古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

氏姓制度と豪族(2/2)

2016-10-08 13:47:46 | 歴史
臣(おみ)近畿の豪族で、大王家が奈良に定住後、嫁を出すなど家系を一緒になった
     天皇家の分家(葛城、蘇我、出雲など)
大臣の一覧
武内宿禰・・・成務天皇・仲哀天皇・応神天皇・仁徳天皇の大臣。
和邇日触・・・応神天皇の大臣。丸邇之比布禮能意富美[2]。
葛城円・・・・・武内宿禰の曾孫。履中天皇・安康天皇の大臣。
物部小前(大前小前宿禰大臣)・・・允恭天皇の大臣。
平群真鳥・・・雄略天皇・清寧天皇・顕宗天皇・仁賢天皇の大臣。
巨勢男人・・・継体天皇の大臣。(→巨勢氏)
蘇我稲目・・・宣化天皇、欽明天皇の大臣。
蘇我馬子(嶋大臣)・・・蘇我稲目の子。敏達天皇・用明天皇・崇峻天皇・推古天皇の大臣。
蘇我蝦夷(豊浦大臣)・・・蘇我馬子の子。舒明天皇・皇極天皇の大臣。
蘇我入鹿・・・蘇我蝦夷の子。皇極天皇の頃に、蝦夷が独断で入鹿に大臣を継がせたとされる。
大臣は元々は葛城氏が多くは、後に蘇我氏が台頭する。

連は大王に古くから職業・職能をもって仕えた豪族達
・大伴(地方から出仕した品部(馬や奴隷等)の管理)
・物部(武器・祭器の管理)
・中臣(神事担当)
大伴、物部、中臣、日奉、県犬養の5氏はニニギが天孫降臨した際に、共に天降った神々
とされています。
神武東征以前より大王に仕えていた事になります。
大伴氏は朝鮮との戦いで裏切りがあったとされ、失脚
物部氏が台頭 後に 物部VS蘇我 の構図が出来る。

君 筑紫氏、毛野氏など
筑紫氏は、後に新羅から賄賂を受け取ったとして、物部氏から滅ぼされる。
527年 筑紫磐井の乱


気になるとことで
史(ふひと) 渡来人の子孫で、文筆の職能に優れた氏族に与えらた姓
氏姓制度を各豪族に伝えるためにも文(文字)必要だったと思います。
漢字を書ける渡来人は重宝されました。
この時代はまだ、倭人は漢字が書けなかっという事でもあります。
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