因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団フライングステージ ドラマリーディング『二人でお茶を TEA FOR TWO』&『陽気な幽霊 GAY SPIRIT』

2017-11-11 | 舞台

*関根信一作・演出 公式サイトはこちら 下北沢/OFFOFFシアター 12日で終了
 第43回公演『LIFE,LIVE ライフ、ライブ』上演中、過去の代表作ふたつのリーディング公演が行われた。過去、現在そして未来のフライングステージを考える上で、非常に嬉しい観劇となった。

『二人でお茶を TEA FOR TWO』
 当日リーフレットによれば、1998年に関根信一がA.G.S(現・札幌座)に客演し、稽古のため1カ月札幌に逗留したホテルがこの作品のモデルとのこと。

 酔った勢いで一夜をともにしてしまったふたりのゲイが、1年に一度ずつの逢瀬を重ねることになり、その四半世紀の歩みを数年ごとに描いていく。バーナード・スレイドの戯曲で、加藤健一と高畑淳子共演の名舞台『セイムタイムネクストイヤー』の設定を借り、人物をゲイに、時代を日本のゲイシーンにとって大きな変化のあった1980年から2005年に置き換えた「リスペクト&オマージュ作品」である。

 2005年に初演、翌年札幌公演を行い、2008年1月再演された。この再演の舞台を見ることができ、そのときの劇評がこちらである。若書き(若くないか)と申しますか、ぎこちなく肩に力の入った文章で大変お恥ずかしいのですが、これも観客の歩みとしてご笑覧くだされば幸甚です。

 予備校の数学教師である亮平を阪上善樹(最初の年齢は25歳)、大学生の健人を関根信一(同20歳)にはじまり、最後は亮平は50歳、健人は45歳になる。本式の上演の場合、登場人物はもうひとり、場面ごとにホテルのおばちゃんが部屋を片付け、客席に「〇〇年」のカードを見せ、これからはじまる場面を示す役割を果たす。2008年台詞のないこの役を演じた石関準がト書きを語り、3人が椅子に掛けたまま台本を読むという、非常にシンプルなリーディングとなった。

 ほぼ10年ぶりの『二人でお茶を』は、懐かしくも新鮮であり、より味わい深いものであった。実を言うと、自分は「リスペクト」と「オマージュ」ということばが大変苦手である。感情を抑制し、整ったことばでその感覚を記す自信がないので、これ以上は述べないが、本作からそういった印象はまったく湧かなかった。『セイムタイムネクストイヤー』の素晴らしさが改めて感じられるとともに、本作には関根信一の確固たる信念と独自性があり、本歌に凭れぬ堂々たる「本歌取り」と言えよう。

 『陽気な幽霊 GAY SPIRIT』
 ノエル・カワードの同名の作品からタイトルを取ったもの。1996年の初演は、今回と同じ下北沢/OFFOFFシアターで、その後大塚のジェルスホールでの再演で池袋演劇祭に参加、大賞を受賞した。ゲイコミュニティのなかの劇団が、「ふつうの」劇団として世の中に出て行くきっかけになった作品とのこと。自分は今回が初見となった。

 自分がゲイであることに気づいた19歳の柾(石関準)が、はじめてゲイパレードを見に行った日、母親に自分のセクシュアリティを告白しようとためらう彼の耳に、突然聞こえてきた声が。これがゲイの幽霊「れいちゃん」(関根)で、彼はことあるごとに柾の前に現れ、あれこれと世話を焼いては疎まれたり、頼られたりする。基本的に柾にだけすがたが見える設定だが、多少の例外もあり、それが物語を混乱させたり、まとめたりもする。終盤の映画『ゴースト~ニューヨークの幻』を彷彿させる場面には、思わず胸が詰まった。

 ト書きは前半を中嶌聡が担当し、柾が心を寄せる優しいゲイ・田代役の出番がはじまる後半から、高木充子に交替する。高木も「おこげ」の女子大生役があって、なかなか忙しい。俳優は台本を手に持っているが、椅子には掛けず、本式の上演と同じように、出番に応じて出捌けする。後半では本格的女装のゲイバーのママ(岸本啓孝)や、ドラアグクィーン(モイラ)も登場する豪華リーディングで、これまで見てきた同劇団の舞台よりも長めの1時間55分を飽きさせない。

 劇団のメールマガジン「FS通信」において関根信一は、「(本作は)セリフが長くて説明が多い。当時はていねいに書かなくてはいけない、間違って受け取られたくないという心配だった」と記している。演劇が観客に見せるものである以上、正しく受け取られねばならないという懸念は作り手を悩ますものであろう。しかしぎりぎりまで言葉を選び、表現を吟味した結果、観客がどう受け取るかは神のみぞ知る領域になり、仮に大きく誤解されたとしても、それをも受容のひとつのかたちであると思えれば、作り手と受け手がより柔軟に舞台を通して交わることができると思う。
 関根は「間違って伝わるなら、それはそれでおもしろいと思えるようになった」とのこと。旗揚げから四半世紀、作品は間口が広がり、しかしそこに入ると思いのほか深いところまで見るものを連れて行く。

『陽気な幽霊』初演から20年あまり、『二人でお茶を』からも12年が経ち、さまざまな媒体においてLGBTということばをよく見聞きするようになった。渋谷区と世田谷区に次いで、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市、今年6月には北海道札幌市でも同性パートナーシップ申請がはじまった。学校や企業、自治体においても、多様なセクシュアリティに対応すべく、試行錯誤が始まっている。世の中は確実に変化しているのだ。

 ではこのリーディング2作がもはや古い作品かというと、そのような印象はまったく感じられず、また「昔はこんなことがあった」という懐古でもなく、極めて普遍的な内容を持つことが改めてわかる。それはセクシュアリティは人間1人ひとりの問題であり、気づいたときの衝撃や困惑、家族や友だちへのカミングアウトのむずかしさ、周囲の無理解や不寛容は依然として存在することの証左でもある。

「まさか自分の身に(あるいは親しい人)そのようなことがあるとは!」という気持ちが正直なところで、いくらテレビなどでよく聞いていても、自分自身の問題として「降ってくる」ことを想像するのはむずかしい。

 劇団が産声をあげた1992年、自分にとってセクシャルマイノリティというのは、あるところにはあるのだろうが、どこか遠くに存在する、完全な「よそ事」であった。しかし2005年夏、はじめてフライングステージの舞台に出会って以来、この認識は次第に変容していき、もっと広く人間や社会、生きるということを考えるきっかけとなった。予想もしなかったことであり、このような幸運が「降ってくる」ことこそ、演劇を見る楽しみであり、生きる志につながっていくのである。

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