備忘録。
3月の終わり、
そろそろ桜の開花宣言が出されるという頃に
ダーが生まれて初めての手術・入院をした。
小学生の時にスキーで左肩の脱臼をしてからはそれが習慣性となり、
何かの拍子に(転んだとかぶつかったとか)脱臼を繰り返してきたダー。
そして昨年末、
真夜中のの2時に奇妙な呻き声で目が覚めると
隣でダーが左肩を押さえ、顔をぐしゃぐしゃにさせて痛みをこらえていた。
どうすることもできない。パニックになったわたしは家の中をドタバタ走り回り、
受話器を握り締め人生初の「119」コール。半べそで。イヤ、確かに泣いていたな、あれは。
その後の検査で、かの有名な聖路加国際病院送りとなり、
検査に検査を重ねた結果、ダーの職場の春休みを待って手術することとなったのだ。
手術当日。
9:00 聖路加国際病院入り
→入院手続き、そのまま病室へ
→看護師 Iさん 検温、血圧計測
術後は尿管装着されているので(誰が装着するのだ)
Drより歩行許可が出るまでベッドでトイレを(大も)。と言われ、
しびんを目にしたダーの表情が曇る。
→Dr.K 診察
簡単な問診の後、左肩にマジックで記し
→Dr.T 同じように診察
→看護師Sさん 点滴準備
なかなか血管が見つからず針が入らず悪戦苦闘・・・まさかの流血!
「脂肪が邪魔してるんですか」と聞いたけど空返事だった。冗談だったのに。
手術着に着替える。
しばらくノンビリと心の準備(ダーはイヤイヤ帰りたい病発症)
13:40 手術準備→検温、血圧計測

紙パンツを履く
13:54 点滴を自分で持ち4F手術室へ
ダー、別れを惜しむ間もなく自動ドアの向こうへ消える。
わたしはロビーにて待機。持参した小説1ページも読み進まず。
16:16 手術が終わったと声がかかる
→Dr.Tより手術の様子を聴く
開口一番、「いや〜とにかくボロボロでした!」
靭帯の損失が激しく、支える部分はボロボロ。
引っ張ってきたところで擦り切れていたり穴が開いてたりで使いものにならず、
ずいぶん奥の奥の方から伸ばし伸ばしで引っ張ってきたとのこと。
手術後は3週間 装具で固定。
その後リハビリに入るが、その期間が半年か一年かかるか分からない。
肩を回したり腕を上げたりは、リハビリによって術前の90%の動きまで回復するだろう。
が、やはり、多少突っ張る感覚は残るかもしれない。
それが今回の手術の成果とみていただきたい。
手術痕で穴が3つしっかり開いているので、ご家庭で消毒を。
麻酔が覚めるのを待つ間、得意のネガティブ妄想全開で
「早く目が覚めてぇ〜」と泣き通しだったわたし。
病院通訳は多少なりとも経験があるものの、
診察のたびDrの斜め後ろに立ち、耳慣れない専門用語をダーに伝えるのは
相当な労力を必要とした。CLフル回転。
プラス家族の立場で聴き、問うということも。100%わたしも知りたいし。
医療手話辞典を本気で買おうかと考えたけど
「そんなんで表されても 俺わかんないし」とダー。
そ、そうだよね。あはははは。
それくらい冷や汗タラタラものツーヤクだったのダ!!!
そして今日、
リハビリ後の診断でやっと家庭内のみ装具外しが許される。
夫婦二人三脚で挑んだ貴重な経験。
食料買い出しの荷物持ちは出来るだけわたしが担当した。
お風呂ではダーのカラダを毎日せっせせっせと洗い、念入りに消毒した。
それでもダーは片手で夕食作りにお米研ぎを毎夜がんばってくれた。
痛みが出てるくせにわたしの腰痛がちの腰をもんでくれたりした。
これからこれから。
焦らずゆっくりやっていこう。
いっしょにね。