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年寄りが昔話をすると自慢か愚痴になるので、発言は遠慮してきましたが、歳を取ってはじめて分かることもあるので、はじめます。

FTAとEPA

2017-08-09 06:23:23 | 日記

FTA( Free Trade Agreement自由貿易協定)は、国同士の関税のない自由貿易とされますが、文字通り自由貿易なのはEU参加国の中だけくらいでしょう。

EPA(Economic Partnership Agreement経済連携協定)は関税に加えて投資・政府調達・知的財産権・人の移動・ビジネス環境整備など広範囲な取り組みを含む協定で、締約国間の貿易・投資の拡大を目指すとされます。

FTAの一般的なプロセスは当事国同士で交渉を重ねて大筋合意し、その後署名、批准を経て発効します。関税を撤廃する方は輸入が増え、撤廃させた方は輸出が増えますから、個々の関税についてすべて撤廃するのか、いつから、どれだけ下げるかには極めて細かい交渉が積み上げられ、なかなか合意に至りません。

またFTAは関税撤廃だけでは収まらず、実質的にはEPAと同じく関税以外の協定もすべて含まないことには成立しませんので、FTAとEPAは単なる呼び方の差でしかありません。

1990年以前にはFTAは世界で16件しかありませんでした。貿易のルールづくりはかつてWTOを通した多国間交渉で行われ、多くの時間と労力を要したため、次第に当事者国間で直接FTA締結を目指すようになり、1990年代の10年間に50件増加しました。2000年代に入ると150件を超えるFTAが新たに発効します。

日本は長い間GATT/WTOの多国間貿易体制にこだわってきましたが、2001年1月に開始されたシンガポールとの交渉の開始でFTAの幕が開き、2002年11月に日本にとって初めてのEPAが発効しました。

日本が締結するEPAは関税やサービス貿易の自由化に加え、投資・政府調達・知的財産権・人の移動・ビジネス環境整備など、幅広い分野をカバーするものです。日本はシンガポールとのEPAを弾みとして、2005年にメキシコ、2006年にマレーシア、2007年にチリ・タイ、2008年にインドネシア・ブルネイ・フィリピンとの間で次々とEPAを発効させていきます。

オーストラリアとは2007年に交渉が始まり、2014年7月に調印2015年1月15日に発効しました。日本の経済産業省外務省はこの協定をEPAと呼びますが、オーストラリアは政府・マスコミともFTAと呼んでいます。

FTAの経済的メリットとして貿易の促進拡大によるスケールメリットや、協定国間における投資拡大の効果が期待されます。競争促進によって国内経済の活性化や効率的な産業の再配置が行われ、生産性向上のメリットも期待されます。しかしノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンは、「国際貿易を知らない人ほど、自由貿易の効力に幻想を抱く」と述べています。

FTA推進の立場の国や人々は、生産や開発の自由競争を前提に自国の産業の収益増進しか念頭になく、相手国の立場を尊重するスタンスは取りません。FTAの締結で自国の競争力の弱い産業や生産品目が打撃を受けたり、幅広い分野の政治的枠組みまでが国民の望まない方向へ進むことは、当然予想されることなのです。

ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・E・スティグリッツは「FTAの実際の貿易協定の批准書は何百ページもある。そんな協定は自由貿易協定ではなく、管理貿易協定である」と述べています。

「こうした貿易協定は特定の利益団体が恩恵を受けるために発効されるもので、アメリカであれば合衆国通商代表部が、産業界の中でもとりわけ政治的に重要なグループの利益を代行している」と批判しています。

さらに「過去の事例では先進国に裁量的な関税率が認められ、途上国には平均して4倍の関税率を設けてきたバランスの欠如があったり、途上国が国内産業への補助金を撤廃させられる一方で、先進国には巨額の農業補助金が認められてきた」と、FTAが発展途上国を経済成長に導けなかった理由を具体的に指摘しています。

2011年5月現在、世界には200以上のFTAが存在します。2国間によるFTAや数か国による地域FTAなど様々な形がありますが、これらが重なり合って世界貿易の重層的なシステムを形成しているのです。

