生きてきただけである。」

「電力不足」など笑い事で済ませることができますが、「水不足」
は社会基盤を根底から消失させます。
「水危機」は何か日本と日本人に対する「天罰」のような「予感」がします。
3.11被災地を見捨て「政争」に忙しい世の様は、「最後の審判」を受ける
「堕落した人間界」のようです。 」

「水」の重要性を再確認しなくてはならない。
日常の蛇口を捻れば出てくる「水」の「ありがたみ」を今こそ感謝し、
更に「水力」は人類に「エネルギー」をもたらしてくれる。」

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そう考えると、三菱の三つ柏の家紋と、宮城県北部を領主としていた葛西氏が重なる。
何度も言いますが、誰が悪いか、ではなくて、
歴史は何度も繰り返す」と言いたいのです。


三菱のマークについて。
https://www.mitsubishi.com/j/group/mark.html


※葛西氏の家紋

三菱マークの由来は、秩父にいた北条氏も同じルーツをもつようですが、
一番、震災で被害が大きかった陸奥国牡鹿郡石巻(登米)、三陸岩手南部を領主とし、
巨大卍の旗を掲げて戦っていた葛西氏も、三つ柏の家紋をもつ。
平泉や舞草刀、骨寺村がある一関博物館では葛西氏の展示テーマをよくやっている。
「中世の支配者葛西氏」と。
その葛西氏は秩父平家の出。
平氏良文流秩父氏一門豊島氏支流。
豊島氏は、東京豊島区がそう。

本家より別れた一族で血族集団といわれる。
だから濃い。秩父は血がとても濃ゆいのだ。
かつて秩父事件があったように。
この地域の頑固さが良いんだけど、悪い方に働くと天変地異も起すくらい激しい土地なんです。
だから、私はこのマークをみると破壊の象徴なんだ、と思ってしまう。
たぶん、妙見が破壊神だというのは、エミシ征伐でもそうですが、
そういう激しい民族を鎮めるために、武甲山を信仰した感じも受けます。

しずまれ、しずまれ。
と言うのは、世の中の不都合なことに対する怒りを鎮めるものだと思いますが、
その怒りの発端を、人に向けられるものではなく、目に見えない頑固なモノです。
自分自身だったりするものです。

平家というのは濃い血の集団が起す要因に、妙見信仰があると思っていたこともあるでしょう。
ただ、そこに薬師如来を祀るというのは、やっぱり病気を起す原因に、
人々の怒りや反乱があることはわかるような気がします。
で、それがサンカみたいだな、と。
島国根性とかいいますね。
サンカも征伐されてきたような。
秩父は海ではないが、あんな奥深い山でよく生きてきたな、と思うのです。
一切、秩父の外から出ないで。
その根性は、部外者をよせつけない雰囲気をかもしだしている。

サンカの人々も島から一切出ることはせず、その世界で自立できることを
知っていたので、船で島へやってくる人を歓迎しすぎると別れる時が寂しい。
島の人たちのクールさは、生き抜くための精神力であって、
感情を表に出さないような人たちだったと思います。
秩父が平家落里とよばれ朝廷から逃れてきた人が多く、
持山寺の長七郎など、秩父にいたサンカの人たちを
信頼していたから情報を集めることができたのだろうと思います。

そのくらい山が深いので、人が入ってくることがないから、
観光してくる人などあり得ないわけです。昔は。
何かあって逃れてきたんだろうけど、そのことについてはお互いに触れない。
一族で固まって住むから、地方はみなそうですけど、
その寡黙さは、今でも健在…。
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震災の津波で大量の水を受けた場所があるのに対し、
30年以上も掘り続けて水が枯渇した武甲山の伏流水が枯れているというのも、
ある意味、水の循環ともいえる。
ある地では異常な水を得、ある地では完全に枯れているという極端なアンバランスは
全国で起こっていること。
だから、歴史は何度も繰り返し、それがカルマとなっている。

ちなみに、秩父氏は平将恒を祖とし、平将門の「女系子孫」であると!
だから平将門は女ぽいんす~。
優しかったんす~。
全然怖い人ではなかったんす~。

つまり秩父氏は、母方の血統に根拠を求めるので、女系優先の母系制だった。
まさにイネハポ。これもある意味、コワ。笑。
ですから、日本の女は強すぎる。いや、世界中がそうだね。
その強さを封印してしまった男社会だから破壊されるんですね。
でも~、男は大変です。(サラリーマンが一番えらいんだな…)
「次生まれ変わる時も同じ国で生まれますか?」というアンケートに、
日本人は、83%が「YES」と答えた。へ~、
もう生まれ変わる気がないですけど。

水の象徴が、女性であることは言うまでもなく。
でも考えてみると、女性優先ではないが、どこかで母系制が残っている
日本のような国は、なかなかないと思っています。
政治家がいろいろもめてますが、日本は恵まれすぎていると思います。
水の枯渇も、女性に問題があると思っています。
家族のことを置き去りにして、自分ばかりみている人が多すぎるわけで。
神社参拝もそうで。

まあ、そんなことを言いつつも、私も昔はそうだったから。
私はなんとか介護を通じていろんな事を経験し、
主人の両親を看取ったことで、家族が何であるかよくわかりました。
それだけのことをしないと、こんな内容のことは書かせてもらえませんし、
東北探訪だってさせてもらえません。
それだけの苦労を、どこかでしないとな。
それだけの重荷を背負うことをしないとな、と思っていました。

義理の両親が亡くなった後、ご飯を盛る夢をみてました。
2回も。先祖供養をしている夢らしんです。
数十人のたくさんの人がいて、あの人たちは、あの世へ行く人たちなのかなあ・・・。
義理の父が亡くなった後にも見た夢で、おばちゃんの先輩がいて、
まだ私はおにぎりの握り方が甘いと指摘された。ワラ
俵型のおにぎりなんです。「たわわに実る」という意味らしいです。
もがりの風習もいろいろ。

結婚は、過去に互いに敵だった者がくっつくものです。
だから夫婦ケンカが絶えないとか言うのは、当然です。
そうやって育むことが、先祖供養になることは昔から言われてきました。

葛西氏は、地元の豪族たちと婚姻を結ばせて金採掘を行っていたようです。
葛西氏は謎でして、実態がよくわかりません。
なんというか、他の氏族は過去にここに住んでいたんだな、という人の気配を感じます。
例えるならば、新築物件と中古物件を見る時に、新築は人が住んでいないから無機質な感じ。
葛西氏の気配がそんな感じで無機質に感じるから、知りたくてもよくわからない。

ま、いつかご対面することはある?と思いますが、
秩父平家がどれだけ陸奥に関係していたのか、改めて思います。
でもその結束は何だったかは謎。
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