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年寄りが昔話をすると自慢か愚痴になるので、発言は遠慮してきましたが、歳を取ってはじめて分かることもあるので、はじめます。

南海トラフ

2016-10-19 06:16:42 | 日記

2016年5月23日の英科学誌ネイチャー電子版で、海上保安庁海洋情報部の調査チームが、南海トラフ巨大地震の想定震源域での、海底のプレートにたまったひずみの分布を報告しました。

南海トラフは駿河湾の富士川河口付近を基点として御前崎沖まで南下し、その後南西に向きを変えて潮岬沖、室戸岬沖を通って九州沖に達する水深4,000mの深い海溝で、九州東方沖の西端は、沖縄の東を南北に走る琉球海溝に繋がります。

南海トラフの地震は90年から150年(中世以前の発生記録では200年以上)の間隔で発生し、東海地震東南海地震南海地震震源域が、毎回、数時間から数年の期間をおいて、あるいは、3つ同時に連動していることが定説とされてきました。いずれもM8クラスの巨大地震です。

海保は静岡県から高知県沖の海底15カ所に観測機器を設置し、海底の地殻変動を観測しました。2006年度から2015年度のデータで遠州灘や紀伊半島沖、四国の南方沖などに、年間5センチ程度のひずみを蓄積する「強ひずみ域」があることが分かりました。

プレートテクトニクスの解釈によれば、南海トラフは北西方向に進んできた密度の高い海洋プレートのフィリピン海プレートが、密度の低い大陸プレートのユーラシアプレートと衝突してその下に沈み込んでいる沈降帯です。

南海トラフの巨大地震の震源域では、陸側のプレートが西北側へ移動していることが陸上のGPS観測網から示され、2011年から4年間行われた観測では南海トラフ沿いの海底でも陸側のプレートが北西方向に移動しており、移動速度は海域毎に異なりますが、最大の遠州灘と紀伊水道沖では年間6cmとされています。

南海トラフを震源とする最も新しい地震としては、1944年紀伊半島南東沖を震源とした東南海地震(M7.9)、1946年に同じく紀伊半島南方沖を震源とした南海地震(M8.0)が発生し、いずれも死者が千名以上に上る大きな被害を出しました。

しかし紀伊半島沖から駿河湾を震源域として発生した1854年安政東海地震以後、駿河トラフでは150年以上地震が発生していません。このことから駿河湾で単独の巨大地震が起こる懸念が1970年代に出はじめ、大規模地震対策特別措置法に基づく東海地震の予知体制が整備されました。

東海地震対策が進む中で、2000年代になると東海地震に東南海地震南海地震が連動した巨大地震を想定する傾向が見られ、2003年時点の政府の「東南海、南海地震等に関する専門調査会」の検討では、今後発生が想定される南海トラフの地震の最大のものはマグニチュード8.7、破壊領域は長さ700kmとされました。

2003年10月から24ヶ国による多統合国際深海掘削計画(IODP)の一環として、「南海トラフ地震発生帯掘削計画」が行われています。日本の地球深部探査船「ちきゅう」と米国の掘削船2隻を主力とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船により深海底の掘削調査をしています。

目的は地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明で4ステージに分けた掘削が計画され、2011年時点ではステージ3までが終了し採集したコアの分析が進められています。

2011年ステージ1の成果として採集したコアから津波断層の活動痕を初めて発見し、1944年の東南海地震の津波断層を特定しました。また、過去の東南海地震の活動歴として、従来知られていなかった紀元前1,500年±34年と約10,600年前の痕跡を発見しました。

最も新しい昭和の地震には地震計による観測記録がありますが、それより古い地震は地質調査や文献資料から推定されていて、地震が起こるたびに震源域は少しづつ異なることが分かりました。同じ南海地震でも安政の南海地震は南海道沖全域が震源域となったのに対し、昭和の南海地震は西側4分の1が震源域ではなかったとされています。

南海トラフ全域をほぼ同時に断層破壊した地震は規模が大きく、宝永地震は他の地震よりもひとまわり大きいM8.6とされてきました。2012年東大等の研究チームが南海トラフで巨大断層を発見し、1707年に発生した宝永地震の断層の痕跡とみられています。

21世紀に入ってからの研究でこの宝永地震と同じ規模の津波堆積物は、300~600年間隔で見出されることが分かり、さらに宝永地震よりも巨大な津波をもたらす地震が、約2,000年前に起きた可能性があることも分かりました。

また昭和南海地震で確認されたように単純なプレート間地震ではなく、主な断層から分かれて存在する細かな分岐断層であるスプレー断層からの滑りも伴う可能性が指摘され、南海トラフ沿いには過去に生じたと考えられるスプレー断層が数多く確認されています。

南海トラフにおける海溝型地震は一定の間隔で起こる「周期性」と、同時に起こる「連動性」が大きな特徴です。南海トラフは約2,000万年前の比較的若いプレートが沈み込んでおり、薄くかつ温度も高いため低角で沈み込み、震源域が陸地に近いのです。

南海トラフのフィリピン海プレートとユーラシアプレートとの間はほぼ完全に固着していますが、紀伊半島先端部の潮岬沖付近に固着が弱く滑りやすい領域があり、1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震は、いずれもこの付近を震源として断層の破壊が東西方向へ進行したと見られています。

2011年に発生したM9.0の東北地方太平洋沖地震の結果、南海トラフでもこれまでの想定を超える規模の地震が起こりうる可能性が示されたため、政府は中央防災会議にM9クラスを想定した「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」を設けました。 

