西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

脳の可塑性と多様性

2012-02-22 | 色々な仮説や疑問
最近、東大薬学部准教授の池谷裕二さんの『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)という本をざっと読んだ。大変刺激を受ける本だった。

その多彩な内容から「脳の可塑性と多様性」が人類生き延びの要件では、というところに気が行った。「脳の可塑性」とは、脳は遺伝で先天的に決まってしまうのではなく後天的に努力によって、その能力は伸びるということで、努力家にとっては有難いことだ。

しかし、人類(というとオーバーだが)皆伸びて、いわゆる「秀才」「100点人間」ばかりになったら、これはヤバイということになる。

社会も伸びている間はいいが、一旦「コケル」と全体がコケテ滅亡に落ち込む危険も一気に出てくる。

そこで重要になるのが秀才もいるが鈍才も自由に生き延びる可能性を確保していることだ。アリの行列を例に紹介したい。アリが行列をつくってえさを巣に運んでいるのを目撃したことはないだろうか。この行列は、どのようにして出来るのか。

アリがえさを見つけて運び出すと、誘因性と揮発性のフェロモンを出すように進化したようだ。そうするとそのルートにえさを探しているアリの仲間が一斉に集まって次々えさを運びだし同じフェロモンを出すので列が続くのである。

ところで、アリはそういう働きアリばかりでなくぶらぶらしていて、そのルートを外れて歩いているアリも許容して生み出している。

これらは、何のために存在するのか。これらは、端的に言って、先に見つかったえさルートより「短い直線的なルート」を見つけつくるための「遊撃隊」と言ってよい。

そのルートを見つけると、やはり誘因性、揮発性のフェロモンを出してえさを運ぶが、直線でルートが短いので揮発性のフェロモンは先の曲がりくねって長いルートより残りやすく有利である。えさを運ぶ労力も少なくなって良い。

ここで分かるのは、世の中エリートの「100点秀才」ばかりでは、強靭な社会は築けず、多様な人材が集まっていることが大事ということだ。

日本の教育は、せっかく「ゆとり」教育という「多様人間」への試みをしていたのに、また「秀才人間」教育に「逆戻り」、長い目で考え抜く癖が出来ていない。情けないね。
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日本の教育 朝日出版社
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2 コメント

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脳の可塑性と多様性 (ヘルシーとんぼ)
2012-02-23 20:34:32
大変興味深い内容ですね。
コメントありがとう (ichiro)
2012-02-24 09:22:09
コメントありがとうございます。
地域snsで、又リアルに駄弁りたいですね。

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