ホープメール

永遠の書であるバイブルをじっくり味わいます

異なる

2017-04-27 | Weblog

 今週末から、ゴールデンウィークが始まります。新社会人の人は少しホッとしていることでしょう。

  「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。」イザヤ55:8

  私たち人間の常識は、因果応報です。悪いことをすれば、悪い目に遭うのが当然であると考えます。ですから、自分の非を素直に認めることは、罰を受けるきっかけになると心配して、罪をごまかそうとします。ところが、神の思いは、悔い改めを喜び、赦してくださるばかりか、豊かな祝福を与えてくださいます。悔い改めは最善な方法です。 真嗣


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伝える準備

2017-04-26 | Weblog

先日、次女の着れなくなった服をご近所さんに届けました。今日、次女のために別の方がお洋服を譲ってくださいました。神様の祝福を人間関係の中に感じます。

「後になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか』と聞いたなら、 ヨシュア4:6

イスラエルの民は、神様に助けられてヨルダン川を渡りました。そのことを語り継ぐ為に川底の石をとって、記念碑として据えました。神様のなさったことを次の世代に伝える為の工夫です。「言葉」で伝えると同時に「視聴覚」を用いるなどして、神様の素晴らしさを伝え続けましょう。 友子


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前向き

2017-04-25 | Weblog

 昨日、バイク日和だったので、少し遠回りして、東海道を走って帰ってきました。

  「恐れるな、もはや恥を受けることはないから。うろたえるな、もはや辱められることはないから。若いときの恥を忘れよ。やもめのときの屈辱を再び思い出すな。」イザヤ54:4

  私たちの思考は、元来、ネガティブであり、前向きになれないのが普通です。特に、過去に犯した失敗にとらわれてしまい、自分を否定的に見てしまう傾向があります。ポジティブになろうとする時、どんな方法が有効でしょうか?聖書が示している方法とは、神に愛されていることを確認し、否定的な出来事を忘れること、思い出さないことです。 真嗣


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主の前に育つ

2017-04-20 | Weblog

 教会の前にある木の若葉が一気に萌え出て、青々してきたことに気が付きました。

 「乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。」イザヤ53:2

  聖書が伝える価値観と、この世の価値観はかけ離れています。この世では、地上の地位、容姿の美しさが求められ、手にした者が成功者と見なされます。ところが、神のしもべが表す価値ある生き方とは、霊的な飢え渇きをもち、神を求めることであり、主から学び、訓練を受けることです。まさにイエスの生涯そのものです。イエスに倣う者となりましょう。 真嗣


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降参

2017-04-19 | Weblog

今日は登校を見守る立ち当番でした。可愛い子供達の一日が守られますように。

「私たちは、それを聞いたとき、あなたがたのために、心がしなえて、もうだれにも、勇気がなくなってしまいました。あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。」 ヨシュア記2:11

神様のお導きと反対方向に進んでいる時、私たちの前には、二つの選択があります。自分の計画通りに反対方向に行き続けようとするのか、それとも降参して神様の導きを認め、方向転換するかです。遊女ラハブは、神が天地を治めておられることに気づかされ、神を認め降参しました。神は命を守り、ラハブを御心に留められました。 友子


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知るようになる

2017-04-18 | Weblog

 汗ばむような陽気になりました。ようやく衣替えをする気になりました。

  「それゆえ、わたしの民はわたしの名を知るであろう。それゆえその日には、わたしが神であることを、『見よ、ここにいる』と言う者であることを知るようになる。」イザヤ52:6

  聖書が伝える幸いと災いは、私たち人間の思いとかけ離れています。バビロン捕囚の民は、祖国が回復され、かつてのダビデ王朝のような強く豊かな国となることを望んだことでしょう。ところが、聖書は、苦難の日に、主なる神を見上げ、共におられることを知ることこそ、幸いであると語っています。インマヌエルなる主を喜ぶ幸いを得ましょう。 真嗣


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原点を見る

2017-04-13 | Weblog

 新三年生になった娘が、今日から6時間目の授業を受けるようになります。

  「わたしに聞け、正しさを求める人、主を尋ね求める人よ。あなたたちが切り出されてきた元の岩、掘り出された岩穴に目を注げ。」イザヤ51:1

  人と人との争いは、正しさのぶつかり合いとも言えます。聖書は、二つの提言をしています。一つ目は主に尋ねるということ。二つ目は自分の原点を振り返ることです。選民であると自認していたイスラエルの民も、その最初は一介の旅人であるアブラハムから始まりました。主イエスに罪を贖われた者に過ぎないことを自覚してゆきましょう。 真嗣


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十字架

2017-04-12 | Weblog

受難週です。私たちのために歩まれたイエス様のことを思い起こしましょう。

「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。」 第一ヨハネ4:9

イエス様がもしこの世に来られず、十字架にかかられることがなければ、私たちは祈ることができない生き方をしていたことでしょう。犯した罪の影響下で、重荷を背負いながら歩んだことでしょう。しかし、今、恵みのうちを生かされています。神の子どもとして歩めること、永遠の命の有り難さを、改めて神様に感謝しましょう。 友子


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正しさを認める方

2017-04-11 | Weblog

 横浜は、冷たい雨が降っています。春は気温の変化が大きいので、体調を崩しやすいそうです。

 「わたしの正しさを認める方は近くいます。誰がわたしと共に争ってくれるのか、われわれは共に立とう。誰がわたしを訴えるのか、わたしに向かって来るがよい。」イザヤ50:8

 人としての完成形は、忍耐力を身に着けることにあります。(ヤコブ1:4参照)ところが、自分の意志や努力では、なかなか忍耐を働かせることはできません。主のしもべの忍耐は、神の正しさが自分にあると信じるところから、得られる性質です。人の称賛や評価ではなく、神が自分を正しい者として認証して下さることを力に変えてゆきましょう。 真嗣


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回復

2017-04-06 | Weblog

 近所の桜並木が、昨日からの気温上昇で、ずいぶん見頃になりました。

  「主はこう言われる。捕らわれ人が勇士から取り返され、とりこが暴君から救い出される。わたしが、あなたと争う者と争い、わたしが、あなたの子らを救う。」イザヤ49:25

  イスラエル民族の歴史を見ると、不思議です。通常、国土を失った民は、現地の民族と同化し、消滅してしまいます。ところが、イスラエルは二度も滅亡したにもかかわらず、神による回復が与えられています。神はイスラエル民族回復の歴史を通して、私たちの霊的回復や喜びを約束しています。その熱心な愛を感じてゆきましょう。 真嗣


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