秩父・仙台まほろばの道

秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。

月の小野小町:五十鈴神社

2017-05-14 | 神話・伝説
昨日の夕方は不思議ではなかったですか?
いつも6時半頃になると外は暗くなってきて、
部屋のカーテンを閉めると部屋が暗くなるのですが、(当たり前ですけど)
昨日はまだ外が4時くらいの明るさで、カーテンを閉めても、
まだ薄明るいなんてことはありませんでした。しかも雨だし。
日の入りは、6時半頃ですが、普通ではないなあと。

※関東で不気味な紫色の夕焼け

https://news.goo.ne.jp/article/weathernews/trend/weathernews-http_weathernews.jp_s_topics_201705_130095_.html

空がおかしいね、と主人と話ていると、主人が情報を見つけてくれました。
どうもこの日、関東地方では、空が一面紫色になっていたそうです。

気象現象ではよくあるという専門家の話ですが、思い出すのは、
「紫色にたなびく空~」という伝説です。
紫色の雲や空というのは、神々しいことを伝えているのですが、
けっこうよく言われる話です。
陰陽五行説では、黒は水で陰。赤は火で陽。
赤と黒を混ぜると紫?
融合の意味で火と水=カミであるから、よく紫色の雲や空という時に、
神をみるとか権現が現れるとか、山にそのような紫色の雲がみえたので、
修験者たちが権現を祀るといった話はけっこうあります。

古代の天変地異には、紫色の空という描写は大体あるのですが、
良いことの兆しと考えるのがよいか、と。
悪い気を整えた。という意味でしょう。

しかも、昨日は5月13日。
ファティマ聖母の予言だったんですよね。
ポルトガルの小さな町ファティマで起きた、カトリック教会が公認している
聖母の出現の一つで、5月13日でした。
ちょうど昨日が、ファティマ第3の予言とかいろんな噂で、
第三次世界大戦が勃発といってますが、紫色の空が関東でみえたという事は、
古来から言い伝わる陰陽のバランスを整えた意味で、一番波動の高い紫を
この日に行われたのですよ、と考えるものであり、別に何か戦争が起こるということではない。
まさに、関東の空がそれに答えているわけです。

北朝鮮は気になりますけど。
ああ、それにあわせてサイバー攻撃がありましたけどね。
とりあえず皆が騒ぐから、何かしておいた方がいいかな、という程度で済むものであれば。

ということで、昨日の紫色の空から、伝説は単なる伝説ではなく、
事実として証明できる部分はあるのだな、と実感してます。
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さて、このノリでいきたいところですが、そろそろつきてきました。
・・・ですよね~。五十鈴神社で行き止まり~。

五十鈴神社が東松島に4社ありまして、そのうちの2社行ってきました。
たぶん、海側に五十鈴神をおくというのは、鈴の巫女という意味で。
私は五十鈴は言霊で考えています。

鈴は口のこと。
神社の鈴は、言霊では「口」の形になる。
※「朽ちる」とは、口が老いる=死という意味にもなる。
人間が口を開けた形。
口を開ければ言葉が出る。
一音、一音の単位が言霊。
なので、神社に鈴がつけられている。
参拝者にとって正面の本殿に座す存在とは、綱を振って鳴らす鈴の音、
それに表徴される言霊。


伊勢神宮は昔、拆釧(さくくし)五十鈴宮とよばれていたそうです。
釧(くしろ)とは、古代の腕に巻く飾りのことで、その周りに小さい数個の鈴がついている
もので、五十鈴にかかる枕言葉となった。
五十鈴とは、五十音のことで、アイウエオの言霊のこと。
※五重塔もアイウエオの言霊のこと。
参拝の二拝、二拍手、一拝も20音、20音、10音で50音を表す。

※島田先生の「コトタマ学入門」より参照。

なので、秋田唐松神社に大量の鈴が奉納されているのは、
物部氏の祈祷のやり方は、鈴にあったということでしょう。
天河弁財天にも通じるものです。

小野小町と五十鈴神社が関係すると断定できませんが、五十鈴神社がある場所に、
小松や小野という地名があるのは偶然ではないと思います。

それで、小野小町という女性は、鳥の伝染病という疫病祓いに
関係するものということはわかりました。
小野小町が疱瘡神にされているのは、アイヌの人たちでも行われた祭事である
鳥を祓うもの=伝染病を撲滅する力=小野小町。
その追い払う力が水という薬水で、それを祓戸神といい、瀬織津姫でもあったんですね。

