”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2016年10月29日 12時16分19秒 | Weblog

10月29日(土) 晴

昨日は不名誉ながら平針にて一日中講習を受講することになり、雨天の中受講してきた。運転実技やらシュミレ―ターでの運転やら運転適性操作などいろいろ受講してきた。その中で自分では若いものと変わらないと思っていたアクセル・ブレーキの反応に結構ムラがあることを指摘されてしまった。素早い反応もできるが集中が継続すると遅れることがあり、その差が0.75秒と言う結果でした。ちょっと不満はあるが長距離運転をよくする自分としては休息を取りながら運転するように心がけたいと思った一日であった。

ところで今日も何事もない一日第3弾として「蒙求ものがたり」の話をしてみよう。
蒙求ものがたりは今からおよそ1300年前の中国・唐の時代に編纂された学問の入門書のようなものである。中国の古代から南北朝時代(6世紀)に至るまでの人の言行美悪を取りあげ四字熟語の体裁で記された書である。自分は夏目漱石の俳句にしばしば出て来る熟語の意味がわからず、その原典が「蒙求ものがたり」あることが分かってから読み出したのですが、中国の古代歴史上の人物の言行から我々が日常使っていることわざや熟語の語源となった話ががたくさん出て来るので中々興味深い本なのです。

水魚の交わり(魚と水のような親密で離れがたい友情や交際の喩えとして使われています)

これは「孔明臥龍(こうめいがりゅう)」と言う話の中で劉備玄徳が諸葛孔明を譜代の臣の上席に据えて師と仰いだため関羽や張飛が不平を漏らした時に劉備が言った言葉 「我の孔明あるは丁度魚の水のあるが如し、魚にして水なければ死するが如く、我に孔明なくば大事を為すこと能わず。」から水魚の交わりと言われるようになった。

まずは隗(かい)より始めよ

これは「燕昭築薹(えんしょうちくだい)」と言う話の中で戦国時代(秦の始皇帝が出て来る前の動乱の時代)に燕の昭王が賢氏を招くための相談を郭隗(かくかい)にしたところ、「賢氏を招致せんと欲されるならば、先ず臣隗より始めて礼遇し給え、・・・」が語源となった。

四知(天知り、地知り、我知り、子知る)

これは「震畏四知(しんいしち)と言う話の中で後漢時代の楊震(ようしん)と言う州の長官から郡の太守に栄転して行く時に自分が科挙に推挙した王蜜(おうみつ)が謁見して誰も知る者はいないからと金十斤を贈ったが楊震は受け取らず「君は知る者無しと言うが天知り、地知り、我知り、子知る。どうして知る者が無しと謂えるか」と言ったので王蜜は自分を恥じて去っていったと言う話からの言葉である。

まだまだ「実力伯仲」「「覆水盆に返らず」「孟母三遷」などなどたくさんありますが長くなり過ぎたのでこれまでです。暇人と言うのは話が長くなって困りますね。

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