因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

サニーサイドウォーカー『籠釣瓶花街酔醒』

2007-10-22 | 舞台
*山元清多脚色 西沢栄治演出 公式サイトはこちら 新宿シアターブラッツ 公演は21日で終了
 題名は「かごつるべさとのえいざめ」と読む。『オセロー』のあとの観劇で、偶然だが男が女を殺めてしまう物語を続けてみることになった。ある劇団が『籠釣瓶~』を上演しようとしている。花魁八ツ橋にふさわしい女優がみつからず困っていたところに、演技経験はないが非常に魅力的な女性(斎藤範子/Theatre劇団子)が連れてこられる。演出と主役の次郎左衛門を兼ねる座長の次郎(成瀬優和)はたちまち彼女の虜になり、演目の『籠釣瓶~』さながら身を滅ぼしていく。

 歌舞伎の『籠釣瓶~』は数回みたことがある。醜いあばた面だが誠実な商人の次郎左衛門が花魁八ツ橋に一目惚れする。身請けの話も進んだのに、花魁の親代わりや間夫の横やりで花魁は心ならずも次郎左衛門に愛想尽かしをする。満座で恥をかかされた次郎左衛門はきっぱりと身請けを諦めるが、数ヶ月後再び吉原に現れ、籠釣瓶という名刀で花魁をめった斬りにしてしまう。非常に後味の悪い話で(笑)、物語そのもののみどころが正直よくわからない。

 今回次郎左衛門を演じる成瀬優和は市川染五郎似の二枚目である。田舎出の商人には程遠い印象なのだが、稽古の場で物腰低く心優しい次郎左衛門を演じている様子はとても好もしい。対して八ツ橋に抜擢されたのはどこかでストリップをしていたらしいわけありの女性(劇中も八ツ橋と呼ばれていたように記憶する)で、稽古にも不熱心でトラブルばかり起こしている。当然劇団員は反発するが、座長は芝居を上演したい熱意と八ツ橋への恋情で身動きが取れなくなり、そのうち八ツ橋の情夫のような男も現れて、稽古場は次第に混乱していく。

 『籠釣瓶~』そのものの世界と稽古をしている俳優たちの世界が行き来しながら進んでいく。きっちり歌舞伎風に台詞を言っていたと思うと、「おまえ沖津のマネージャーやってんだってな」と現実の話になったり、演じる俳優がト書き部分を台詞のように言いながら演技をしたり、虚実ないまぜになるおもしろさを狙った演出と思われる。それが効果をあげているところも確かにあったが、もう少しめりはり、緩急が欲しいと感じた。また演出家と主演女優の恋愛云々という設定は、現実がどうであるかは別として展開の読める話でもある。八ツ橋を演じる女優さんは確かに美しく魅力的ではあるが、純朴な男が一目で参ってしまう色香という点で無理があったと思う。斎藤範子は6月に上演された『罪と罰』JAM SESSION 西沢栄治演出)で冷徹な判事を演じていたのが記憶に新しい。一見地味だが、時間をかけてその聡明な美しさが伝わってくるような女性を演じたらきっと素敵だろう。

 とあれこれ並べてしまったが、幕切れの光景には思わず背筋がぞくっとした。舞台奥に桜の咲き乱れる中に美しい八ツ橋が現れる。芝居の上演もかなわず、八ツ橋(現実の女性)にも去られた次郎がそれをみつめ、しみじみと味わい深く「宿へ行くのが、いやになった」と次郎左衛門の台詞を言う。何度も聞いた台詞である。俳優も何度となく稽古した台詞。しかし初めて目にして思わず漏れてしまったような新鮮さと同時に、「ああ、こうして人は恋の深みに落ちてしまうのだ」という諦念と悟りのようなものすら感じられた。次郎は知っているのだ。あの美しい花魁がやがて自分の身を破滅させることを。何もかもが次郎の夢だったのか、人が愚かしくも繰り返す恋の悲しさなのか。終演後ぼんやりと帰路に着く。一夜の夢のような不思議な時間であった。

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