古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

古事記の日本神話と魏志倭人伝

2017-06-10 21:56:45 | 歴史
古事記 上巻「日本神話」は誰が創ったのか。の続きです。
古事記は、日本神話の上巻と中巻、下巻の三部作になっています。
それぞれが分担作業で長年をかけて編集されています。
最初の書かれたのが中巻で、聖徳太子に天皇記を引用して書き直したと思います。
但し、天皇記終盤にあっただろう蘇我氏の記載は、古事記の下巻で修正して編集されたでしょう。
同時に、進行したのが上巻の日本神話の部分。これが難しかったのです。
ほぼ同時に建てられた伊勢神宮、出雲大社との整合性が必要だからです。
当時の朝廷では、三~四世紀の歴史を知ることが出来ませんでした。
わかるの聖徳太子の天皇記に記載されていただろう神武天皇(300年中頃)以降です。
しかし、この神武天皇辺りも、聖徳太子の創作の可能性がありますので、修正したでしょう。

古事記の上巻の編集者は、神武天皇以前の表現について考えます。
手がかりを魏志倭人伝に目をつけますが、決して大陸の史記が参考になっていると分かる様に出来ません。
目的は、物部氏の時代に大切にされていた神道の復興です。
既に朝鮮半島に支配は終わっています、朝鮮から伝わった仏教を一緒にすることは出来ません。
蘇我氏を滅ぼした時点で仏教と縁を切る必要があります。
その手掛かりを魏志倭人伝に紹介される邪馬台国(水行十日陸行一月)の卑弥呼、投馬国(水行二十日)と倭国に見つけます。
引用の箇所は
・倭国 倭の文字を使う神々
・倭国(ヤマト国)の読みと邪馬台国(台 を ト と読むとヤマト)
これらは、古事記の中巻に見られます。
・卑弥呼の祈祷に使われた鏡と魏国から贈られた鏡
 (近畿でも多数の鏡が発見されていて祈祷に鏡を使用していました)
・卑弥呼が魏国へ送った勾玉も天皇家の三種の神器
・もう一つの神器 刀は出雲と関連を主張しています。
・邪馬台国が大和なら投馬(ズマ)国が出雲
・卑弥呼を神社の日 巫女 と表現
・スサノオのいたずらで死んでしまう機織娘が、卑弥呼と共に生活する千人の女性陣
・スサノオがアマテラスに会いに来た時に武器を身につけて応戦=狗奴国の卑弥弓呼との争い
・吉野ケ里の高床式倉庫、入り口の鳥居 が 伊勢神宮 の造り
・天の岩戸は九州北部で起きた皆既日食
・卑弥呼に一人弟がいた、アマテラスとスサノオ
・天照大神は神様ですので死にません。卑弥呼の死、墓は後の倭姫に
・天孫降臨は、台与の事(アマテラスの孫 ニニギは台与)
・台与の豊国=日向
・日向は日の出る方向 有明海側から宮崎へ

という事で、高天原 は、邪馬台国で有明海から久留米など福岡、大分側にあった。
天孫降臨で、日の出る方向、太平洋側(宮崎)へ移住
神武東征は、更に日の出る方向へ瀬戸内海を渡り近畿へ
伊勢神宮は更に東へ領域を広げていきます。
後の古墳時代は、下巻で仁徳天皇などで表現されます。
中巻の神武天皇から応神天皇が幻の四世紀で
仁徳天皇以降から武烈天王が倭の五王の歴史です。
継体天皇以降に新たに近畿での国造りの歴史ではないでしょうか。
委奴国王印を受ける奴国の歴史は登場しません。
理由は、その後、倭国大乱を迎えますし、筑紫磐井の乱もあります。
反逆者となる筑紫一族を天皇家の祖とするわけにはいきませんでした。
古代の大国 奴国連合、邪馬台国連合、出雲王朝の三つの大国は
奴国連合が邪馬台国連合に吸収され、
邪馬台国連合と出雲が手を結ぶ形で後世に伝えたのです。


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