岐阜の「タイヤ専門店イマージン」と「カーコーティングと洗車の専門店」 専門店運営の実務!

タイヤ「安全」と車「キレイ」の領域で 「日本に新しい洗車文化を」というビジネスを岐阜から発信!

なぜ働くの? 私の青年から中年時代!

2015年08月31日 | 日記
昨日 若かりし頃のバカ面の写真を出してしまって
その写真が撮られてから35年経ったも
バカ面を恥ずかしくも出すバカに気が付いて 
バカはバカのまま歳を重ねるようです。

そんなバカでも 
自らのバカさに気が付いて
バカはバカなりに自己を客観視することが出来たので
自分と自分の仕事の座標を知り 
自力の限界と他力の発見と取り込み活用に結びつき
タイヤ商売を始める事が出来て 
経営という当たり前のことが 
その移り変わりに関心を抱かせ
未来を観る視点が育ち 
車美容業という新しい道に進む決断ができちゃったわけです。

「バカとは人様が無謀と思うことをする事を指す。」とするなら
その別名は「若さ」と言えるかもしれません。

カーセールスの仕事と車と天秤にかけて車を取り 無職なり住処と収入を失った。
カーショップを辞めてしまいまた無職になった。その時は妻子がいた。       ・・・・2度目のどん底
タイヤショップができるかもとふと沸いた予感で 
建設業アルバイトをしながら店の場所を探すなかで
友人のツテで有力者を紹介してもらいその協力を得て 小さなタイヤ屋を開業した。
いきなりトラブルを抱え最初の支払いが出来ず苦境に陥った。           ・・・・3度目のどん底
返品することで信用を失い店が空っぽになったので
外した中古タイヤをせっせと磨いて賑わいに並べた。

なんとそのタイヤを買いたいというお客さんがきた~。
そのうえ高山市の石原さんという同業先輩がポリマー加工を始めたので 
お前もやれと誘ってくれました。

それからです、 
開店早々潰れる寸前の店が 立ち上がって行きました。

                                             
車の為に働くといった未熟さから
一転しカーショップで働かせてもらい
のめり込みすぎて自分を見失い 
また無職という2度目のどん底から 
無謀にもタイヤ屋のオヤジに立場になり 
なった途端倒産の危機という状況になって
3度目のどん底から どうやら目が覚めてきた感じになってきました。

自分の都合でなく 
店はお客様の立場と都合で成り立ち
お客様に認めていただき 信頼を得ていかねばならないということを叩き込まれたわけです。

車のセールスという仕事で 
「売るということは 売りつけること」というような
身につけた傲慢さが見事に剥離されたのが
3度目のどん底の体験で
「売ることは 買っていただくこと」と私の中でコペルニクス的な転換が行なわれました。
「買っていただくには 夜遅くまで他店様より遅くまで営業する」となり
朝10時から夜10時までの営業を始め
大勢のお客様の支持を集めていったことにつながりました。



まさに「どん底」というピンチはチャンスを連れているようです。
「どん底」を逆境といいますが そこを経験することが
次の成長につながる関門のようです。



そして次のどん底4度目が やってきたのは中年を過ぎて老年に入ろうとする時でした。
続きはまた今度・・・・。








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なぜ働くの? 私の青年時代!

2015年08月30日 | 日記
高卒で車のセールスとして働き始めた時に
その仕事を選んだ動機は 「車」に憧れていたというだけで
セールスという仕事がしたかったわけではなかったけれど
何も出来ないヒヨッコながら なんとなく自由な響きがしたような覚えがあります。

「売り手」として「買い手」のお客様に 
手八丁口八丁のトークで お客様に自動車を買っていただくことが
なんとなく自由があるように感じたのでしょうね。
だから「値引き」というと 車を売るためにお客様との攻防戦のような感じがしたものです。
無恥の成せる考えです。
「売る」という行為を「売りつける」と思い込んでいた幼稚さです。
それでも自動車に憧れがある右肩上がりの時代でしたから
未熟で生意気な若造でも1年半は勤めました。

