因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

板橋ビューネ2017参加 シア・トリエプロデュース公演#5 三島由紀夫 近代能楽集

2017-11-04 | 舞台

板橋ビューネ2017参加(1,2シア・トリエプロデュース公演#5 
*三島由紀夫作 大信ペリカン構成・演出・舞台美術 5日で終了
 三島作品のなかでも、近代能楽集は観劇の機会が多い。とくに『葵上』は昨年も同じ時期にMinami Produce verse.07 「ドラマ>リーディング『近・現代戯曲を読む』」を見たばかりであるし、このブログをはじめる前に見た舞台も数本あり、一度きちんと観劇歴を整理しておきたい。

 シア・トリエの母体である満塁鳥王一座の旗揚げは1996年、劇場での上演にこだわらず、活動拠点である福島県福島市はじめ、東京、岩手、仙台など各地において、仮設テントや学校の教室、ギャラリーなどで上演を行ってきた。2015年、劇団名をシア・トリエと改名し、今日に至る。
 劇場入って正面を舞台にし、客席を細長く数列に配置してある。舞台には背もたれのない木製の腰掛状のものがいくつか置かれ、下の部分にはいろいろな花が詰められている。天井には細木と葡萄の実のようなものが組み合わさったオブジェが取り付けられ、ところどころに小さなランプがある。サブテレニアンは「黒」のイメージが強いが、今回は明るく柔らかな色彩で、訪れる観客をまずは目から和ませてくれる。

 白やベージュの生成りのような素材の俳優の衣裳は、現代的ではあるが、いわゆるスーツやワンピース、和服でもない無国籍風のラフなものである。前述の腰掛が大実業家・宗盛が座る安楽椅子にも、若妻の眠るベッドにもなり、ほかに大道具や小道具のほとんどない、まことにシンプルな作りである。かと思うと電話がかかってくる場面では、登場人物は堂々とスマホを使うなど、いろいろな面で「捉われていない」ことが感じられた。6名の俳優ほとんどが3作品にちがう役で次々に登場し、休憩なしで一気に上演する。

 戯曲の捉え方というものを改めて考える。この戯曲のこの台詞を、俳優はどのような声の高さ、速さ、色合いで発し、どんな表情としぐさで表すのがふさわしいのか。そしてどのような衣裳、音響や照明、舞台美術なら、戯曲と俳優をより鮮やかに舞台の上に活かすことができるのか。

『葵上』と『熊野』については、数人の俳優の造形に対してしっくりしない印象があった。『葵上』は若林光と、かつて彼と恋仲であった六条康子が、病で臥せっている光の妻をかたわらに繰り広げる過去の愛と現在との断絶を描いたものだ。病室の現在と、湖での過去が幻想的に入り交じる。そのなかで、冒頭だけ登場する看護婦にはどのような役割があるのか。看護婦は好男子の光を見てそわそわする。そしてこの病院で受けている精神分析療法によって、性的コンプレックスを解放していること、医師たちも心得たもので、必要なときにはセックスという薬を処方しているなどと話す。そうとうに際どい話であり、看護婦は、若い夫婦と年上のかつての愛人をこの場に呼び寄せる媚薬的存在ではないだろうか。そこで、今回の看護婦の造形を、どう受け止めればよいのか。

『熊野』においては効果音や音楽が駆使され、俳優は歌舞伎役者が見得を切るような演技を多用している。最初のうちは斬新に感じるが、パターンになってしまうと台詞そのものの意味、何を伝えるために書かれた台詞なのか、大切なことが薄まる印象があった。また3編通して、台詞術や舞台に立つことに対して、ベテランと若手のバランスを整える必要があるだろう。『熊野』のタイトルロールであるユヤは、大実業家の「小さな美しい悲しみの人形」的存在でなく、したたかな面も持ち、叙情を感じさせる人物である。また『弱法師』の桜間は、俊徳との距離感が微妙に変容する。難しく、それだけに旨みがあり、見る者を舞台に導く役割を有するからである。

 最後の『弱法師』に至って俳優の演技が落ち着き、見ごたえのある舞台となった。とくに俊徳役の那須大洋は、直前の『熊野』で、大実業家の愛人ユヤの友人朝子(つまり女性役)を非常に自然に演じてのち、盲目の傲岸不遜な、それでいて「どうしてだか、誰からも愛される」青年役である。朝子として登場したとき、ほんとうに女性ではと思った。しかしことさらに声やしぐさを変えているわけではない。うわべを作るではなく、もっとおなかの底からの演技であると思われる。
 本作はずいぶん前に蜷川幸雄演出の舞台を見たことがある。俊徳役の藤原竜也の台詞の過剰な言い方に対して終始違和感が拭えず、彼が爆発する終盤の盛り上がりにもついていけなかった記憶がある。
 那須の演じる俊徳も次第に高ぶり、激高する。しかし彼の風貌や声には不思議な柔らかみがあり、演技に余白というのだろうか、見る者をあまり追い詰めず疲れさせない魅力があるのだ。これまで彼のような俳優を見た記憶がなく、これから幅広くさまざまな役柄を演じることを想像すると、大変楽しみである。

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