地球散歩♪

いもとなおこのBLOG

カリブ海のパラダイス・ハイチ編♪

せんせー!

2012年02月06日 | haïti

 

母音一字多くない?

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7時間ハイク

2012年02月05日 | haïti

山登りは続く。

 

だいたいこんな山道で、どうやって建設資材を運ぶって言うんだ?

ロバも馬も通れない道もある。

人は元気にひょいひょいと上っていく。

時折裸足で、頭に物を乗せて。

ゴツゴツの岩も、雨で濡れた泥だらけの道も、動物の糞もへっちゃら。

でもこちらとしては糞から感染し得るコレラが怖いんですが。

新鮮な空気が清々しい。

こんなに長いハイキングはいつぶりだろう。

私の体力、まだまだいけますな。

フラットシューズもジーンズも泥まみれ。

運動靴で来れば良かった。

いくら歩いてもまだ着かない。

歩けば歩くほど、人々の側を通り過ぎる度、気持ちが押される。

アクセス困難なこの土地に、良い教育の機会の手助けをして、

よりよい生活を営めるように。

 

教育指導官は泣きそうになっている。

道中ずっと「しんどいしんどい」と弱音を吐いている。

でも川では必ず手を引いてくれて、

泥だらけの困難な山道では手を差し伸べてくれる。

私の貴重な水を勝手に鞄からとって飲みやがったけど。

最初は、こんな太ったおじさん捕まえて、こんな大変な視察を強いて、

水もないし、この人心臓発作か糖尿病かなんかでいきなり倒れたらどうしよう、私の責任だ、と思ったけど、

足が痛いだけみたいだから、そのまま歩いてもらいました。

こういう山の中の学校を訪れるのも彼の仕事なのに、こうでもしないと行かないから・・・

 

歩くこと計4時間、やっと見えたーーー。

 

今までひとつも学校がなかった村に昨年10月に作られた学校。

全部コミュニティの手作り。

ここに350人。

外にも溢れ出る。

雨が降ったら中止。

 

この子も、

この子も、

この子たちも、

4人の子どもがいるこのお母さんも、

村に初めての学校ができたことが嬉しくてたまらない。

初めて学ぶことが嬉しくてたまらない。

この子たちには学ぶ権利があるし、

明日を担う人間になってもらわなくてはならない。

校長先生。

他の4人の先生たちは、みんな資格もないし、初めての教師体験。

1週間研修しただけ。

6歳から16歳まで、みんな1年生。

黒板もノートもない。

ここの先生たちもまだ給与未納。

それでも未来があるという。

 

すべての人々に教育の機会を。

教育は基本的人権。

問題だらけで目を覆いたくなる現状だけれど、

ハイチは少しずつ変わっていっている。

 

さて、我が事務所は建設を決行できるのだろうか。

以前読んだ Three cups of tea という本を思い出す。

アメリカ人が、パキスタンの山奥に学校を作る話。

村人が長い山道、資材を運んで、

何年もかかってやっと作り上げた。

私たちにそんなリスクを負えるか。

お金も今年末までで期限切れになる。

これができたら、たぶん人生でも重要な出来事になる。

駄目だったらけなしてください。

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山の中の学校

2012年02月04日 | haïti

ハイチの北県に出張に来ています。

今回で5回目か6回目。

前回も予約をしなくて、すさんだホテルに泊まらざるを得なくて泣きを見たくせに、

結局今回も、5日前くらいにアシスタントくんに頼んだけれど、予約はされなかった。

これからは自分でやるべきだ。

ホテル7件回って全部空きがなく、結局街中の国連指定外のカラオケボックスみたいなホテルに泊まる。

自分の大きな乳房を触っている金髪女性のポスターがいきなり張ってある。

どんなホテルや。

シャワーは相変わらずお湯は出ないし、ヘッドがなくてホースみたいな出方するけれど、

この際あまり考えないで寝よう。

 

今回の出張、任務はいろいろあるんだけれど、一番の目的は、今度建てるかもしれない学校の下見。

それがとても遠いらしく。

山の上らしく。

そのくらいの情報。地図もちゃんとしたのがなくて。

「だいじょぶ、だいじょぶ。行こう」と何も考えずに言う私。

怪訝そうな同僚と学校指導官。

この後の展開をまったく予期せず、よくわからないうちにスタートしました。

写真満載でお送りします。

 

まず道中で朝ご飯の腹ごしらえ。

これ何?