文科省の委託を受けて2012年2月には、東大東北大名大京大海洋研究開発機構の参加する「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究プロジェクト」が、想定震源域に海底地震計や津波計を設置し観測データを送信する地上局の立地場所を決定しました。

2012年7月のワーキンググループの中間報告では、南海トラフで想定される最大クラスの巨大地震が30年以内に発生する確率は60~70%、規模はM8~9で、東日本大震災での被災者人口は750万人でしたが、南海トラフ巨大地震では震度6以上か、3m以上の津波が想定される市町村の人口は5,900万人になります。

連動型地震は数百年に1回は震源域が日向灘まで伸び、1707年の宝永地震では津波が九州佐伯市に押し寄せた可能性が指摘されています。大分県佐伯市の間越龍神池では3,300年前までの地層中に8枚の津波堆積物が発見されており、特大規模の地震が津波堆積物を残したと考えられます。有史以後では3枚で、1707年の宝永地震、1361年の正平地震、684年の白鳳地震に相当すると推定されています。

高知県土佐市蟹ヶ池で見つかった津波堆積物からは、宝永地震の時の砂の厚さ以上の砂を運ぶ津波が約2,000年前に発生していたと推定されて、M9クラスの超巨大地震によるものだった可能性が指摘されています。887年の仁和地震も、M9クラスの超巨大地震であった可能性が推定されます。

2012年3月時点で国が震度6以上の揺れを想定する地域は、従来の想定の2倍の24府県687市町村で、名古屋市静岡市和歌山市徳島市宮崎市など10県153市町村では震度7が想定されています。

津波については、東北地方太平洋沖地震以降に各自治体が行った独自想定を上回り、徳島県阿南市では県の想定の5.4mの3倍近い16.2m、三重県志摩市では県の想定の15mに対して24m、同尾鷲市では13mに対して24.5mとなりました。

2012年8月に津波高と浸水域などの推計結果による被害想定が発表され、冬季の深夜にマグニチュード9クラスの超巨大地震が起こり、駿河湾から紀伊半島沖を中心に大津波が発生した場合、関東以西の30都府県で最悪32万3千人の死者が出る可能性があるとされます。

「Tsunami」の語は世界で広く使用されるようになりましたが、日本語の「津波」の語源は、沖で被害が出なくても、津()で大きな被害が出ることからきています。

津波は海岸に近づき海底が浅くなるにつれて波高が高くなり、海岸線では沖合の数倍に達します。津波の波長は海底が浅くなるにつれて短くなりますが、海岸線でも数百mから数km程度の波長があり、波と云うより広範囲の急激な海面上昇と考えた方が実態に即します。

上陸した津波は大きな水圧を伴った高速の波として、数分から数十分の間押し波となり、次に海水を沖へ引きずりこむ引き波になって、押し引きを繰り返しながら減衰していきます。

2011年10月の三重県によるM9連動地震の想定では、津波は熊野市二木島で高さ19mとなり、防潮堤が機能すれば130km²の広さで高さ2mの浸水、防潮堤が機能しない場合は319km²が浸水します。震源が近い熊野市尾鷲市紀宝町などでは、地震から津波の到達まで3-4分しかありません。

2011年12月の徳島県の想定では、浸水面積は従来の73km²から159km²と2倍以上に拡大し、最大津波高も美波町阿部漁港奥の20.2mをはじめとして海陽町宍喰海岸で19mなどと高くなりました。20cmの津波の到達時間は牟岐町牟岐漁港湾口で3分、徳島市のマリンピア沖洲東端で32分とされ、最大の高さの津波が来る時間は30分から90分後であるとされました。

地震の被害の想定には一般論が成立せず、海溝型の巨大地震か、断層による直下型地震か、津波を伴うか、火事が起こるかなど、各地域の地震の特性を考慮して被害を想定し対策を立てなければなりませんが、南海トラフ巨大地震ではなんと云っても、その被害を大きくするのは津波です。

地震の揺れによる建物の倒壊は建築技術で防ぎうるとしても、10m級以上の津波では高い所へ逃げるしか方法はありません。海岸線から山が近ければ幸いですが、揺れや津波で倒壊しない頑丈な建物の20m以上の階に避難できるかどうかが、人的被害の大きさを決めることになります。

海洋研究開発機構」の地震と津波を常時観測監視するシステムとして熊野灘にDONET、徳島県沖から高知県沖の紀伊水道にDONET2があり、観測データは防災科学技術研究所及び気象庁へリアルタイムで提供されています。

東日本大震災では1か月前頃からの、プレート境界がゆっくりずれるなどの異常が巨大地震の引き金になったと考えられています。南海トラフの巨大地震でも海底の常時観測で、プレート境界での何らかの異常を検知できれば、地震発生日時の予想は出来なくても、地震の前に改めて津波への警戒を喚起するのには繋がるかもしれません。

東日本大震災での被災者人口は750万人でした。南海トラフ巨大地震で3m以上の津波が想定される市町村の人口は5,900万人と桁違いです。津波による物的被害額は天文学的数字となるでしょうが、30万を超えると云われる人的被害をいかに軽減するかは、政府をはじめ各地方自治体の責務でしょう。

1970年代に大規模地震対策特別措置法のできた東海地震は、幸い、今も起きてはいませんが、連動型の南海トラフの超巨大地震が起これば単独の東海地震とは比較にならない大きさです。

我が国の存亡に関わる超巨大地震が30年以内に発生する確率は60~70%なのですから、日本のお金を世界中にばらまき続けているなどは、まったく認識が欠如しています。超巨大地震の対策には、悔いの残らぬよう積極的にお金を投入すべきです。

 

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