東海道五十三次ランランラン

東京・日本橋から京都三条大橋までの旧東海道(492km)を、今に昔を探しながら、走り仲間三人の旅です。

番外編・大山街道②(長津田から愛甲石田)

2017-05-13 13:46:10 | 旅行

旧東海道がひと段落し、平成29年5月3日、GWの最中、大山街道の旅を久しぶりに再開となりました。朝7時半、長津田駅に集合し、2回目の大山街道の旅の始まりです。長津田宿は江戸から九里(36km)、幕末の頃、宿場の家数は約50軒であった。
 長津田駅を出て国道246号沿って10分ほどで大山街道は国道から右に入る。そして、すぐその道を右の竹林の脇道へと行く。しばらく行くと、再び国道246号と合流する。246号線を西行、東急田園都市線すずかけ台駅入口を過ぎ、町田市辻交差点で246号線から大山街道は左に入っていく。
      
(土の道を行く)      (五貫目道祖神)      (相州鶴間宿の碑)  (高札場跡)       (阿夫利神社分社)   (新田軍 進撃道)

旧大山街道は、この先246号線と合流し国道を縦断すると、下鶴間宿の入口に当たる「観音寺」に到着。下鶴間宿は江戸から11里、八王子道と交差する交通の要衝で旅籠3軒、酒屋、小間物問屋、餅屋等の商家もあり大変な賑わいで家数は122軒あった。伊能忠敬測量隊も1816年3月に、この地の組頭彦八家に宿泊している。大山阿夫利神社分社や高札場跡もある。また「太平記」の新田義貞が鎌倉に向かう進撃路にあたる。大和市のマンホールは市の花「野菊」をデザインしている。
    
(大和市 マンホール)  (綾瀬市 マンホール)  (海老名市 マンホール) 

 下鶴間宿を過ぎると、小田急江ノ島線「鶴間駅」の踏切を渡り直進、246号線の高架下を行くと「座間市」に入る。さらに相鉄線「さがみ野駅」の横の踏切を渡って進むと「綾瀬市」「海老名市」へと入る。綾瀬市のマンホールは、市の花「バラ」をデザインしている。海老名市のマンホールは、国分寺の七重の塔をデザインしている。
 「海老名市」には江戸から14里「国分宿」がある。「国分宿」は大山街道と藤沢街道(鎌倉街道)の交差点にあたる。ここには、「相模国分寺跡」があるが、この寺は天平13年(741年)に聖武天皇の詔勅により建てられた七重の塔もあり、全国の国分寺の中でも最大規模であった。 国分寺跡を過ぎ坂を下ると推定樹齢560年という「大欅」がある。
    
(消防署 七重の塔)  (相模国分寺跡)    (大けやき)        (相模川)       (熊野神社と大イチョウ)

 大山街道は、小田急線「海老名駅」前の高架を越え、さらに西行しかつては「厚木の渡し」のあった相模川を渡ると厚木市に入る。相模川に沿って南行すると「厚木宿」に入る。「厚木宿」は江戸から13里、相模大橋を渡ったところが上宿、さらに南へ中宿、下宿と続き、江戸・天保の頃には合わせて330戸だったという。大山街道のほか、平塚から八王子を結ぶ八王子道、相模川の物流輸送など交通の要衝であったことから、小江戸といわれ繫栄した。ここ「熊野神社」には推定樹齢450年の大イチョウがある。
大山街道は、「酒井」で北西に向かい、「愛甲石田駅」に到着。今回はここで終了、約29kmの旅でした。次回は、大山山頂にある「阿夫利神社本社」までとなります。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 番外編・大山街道①(赤坂見附... | トップ |   
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。