 

マニョック。

ジャガ芋に近い。

あまり味はないけれど、すごい弾力で歯ごたえが良い。

 

ボコボコ道をドライブすること2時間。ここからは車が入れない。

いきなり川越え。

 余裕の笑顔。気持ちいい〜

転ばないようにそろ〜っとわたる。

慣れている地元民たちはさすが。

日々の生活の一部。

 

 

 緑の蜘蛛を発見。

 

川を越えながら山道を1時間半くらい歩いて、

一つ目の学校に到着。

土曜日だから学校はお休み。

それにしても何もない。

生徒数は500人。

新大統領の教育無償化政策で新しく作られたけれど、

昨年10月から先生たちはまだお給料が支払われていない。

それでも今まで教育の機会を与えられなかった子どもたちは、

毎日嬉々として山川を越えて来る。

先生たちは無給で、椅子も黒板も教科書もノートもない教室で、教鞭をとる。

 

アセスメントを終えたところで、次の学校に行くかどうかの会議。

次の学校はここから2時間程度、さらに山を奥深くてっぺんまでのぼる。

時間的にも厳しい。

「今日がだめなら明日か明後日また来る」と私。

でも次の学校に行くということは、今来た道をまたもう一度来るということ。

どうやら私が本気なことにようやく気がついたらしい同僚と学校指導官。

ものすごく行きたくなさそうな顔をしながら、本日決行を決意。

 

あまり状況をわかっていなかった私は、帽子と日焼け止めを忘れただけでなく、靴もフラットシューズという準備のなさ。

さらに水も少ししか持って来ていなくて、学校指導官に沢山飲まれちゃってもうない。

喉が渇いた・・・。

これから2時間さらに山登りするというのに・・・。

しかし周りに飲める水はありませぬ。

 

さて、ここで「うるるん」的問題です。

こんなとき、村の人たちは何をくれたでしょうか?

 

 

 

 

ヤシの実じゃないよ。

探したけれどこの辺にはないみたい。

 

 

 

 

答えは・・・

 

 

 

 

 

 

 

さとうきび。

 

ハイチで一番の農業生産品のさとうきび。

甘いだけじゃなく、実はすっごく水々しい!

そうかー この液体部分がラム酒になるのか。

砂糖も、天然ですっきりの甘さ。

これをずーっとしがみながらその後の山道を歩きました。

 

続きは次回。

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生きることは 旅すること

2012年02月01日 | mexico

お正月明けのデング熱を煩いながらの悪夢の旅の、明るい部分を少しアップデート。

同じ寮で数年お世話になった、6つくらい?上の先輩とカンクンで再会した。

先輩はカンクンでもう14年くらい?滞在されていて、旅行会社で働いていらっしゃる。

↑ デング熱真っ最中に会ったので、高熱で少し意識が朦朧としている私。

本当は久しぶりだからキラキラしている自分を見せたかったのに、最悪の事態になってしまった。

ちなみに写真の私の目は完全に充血している。痛かったな・・・。

当時はまだデング熱だと思っていなかったので、アイクリームが間違って目に入ったのだと思っていたけど(笑)。

 

そんなことはさておき、先輩は素敵なメキシコ人の旦那様と家族も築き上げて、すっかりこの地に根をおろしている。

しかも痩せて小さくなっていて、幸せオーラが漂ってる。

相変わらず、優しい。

寮でも際立って一番優しい先輩だった。

当時中1でぺーぺーの私から見たら、日本一にもなっていた雲の上の大先輩なのに、少しも偉ぶったところがなく、ほんとーに優しかった。

寮は気の強い選手が多かったから、そうじゃないと強くなれないのかと思っていたけれど、先輩がソフトで速いのはちょっと不思議だった。

 

数えてみると先輩が引退されて寮を出てからなんと20年以上ぶりの再会。

感激。

デング熱のせいか、あまりにも久しぶりなせいか、何だかあまり沢山話せなかったけれど・・・

その後先輩はグアテマラに海外青年協力隊で赴任され、スペイン語を習得し、立ち寄ったカンクンに一目惚れし、住み着いちゃったらしい。

メキシコ人の素敵なダーリンを見つけ、お子さんももう小学生。

あの優しい穏やかな先輩のどこに、こんな行動派な部分が隠されていたのだろう。

それに比べて私は行動派のくせに、何だかフラフラしているのはなぜだろう。とふと思ったりした。

 

ちなみに私の両親は先輩に連れていっていただいたメキシコ料理やさんを大いに楽しんだ。

大きなグラスのマルガリータを初めて飲んでもらい、

私の大好きなメキシコのチーズや、シーフードとお肉も堪能し、

さらにマリアチェが歌ってくれる歌に目を細める。

 

マリアチェは日本語の曲を上手に歌ってくれた。

先輩のリクエストでこんな曲が突然・・・

 

