創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

物語のかけら④ 第二部

2006-10-29 10:04:55 | 創作日記
バイオリンを抱えた司祭をイローナが椅子に導いた。彼は盲目なのだ。突然、王妃が現れた。彼女は階段を足早に降りてくる。イローナより若いかも知れない。まだ面影に幼さを残した15,6才の少女だ。輝くような美しい少女だ。正面の小さなしかし贅をつくした椅子にちょこんと腰を下ろした。右手をあごに置き、イローナをしばらく見つめた。王妃が左手で合図をする。
ー歌えという合図かしらー
イローナが正面に進む。蒼白の顔、手が震えている。イローナが深々とお辞儀をする。王妃がカチリと指を鳴らした。盲目の司祭にじれたのだ。年老いた司祭は、怯えたように肩をびくりとさせた。ゆっくりと立ち上がり、バイオリンを構えた。小さなかすかな音から始まった。耳を澄ますようにイローナが目を閉じる。
緊張のためか、声はうわずり、バイオリンの音と外れる。ふーんという感じで王妃は鼻にしわを寄せ、鼻を親指で掻いた。次は足を組み、椅子の背もたれに背中を預けた。
ー行儀の悪いお姫様だことー
だが、王妃が身を乗り出すまで一分もかからなかった。イローナからおどおどしていた態度が消え、歌の世界に入って行く。歌は、深い森の中をさまよい、草原を吹き抜ける風になる。清流に浮かぶボタンの花の上に身を休め、一気に滝となって流れ落ちる。羊飼が見上げる満天の星の間をゆっくりとさまよう。バイオリンはめくるめく世界の音を奏でる。森の風。清流の水。満天の星。

直接の引用はありませんが、下の著書を参考とした部分があります。
桐生 操著「血の伯爵夫人 エリザベート・バートリ」女性歌手、イローナの項。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

物語のかけら③ 第二部

2006-10-24 20:39:44 | 創作日記
馬車が通り過ぎた一瞬、少女の顔が見えた。彼女は少女を知っている。肖像画の中にいつも同じ表情で住んでいた。
「イローナ」
少女は振り返る。自分の名前を呼ばれたような気がした。だが、送り景色の中には誰もいなかった。
老女は城に向かった。瓦礫の山は荘厳な姿を見せている。思ったより小さく、繊細な感じの城。月明かりの中にくっきりと浮かび上がっている。大きな人の影のように。
城門は開かれていた。誰もいなかった。石段を上がると、城の中に通じる扉も開かれていた。
老女は中に入っていった。思ったほど広くはなかった。調度品も質素な物だった。
「これは私の中の物語だから」
老女は思った。何日も廃墟の中を歩き、遠い昔の城を思った。それがこの風景なのだ。私の物語だ。私は今、私の物語の中にいる。だが、私の物語の行き着く先を知らない。私は物語の一部になる。私は物語のかけら。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

物語のかけら② 第二部

2006-10-22 18:34:28 | 創作日記
石のベンチにちょこんと腰をかけて小さな老婦人は宿の主人を待った。手紙はきっと届くだろう。宿の主人の勤め先は村の郵便局だから。手紙と一緒に1ユーロ渡す。それが多いのか少ないのか彼女には分からない。指でOKの輪を作り、彼はウィンクする。今日は迎に行くのが少し遅くなるよ。人差し指と親指で「少し」の指文字を作る。婦人もOKの輪を返す。
闇が少しずつ落ちてくる。イオの村が闇に沈み始める。不意に眠気を婦人は感じた。少し眠ったかも知れない。小さな音が聞こえた。馬のいななきのようだ。夕暮れのかすかな光の中を馬車が上がってくる。突然婦人の足下に巨大な影が伸びた。思わず振り返ると、城が現れていた。廃墟が突然立ち上がったようだ。
「やれ、やれ」
と、婦人はつぶやいた。
それでも、城はあり。馬車は目前に迫っていた。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

物語のかけら① 第二部

2006-10-15 16:46:45 | 創作日記
石泥棒さんへ
今、私がいる所は小さな村。森(昔は迷いの森って言われていました)があって、泉がある。高台には村を見下ろすように廃墟の城がある。村の名前はやたら長くって、覚えられない。だから、イオの村と私が名付けました。小さな宿に泊まっています。料金も安くて、家の人はとても親切です。食事は宿の家族と一緒にします。一日一便ミラノから長距離バズが来ます。バスに乗って、観光客と一緒にお城まで行きます。観光客が行ってしまっても、私はお城にいます。本当に廃墟なんですよ。崩れた石垣、崩れた塔。かすかな痕跡を残す部屋の跡。石に浮かび上がった城にそっくり。ここから、イオの村を一望できます。ここが世界の果てかしら。夜のとばりがおり、無数の星が輝きます。いつの間にか宿の主人が横に座っていて、二人で星を眺めます。言葉は通じないけれど、星を指さし語る物語は分かります。時々男の子が一緒にやってきます。男の子は石を投げます。星空に向かって。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする