”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話(ウォーキング16-06)

2016年09月30日 14時32分23秒 | 趣味

今日は9月30日ですが昨日まで群馬県高崎市にある日本百名城の箕輪城跡を歩き、翌日から軽井沢で2日連続でゴルフをしてきました。話は盛りだくさんですので一日毎に書くことにします。

9月27日(火) 晴

久しぶりに晴れたのは良いけど蒸し暑い一日でした。
朝8時発のワイドビューしなので名古屋を発ち、長野で新幹線に乗り継ぎ高崎に12時すぎに到着。高崎からバスで箕郷と言うところに行きます。バス乗り場を探し、案内所で聞くと1時間後までバスはありません。駅のコインロッカーに荷物を預けリュックに城巡りグッズを詰め込んでバスを待ちます。新幹線の中で野沢菜のおむすびを食べたので昼食を摂る気にもならず、コンビニでスタミナドリンクを飲んでタバコを1本。ワイドビューも長野新幹線も全車禁煙で、東海道新幹線のような喫煙ルームもありません。なのでこの日は久しぶりの喫煙でしたが暑い日差しの中でコンビニの灰皿の前ではとても何本も吸えず早々に駅構内の土産物店をブラブラ。
やっと来たバスに揺られて30分、箕郷支所に着く。ここで箕輪城跡の地図や説明書をいただき、百名城スタンプを押していよいよウォーキング開始。
箕輪の旧城下町と言っても何もない通りを約20分歩きます。まぁちょっと旧城下のなごりは感じられます。



でもこの通りには店舗は1軒もなく、人通りもまったくありません。あるのは箕輪城と書いた旗だけが通りに沿ってたなびいているだけです。


榛名山の山麓に差し掛かると登り口が見えてきました。



ここまでは良かったのですが、この先からはイノシシ注意の看板と獣道のような狭い山道でした。ほとんど人が通らないのか顔に蜘蛛の巣ばかりがかかります。10分ほど登って行くと少し開けてきました。その先では城門の再現工事が行われているようです。100名城と言われているけど城跡はあまり整備されていなかった感じです。工事現場を迂回して二の丸に向かいます。



二の丸を過ぎるといよいよ本丸跡です。本丸跡はただ草が生い茂っているだけです。草が深くてとても中には入れません。





この草だらけの本丸跡は滋賀の小谷城跡と良く似た感じです。本丸をさらに奥に進むと御前曲輪跡に出ます。ここは城主の館跡と言われているようです。こんな説明板がありました。



御前曲輪跡は比較的整備されていて、古井戸跡や芭蕉の「夏草や兵ものどもの夢のあと」句碑や箕輪城跡の杭まであります。ここは猛将長野業政の館であり、武田信玄に滅ばされた息子の長野業盛が自刃して果てた場所です。



約1時間城跡を巡っていましたが、会ったのは学芸員らしき老人だけでした。100名城巡りの話をしていると読んで下さいと箕輪城の説明書を渡されました。まぁこれから100名城にふさわしい整備をしてくれるのでしょう。

城跡をひと巡りして別の登城口から降りてもと来た城下を下ります。喫茶店も食堂もなくあるのは自販機だけの町並みを歩き、汗びっしょりになりながら缶コーヒーを2本も飲みながら待つこと30分。やっと高崎の市街に戻りました。
予定通り午後5時にビジネスホテルに無事チェックイン。とにかくシャワーを浴びて高崎の夜は魚料理の居酒屋。一人カウンターで飲むビールは意外とよくまわります。フラフラになって即ベッドインです。

さて翌28日は軽井沢で友人達と待ち合わせてゴルフですがそれはまた別途。

ここまで読んでいただきありがとうございました。ほんとうは戦国武将長野氏の興亡やその後織田氏、後北条氏、徳川氏の城となり、家康子飼いの井伊直政の城となる話もしたいところでしたが長くなるので止めにしました。でも武田信玄の大軍に攻められながらも箕輪城を守り抜いた猛将長野業政や小田原攻めの後、家康が上州の要として高い石高で封じた井伊直政の修復と高崎移転で廃城となる話だけは知って下さい。

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