東アジア地域や東南アジア地域ではFTA締結の動きが遅く、ASEAN諸国はFTAを1992年に締結しましたが、東アジア諸国がFTAに取組始めるのは1990年代末以降です。中国や台湾はそれぞれ2001年、2002年までWTOにも加盟しておらず、WTO加盟国とのFTA締結はできない状況にありました。

この地域でFTAに最も積極的なのはシンガポールです。ASEAN諸国とのFTAだけではなく域外の国とのFTA締結にも熱心で、2000年にニュージーランドとの間で経済連携緊密化協定(ANZSCEP)に調印しました。

その後シンガポールは、2002年日本・EU、2003年オーストラリア・アメリカ、2004年ヨルダン、2005年太平洋4か国間(シンガポール・チリ・ニュージーランド・ブルネイ)・インド・韓国・パナマ・カタールなどとの間でFTAを締結済みです。

今日の東アジアの経済統合については、ASEANが事実上中核的な位置を占めています。中国や日本のちに韓国は、ASEAN諸国全体とのFTA(ASEAN+1FTA)をそれぞれ締結し、それをまとめたものをASEAN+3FTAとして事実上の東アジアFTAを構築して既定路線になりました。

2008年12月には我が国とASEAN全体との間でAJCEP(ASEAN日本包括的経済連携協定)が発効しました。ASEAN諸国には1980年代から多くの日本企業が進出して現地で生産してきましたが、AJCEPの発効に伴い現地の日系企業が日本から高付加価値部品を無税ないしは低税率で輸入し、そこで製造した製品を他のASEAN諸国へ輸出することが可能になりました。

その後日本は2009年スイス・ベトナムとの間でEPAを発効させ、2011年には既に交渉が妥結したペルー・インドとの協定が署名に至りました。経済成長著しいアジア大洋州地域では、2010年1月にASEAN+1のFTA(ASEAN と日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インド間のFTA)がすべて揃いました。日本のASEANに対する直接投資残高は韓国や中国の対ASEAN残高をはるかに上回り、域内の生産拠点は広がっています。

長期の目標としてAPECはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想しています。そこへ至る広域経済連携のプロセスとして日本は、日本・中国・韓国・ASEAN10カ国にオーストラリア・ニュージーランド・インドを加えた「CEPEA 東アジア包括的経済連携」を提案し、これに対し中国は日本・中国・韓国・ASEAN10カ国のASEAN+3を提唱しています。

かつての世界の政治や経済は、国を単位としていました。企業が国際化するには、国境が生み出す様々な制約が邪魔をしました。国の合併は歴史・宗教・思想などの違いがあって簡単にはできませんが、経済活動は必ずしもそうではありません。

EUは1992年末に国境を越えて人・モノ・資本・サービスの自由移動を中心とする単一市場形成を達成し、経済活動円滑化の観点から域内の様々な障壁の撤廃・軽減、域内調和を進めています。1999年から単一通貨「ユーロ」を導入し、現在19の加盟国でユーロを使用しています。

EU参加国同士は国境管理をしません。出入国の際のパスポートも必要なく、金融機関はEUのいずれかの国で免許を取得すれば別の加盟国でも事業ができます。多くの国の集合体でありながら1つの国と同じ扱いのため、EU内では単一市場が形成されているのです。

EUの名目GDPは16兆2,204億ドル(2015年)でトップのアメリカに次ぎ、人口は5億人でアメリカの3億人を超え、域内の関税はゼロで域外との貿易交渉はEUが一括して行います。日本とEUのEPA交渉は、2017年7月5日行われた閣僚協議で大枠合意に達しました。

7月6日外務省経済局は、EUは我が国輸出入総額の約11%を占める主要な貿易・投資相手で、今回のEPAにより総人口6億4千万人、世界のGDPの28%、世界貿易の37%を占める世界で最大級の先進経済圏が新たに誕生し、我が国の成長戦略の重要な柱になる認識を示しています。