知らず知らず歩いて来た

細く長いこの道

振り返れば 遥か遠く故郷が見える

でこぼこ道や 曲がりくねった道 

地図さえない それもまた 人生

生きることは 旅すること 

終わりのないこの道 

愛する人 そばに連れて

夢探しながら雨に降られて

ぬかるんだ道でも 

いつかは また 晴れる日が来るから

ああ 川の流れのように

ゆるやかに

いくつも時代は過ぎて

ああ 川の流れのように

とめどなく

空が黄昏に染まるだけ

 

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おせち料理のウケ具合

2012年01月23日 | haïti

週末に自分で勝手に決めたとおり、

もうデング熱は引きずらない。

Enough is enough !

試しに今日はほぼ1ヶ月ぶりにジム。

7.5km走って完治を確認!

いえい!

食欲も出てきたし、

一人晩酌もできるようになってきたし、

2kg減った体重も残念ながら1kg戻った。。。

ま、ほぼ完治ですな。

 

さて、今日は先日自衛隊のパーティで頂いた密封されたおせち料理をオフィスに持っていき、

仲良しのスウェーデン人を誘ってみたものの、

彼女は最初から疑惑の顔。

箱を開けてみたら全部真空パックに入っていて、決して美味しそうには見えない。

「でも美味しいって〜」と促すも、

「私、ヨーロッパの料理がとても好きで、あまり他のものに挑戦する人じゃないの」とさっさとカフェテリアの料理をオーダーしている。

私は彼女と1ヶ月くらい一緒に住んでいたけれど、確かにイタリア料理が大好きで、私がいれるコーヒーを上手と褒めたり、朝ご飯にベーグルにクリームチーズを塗り、スモークサーモンをのせて食べながら、「ケーパーがあれば良かったね。。。」と二人でつぶやいた、おシャレ食好みの人だ。

田作りを見て、かなりドン引き。

 

確かに、おせち料理は外国人には高度だ。

この和食命の私でも、お正月だから慣例的に食べるけれど、

好んで食べるものは煮豆と栗きんとんと数の子くらいだ。

それが、真空パックから出されたずらりと並ぶ珍しい食べ物。

お煮染め、昆布巻き、黒豆、だし巻き玉子、紅白なます、田作り・・・

結局彼女が手を出したのは煮豆だけ。

彼女の中で、私が今までせっせと培ってきた和食手料理の信用を、今日で少し失いました。

しかし途中で加わってきたコンゴ人は、田作りを「これ、私の国にもある」とぱくついていた。

田作りとコンゴの煮干し。高度な類似品だ。

 

さて、先日これをもらった例のタイヤ交換が得意なアフリカの人はどうしたんだろう。

食べたかな。

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災難続き

2012年01月22日 | haïti

2012年の不運は続く。

デング熱は回復してきているものの、まだ私の体を蝕んでいて、体がすぐに疲れるし、手はかゆいし、毎日水がぶ飲みしても脱水症状は治らないし、手足はカサカサというかパサパサだし、お腹はゆるみっぱなし。

なんか私、体中の養分を吸い取られた枯れ木のようだ。

疲れたから寝ようと思うと、平気で12時間くらい寝てしまう。

おばあさんみたい。

 

そんな中、先日自衛隊のメダルパレードに行ってきた。

ハイチには日本の自衛隊員300人が勤務してくださっているのですが、その方達がメダルを授与されるということで、以前からお招きいただいていたのだ。

浴衣を着て欲しいと前からお願いされていたので、もう病人生活も飽きたし、気合いを入れる意味で外出。

でも日本から届いたという浴衣はあまりイケてなかったし、帯も合ってなくて変だった。

でも交流を楽しみにきていた世界中からのピースキーパーたちには、大ウケだったみたい。

2時間ほどの宴の間中、ずっと写真を取られていた。

日本隊の他には、ブラジル、チリ、ウルグアイ、アルゼンチン、バングラデシュ、スリランカ、インド、フィリピン、韓国、などなど実に多国籍。

そんなこんなで、写真を取られるたびに満面の作り笑いをしながら、真剣に流しそうめんを楽しんだり、お土産を山ほど頂いたりして、宴は楽しく終了。

 

 

さて、災難はここから。

帰りにお友達をお家に送っていく途中、大雨に降られ、その間にタイヤがパンクした。

大雨だし、外は真っ暗で危ないので、彼女の家についてからタイヤ交換を試みる。

彼女の家のガレージに車を停車する際、庭のでっぱりに後ろのタイヤカバーをぶつけ、ヒビ。

嗚呼。

弁償だ。

凹んだけど、とにかく今はタイヤを交換せねば。

幸運なことに、彼女のアパートにはタイヤ交換を得意とする人がいた。

でなければ、私の運転するいかつい男前ランドクルーザーの入り組んだセキュリティ・システムの謎を解いてスペアタイヤを装着するのは不可能だった。

 