ということで、これは、神功皇后や卑弥呼でも顔にイボができたので、
清水(井戸)で洗うと治ったという話があります。
美人というのは、そのようなイボからきれいになった意味も含まれていると思います。
今は、子供の頃、はしかや水ぼうそうなどをやりましたね。
それが免疫になり成人してからは、疱瘡にかかることはない。
昔は、高熱を出して亡くなる子供がたくさんいました。

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さて、古墳の上にたつ五十鈴神社がありました。
小脇浦古墳ともいい、いろんな種類の埴輪が見つかったそうです。
5~6世紀頃で、5基の古墳がこのあたりにあって、甲冑と太刀も出土されたと。
色麻町の伊達神社(フツヌシを祀る)も、古墳の上にたってます。





気仙沼の五十鈴神社は、天照神と大海津見神とスサナル神であった。
元は龍神といわれ、ここに「丸森」という地名がありました。
元々、丸森というところに五十鈴神社があったのですが、現在の地に移したそうです。
この境内には猪狩神社があり、気仙沼湾に海苔と製塩を伝えた猪狩新兵衛を祀るそうです。



東松島に、小野城があり、時代は安土桃山時代。
城主は、長江紀伊守盛景子長江勝景、次男、三男の三分一所城主という三兄弟の城。
長江氏は、鎌倉権五郎影政(桓武平氏良文流)の祖。
桃生郡深谷荘という所領にいたという。
深谷は埼玉県にもあり、深谷にある「血洗島」という地名があります。
ずっと前に大宮の埼玉歴史民族博物館だったか、行った時に血洗島の獅子舞をみたのを
覚えています。
その地名由来に、気仙沼の「ケセン」が同じ語だった説があったのです。
「「血洗」(けっせん)は当て字で、アイヌ語の「ケシ、ケセン、ケッセン」
(岸、末端、しものはずれ、尻などの意)など、
東北・北海道に気仙(ケセン)沼・厚岸(あつケシ)などと共通する同意語ではないか。」

(Wikipedia)

なので、こういう所で必ず武蔵と繋がるのですから、小野は武蔵(秩父国造の祖)を
敬う人たちであり、またアイヌとも繋がると思います・・・?
アイヌ人だったかわかりませんが、アイヌ人と共生していた一族だったような気がします。
小野小町が秋田で生まれたという話も、アイヌ人であったのでは?と思ってしまう。





古墳にたつ五十鈴神社は小松という地名です。
その近くに、「月観の松」がありました。
クロマツの巨樹で県天然記念物。
樹齢千年といわれ、源義経を案内した金売吉次が住んだ館跡の近くという。
吉次が月を観ながら酒を飲んだそうです。



ここには小さな祠で「月夜見神社」を祀っていました。
とっても大きく立派な松です!!





金売吉次は、宮城県栗原にある金成にお墓が伝わっています。
以前いった事があるのですが、あこや姫伝承と似ている話でした。
山形県のあこや姫伝承でも、砂金取りの金売吉次の話があり、
そこでかいがいしく働いていたのが、あこや姫だったという話。



金売吉次は炭焼藤太伝承で、墓が伝わる金成は、畑地区だった。
このあたり、熊野神社も多く、畑(ハタ)からおそらく秦氏が住んでいた所と思います。
金売吉次は京都宇佐八幡宮に関係し、首途八幡にいたといわれる。
首途は「かどで」とよみ、出発の意味で奥州藤原の重要な起点とされた。
ここから義経を伴って金売吉次が陸奥へ出発した意味がある。



そして必ず清水で清めるようになっている。
砂金の清めかクリスチャンの清めか。


※矢印のある森が、五十鈴神社。

また、京都にも小野小町終焉地があり、
京丹後市大宮町の五十河(いかが)という所で、小野家の所領だった。
五十鈴川は、伊勢の第一級の川で天河弁財天に繋がる。
伝承では、天河弁財天は、天武天皇と役行者が関わったといい、
伊勢神宮内宮に祀られる女神(荒祭宮、瀬織津姫)を天の安河の日輪弁財天として祀ったとある。