その頃 最初はスカイラインに乗ってスカイラインを売っていたのですが
友人と車交換して117クーペに乗りながらスカイラインを売り歩く馬鹿者になっていて
営業所の所長に咎められ新車を買えということになりローンを組まされそうになって
仕事をやめたのです。

117クーペといういすゞの車に乗ってスカイラインを売るという
バカな若造から 私の社会人はスタートしました、
仕事より乗りたい車が勝ったわけです。

                                                
乗りたい自動車と仕事と天秤にかけて
自動車を選んだ私は 
当然それまで生活していた寮から飛び出て
住むところを失って友人宅を転々としたりプータロー状態で
収入なし住むところなしです。

しばらくして実家に舞い戻り建設現場のアルバイトを始めましたが
それも長続きしませんでした。
まさにどん底です 
将来の展望もなく 
後先も考えることなく 
仕事もやめて・・・・・・・。



その時閃きがありました。
セールス時代にお客として出入りしていた
穂積町(現 瑞穂市)のカーショップの大将が
同郷の人で 店を拡張する話をされていたのを思い出して
アルバイトでも使ってもらおうと電話して それから下呂から身一つで
押掛けて行ったのです。

これまで全部自分の都合です、若さとは無謀とも友達です。
人の話より自分の都合を優先するワガママを持っています。

しかし 「捨てる神あれば拾う神あり」
押掛けたカーショップの拡張計画は1年後で 
その時には使ってもらうことになり
それまでどこかでアルバイトを・・・・・・。
そのカーショップのお客さんである 
「山ちゃん」こと喫茶カルダンのマスター山田さんの店に拾ってもいらいました。


そうして長屋のような借家を借り 
賄い付きの仕事を得て 
なんとなく先行きに光を薄っすらと感じる新生活が始まりました。
喫茶店のバーテン兼コック見習いの始まりです。

理想はカー用用品店で働くこと 
それまで食う為に仕事を与えてくれたマスター「山ちゃん」は
私にとって恩人の1人です。
まだまだ 人生のドタバタは始まったばかりでしたが
「職を得て働けて住むところがあって飯も食える」ことのありがたさを
身にしみて感じることが出来た「流れ」でした。

1980年 20歳8ヶ月のバカ面です。 35年前の事です。

「切羽詰ると道は拓けてくる」
どん底を味わって掴み取ったものです。
逆に言えば 流れが変わるのはどん底まで落ちないとダメということ。 

後になって 易経という本に「陰極まれば陽転する」と書かれているのを読んで
「本当だ」と妙に納得できました。


未熟な頃 なぜ働くのか?=食うためであったのは事実です。
しかし 無職になり「働かせてもらいたい」と思った頃から
少しづつ成長が始まった気がします。

こちらから頭を下げて「働かせてください」と頼んだからには
一所懸命になって仕事に打ち込まなければなりません。
バイトであってもいきなり軽食を作って出すのですから・・・・。

本当は 高卒で就職した時も
「働かせてもらいたい」と頼んだわけですが(就職試験を受けること)
それが当たり前であると思っていたから 
仕事より車を選ぶという バカをやったわけです。

やはりバカは
どん底を味わわねば
目が覚めないのかもしれません。


その後の人生でこれまで どん底は繰り返しやってきましたが
最初の経験があったので 何とか乗り越えてやってこれたようです。
どん底とは運が開ける夜明け前というのは本当です。


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雑草のスモールタイヤ商売!

2015年08月29日 | 商人
花屋に並ぶ可憐でキレイな花、美しくキレイに設えてあります。
田舎の母親は 実家の庭でさりげなく鉢植えの花を育てています。
一方で道端の雑草は草刈の対象としてせっせと手入れをなさります。

大事に育てられる花 邪魔もの扱いされる草々
同じ植物も扱いが正反対です。
邪魔もの扱いされる草々をまとめて雑草と呼びますが
この草には 見事な生き方があることを知って
とても参考になります。














スモールタイヤ商売は 繁閑の格差がとても多いという特徴がありまして 
閑な時は時間があるので 私の場合読書で時間です。
個人的には 歴史ものが好きで 次に推理小説 経済書もよく読みますが
一番面白いと思ったのが上記の雑学書です。

