ひとのこ通信

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「共謀罪」を巡って

2017年05月17日 | 日記

――《二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである(新約聖書 マタイによる福音書18章20節)

1、

 さまざまな要因が結び合わさって、「嫌な」流れというものが生じることがあります。たとえば会議の場などで、そういう状況はよく生じることでしょう。「嫌な」空気と言い返ることもできます。

 嫌な流れが生じたとき、「何とかなるだろう」と何もしないでいては、結局、その嫌な流れのままにものごとが進んでいくのだ、ということを、最近改めて思わされています。それぞれが何か自分にできることを実行しなくては、流れは変わることはない。悪い流れは、そのまま悪い結果へと流れ込んでゆくようです。それは私たちの身近なところでもそうですし、国という大きな単位においてもそうです。自分にできることは些細なものであっても、「流れに抵抗する」ことを意志することが大切なのでありましょう。


 たとえばいま与党が成立を目指している「共謀罪」(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)

 皆さんも法案の行く末が気がかりでいらっしゃることと思います。「テロ等準備罪」とも呼ばれていますが、ご存じのように、元来はテロとは関係のない法律です。「テロ対策」というのは名目だけのものです。

 今日の夕方のニュースを見ますと、衆議院通過は来週23日に遅れる可能性があると報じられていました。与党は明日5月18日に衆院通過させる方針でしたが、少し遅れる見通しとなったようです。この先どうなるのか、また自分には何ができるのかと悶々としています。


 日々の生活の慌ただしさの中で、社会で起こっている事柄に関心を払うのは容易なことではありません。しかし一方で、この「共謀罪」をはじめ、いまの政府が行っていることの多くは私たち市民社会にはねかえってくるもの――否定的な意味で――でありますので、私たち自身のためにも、関心を払い続けることが重要でしょう。主体性を失って流れに身をまかせてしまう状況からは、何とか脱したいと思います。

 本日17日から19日にかけて、国会前で「共謀罪」に反対するデモが行われます。私も自分にできることをしてゆきたいと思っています。


2、

 改めて、「共謀」という語の意味について確認してみたいと思います。

 ここでの「共謀」は、二人以上の人間が、犯罪を行うことの「合意」をすることを意味しています。意識の上での「合意」がなされていれば、「共謀」の罪に相当するということですね。

 現行の刑法では犯罪は、「共謀」はもちろん、「準備段階」でも無処罰と定められています。例外は殺人で、この場合、準備段階でも殺人予備罪に相当します。そのような例外を除けば、私たちは内面で何を計画しようと、実際に「行為」に及ばなければ罰されない。これが近代刑法の原則です。しかし、この度の改正案が通ると、その大原則が変えられ、「合意」の段階で処罰されてしまうことになります(改正案の第六条の二の表現を引用すると、《実行準備を伴うテロリズム集団その他の組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画》の罪に相当)。もちろん、これは憲法が保障する「思想信条の自由」を侵害する危険性をはらんでいます。

 与党は対象を「懲役、禁錮4年以上の犯罪に限定」、また「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に限定」すると説明していますが、「その他組織的犯罪集団」の定義は定かではありません。一般の人も該当するのではないかという懸念が多くの人から発されていますが、実際、この改正案の枠組みでは、一般の市民も該当するでしょう(改正案が対象とする277の犯罪の中には、たとえば著作権法の罪も入っています)。市民運動への圧力もさらに高まってゆくことが懸念されます。

 

3、

 弁護士の清水勉氏は、結局、この度の改正案の目的は「警察の捜査権限の拡大」にあるのではないか、と述べていますビデオニュース・ドットコム『マル激トーク・オン・ディマンド 第837回』、2017年4月22日)。名目は「テロ対策」ですが、内実は警察の「利権の拡大」にあるというのです。目論まれているのは、特に「情報」に関する利権の拡大です。

「共謀罪」を戦前の「治安維持法」と重ね合わせる論調もありますが、戦前と現代とで異なっているのは、情報をめぐる環境です。

 インターネットの発達により、現代の社会では「情報」に最大の利権が置かれるようになりました。2010年頃から「ビッグデータ」という言葉が登場するようになりましたが、膨大なデータとそれを管理するシステムが、物事を動かす=流れを作り出す時代になりつつあります。私たちのパソコンやスマホから毎日発信されている(自覚的または無自覚的に)情報もすべて、データとして蓄積され続けています。「共謀罪」が成立すると、これら膨大な情報を警察が「共謀罪の疑い」という名目の下、特権的に利用することが可能となってゆきます。私たちの社会がさらなる監視社会へと進んでゆくことの危険性はすでに多くの人が指摘している通りです。

 

  情報が人を支配する」この時代にあって、私たち一人ひとりが代替不可能な「個」として「意志する」力を取り戻してゆくことが重要であるのでしょう。そして、そのように意志する人間が「二人または三人と集まる」ことの強さを、これからも信じてゆきたいと思います。


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