「失敗してもいい」なんて気安く言うもんじゃあない

先日はてなブックマークを眺めておりましたら、名古屋のとある大学生が「敷かれたレールに乗ってるだけの人生なんてつまんねーから大学中退して起業する、ただしどういうビジネスをするかは未定」という大変ロックな宣言をブログでぶち上げて話題になっているのを見かけました。ふつうはやりたいコトが先にあって、それを実現するために大学を辞めるとか起業するっていう選択肢があるんだと思うんですが、見事なまでに手段と目的が逆転している様を見て脳内のポルナレフが口をパクパクさせておりました。

しかしまぁ人様の人生なので、それはそれでまぁどうでもいいんですけど。

ただ、その記事に寄せられたリアクションを少し眺めてみると、批判的な意見が目立つ一方で、「失敗したっていいじゃないか、行動することが大事なんだ」という人もちらほら見受けられました。これ、良いこと言っているようにも聞こえますが、大事なコトが抜けているように思うんですね。失敗を恐れずに行動するコトが大事、それは確かにそう。ただし、そこには2つほど条件があると思ってます。

まずひとつは、失敗する前提で行動しないこと。「9割方失敗するだろうけど、ダメ元で」という行動はだいたい有益な経験にはなりません。なんせ言い訳が先に立っちゃってるんで、真剣に取り組まなくなるから。自分がやれる限り目一杯成功する確度を引き上げる算段をしてそれでも失敗したなら、その過程は良い経験になるでしょう。

ふたつめは、失敗したあとに「失敗した理由」を客観的に分析できること。「客観的に」です。仲の良いグループで集まって、「今回は運が悪かったよ、な」ではダメ。失敗した経験を将来の糧にするには、「なぜ失敗したか」を見つめ直して同じ失敗を繰り返さない、というコトが肝要かと思います。この分析をおろそかにすると人は面白いくらい同じ失敗を繰り返しますし、そういう人間は世の中ごまんといます。

世の中の大企業と呼ばれるような会社って、こうした「失敗を資産にするプロセス」を確立できているんじゃないかと思うんですね。愛知県だと某世界一の生産台数を誇る自動車メーカーの社内文化が有名ですし、その文化に影響を受けた経営者も多いのではないかと思います。

しかし、そうした文化は長い歴史と膨大な失敗と成功の繰り返しの中で育まれてきたであろうモノなワケで、これを社会経験の無い大学生がやれるか、という話で。いやたまに怪物みたいな若者もいるんですよ。恐ろしく客観的な、慢心も謙遜も無い自己評価ができたりするようなヤツが。でもそんなのはホントに一握りで、件の彼がそういうタイプの人間だとはちょっと思えない。そういう若者に対して、「失敗したっていい」とポンポン言うのもちょいと無責任じゃあないかな、なんて思ったりしたのでした。まぁ他人事なんで無責任にもなりますが。それはその若者の失敗をフォロー(尻ぬぐい)してあげるコトができる人だけが言える言葉ですよ。

サラリーマンとして組織の一員になるというコトは、そういうビジネスに必要な文化を学ぶ機会にもなるワケです。そういうのを全部放り投げて、なんの経験も無いまま起業するというのは、余程強固な「やりたいこと」が無いと成し得られないと思うんですよね。たぶんモチベーションがもたない。

『山を登る時、ルートもわからん!頂上がどこにあるかもわからんでは遭難は確実なんじゃ!確実!そうコーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実じゃッ!』(by ジョセフ・ジョースター)

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