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もうひとつ、月浜にある五十鈴神社は、宮戸という地区にあたる。
ここに鳥を追い払う「鳥追い行事」があった。



鳥追い(とりおい)とは、小正月(1月14日 - 15日)に行われる年中行事のひとつで、
主に東日本の農村において行われる行事で、田畑を鳥の被害から守ることを祈念して行われる。
この行事は、主に子どもが主役となって行われ、
地域によってやり方は異なるが、木や藁・正月に使われた注連縄などで小屋をつくり、
その小屋を小正月の夜に燃やすものや、
子どもたちが鳥追いの歌を歌いながら村の中を回ったり、村境まで行くものなどがある。



月浜の五十鈴神社には、「えんずのわり」という鳥追い行事をやっています。
200年前くらいから続いているそうです。
行事をするのは、この地域の小2から中2までの男の子たちで、
五十鈴神社 にある 岩谷(いわや)で、
1週間ほど寝食を共にしながら、1月14日の夜に、一番大事な行事の 『鳥追い』を行う。
これをすると、大漁祈願、健康を願うことができるという。



詳細は、こちらのサイトが詳しいのでチェックしてみて下さい。
写真があります。
※仙台人が仙台観光しているブログ
http://senndai-tabi.seesaa.net/article/442291900.html

1月15日に行われる行事で有名なのは、「なまはげ」です。
これも疫病や伝染病祓いが関係している。
新潟県にも鳥追い行事があります。
その鳥追いの歌

「あの鳥、どっから追ってきた
信濃の国からおってきた
何を持っておってきた
柴ぬいておってきた
柴の鳥も河辺(かば)の鳥も 立ちやがれほーいほーい」


柴をかりにいったおじいさんは、桃太郎の話ですね。
そういえば、金華山にも五十鈴神社があります。


五十鈴神社からみる月浜

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畑をあらす鳥を駆除する目的もありますが、
疱瘡や疫病をもたらす鳥を祓うために、スサノオを祀る牛頭天王信仰は多い。

アイヌの祭事では、鳥がもたらす厄病神を追い払ったのが、
ミントゥチといわれる。魚族。河童のような皿はない龍のような爬虫類らしい。
蛟と書き、「ミツチ」という。
虫は龍の意味がある。

アイヌでは、疫病を祓うのは、ミンツチである。
シオツチやテナツチの「ツチ」である。
アイヌでは、ツチが山民のこともさし、山に住む異界のものと考えられているようです。
おそらく、その山民が産鉄族のこともさし、
山に住む賊が何をしているかわからないといった、恐怖から生まれたものも考えられます。

白鳥が飛来する場所に、伝染病が運ばれるという話もあります。
古代製鉄に白鳥が関与しているのは、アイヌの人たちにとって、
悪いものをもたらしたと考えられるのです。
それが異国人がもたらした伝染病ということを伝え、
その病に侵されても治すことができたお礼として、
小野小町が疱瘡神の象徴とされているのです。

妄想するに、小野氏は、小野篁や小野妹子や小野小町や、
登場する伝承が、かなりシャーマニズムな系譜をもつと感じる。
「の」という文字の形が、本来渦巻きということから、
シャーマニズムな一家で、アイヌ人や先住民の病気もなおしてきた人だったの
ではないか、と思います。
汚染を浄化する整備もしてきたとか。
また、小野の「小」は、御か織の漢字をあてていたとも考えられている。

その象徴となるのが石や巨石、イワクラであるというのは、
汚染された水を浄化するのは石であるから、石が神格化されているのです。



ということで、だいたい、小野小町が薬師様を祀る話が多いのは、
薬水ということで、やはり水神の象徴ということでしょう。
水は浄化する力をもちます。
水に勝ものはなく。容赦なく浄化する力は風よりも強大です。
今回、小野小町探訪で、十分、それを知ることができました。
月も水です。
月の水により、薬水があり永遠の命をもつことができ、
地球の創世に月の水が関与していました。
私もその力にあやかって、水を浄化し、どんどん雨をもたらしていく
想像をしながら東北探訪をしていこうと思いました。

とりあえず、小野小町妄想はおわり。
また出てくると思いますが・・・。
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