因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

東京芸術座公演№102『父を騙す-72年目の遺言-』

2017-08-15 | 舞台

*安保健原案 北原章彦作・演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋ホール 20日まで(1
 父を騙す(だます)。この題名には意味がふたつある。祖父の認知症が次第に重くなり、主に介護を担う祖母の心身も限界に近い。案ずる息子夫婦、孫たちはグループホームへの入居を勧めるが、夫婦ともに聞き入れない。ならば何も言わずに散歩に誘って連れて行こう。つまり「認知症の父を騙す」。そして72年前、正しい戦争と信じて人間魚雷回天の搭乗員の訓練を積んだ若き日の祖父は、戦死した友への罪悪感に苦悩する。改憲を訴える安倍晋三首相のテレビ会見を聞き、「おれたちはあいつのじいさんたちに騙されたんだ」と叫ぶ。当時の政府、軍部に「騙された自分」。

このふたつの意味するところが本作の核である。戦争の傷に苦しむ祖父母世代が、いかにその記憶を次世代に語り継げるか、次世代はどのように継承していくのかという問題を縦軸に、老々介護というまさに現在進行形の問題を横軸にした1時間50分の物語である。配役は一部ダブルキャストになっており、初日の今夜はAプロであった。

 片道分の燃料だけで出撃し、敵艦に体当たりするのが「神風特攻隊」。人間魚雷「回天」に脱出装置はなく、搭乗員は「死を覚悟」というより、死ぬ以外の選択はなかったのである。パンフレットを読むと、作・演出の北原章彦自身の父上の人生が色濃く投影された舞台であることがわかる。また広島・江田島の海軍兵学校で終戦を迎えたという俳優の鈴木瑞穂が戦時中の体験を語ったり、若い俳優に海軍の所作などを指導したり、元回天搭乗員で海軍少尉(劇中の若者と同じ立場)であった97歳の岩井忠正氏の寄稿など、体験者たちの「伝えたい」思いと、次世代の「受け継ぎたい」思い、それぞれの意志が強く伝わってくる。

  劇の冒頭、東欧の仮面劇を思わせる扮装のコロス(パンフレットには「亡霊たち」と記載)が登場し、コロスは劇中何度が密やかに登場し、舞台装置の移動など黒子的な動きをしたり、不気味な雰囲気を漂わせて人々を監視し、操る権力者の風に佇んでいたりする。冒頭のマイムの時間が観劇に臨む心身に対していささか長く感じられた。洗練された動きから俳優の鍛錬が窺われるものではあるが、困惑したのも正直なところである。

  物語は、現在と孫役の俳優が二役で若き日の祖父を演じる72年前の場面が交錯しながら進行する。終盤近くなって祖父ははじめて妻の名を呼ぶ。そして、戦死した親友の許嫁と一緒になったことがわかる。むろん開演前にパンフレットの配役表を見ていれば自明のことであるし、十分に予想できる流れだが、戦友の妹や許嫁に若き日の祖父が苦しみながら戦死について伝えたであろうことや、義務感や責任感だけでなく、心を通わせあって家庭を持ち、育んできた春秋が豊かに想像できるのは、適材適所に配された俳優の誠実な演技のためであろう。とくに筆者が観劇したAプロでは、若き日の五月役の江部茜の質実な雰囲気が老いた五月役芝田陽子にぴたり結びつき、「あのときの五月が」と感無量になったほどであった。

 その悲しみや苦しみだけでない、柔らかで温かな幸せの日々をも忘れてしまうかもしれない。祖父の心情は察するにあまりある。が、祖父が患う「レビー小体型認知症」について、パンフレットには見開き2ページ分の解説があり、さらにそのページが別途印刷されて折り込まれていたりなど、「訴えどころ」のバランスに少々困惑したのもたしかである。認知症と一口に言ってもいくつもの型があり、さらに症状は人によって異なるため、治療や介護には細やかな配慮と忍耐が必要となる。しかしながら戦争による傷の深さと、それゆえの継承の重要性という縦軸が非常に強いため、舞台で描かれている認知症とその介護をめぐる家族の問題については、いささか物足りない印象をもった。

  東京芸術座は1959年に創立され、小林多喜二の『蟹工船』はじめ社会性の強い作品を主軸に、翻訳劇や春のアトリエ公演『おんやりょう』のように、新進作家による書き下ろしも上演し、全国ツアーも行う筋金入りの老舗劇団である。出会うのが遅くなったことが悔やまれるが、誠実で堅固な劇団の気風はほんとうに好ましく、その歩みに何とか追いつき、追いかけたいと願っている。

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