ところが、何もできなくても、何かしようと一応仕事を探すのが日本人でしょ。

私も日本人のはしくれ、交換済みのパンクタイヤを車に積もうと試みたところ・・・

なんか柔らかいものに手が触れた。

匂いを嗅ぐと・・・

 

う○ち。

そう、まさかの。

 

ぎゃっ。

 

慌てて何度も石鹸で手を洗う私。

 

お友達は仕方なく、「『うん」(運)がついたということで・・・」となけなしのフォローをしてくれるものの、もう立ち直れないくらい凹んだ。

 

タイヤは交換され、心優しい男性にお礼におせち料理(自衛隊パーティからのお土産)を渡し、気を取り直して帰宅。

これ以上悪いことが起きるわけがないと自分に言い聞かせながら、シャワーを浴びようとするも、お湯が出ない。

なんで。涙

忌々しい思いで床につく。

 

きっと2012年はこれからいいことだらけに違いない。よね。

 

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初デング熱

2012年01月17日 | haïti

やれやれ・・・ やっとこさキューバから帰ってきた。

旅行中3人のお医者さんに診てもらい、カンクンの空港では医務室にまで行き、車いすで飛行機に乗り。

それどころか、最後まで呪われた旅で、やっと熱が下がってきてもそこらじゅう痛くて、手足がかゆくてかゆくて、さらに帰り、飛行機は9時間遅れでハバナの空港で待ちぼうけ。

その日が、旅行始まって以来初めて人間らしい感覚が戻ってきた日だったので、まだ救われました。

あれでまだ熱があったりしていたら、と思うとぞっとする。

 

で、帰ってきて、親も無事に飛行機に乗ったみたいで(まだわからないけれど)、

今日、仕事始め。

でも、まだ体調が万全ではなくて何だか体が弱々しいので、会議はいきなり欠席して、血液検査をしてもらいに国連のクリニックに行ってみたら・・・

 

デング熱だって。

 

あらら。

 

お薬もきかないし、熱が10日ほど下がらなかったから、何かおかしいと思っていたけれど、まさかデングとは。

しんどかった筈だ。

ちょうど、旅行前に、うちの代表がデングにかかったと言って、気をつけなさいよ〜って言われていたけれど、まさか自分がかかるとは。

カンクンでもキューバでも、お医者さんはそんなこと一言も言ってなかったのに。

そりゃ薬が効かない筈だ。

 

熱帯の病気に詳しくない方にお伝えすると、デング熱は蚊を媒介してかかる病気です。

マラリアよりは激しくないけれど、治癒の薬がないのです。

パラセタモール飲んで、自然に回復するのを待つだけ。

 

蚊にはよくさされるけれど、まさか自分がデング熱なんて。

驚き。

いよいよ私の鉄人伝説も崩壊の危機かね。

 

今は回復に向かっているから、結局デング熱をハイチでキャッチして、2週間の休暇中丸まるかかって、帰ってきて治ってきたというわけです。

まだ体が疲れていて、喉が痛くて、お腹もゆるい。

無理しないでゆっくり、まずは体調回復につとめます。。。

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弾丸カリブ海ツアー

2012年01月06日 | mexico

両親と一緒の弾丸カリブ海ツアーが始まりました。

マイアミで合流して、そこからカンクン(現在地)に来て、数日後にキューバ行って、さらには!ハイチにも連れて行っちゃうっていう無謀な話。

同僚たちにも Are you crazy ? って言われたんだけれど、

娘が住んでいる北半球一貧しい国を一目見てもらおうと。

2日間だけですけれど。

地球の歩き方のカリブ海本にも、完全にシカトされている国だけれども。

他の島はぜーんぶ載っているのに。

 

本当は豪華客船のクルージングもしたかったし、

もっとカリブ海ー!っていう透明な海以外何もない島にも行きたかった。

さらに言えば、私自身まだ行ったことがないところに行きたかった。

でもね、カリブ海って旅するのにかなりテクニックが必要なんですね。

というのも、航空会社があんまりつながっていないのね。

アメリカン航空と、フランス系と、コパ・エアライン(中米)と、キューバと、ポルトープランスって、組み合わせようとするとめちゃめちゃ大変で、周遊ができない。時間も限られているし。

