因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝稽古場公演 『をさの音』

2017-02-25 | 舞台

*三好十郎作 渾大防一枝演出 公式サイトはこちら 劇団民藝稽古場内スタジオM 27日まで
 タイトルは、「おさのおと」と読む。「をさ」とは「筬」であり、機織り機の部品のひとつで、経糸(たていと)の位置を整え、打ち込んだ緯糸(よこいと)を押して、さらにしっかりと定位置に収めるのに用いられる。竹または金属の薄片が櫛のように並び、枠がついている。画像はこちら

 当日リーフレットに掲載の演出・渾大防一枝の挨拶文によれば、本作は1941年春に脱稿されたとのこと。この年の12月、日本は太平洋戦争に突入する。主人公の緒方次郎(吉岡扶敏)は、中国戦線で目を負傷し、盲目となってふるさとの村に帰還したばかりだ。兄と病弱で身重のその妻、弟の末吉(細山誉也)が田畑を耕して、ようよう暮らしている。村の人々は次郎を温かく迎え、今日も村の長老や青年団、女学生たちで作った楽隊が歌や踊りを披露し、傷ついた次郎を励ます。日露戦争で足に怪我を負った儀八爺さんは、賑やかな輪には入らず、縁側の隅に隠れて次郎を見守る。
 次郎が弟の末吉に手紙の口述筆記を頼むが、誰にあてたものかは言わない。やがてそれは将来を誓い合った許嫁の夏子(いまむら小穂)への愛情溢れる言葉の数々であることがわかる。

 三好十郎が戦争に翻弄される人々を描いた作品には、悪役とかヒールとひとくくりにできない、一筋縄ではゆかない人物が登場する。その人のもともとの性格でもあり、戦争体験のために歪められた痛ましい様相が容赦なく示されるのだが、本作はみごとに善意の人々ばかりである。そういった場合、劇世界が薄く、ご都合主義に感じられることが少なくないが、まことに清々しく、気持ちの良い物語である。

 前述のように脱稿は1941年、発表は1942年で(その翌年に文化座によって初演された)、太平洋戦争の真っただ中である。これから戦争ははますます激しくなり、人々の暮らしは否応なく追い詰められてゆく。それを思うと新しい人生を歩みはじめようとする次郎と夏子の喜びや、二人を祝福する家族や村の人々の温かさが、いっそう悲しく迫ってくるのである。

 しかし本作に虚しさはない。どんな時代であっても人間は希望を抱き続けるものであること、人間の善なることを信じたいという気持ちにさせられる。以前は聞こえなかったのに、盲目となって次郎の耳に届いた機織りの音(をさの音)が象徴するのは、何かを無くしたことによって得られるものがあり、それがその人の人生を豊かにする可能性があるということではないだろうか。

 1時間25分の短い一幕ものだが、凝縮されたメッセージがまっすぐにつたわってきて、とても味わい深く、いい芝居であった。カーテンコールでは主演の吉岡扶敏が「念願だったこの作品が上演できて嬉しい」と挨拶され、詳しい事情はわからないが、長年温めてきた企画が実現した喜びが伝わり、こちらまで幸せな気持ちになり、嬉しい観劇であった。

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