時々 ブログを読んでくださるお客様から
「面白い本を紹介して」と言われることがありまして
紹介している内の一冊です。 

確か前にも紹介した記憶がありますが 
それを読まれたお客様から「参考になりました」と 
来店された折にコメントをいただいたと思います。


                                             
読んでつくづく思ったのが 
人間には「見栄・虚栄心・嫉妬・恨み」といった
マイナス感情があるが雑草にはない、
雑草に学ぶとするならそうしたマイナス感情を
もし湧かせても 素早く切り替えることが出来ればよい。
ここに尽きる。

マイナス感情を湧かせないことなど不可能です。

自店では売れないのに 他店様が売れているのを聞くとうらやましがる。
同業者が繁盛しているを聞くと 面白くない。
こういった感情が湧きあがるからこそ よし俺も頑張ろうとなる面はありますが
マイナス感情を起点とした行動は 
結果も必ず良くない結果に結びつきます。

これが因果の法則です。

喜ばれる商売をして喜ばれたいと願う
他利の生き方をしたいと思うが
思えば思うほど息苦しくなりもする。

迷いはたえずわき上がります。


そうした時この本を読むと・・・・・・・
雑草にはそうした虚栄心がなく 
ただ生き残るための生き方 
したたかさや忍耐など弱者の戦略が腑に落ちます。
商売の敵は 同業他社などでなく自分自身の虚栄心であることを
雑草の生き方は示唆しています。

変化に耐え変化に適応し生き残り子孫を残す「生命力」
その「生命力」は私にも私たちにも宿っています。
雑草のあり方には 虚栄心がないので「生命力」が観える気がするのです。

とてもシンプルな生き方を雑草はしています。
見栄や虚栄心といったものがないと 
「生き延びる為」というシンプルな課題に対処する
多数の手口や仕掛けをしているだけなのです。

是非読んで見てください!
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人も会社も伸びるかも!

2015年08月28日 | 商人
春に種を蒔けば実をつけますが 
冬だと種をまいても作物は育ちません。
当たり前のことですが 「種を蒔く時期」を知る為に
先人は星空を見上げ 太陽が上る位置を記録しました。
占星術が発達したのはこれが理由です。

何事にも「時」があるのです タイミングです。
種まきもそうですが 
釣りにおいても合わせのタイミングがピッタリ合うと針がかし釣り上げるが
早合わせで針が刺さらずに釣り落としてしまいます。
全ての事に「時」があり意味があります。
そしてほとんどの場合 「時」も「意味」もわかる人は少ないものです。

アマゴ釣りにおいて 知らぬうちに餌だけが取られて針だけになる場合も多々あります。
その場合 必ず魚が餌を口にして狡猾に針にかからないのです。
その微妙なシグナルを釣り人は感じることが出来ないのです。
つまり「へたくそ」です。 
名人と素人では釣果に大きな差が出るのがアマゴ釣りです。


                                        

個人商店から始まった零細企業 
零細でも企業であるからには 雑草のように
自ら種となり他の植物より先んじて葉を広げて光合成して
成長していくことを宿命としています。

他の植物が葉を広げきった領域を「タイヤ小売マーケット」ととすると
我々がさらに葉を広げるスキマは見当たりません。
無理やり入りこもうとしても 押しつぶされるほど
他勢力がひしめき合っています。
この分野は死んだフリをしてやり過ごすのが最良の選択と思います。

一方で車美容業はまだまだ大きな隙間がいっぱいある感じです。
ここに根を張ると成長できそうです。
雑草のしたたかさが零細の持ち味となれば
何とか生き残る道も開けるかもしれません。

今こそ 零細が成長の「時」を迎えている感じがします。
この先人口も減り需要が伸びない社会に向かう時
図体が大きいほど成長抑制因子が作用するはずです。


小さな小さな勢力には そこにチャンスを感じます。
零細だからが 強味の「時」が来ているようです。




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毒キノコでした!

2015年08月27日 | 日記
キーパープロショップ岐阜店ゲストルームにある
観葉植物ゴムの木に キノコが生えました。

先日紹介しましたが・・・・・・。




実は スタッフの舟橋君がネットで調べたら
「オオシロカラカサダケ」という毒キノコのようです、
すぐ駆除しました。







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