秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

小野小町の墓

2017-05-17 | 神話・伝説
新緑の青葉が光る仙台の街なみ。
今が一番きれいな時期ですね~。
山々も新芽の緑鮮やかなコントラストを魅せています。

ところで、すっかり忘れてました。
一番大事な小野小町の墓!!
行ってきたんすよー。
GW最終日に。
帰省ラッシュで道が混んでいると思ったのですが、
GW中にいかないといつ行くの?となるから、ただ墓参りだけしてきました。

行ってみると、のどかな場所で素敵な所でした~。
でもお墓というよりは石碑が立っているだけのような所です。





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小野小町の墓

「小野小町は平安時代の女流歌人で日本女性の代表的美人として有名である。
伝説によれば、「都での華やかな生活も寄る年波には勝てず、
晩年故郷の秋田に帰る途中、ここ新田夜烏の里に差しかかったころ、
にわかに病に倒れてしまった。
草庵を結んで氷室の薬師に百日参りして病気平癒の祈願をかけ、
明日が満願成就という日に根尽き果てて、路傍に倒れそのまま没してしまった。
それを見た村人たちは寂しい最後をとげた小町をあわれんで
手厚く葬り、墓碑を建立してその菩提を弔った。」



小野小町の生涯については謎が多く、出生の地や死亡した場所などについては、
正確には把握されていない。
この墓も真偽のほどは今のところさだかではないが、往時の風流人が小町の墓を建て、
多くの人が墓参し、歌を詠む習慣が近年まであったとも伝えられている。
ある意味で、当時の古川地方の文芸的側面を物語る遺産とも考えられ、
文化史的にも大変貴重なものである。」




夢にみた通りで、実際、このあたりで亡くなった方がいたのだと感じました。
川のある場所ですし。





このあたり、奥州藤原氏と金の関係もありますね。
歌人といえば、藤原家で有名な人がいますが、歌の上手な貴族の男性だったかもしれないしね。





左遷されてきた人・・・というイメージもしますが、
小野小町が全国に伝承を残しているのは、旅をしていた尼さんのような
そういう女性だったところに、共感します。





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この後、近くに荒雄川神社(池月)があるので行ってみようと思っていたのが、
珍しい失態をしたというか、こんなミスあるの?というミスをしました。

まあ、違う山を登っていたこともあるので、
やってもうた。というか。
池月じゃない違う神社へ向かってしまった。ワラ

荒雄川神社が3つあるとは知らなんだ・・・。
奥宮は鬼首、里宮は池月と思ってました。
が、その間、鳴子西にも荒雄川神社がありました。
マップで検索する時、いつも池月の荒雄川神社で検索していたのに、
その時は、荒雄川神社で検索していたら、鳴子西の住所がでてきて、
何も疑いもなくそのまま鳴子まで行ってしまった・・・。
30分くら走り、その場所までやってきても鳥居とか神社らしい姿がない。



近くで車をとめてマップ通りに歩いてみると、
中学校の前にある神社で、それらしい社務所があった。
それで気づいた。
ここは池月じゃないっ!!
気づくのおそっ。



なんか普通のお宅みたいだし。
もう疲れて池月の荒雄川神社に参拝する気分なくなってしまった。

まあ、良い風景がみれたし、きっとこれも女僧侶の旅人が
ここまで歩いてきたんだよ~という風景を見せたかったのでしょう。

結局、不完全燃焼のまま、渋滞の中、帰ってきました。
「あら伊達の道の駅」付近が混むんだよね~。。。

荒雄川神社は、日を改めて行くことにしまして、
小野小町探訪はひとまず終了。
長いミッションでした~。
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