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中村吉右衛門が語る自分史の連載、朝日で始まる

2017年07月11日 05時52分10秒 | 歌舞伎

中村吉右衛門が、朝日に14回にわたって自分史を語ります。ファンとしては、見逃せません。記録しておきましょう。

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(語る 人生の贈りもの)中村吉右衛門:1 やっと「なりきれる」ように
朝日新聞 2017年7月10日05時00分

 ■歌舞伎俳優・中村吉右衛門

 5月に73歳になりました。実父の初代松本白鸚(はくおう)が71歳で亡くなったので、父の年齢を越しました。子が親より先に死ぬのは親不孝と言われていますので、孝行はしたかな。

 昨年5月、孫の寺嶋和史(かずふみ)(尾上菊之助の長男)が歌舞伎座の「団菊祭五月大歌舞伎」の「勢獅子音羽花籠(きおいじしおとわのはなかご)」で初お目見えしました。「無事に済めばいいが」と思いながら私も舞台をつとめました。

 3歳の和史には「じいたん」と呼ばれています。家に来ると一緒にテレビを見たり、おもちゃで遊んだり。娘には「私たちの時は怖かった」「こんなに怒らないお父さんを見るとは」と言われます。目の中に入れても痛くないほど、かわいいですね。

 《中村萬之助(まんのすけ)の名で自身が初舞台を踏んだのは1948年、4歳の時。祖父の初代中村吉右衛門は「大播磨」と呼ばれて人気を博した名優で、役になりきり、「熊谷(くまがい)陣屋」で源氏の武将熊谷直実(なおざね)などを演じた時は本当に泣いた》

 役者の口伝では、本当に涙を流すのは素人、化粧が落ちるじゃないかと言われます。そういう意味で初代は「永遠の素人」ですが、変なプロになるよりは、心を込めた素人の方がいいんじゃないかな。

 初代は本当に「無」になれて、役になりきっちゃう。ところが、ぼくは緊張やいろいろな意識があり、せりふ回しがちょっと違ったなとか、ハッと思ってしまうんです。

 昨年で二代目襲名から50年。このごろやっと、1カ月25日間の公演の中に何日か役になりきれる時があって、ああよかったと思います。役と一体になるのは難しいですが、やれなくてはいけないと思う今日この頃です。二代目になったのですから。(聞き手 山根由起子)

 =全14回

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 なかむら・きちえもん 1944年、東京生まれ。初代松本白鸚の次男。祖父の初代中村吉右衛門の養子となり、66年に二代目吉右衛門を襲名した。人間国宝。立ち役の第一人者。主演したテレビ時代劇「鬼平犯科帳」は28年間続いた。

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厳しい求道精神。これこそが、当代吉右衛門の真骨頂です。先々週は歌舞伎座と巡業で、吉右衛門を観て、その凄さを再確認しました。

次に観られるのは、9月の秀山祭。それまでは、この連載で勉強させてもらいます。

 

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