ホープメール

永遠の書であるバイブルをじっくり味わいます

わたしが担い

2017-03-23 | Weblog

 今日、横浜で桜の開花宣言が出されたようです。

  「同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」イザヤ46:4

  人の老いは避けられません。自然の流れに任せるしかありませんが、やはり、様々な面で、能力の衰えを感じると、切なさ、悲しさを感じます。ユダヤ社会においても、老人が無用、無価値と見なされ、疎んじられることがありました。しかし、聖書は、人生の厳しい末路も神が守ってくだるという確証を与えています。人の存在を守り、支えられる神を喜びましょう。 真嗣


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宣言された身分

2017-03-22 | Weblog

 窓際にいるとポカポカし春の日差しが気持ちいいです。

 「私たちが神の子どもと呼ばれるために、ー事実、いま私たちは神の子どもです。ー御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。」 Ⅰヨハネの手紙2:3:1

 私たちが神の子どもであるという恵みは、個々人が心の中で信じているだけでなく、周りの人々にも「神の子ども」と呼ばれるほどの公にされている恵みです。父なる神様が、十字架のもとに集う私たちを「神の子どもだ!」と宣言してくださっています。今日も一日、神の子どもらしく生きていきましょう。 友子


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神とする

2017-03-16 | Weblog

 衣替えをしようかと思いながら、まだまだ、厚手の服が欲しくなる寒い日があります。

 「日の昇るところから日の沈むところまで、人々は知るようになる、わたしのほかは、むなしいものだ、と。わたしが主、ほかにはいない。」イザヤ45:6

 預言者イザヤは、「神を神とする大切さ」を伝えています。私たちは、自分を神とし、欲望を満たすために、神を下に置き、利用しようとする過ちを犯しやすい者です。聖書は、私たちの認識、思想、価値観の大転換を与えます。自己実現ではなく、神の御心を探り、神のために用いられてゆくことを願ってゆきましょう。真嗣


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ゴール目指して

2017-03-15 | Weblog

 次女は明日から春休みです。一年間守られたことを感謝いたします。

 「私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。」Ⅰヨハネの手紙2:1

 「赦された罪人にすぎません」と言う時、もし「だから罪を犯し続けてもいいのです。」と言いたいのなら、それは的外れです。イエス様が弁護してくださる恵みに慣れることなく、有難いこととして、その先に歩みを進めましょう。「罪を犯さないようになる」というのは、途方もない事のように思えますが、神が望んでおられることなのです。 友子


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コピー

2017-03-14 | Weblog

 先日、地元の部活の仲間と十数年ぶりに会い、楽しい時間を過ごしました。

 「木工は寸法を計り、石筆で図を描き、のみで削り、コンパスで図を描き、人の形に似せ、人間の美しさに似せて作り、神殿に置く。」イザヤ44:13

 現代において、大きな社会問題となっているのは、コピー商品、肖像権、商標権の侵害などです。これはビジネスの世界ですが、偶像は、霊的な世界において悪い影響を及ぼしています。もともと神は人をご自身のかたちに創造されました。ところが皮肉なことに、人は、自分のかたちに神を造ろうとします。神こそ真実で、本物であることを覚えましょう。 真嗣


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赦し

2017-03-09 | Weblog

 次年度の進路が決まり、緊張を感じる人、ホッとしている人、様々でしょう。祝福がありますように。

 「わたし、このわたしは、わたし自身のために、あなたの背きの罪をぬぐい、あなたの罪を思い出さないことにする。」イザヤ43:25

  「赦すとは、忘れることである」と言われています。しかしながら、誰かのあやまちに対して、いつまでも忘れることができず、心に引っ掛かりを感じたり、怒り続けてしまったりするのが、私たちです。一方、神は、ご自身のために、私たちの罪を思い出さないと宣言しておられます。私たちはこの方の前で、完全な赦しの恵みを感じることができます。 真嗣


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心の王座

2017-03-08 | Weblog

 地元の中学校の卒業式は今週だそうです。進む道に神様の導きがありますように。

 「あなたの心の高慢は自分自身を欺いた。」オバデヤ1:3

 イエス様を信じるとは「心の王座にイエス様をお迎えする」ことです。自分中心、あるいは、人の目を気にしてばかりだった生き方から、イエス様に中心になって頂く生き方です。ずっと以前に信じた方も、最近クリスチャンになった方も、今日、自分が王様になっていないかチェックしましょう。王座におられるイエス様の前に謙遜になって、歩んでいきましょう。 友子


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新しい歌を

2017-03-02 | Weblog

 一雨ごとに、本格的な春がやってきていることを感じます。

 「新しい歌を主に向かって歌え。地の果てから主の栄誉を歌え。海に漕ぎ出す者、海に満ちるもの、島々とそこに住む者よ。」イザヤ42:10

 出エジプトの民は、紅海を渡り、神の偉大な救いを体験しました。そして、彼らが最初にしたことは、神に賛美を捧げることでした。賛美は、喜びの最高の表現であり、霊的存在である人間が、神に向かう自然な方法です。また、神と直接的に繋がることを感じる方法でもあります。いつでも、新鮮な気持ちで、喜びの賛美を捧げる者になってゆきましょう。 真嗣


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広がる喜び

2017-03-01 | Weblog

 おはようございます。3月はお忙しい方も多いことでしょう。神様の守りがありますように。

 「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。」ネヘミヤ12:43

 礼拝するために様々な準備をし、ささげものも携えてきた彼らの動機は神からくる喜びでした。彼らは、城壁の完成の達成感だけでなく、礼拝を受け取ってくださる神様との関係を大切にしました。神は喜びを与える方です。その喜びは周りに広がっていきます。喜び合う関係を保つのに必要なのは、礼拝です。礼拝を大切にしましょう。 友子


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エール

2017-02-28 | Weblog

 明日から、三月に入ります。新鮮な気持ちで、新しい春を迎えてゆきたいです。

 「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け、わたしの救いの右の手であなたを支える。」イザヤ41:10

 聖書に登場する信仰者に一つの特徴があります。神に励まされたということです。彼らは、人格者でも、強い人、失敗しない人でもなく、多くの挫折と行き詰まりを感じて生きていました。彼らは、神からの励ましのメッセージによって、立ち上がるよう招かれました。私たちも神からの励ましの言葉を聞いてゆく者になってゆきましょう。 真嗣


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