2014年の財務省の貿易統計によれば、日本のEUへの輸出は7兆9,851億円、EUからの輸入は8兆6,250億円でした。これまでの交渉で最大の焦点となっていた乗用車やチーズについては、EUが乗用車の関税を7年で撤廃し、日本がチーズの関税を15年で撤廃することで合意しました。EUのチーズの生産量は世界最大で、去年の輸出額は日本円にして4,600億円余りの主力輸出品です。

ワインの関税は双方が即時に撤廃することになり、日本酒にEUがかけている1ℓ当たり10円の関税の即時撤廃や緑茶の関税の即時撤廃のほか、日本からEUへの輸出が多いホタテの関税も一定の期間を経て撤廃することで合意されました。

EUは加盟国に農業国が多く、日本と大枠合意したEPAを通じて食品や農産物の輸出が拡大することに期待しています。EUとしては日本の関税の撤廃や引き下げによって、日本市場でのヨーロッパ農産品の価格競争力を強化したい考えです。

EU域内で自動車産業に従事するのは1,260万人で雇用総数のおよそ6%に当たり、EUの経済を支える主要産業です。EUに輸入される乗用車は日本からが最も多く、去年は日本円で1兆1,500億円と乗用車輸入額の24%を占めています。

日本から輸入された台数は57万台で、EUから日本へ輸出される台数の2倍です。EUは日本の乗用車に10%の関税をかけてきましたが、7年で撤廃することに合意しました。

業界団体は日本からの乗用車の輸入がさらに増えると懸念を強めていますが、EU域内には日本の自動車メーカーの工場が14か所、研究・開発拠点は16か所あり、合わせて3万4千人が雇用されています。このため現地生産を行う日本メーカーの工場が増え、雇用も増えると云う見方もあります。

EUは日本との交渉で、一部ではTPPで行われた交渉を上回る日本に不利な合意内容を求めてきました。EUとしてはイギリスとの離脱交渉の前に有利な条件を日本から引き出して、加盟国にEUのメリットをアピールして求心力を高めたい思惑があります。EPAの交渉はEU一本で行いますが、加盟27か国がそれぞれ承認しないと発効には至りません。

トランプ新大統領はアメリカ主導で進めてきたTPPがアメリカの国益を損ずるとして、就任当日に選挙前の公約通りTPPからの撤退を宣言しました。マスメディアはアメリカが自由貿易から保護貿易に転じたと批判しますが、名目が自由貿易でも保護貿易でも、相手を攻め自らを護ることでは中身はまったく同じです。

我が国を名指したトランプ大統領の貿易不均衡発言もありましたが、日米両政府が経済の課題を話し合う枠組みは、これまでも度々設けられてきました。1989年のブッシュ政権の「日米構造協議」、1993年のクリントン政権の「日米包括経済協議」がよく知られています。
かつての構造協議や包括経済協議は、米国の拡大する貿易赤字に端を発した政治摩擦で、日本は一方的に関税を引き上げられ、輸出量を制限され、市場開放を求められて大きな譲歩を余儀なくされてきました。

2016年の対米貿易黒字は中国が3,470億ドルと最大で、日本が690億ドル、ドイツが650億ドルです。日本の対米貿易黒字は縮小していて、もはや貿易摩擦と呼ばれた時代とは状況が異なります。

我が国は戦後70年間日米安保に名を借りたアメリカの占領政策の継続で対米劣等感を抱き続け、アメリカの云うなりになってきました。しかしサンフランシスコ平和条約の締結の際にも云うべきことを主張し、タフ・ネゴーシエータ―としてアメリカ側から尊敬された人物が、敗戦国の我が国にいたのです。

日本は単一民族の国民性からたとえ交渉相手に対しても、よろしくお願しますと相手の好意をどこかで期待しています。多民族国家のアメリカでは子供の時から、ディベイト、ディベイト、ディベイトで自分を主張し、相手に云い負かされない限り主張は変えません。

無条件降伏後の平和条約交渉とは違い貿易交渉なのですから、相手の意向ばかりを気にする必要はないのです。我が国は世界のどの国に向かっても、主張すべきは主張し、相手の立場にも配慮しながら、正々堂々と貿易交渉をする国になって欲しいものです。

 

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