古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

「老荘思想」 と 徐福

2017-07-29 15:24:48 | 歴史
徐福も紀元前3世紀の人物です。
中国北東部(黄河下流)の国 斉国の生まれで、方士(学者)でした。
「老荘思想」や他の思想も学んでいたでしょう。
しかし、斉国も始皇帝に滅ぼされてしまいます。
武力支配の統一を行う始皇帝と方士である徐福が意気投合する事はなかったでしょう。
始皇帝が老いてきて、死の恐怖に悩まされいる事を知った徐福がとった行動が
「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある」と具申
本来なら全員を軍人にして出兵すると始皇帝は思ったでしょうか、実際は
3,000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従え、五穀の種を持って、東方に船出
もう、国を捨てて、新しい土地に自分たちの新しい国を作るつもりである事は間違いありません。

徐福は、最初の航海で九州北部位までたどり着いたはずです。
その国では、まだ農耕をしていない この事を熟知していたので
五穀の種を持って出港したのです。
二度目の航海ですので、かなり効率よく日本へたどり着けました。
その場所は九州北部で間違いないでしょう。
徐福の理想とする国造りを始めます。国は栄えて、子孫 或いは 一段の一部が更に東へ(山陰地方)
南(鹿児島から静岡)へ移住をしたのでしょうか、各地に徐福伝説があります。

徐福が目指した理想郷は、稲作を中心にした文化的国家で間違いありませんが
その基盤は、秦の始皇帝が行った武力での支配ではありません。
仙人思想である道教でもなかった様です(修行思想はありません)
儒教の教え
仁、義、礼、智、信の「五常」ではないでしょうか。
魏志倭人伝に紹介されている倭人の風習なども
上下の関係を重んじて、礼を尊重していると表現されています。
勤勉で誠実な日本人はこの時代が始まり、今も大事にされています。
縄文時代にあった八百万の神様への信仰(自然崇拝)も滅ぼすことはなく組み入れます。
それが、現在の神道の祖となったのです。
天照大神が天上界(天高原)に住んでいて、地上界に森や海など神様、精霊を産むんだと云った形です。
こうなると既に宗教になりますね。
古代日本伸銅(宗教)に思想(哲学)を組み合わせて新しい神道国家を作ったのです。

時代が流れて、奴国の時代、朝鮮半島を経由して交易がはじまりますが、
青銅などの武器が伝わります。本来は狩猟の為の武器が
武力闘争となり人を殺すための武器となった時代が 倭国大乱 の時代です。
卑弥呼の両立は、もう一度、神への信仰を取り戻す文芸復興を期待するものだったのですが
狗奴国との対立が収まらず、最終的には武力闘争となり、卑弥呼時代に終止符を打つことになります。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 古代中国の思想 「老荘思想」 | トップ | 儒教(おまけ)性善説・性悪説 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。