キューバ、ポルトープランスが決まっていたので、あとはキューバにさっと行けるカンクンにしました。

カンクンもキューバも、2年前に来たところ。

あの時はまさか自分がカリブ海に赴任すると思っていなかったから、「カストロが死ぬ前にキューバに行かなければ!」と遥々スリランカから来たのです。笑

 

ということで親孝行の2回目のカンクン。

ところが・・・

来て早々、風邪引きました。

しゅーん。。。

マイアミもカンクンもすっごく寒くて。

親が長旅と時差ぼけで疲れているだろうと気を遣っていたら、まさか自分が一番にダウンするとは。

時差ぼけもないのに私が一番ガーガー寝てますがな。

かなり体が疲れていたからな。。。

昨日はずーっと寝てて、今日も予定をキャンセルしてホテルでだらだらしています。

すべての器官がやられています。

といってもターコイズブルーの海を眺めながらっていうまったく同情されなそうな病人だけど。

親は相変わらずエネルギーいっぱいです。

驚きます。

今日は Tulum のマヤ遺跡を二人で見に行ってもらいました。

大丈夫だろうか・・・。

日本語の音声ガイドもないんですって。。。

ま、かわいい親には旅をさせっていうかね。笑

 

今日はこっちに住んでいるスイミングスクールの先輩一家とお食事!

何年ぶりか覚えていないけれど、きっと中学生以来です。

楽しみ〜

早く治さなきゃ。

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Here is to our 2012 everyone!

2012年01月01日 | haïti

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

上に書いてあることが、私の2012年の抱負。

チャレンジすることを恐れず、

とてつもない夢を追いかけたい。

何だか、今までそうやって声高々と言うことを、恥ずかしがって生きてきたみたいだけれど、

2011年にいろいろと経験して、

自分を見失って、

その中から自分をまた見つけ出して、

思ったの。

「ゆる〜く」とか「テキトーに」とか、癒し系が

引き続き日本では揺るぎない地位を得ているみたいだけれど、

そういう気分じゃないの。

今は一度しかないの。

今年は年女だし、(←意味不明)

攻めます!

 

且つ、女らしさと温かさと余裕と余暇を忘れずに。

 

ああ、元旦っていいね。

 

それにしても年末、お正月は特に、美味しいものが食べたくなります。

お寿司とか。

焼き肉とか。

ラーメンとか。

蟹とか・・・。

 

ええーーーん。

 

祈っても空しいのでやめておきます。

昨日、今日はお雑煮とお汁粉と年越し冷やしうどんを作った。

多分2011年と2012年の2年間で一番ってくらい、お腹いっぱい。

今年も創意工夫して些細な幸せを追求していこう。

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大事にしたいこと

2011年12月30日 | haïti

今日で仕事納め!

オフィスはがら〜んと、だら〜んとしているし、疲れ溜まり過ぎて全然仕事にならず、結局オフィスのお掃除して、長いランチしてただけ(笑)

今年最後のシーフードサラダは今日もぷりっとしていて、小さな幸せをくれる。

めずらしくノースリーブのワンピースを着たけれど、

陽射しが腕に当たってじりじりする、カリブ海で3回目の年の暮れ。

 

1年のニュースを勝手に振り返ってくれるテレビもないので、自分の頭の中でリプレイを試みる今日この頃。

達成感はない。チーン

当たり前、以下。

でも今年1年、公私ともに周りの人たちからたくさん刺激を受けて、もがきながら、自分の中でちょっとだけ成長したような。

今年前半の私は、今振り返ると、多分すごく余裕がなかった。

それは仕事のプレッシャーだけじゃなくて、生活や足の制限(車の身動きがとれなくて)や、地震や、他のことがあったのかも知れない。

自分を閉ざしていて、周りを受け入れて、自分を受け止めてもらう余裕がなかったのかも知れない。

いや、本当はいつもとさほど変わりなかったかも知れない。

でも少しずつ、友達から刺激を受けて、いつもの自分を取り戻していく感覚は覚えている。

感化されたこと、あまり他人とシェアすることでもないかとも思うんだけれど、忘れないように書き留めておく。

自分と向き合うこと。

友達と共有すること。

支え合うこと。

多くの人と知り合うこと。

クールな会話を求めること。

スタイリッシュな感覚をキープすること。

たまに羽目を外して遊ぶこと。

仕事でも、目の前のやらなければいけないことに忙殺されず、ポイントに的を絞って、そこをぐっと動かすこと。

現状に甘んじて、受け身にならないこと。

攻めること。

周りを動かすこと。

パッションを大事にすること。

常に前向きでいること。

変革を信じること。

 

心から、友に感謝。

来年はどんな年になるんだろう。

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