古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

最澄と空海

2016-10-16 10:24:01 | 歴史
最澄、空海 共に平安時代初期の仏法の僧です。

最澄 比叡山 延暦寺  天台宗
空海 高野山 金剛峯寺 真言宗
と中学の歴史の教科書で覚えたと思います。
二人の共通点は多々ありますが
1、共に、和歌山の山奥にお寺を構える。
2、共に、お祈りやまじないによって、病気を治したり、災いを除いたりすることができると教え。
両宗派とも、密教に属しています。


仏教伝来(聖徳太子)の時代も同じですが
百済からもらった仏像で、疫病の流行が無くなるかどうかで
天皇家の大きな争い事に発展します。

農耕では
干害、水害など
交易を行う渡航では
船の安全など
でしたが、近畿の奈良の盆地では
流行性の病気が一番の祈祷を信じる(必要とする)要因だったでしょう。

その祈祷は、人里離れた山奥で行われ、人の目にはつかないように行われていました。
卑弥呼の祈祷と同じことが何百年も続けられるのです。
農耕の方法、戦いの術、交易、海を渡る航路などは、順調に進化しますが
病気に対しては、全くの無力でした。
卑弥呼は、その呪術と祈祷で倭国を統一する位ですので、祈祷への信仰が如何に強いものであったはずです。
その祈祷の儀式は、決して人目に付く場所では行われない。必ず、人知れずの山奥で行う必要がありました。

この状況を頭に入れたうえで
神武東征が、何故 奈良(橿原)なのか?
について考えてみます。
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