年寄りの知恵袋

若い方々に色んな知識を教えたいと思っています!
実のなる木の剪定方法などを掲載予定です。

NO.1 僕が生まれるからの成長物語.

2016-10-20 05:06:38 | 日記
NO.1 僕は.3歳の頃体が弱くて、時々風邪を引いて咳が頻繫に出て、咳を咳ききれなくて
唇が黒く成る事が有ったらしく、そういう時は親が心配して.昔は村の外れに住んで居た年寄夫婦に、子供の状態を見て貰ったら、この子は名前が良すぎるからと言って.此れからは勝次と呼ぶ様に変えて貰ったらしい、当時は村の診療所に子供をおぶって診察に行くのに、1時間半位掛かったのでその都度、村の診療所に行って見て貰った結果は.大きく成って小学校に入学する前に、喉の施術をして貰った方が良いですよと言われたらしいですが、大きく成るに従ってそれ程風邪も引かなく成って来たので、施術をしなくても大丈夫だと.親が判断して遣らなかったと親が言って居ました。
 小学校に入学する時は名前も元に戻して呼ぶ様にしたらしい、僕は学校時代に運動が苦手で何故かと言うと、(走ると横腹が)すぐ痛く成って来て立って居られなく成る為、少ししゃがんで居ると痛みが止まる、運動会やマラソン等の走る事の有る時は.先生に言って除いて貰っておおえん役く、小学校も高学年に成ると男は日曜日に親父に連れられて、炭焼き釜の詰め替えのお手伝いに行った物でした。
 1日の仕事を終えて帰りには.大人は炭俵を2表ショイタに縛り付けて、僕は.家のコタツ等で使う炭、商品には細かすぎて売れないし.捨てるのには勿体ない大きさの炭(ゴズ)を(ふるいに掛けて振るった後)当時の麻袋に入れて貰って、ショイタに縛り付けて背負い.何時もの所で荷物を下ろして肩を休めながら、1ヵ所で15分位休憩を取りながら6回休み家に帰る。中学校生に成れば男は大人扱いの為.親や姉さんに付いて現場に行って.色々と自分に出来るお手伝いをする為、勉強は夕飯を食べた後にして寝た物でした。
 昔は山の奥で切った材木をトラックに積み込む所まで.運び出す方法は架線方式と言って、業者の飛び職の人達が現場の近くの広場で、(硬膏とは固いワイヤ-)3㎜線を.纏めて捩じって太さ4㎝のワイヤ-を一丸目にして、全長1.000m分用意した物を.この後は以前に文章に書いて有るので省きます。
 家や田んぼは平ですが、その他の畑けはナダラカな斜面で、お宮も無くて.とにかく平らな所が何処にも無かった為、遊ぶのには何時も皆をさそって下の河原に行って、砂場で遊んで居た物でした。朝.皆なで一緒に学校に行く途中で、岩入りの部落が見える所の道の上から、急に大きなイノシシが降りて来たので.皆がびっくりして.一緒に前に飛び通って振り向いて見たら、イノシシは道の下の桑畑を降りて、その先の林鉄の線路を越えて三峰川の.水深1m位で幅が6m位の川を泳ぎ越えて.その先の藪の中に姿を消した。次に続く、                                      
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